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中秋の名月

「先輩センパイせんぱーい! 今日って『中秋の名月』っていうらしいですよー!? で、月を見てみたら本当にまんまるですよピッカピカですよスゴくないですかヤバくないですかー!? ちょっとお月見団子とか食べたくなってきますよねー! ……あれ、十五夜って秋だったと思うんですけどいつでしたっけー? って、聴いてますぅ?」

 天文学部、なんて部がメジャーな学校は少ないと思う。少なくとも俺が通っている高校の天文学部は部員がかなり少ない。たった五人で、内の三人は幽霊部員だ。最低五人いれば部の存続は認められるから、と友人に無理を言って名前を貸してもらっただけだから当然ではあるのだけれども。

 で、残った二人の内の一人が俺で、二から一を引いた残りがコイツ。久しぶりに震えたケータイを取って通話ボタンを押したら、それと同時に一方的なマシンガントークをおっぱじめたコイツ。

 俺の二つ下の後輩、皆川真紀みながわ まき

「あー、もしかして信じてませんかー? ちょっと窓から見てみたらどうでしょうかそっちは若干曇ってるかもですけどそれでも充分に綺麗だと思いますよー? アレを見れば先輩もきっと食べたくなりますってお月見団子!」

 どんだけ食いたいんだよ、なんて思いながらカーテンを開けて。

 空を見上げて。

「……へぇ」

 思わず、声を漏らしていた。

「あ、見ましたー? でしょー綺麗でしょー? って訳でスーパーとかでお月見団子買って一緒に食べませんかー?」

「一緒に、って。今日は日曜日だし、部室には入れないんだぞ?」

 部室に入れるなら月見団子を食っても良いのか、という点はスルーしておく事にする。あの学校はユルいし、過度に汚したり壊したりさえしなければ多少の飲食は許容されるだろう。もし顧問に見られたら俺らの分を奪われそうではあるから、見つかりたくない事には変わりないのだけれども。

「ねー、先輩」

 あれ、珍しく短いな。

 なんて具合にちょっと麻痺しかけている感想を抱いた瞬間。

「なんだ?」

「月が綺麗ですねー」

 唐突に突然に、真面目なトーンに切り替わった声でそんなセリフが聞こえてきた。

「……そうだな」

 慣れている。動揺はしない。

 冗談でこういう事を言ってくる奴じゃない——って事もないけど——とか、そういうアレじゃなくて。

「違いますよー? そこは同じように『月が綺麗だな』とか、ちょっと意表をついて『月よりも君が綺麗だよ』とか、そんな感じの事を言うべきシーンですよ分かってないですねー!」

「それは分からなくて良いや」

「えー」

 俺と彼女は、付き合っていて。

 だから、彼女は興味もない部活に入ってくれて。

 それで、天体にも少しずつ興味を持ってくれて。

 しかし、やっぱりまだ花より団子な思考回路で。

「でも、公園かどっかで食うか? 月見団子」

「やったー!」

 ——きっと、そう叫んだ彼女の笑顔は月よりも綺麗なんだろうな。

 さっき教わった口説き文句を脳内に浮かべながら、俺は身支度を整え始めた。

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