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32.公爵領への旅Ⅲ

 ご愛読ありがとうございます。

 今回は国定忠治を追い回す捕り物回です。何故か河童の大群が乱入してきて騎士団と大立ち回り!

 そして、幼い頃の主人公とヒロインの出会いの愛情物語。それは全てを失った2人が出会い、そして旅立つ始まりの物語。

 是非、ご一読くださいませ。



 突然、自分達の小隊長が突撃して行くのを見た部下達も呆気に取られつつも、それでも気を取り直して後に続いて行く。


 忠治にとって運が良かったのは、行列も後ろの方だったことだ。

 リューシャ本陣は相当前に進んでいた。だから、彼女に報告が届くまでは少々の時間を要してしまった。


 元追討使の直属配下12名が忠治一行と戦闘状態に入り、激しくやり始めた瞬間に忠治本人は数名の子分を連れてその場から逃走。

 残った子分たちは、捕えられてなるものかと死にもの狂いの抵抗。

 それでも三々五々と戦闘に参加してくるリューシャ軍が増えて来ると徐々に押されてしまう。

 結局、忠治の子分5人が討たれた所で、残ったものは蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方向に逃げ出して行く。


 だが、忠治発見の報がリューシャ本陣に入った瞬間の事。


 まず、与楽の背中で子猫のように甘えていたシードが突然と上空に舞い上がり、そのまま追走しているらしき方向に飛び立った。


 一瞬呆気に取られた与楽も、思いついたように馬を放置して空を駆けだして行く。


 ただし、リューシャ、クルーガ、シオーヌは、反応が遅れた。


「騎兵をまわして!早く追いかけなさい。

 歩兵部隊は東北方面へ抜けないように街道筋を封鎖なさい。

 それから本多様の番所へ急報。さあ、急いで」


 再始動が速かったのはクルーガで、彼女が咄嗟に命令を出してしまった。


 次の瞬間にはシオーヌが馬車から飛び出して、与楽が置いて行った馬に飛び乗る。


「さあ、ついて来て!こっちだ」


 銀髪をなびかせて、彼女は風のごとく駈けだした。

 騎士団候補生だった彼女は騎兵としての訓練も経験している。


 美少女が美しいフォームで馬を駆る。

 それに釣られるようにして。


「それっ、続け。遅れるな」

「おおっ~」

「急げ~」

「ここで遅れるは武門の恥ぞっ」

「各々方、敵は悪名高き凶状持ちぞっ、抜かるなよっ」


 現役の王国軍部隊も混ざっている一行である。関東から逃げ出してしまう忠治の噂話位は知っている者が多い。


「さあさあ、忠治を東北に逃がさないわよ。何とか、ここで捕まえてしまいましょう」


 漸く、再始動してリューシャであった。


 2時間後。


 忠治の子分を7名程捕縛するも、忠治本人は行方知れず。

 何処かの根城にでも、隠れたらしい。

 この土地の事情に通じていないリューシャ一行では、これ以上の追尾は無理かと思われていた。

 リューシャ本人としても、捕縛そのものには別に拘りは無い。精々、子分衆を捕えて情報を聞き出して、後は本多家中に任せればいいとさえ考えていた。


 しかし、与楽とシードは戻らなかったのである。


 魔石を使った通信ができるから、怪我は無い事は分かっている。

 ただ、夫は不機嫌そうに草の根分けても忠治を探し出すと言い放つだけだった。

 取りつく島もないという状態だ。


 だから、リューシャも不本意ながら兵をこれ以上進めることができなかった。

 珍しく附近の村々に兵を分散して宿泊させて、街道の封鎖を行いつつ忠治の追跡を行わざるを得ない状態になっていた。


 翌日の昼過ぎになると現地の本多勢が集まって来ており、関東方面から包囲網が徐々に狭められつつある。


 リューシャ勢を抜けて北には行けていない筈の忠治。

 南側から大規模な軍勢に包囲されれば、遠からず捕まるだろう。


 与楽とシードは野宿をしながら追跡を続けていた。

 元々から旅暮らしの与楽と早い時期から一緒に行動していたシードは、野宿など苦にしない。むしろ、その方が生きていると実感しているくらいだ。


 与楽は分身を大量にばら蒔いて森や山肌を漁っていた。

 しかし、附近には人間の隠れ家に都合良さそうな場所は見つからない。


 移動速度において瞬間移動や飛行術を使う自分達よりも遠くに忠治が行くことは無い。

 だから、何処かに匿われているか、百姓でも脅して潜伏しているのか。

 どちらかであろうとは朧げに考え出している与楽。


 北に逃れるには既にリューシャの軍勢が道を押さえている。忠治の顔を知る者が数名いたから、臨時に作った関所を抜けるのは無理だろう。

 それに千人からの軍勢の行軍を見ていたのだから、それを出し抜けるとは思うまい。

 そうなると忠治は上州へ逃れて潜伏することを狙うか。


 2~3日程は様子を見てから行動するか、それとも早さ勝負で他へ逃れるか。

 通常の人間の移動速度なら、自分を上回ることは無い筈。そうなると様子を見てから上州方面に逃げるのだろう。

 与楽はそんなことを考えていた。


 状況が動いたのは忠治発見から3日目だった。


 大八車で米らしい荷物を運ぶ4名程の集団を警戒中の本多兵士が見つけて、身元を確認しようとしたところで兵士2名は襲われる。


 この状況は水盆をつかって遠視の術で監視していたクルーガにより早期発見。

 おおよその場所が軍勢に伝えられて、包囲網が狭められる。


 既に附近には本多とリューシャで3千人程の軍勢と、徴発された現地の農民兵千人が警戒中だった。


 それが一気に集まって行く。


 やがて、水盆に映る人物が忠治であると、顔を知る兵士による証言で確定。


 これで待ったなしの捕り物である。


 忠治は附近の山の方向へ逃走している。


 平地の街道を移動するのは無理だと判断したのだろう。山中を何とか逃れて上州へ逃れる算段でもするのか。


 与楽は千里眼を持っている。

 もっとも、相手の顔を知らない限りは意味がない。忠治を知らないから千里眼があっても今までは意味がなかった。

 しかし、おおよその場所から返り血を浴びて逃走している奴らを探すなら簡単な事だった。


 そもそも瞬間移動する先を事前に見えていないと、危なくて移動などできない。だから瞬間移動と千里眼はペアでなければ使えない。

 逆に、千里眼で見えている場所なら瞬間移動で簡単に行ける。


「お前が国定忠治かい?」


 数日間の野宿暮らしでくたびれた汚れた服装の与楽は、忽然と忠治らしい一行の前に姿を現した。


「けっ、だったらどうしたい!ガキ2人で俺様を捕まえるつもりかい。笑わせるない、ガキはすっこんでろい。おととい来やがれ」


 いかにも博徒と言う口上である。


「国定忠治よ、お前には言いたいことはいくらでもある。簡単には殺さない、必ず獄門にさらしてやる。観念せよ、武芸大会勝者の与楽様が貴様を捕えてくれるぞ」


 いつになく激昂しきった与楽の手にはいつもの錫杖が握られている。

 さて、いつもの手で一気にケリを着けるかとした、その瞬間。


 附近に小規模の爆発が多数生じた。


「与楽っ、ヘンなのが一杯きたよ~」


 心底嫌そうな声をだしてシードが言う。

 周りを見ると妙な一団がいる。


 緑色のネバネバしたような粘膜質の肌。頭のてっぺんには皿。嘴があって、指には水かき、背中には甲羅まである。そんなのが100~150匹程。


「うん、河童だな。近くに池でもあったのか」


「イヤ~、気持ち悪いよ~」


「いい子だから少し上に飛んで待っていて」


「わかった。忠治が逃げないように見張ってる」


「それでいい。


 はあ、やれやれだな。何でまたこんな時に面倒臭いのがワラワラと出てきたものだろうかね?


 オイ、河童。

 お前達は言葉が分かるのか?

 わかるのならここから立ち去れ。

 お前らじゃ、俺の敵じゃない。命が欲しくばさっさと去れ。ここに残るなら、今日がお前の命日だ」


 与楽は錫杖を魔法袋に仕舞い込むと、今度は4mの大太刀を取り出した。

 ドラゴンさえ切り裂く破魔の大刀である。


 大刀を肩に乗せて与楽は大見得を切った。


「掛って来るものは容赦なく切り捨てる。我が大刀はドラゴンすら切り殺す。お前らなら一太刀で5匹くらい殺してくれるわ」


「ぐぎゃあっ」

「ぐあっ」

「ぎぎっ」


 河童は殺気だった視線で何事か喚きたてて、与楽に殺到してきた。


 与楽は落ち着き払って、迎え撃つ。


 間合いに入って来た河童に対して横薙ぎに一閃。

 一太刀で3、4匹の河童の胴体が離れ離れになった。


 さらに次の集団にも一薙ぎにして、数匹を一刀両断に切り捨てる。


 しかし、その次の瞬間には後ろから与楽に飛び掛かる個体がいた!




 与楽に果敢に飛び掛かった個体は、しかし、無念にもそのまま彼の体を通り過ぎてしまう。与楽を通り過ぎて後ろを向いた状態で容赦なく一太刀浴びて左右に両断される。


 与楽の使う瞬間移動は、実は瞬間移動の術ではない。

 これは神足通という神通力の一部である。

 神足通は分身や瞬間移動、さらに物質をすり抜けることも出来る複合的な能力だ。

 その気になれば、壁だろうが、木だろうが、山だろうが関係なく何でもすり抜けることが出来る。敵の攻撃を全部通り抜けさせてしまうことすらできる。


 だから、与楽に対して攻撃しても、全て無効なのである。


 どんな威力のある魔法であっても与楽には意味がない。

 仮にドラゴンブレスを叩き込まれても与楽には関係ないのである。

 色即是空。空即是空。

 巨大な炎の中から平気な顔をして出て来られる。


 与楽には魔法の防壁が使えない。しかし、そんなことなど彼には関係ないのだ。

 殺したい相手がいれば、そいつに大太刀を振り落とすだけ。

 どうせ敵がどんな攻撃をしてきても、すり抜けてしまえるのだから。


 それが、与楽の戦闘力の根源である。




 さて、河童集団の半数ほどが真っ二つに切り裂かれた頃。


 忠治発見の報を受けて騎兵集団が先行していたのだが、その連中が現地に到着してきた。


 忠治発見の報だった筈なのだが、現場に来たら何故か河童の大群が与楽と戦っている。


「指揮官殿、あれは一体どうしたことでしょうか?」


「んなこたあ知らんわい、グダグダ抜かすな。

 そりゃ、突撃せんか!相手はたかだか河童じゃわい。

 ワシらは鬼すら蹴散らしたんじゃ、河童なんざいくらでも蹴散らせや」


「おおっ、掛れー」

「突撃だー」

「騎兵の本懐ここにありー」

「河童風情が、我が槍を受けて見よ!」

「イケー」

「シャアッ」

「るああっ」


 先日は鬼退治をやって、今度は凶賊国定忠治を捕えようとしたら、何故か河童と戦うことになった騎士団である。


 士気だけはやたらに高かった。鬼と戦ったというのが何と言っても彼らの自信になっている。

 それに美しい主君の夫が既に単独で半数近くをぶった切っている。家臣の我々が遅れをとっては名折れではないか。彼らのやる気は天にも届かんと言うレベルにある。


「なんだか出番は終わりかな。妙にやる気になっている連中だな。・・・悪くないか」



 突撃を敢行する騎士団。


 片や尻子玉を狙う河童集団。

 馬の後ろに回り込んで、尻に手を突っ込むとナニヤラ抜いてしまう。

 途端にフニャリとなってしまう馬!

 甲冑をしっかりと着込んでいる人間は大丈夫なのが救いか。


 そして、河童と言えば甲羅がある。これが非常に頑丈で騎士団の槍を簡単に弾いてしまう。


 そして、両腕がつながっているという伝説の通りで、ヒョイと腕が伸びるかのように突き出されて来る。間合いが掴みにくい相手でもある。


 腕力も相当なもので、騎士団が突き入れる槍を掴むと騎乗の騎士をそのまま振り回す始末だった。



 突撃を敢行しても甲羅で弾くか、隙をついて腕力にモノを言わせて騎士を振り回すか。


 数の上では騎兵300対河童50と優位だが、中々にしぶとく抵抗する河童集団。


 体のぬめりで刀剣類は入り難い面もあるようだ。致命傷を与えるのは中々に厄介な敵である。


 それでも途中である者が気付いた。


「頭の皿を割ると、一気に弱るぞ!」


「おお、コリャテキメンだ」


「そりゃ、狙うは皿だぞ」


 これで戦局は一気に動いた。

 逃げ惑う河童と追い回す騎兵。


 300対50であるから、次第に抵抗も弱まって。

 やがては壊滅してしまう河童軍団。



「えいえい、おー」


「「「「えいえい、おー」」」」


 見事、河童を打倒し。

 見事、忠治を捕縛し。


 万々歳の騎士団一行。

 その凱歌は遠くまで響き渡って、包囲に従事していた味方兵にも伝わった。


 やがて、遠くから味方兵の凱歌も高らかに伝わって来た。


 この日の福島の空はどこまでも澄んでいた。

 勝利の凱歌を風が運んでいく。

 この地の禍が終わったのだと告げる為に。





 捕縛された忠治が尋問されて分かったことだが、彼が逃走していた際に匿われた農家の裏庭には、“河童封じの井戸”なる物があったそうだ。

 普通の井戸に蓋がしてあって、その蓋が太い鎖で固定されているものだったそうな。

 なんでも昔、附近で乱暴狼藉する河童の集団を旅の法師が封じた井戸なのだとか。

 苦し紛れになった忠治は、半ばダメ元でその鎖を解いて井戸の蓋を外したということだった。河童が暴れ回ってくれて、包囲網に混乱が生じたら見つけものと言う程度の発想だったらしい。


 因果は巡る。

 結局、今回も旅の法師だった与楽の手で期せずして河童が退治された訳だ。

「鬼退治しちまうような法師がいたんじゃ、河童ぐれーじゃ勝てねーな。俺の負けかい」


 捕縛された忠治は本多家より関東奉行に引き渡されて、結局は打ち首の上で晒首に処された。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(シードの物語)


 与楽が国定忠治をつかまえてくれた。


 シーのおとうさんって、シーがちいちゃい時に捕縛使のお役目に行って、忠治と切り合いになって殺されちゃった。


 だから、忠治がいたって聞いたら頭にきて飛び出ちゃったけど、与楽はちゃんと追いかけて来てくれて、最後までずっと一緒にいてくれた。


 昔からそう、与楽はシーが困っていると助けてくれて、守ってくれるの。




 シーは山国の騎士爵家の5番目の子で、3女だった。

 物心つくようになると、魔力が多い方らしいってわかったの。

 おとうさんはそれで喜んでくれて、いつも将来が楽しみだねって言ってくれたの。


 でもね、おとうさんはお役目に出掛けて帰ってこなかった。ある日、騎士団の人が来て討死したってお骨を持ってきた。


 なんでおとうさんが壺に入っているのか、シーにはよくわからなかった・・・。


 おかあさんは、おとうさんが帰って来なくって泣いていたけれど、一年後にはさいこんした。


 ある日、知らない人を連れてきたおかあさんは、新しいおとうさんだよって言ったけれど、おとうさんはおとうさんで知らない人なんかじゃないって思った。


 知らない人はシーを見て、「有望な魔法師の卵だそうじゃないか。貴族のいい家にでも行って修行したらどうか」って言ってた。


「知らない家になんて行きたくない」ってシーが言ったら、とっても機嫌悪そうな顔をしていた。


 その後も何度も同じことを言われたし、おかあさんも次第に「いい家に住めるのよ」、「あなたは魔法師の修行しないと駄目なのよ」って言うようになったの。


 シーは「おとうさんとおかあさんと一緒に暮らしたいのに・・・。知らないおじさんなんて嫌い」って答えたら、おかあさんに怒られた。


「もう、お父さんは帰ってこないの!いつまでも何を言っているの、聞き分けの無い子なんてどこかに行ってしまいなさい」


 おかあさんにホッペをベチンってぶたれて、外に放り打されたの。お家の前で泣いていたら、旅の行者さんと子供が歩いてきて「どうしたの?」って聞かれたの。


 シーは「おとうさんが帰って来なくて・・・。知らない人がおとうさんだって言いだして、シーにどっか行ってしまえって!」って泣きながら言ったの。


 そしたら、行者のおじちゃんが「こっちのガキは親の顔など知らんぞ?お乳も貰えないで赤子のまま道に捨てられていたんじゃよ。それでも9才まで生き残っておる。もう、5~6年もすれば一人前の顔するようになるのじゃろうな」


 行者様は神殿にもお友達がいたみたいで、神殿のお姉さんがシーに魔法を教えてくれるようにしてくれるって。


 これが与楽との出会いだった。与楽9才でシーが5才の時。


 行者様は何カ月か旅をしては、シーの街に帰って来ていたんだって。行者様のあにでしって言う人が街にいるんだって言ってた。


 それから与楽は街に帰って来るとシーの相手をしてくれるようになったの。

 旅をして魔物や妖怪を退治して、疲れ切ってしまうと街に来て休んでいるんだって。


 与楽は蜂蜜とか街で買った飴玉なんかを良くシーにくれた。

 それでシーが困っていることを話すと、いつもちゃんと聞いてくれるの。


 与楽も友達がいないからシーの話を聞いているのは、楽しいんだって。

 普段は山奥に入って死ぬような思いばかりしているって言うの。魔物や妖怪に襲われたり、殺したりばかりしていて、人と話すのは師匠くらいのものだって。

 自分より年下の子と話すのは、シーくらいだからお話していると気分が晴れるって。


「嫌なことは嫌だって言えばいいのさ、寂しくても自棄になっちゃダメだよ。そのうちに良い事もあるだろうしね」、そういつも与楽は言ってくれたの。


 シーは神殿のお姉さんに魔法を教えてもらいながら過ごすようになった。

 いつも間にか、おじさんもおかあさんも出て行けとは言わないようになったの。

「シーちゃんはいつでも神殿でお預かりしますよ」って、神殿のクル姉さんがおじさんに言うせいなのかな?


 それから数年はクル姉さんに魔法を教えてもらって、たまに帰って来る与楽に遊んでもらって。

 おとうさんは帰ってこなかったけれど、でも、それなりに楽しい時間だった。


 シーが9才になる頃。


 与楽がとっても疲れきって1人だけで帰ってきた。すっかりやせ細って、着ている物もボロボロになっていた。


 シーはクル姉さんと薬草を採りに森に行って、その途中ですっかり疲れて木にもたれていた与楽を見つけたの。


 目をつぶってグッタリしていた。

 真っ青な顔で、汗を浮かべて。

 息が荒くなっていて、熱でうなされているみたい。


 慌ててクル姉さんが治癒魔法を掛けたら、少し顔色が良くなった。


「どうしたの、何故1人きりなの?慈雲様はどうしたの?」


 クル姉さんは与楽に水を飲ませながら聞いていた。力無く水を口からこぼしてしまいながら、与楽がボソリボソリと言い出したの。


「師匠は魔物にやられちまった・・・。死んじまったんだ」


 与楽はすっかり力無く、がっくりしていた。

 目は虚ろ、やせ細った体にも力強さはぜんぜん無かったの。


 なんとかクル姉さんと二人で与楽を抱えて、街のお寺まで連れて行ってあげた。

 お寺の人達も行者様が死んだと聞いてびっくりしていた。でも、ボロボロの与楽を見て納得したみたい。


 そのまま数日寝ていた与楽だったけれど、シーが看病してあげたの。

 神殿のクル姉さんは、お寺には行き難いって言ってた。


 行者様と与楽は近隣の山の神の大猪が暴れて困っているというので退治に行ったんだって。

 これがとんでもなく強くて行者様は返り討ちに遭ってしまった。

 与楽はその場を何とか逃げ出したけれど、今度は寝ている大猪を襲って討ち取る事に成功したんだって。


 でも、その時に呪を受けたらしくて、すっかり体調を崩したって。


 大猪の死体は魔法袋に入れて持ち帰って来ていたけれど、確かにシーから見たら信じられないくらい大きかった。山の神様って本当みたい。


 お寺の人がハンターギルドに持って行って解体してもらったら、お腹の中からは行者様らしい遺体が見つかったって。


 行者様が殺されてから与楽が単独で山の神を仕留めたのは間違いないだろうって、ギルドで噂になっていたみたい。街の中でもその噂が広がっていたから。




 シーが着替えを取りにお家に帰ったら、おかあさんが泣いていた。


 おじさんがいなくなったんだって。


 隣のおばさんは、「アノ男は若い嫁を貰ったから、シーのかあさんは捨てられたんだ」って言うのだけれど、よくわからなかった・・・。


 アノおじさんなんて、いなくても関係ないのに。


 おかあさんは、もうこの街を出て実家に帰るって言い出したの。


 シーは与楽の看病をしたいって言ったけれど、そのまま無理やりに馬車に乗せられた。


 馬車の中でもお寺に戻りたいって、言っていたらおかあさんが怒り始めて。


「アンタがお母さんの言うことを聞かないから、あの人が出て行ってしまったのよ!

 いい加減にしなさい、アンタさえいなければ・・・」


 暫く、おかあさんは真っ赤に怒っていたけれど、切り立った崖の所に来た途端にハッと何かを思いついたように、馬車からシーを突き出したの。


 切り立った崖の上から。


「イヤーッ」


 真っ逆さまに墜ちて行く感覚で目の前が真っ暗になったの。

 シーは死んじゃうんだと思った。


 でも、途中でふんわりと何かに抱えられた気がした。

 目を開けると与楽が宙に浮いていた。

 崖に近寄ると、手近な場所にあった岩を蹴飛ばして崖下に落とす与楽。

 やがてズドーンという音がした。


「そうよ、これで私はもう自由なのよ。アノ人はきっと帰って来てくれるわ。いえ、私が迎えに行けばいいのよ。そうだわ」


 おかあさんは狂ったように笑い声を上げて、そのまま馬車を進めさせて行った。


「シーもボクと同じように親に捨てられてしまったね。ボク達は同じだね」


 与楽はまだ疲れた様子のままだったけれど、それでもシーをしっかりと捕まえていてくれたの。与楽の胸の中に抱かれていると、温かくて不思議と落着けた。


「おとうさんも、おかあさんも、いなくなっちゃった。

 でも、シーには与楽がいるもん。寂しくなんて無いよ。ずっとシーは与楽と一緒にいるもの」


 それからシーは与楽と一緒に旅をするようになったの。

 無理やりシーが着いて行ったんだけど、与楽は許してくれた。

 寂しい時も辛い時も、それからはいつも与楽と一緒だった。


「シーの温もりがあると、生きている気がする」って与楽は言ってくれたの。


 シーも与楽と一緒なら、それでよかった。それが幸せだったの。

 これからもずっと一緒にいてね、与楽。


 幼いシードと幼い与楽の出会いの物語。

 リューシャとクルーガ達を放置してもシードを追いかけた与楽。

 与楽とシードにとってお互いが初恋の相手。

 お互いに初めてを経験した相手。

 シードにとって与楽は生涯唯一のパートナー。

 与楽にとってシードは、人間の温もりを、女の温もりを初めて知った大事なパートナー。


 次回は少し設定のお話をしてから、リューシャ領入城へ。


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