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第9話「鬼と肉体的交渉術」


帝都のど真ん中にそびえ立つ巨大な建物。総高333mを誇る、天を突かんばかりの巨大ビルであるが、その建物がどのような施設なのかを知っている人間は少ない。

表向きはこの街の政府関係の施設があったり、警備隊の本部だったりという噂があるが。その全容を知るものは少数しかいないし、その少数に至っても、徹底的な秘密主義で外部に殆ど情報が漏れることはない。


現在の時刻は20時を指そうとするとき。その建物の一室では慌しく職員が動いていた。



「20時まで残り1分。一般人は全員、家屋内へ避難しているのを確認」

「警護隊のメンバーの収容も確認しました」

「結界の位階を下げます。5,4,3,2,1……0です!!」



室内では職員たちが手元のコンソールを確認しながら、1つの見落としもないように動いている。彼らは知っている。そういったミスで人が死ぬことを。そしてそういう仕事をしている自覚をもってやっている。それ以上に……



バタン!!



大きな音を立ててドアが開いて人が入ってくる。しかし、職員たちは誰も手を止めようとも、そのドアを開けた人物を咎め様ともしない。彼女が音を立てて入ってくるのは、そういった雑音を一切出さないように教育されている職員に対する嫌がらせではなく。

雑音で集中力が切れないかどうかを試しているだけである。ちなみに、その音に反応しようものなら、彼らの長は容赦なくそいつに退職勧告までする。



「……本日の人数は?」

「122人です!! 全員、箱に収容されています!!」

「カウント開始します!! 5,4,3……」



20時前からカウントが開始される。既にここの職員全員は、この後に起こる揺れに備えてベルトを装着している。



「2,1……帝都守護隊、出撃します!!」



ガチン



鍵を外したような音の後に、部屋全体が揺れながら地下へと降りていく。エレベーターを降りているというよりも、落下しているかのような勢いに慣れている人間以外は顔をしかめている。

1分ほどして。轟音と共に部屋の揺れが止まる。



「”七階”に固定完了しました」

「結界機の稼働率90%を維持」

「数値問題ありません!!」

「はい! みんなご苦労さま。休んでいいわよぉ」



空調を効かせた部屋で汗を滝のように流していた職員たちがほっと安堵して、肩を下ろす。それを指示した当人、司令ことババアは呑気に爪を弄っていた。

八百屋もやっている彼女だが、そちらはどちらかというと副業で本業はこっちである。



「今日も下のみんなは精が出るわよねえ」

「仕方ないですよ。連中も本国から催促でももらってるんじゃないですか?」

「いやねぇブラックな仕事とか」



職員全員があんたが言うなよと心の中でツッコミを入れていた。なんせこのババア、容赦というものが欠片もない。給料がいいからどうとかそういうレベルではなく。ちょっとしたミスでもネチネチ責めて精神的に追い詰めるのは日常茶飯事だし、酷けりゃ顔が悪いからクビとかもある。

特に最近は婚活を失敗したという噂もあるぐらいで。それが真実かどうかはともかく、司令自身がピリピリしているのは事実なので、彼らは自分たちに雷が落ちないのを祈るだけだ。



「えっ!? あれ……」



異変が起こったのは司令から許しが出た直ぐ後だった。オペレーターの1人が、コンソールを弄りながら挙動不審にしている。



「どうしたの?」

「あの……」

「報告は明瞭に頼むわ」

「えっと……1人一般人が紛れ込んでいます」



それを報告したオペレーターは知らずに涙を流していた。その報告を聞いた瞬間、室内にいた全員がコンソールに向かって手を動かしだした。これは前代未聞の”ポカ”である。

一体、どういう経緯でそんなことが起こったのか。そしてその結果如何で何人のクビが飛ぶかが決まる。



「対象のデータ写します!!」

「あぁ……やっぱり」



ババアは人知れずため息をついた。彼女は職員の顔と名前は覚えているし、知り合いの顔も完璧に把握している。それを差し引いたとしても、こんな憎たらしい顔は忘れられない。



「A小隊を向かわせなさい」

「ですが、A小隊は今帰還したばかりで……」

「じゃあ言いなさい。今から私の手で永眠したいか、迷い込んでしまった可愛そうな一般人を助けに行くか」

「連絡します!!」



それで十分だろう。十分だろうが……



じりりりりりりりりりり



作戦行動中。今現在、この部屋で電話回線が入っている席は自分のところしかない。救いとしては自分の教育のお陰で、司令である今の顔を見られないことぐらいか。きっと、今の自分の顔は苦虫を潰したような顔をしているだろうから。



「はい、もしも――」

『おっはー!! みーちゃん元気いぃ!?』



突然電話口から鳴り響く甲高い声に、思わず受話器から耳を離してしまう。予想通りで、なおかつこんな心の底から嫌悪を催すような奴はババアも1人しか知らない。



「なによぅいきなり。私たち、今作戦行動中なんだけど」

『あぁうん。きっと多分恐らく絶対にしおりんがそっちに行ってると思うんだけど』

「……」



やっぱりこいつかと。彼の顔が映った時点で、ババアもすべて察してしまったが。まさかこうやってコンタクトをとってくるとは。緊急用の電話なので使い方は間違っていないが。



『うん。あなたのことを人間として心の底から嫌悪しているしおりんが行ってると思うだけど』

「別にそこまで嫌われてないでしょ!!」

『そうね。あなたみたいな大量虐殺者を嫌うなんてそんな酷い話はないわ。あの子にはよくいって聞かせておくから。あなたのやったこと』

「……」



ここで口撃してもあっちの思う壺なので黙っておく。それにトップがここでキレては示しがつかない。ほら、まだ受話器も壊していないわけだし。



『あのね。助けとか送らなくていいから』

「……あの子が。どんな訓練を受けて、どれだけ強いか知らないけど。敵は1人じゃないわ。死ぬわよ、あの子」

『そうね。目を瞑って、想像してみて……』

「一体なに?」

『婚活アドバイザーにすら見放されたあなたが、幸せな家庭を築けるのかしらね』

「余計なお世話だって言ってんでしょ!!」

『それに死んだら、そん時はその時……でしょ?』

「……!?」



腸が煮え繰りそうだった。こいつはいつもそうだ。自分の目的のためなら他者を蹴落とすことを厭わず、それは家族すら例外ではない。いや、それが他人や自分たちであればまだいいのだが。それを彼女を慕っている弟にまでやるとは。

人は自分と少し考え方が違う人間を排除したがる生き物だ。だが、こいつは度が過ぎている。



『ってことだからよろしくー』



一方的に切られた。それに対してババアは、怒り心頭といった顔で受話器を叩き壊す。そんなことをしてもなにがどうなるというわけではなかったが。少なくともなにかに当たらなければ自分の気が済まなかったわけだし。



「……なによ」

「「いえ!!」」



普段は厳粛な司令が電話の相手と討論して受話器をぶっ壊していれば、流石の訓練された職員も驚いてしまう。お陰で若干頭が冷えたババアは、コンソールを動かす。

確かに奴は助けを送るなと言ったが。それを一々受け取るのも癪だ。それにここにどうやって侵入したのかも気になる。



「はぁ……」



きっと。こうやって自分が動くことまで奴にはお見通しなのだろう。ババアは知らず知らずの内に出てしまうため息が止められなかった。





「そいつを放せ。殺されたいのか」



鬼が発した第一声がそれだった。栞にしてみれば助けにきてくれた天使……いやおっぱいにしか見えなかったが。



「黙れ! いきなりしゃしゃり出てきてなんだ貴様は!!」

「死ぬのはおま――」



両手で。近づいてきていた2人の顎を打ち抜いていた。ダブルアッパーといえば格好いいが、その威力はそれなりに屈強な男2人が天高く飛んでいるレベルだ。



「殺すって言ってるだろ馬鹿かお前ら」

「うっ……」



仮面も相まってか。その迫力に完全に押されていた。そいつは敵が完全に戦意喪失したと見たのか、今度は栞に目を向ける。確かに理想的なおっぱいの持ち主だが、今裏切られたばかりの栞にとっては、目の前の人を簡単に信じることは出来なかった。



「えっ? あの……」

「行くぞ」



まるで猫が自分の子供の首を持ち上げるように。栞は首を掴まれて持ち上げられていた。最近、似たようなことがあった気がしないでもないが、これはまずい。



「ちょっ! まっぎゃ!?」

「…………」



そのまま走り出したのだが、女のスピードは普通ではない。男1人を持ちながら驚くべき速さを出している。しかも遠慮なく栞の頭が振られているので、気持ち悪いし足がちょくちょく地面に当たって痛い。

どれだけの時間が経ったのかわからない。わかるのは死ぬほど酷い目にあったのと、乱暴に地面に落とされたことだ。






「ぐぅ……でも吐かない……うぇ……」



正直な話。頭を無造作に揺らされたことによって死ぬほど吐きそうになっていたが。人前でそんな醜態を見せたくないと言う意地の方が勝っていた。



「あら。久しぶりねしおりん」

「……うぷっ。げぇええええええええええええ」



そこにいた生物のご尊顔を覗いた瞬間、栞は人目も憚らず吐き出していた。もうそれは自分の意思で止められるものではない。あらかた吐き終えた栞は、職員が差し出した水で喉を潤してから、高い場所でこちらを見下ろしているそいつを睨みつける。



「ババア!! どういうことだオラァアアアアアアアアアアア!!」

「そうね。まずは1つづつせつめ――」

「早く答えろ、てめえの顔見てるだけでまた吐きそうになるんだよ!!」

「だからそれ――」

「どれだけ待たせるんだ、ほんといい加減にしろよぉおおおおおおおおお!!」

「…………」



微笑ましい笑顔で。ババアは階段を降りてブーブー文句を言っている栞の首を掴む。



「今説明しようとしてるでしょぉ? これ以上やったら喋れなくするわよ」

「うっす」



ようやく栞は黙ってくれた。ババアもババアで、兄弟揃ってとブツブツ文句を言っている。



「そうね。まずはこの場所についてだけど。ここは”次元の狭間”と呼ばれる場所よ。簡単に言うなら、元の世界とは違う世界のことね」

「……なにそれって言いたいところだけど」



外の世界を見た以上、そういった突飛な話も信じられない話でもない。映画のセットにしては壮大すぎるし、自分をドッキリに嵌めたいにしろ、あまりにも壮大すぎる。



「今から100年前。丁度、西暦2000年に差し掛かる時期にあった、”ミレニアム事件”っていうのは流石に聞いたことあるでしょ」

「えっ? なにそれ」



ゴツンと。ババアが机に頭をぶつけていた。いや、まさかそんな返答が返ってくるとは予想していなかったのか、呆れた顔で続ける。



「歴史の教科書にも載ってる有名な事件よ。一種の世界恐慌ね。その規模は計り知れず、世界中で紛争が起こったり、幾つもの国が財政破綻を起こしたりしたのよ。まあそれを起こした連中がいるんだけど」

「……そんな大変なことを?」

「当時。その事件の裏でひっそりと謎の怪物による事件が世界的に多発したわ。結果的に、世界がそれどころじゃなくなって上手いこと隠蔽されたけど」

「それってもしかして……」

「そうよ。あなたが先ほど出会った――」

「ババアのこと!? 確かに人間離れしてると思ってたけど!!」

「「ぶふぅっ!?」」

「……今笑ったやつ。クビね」



恐ろしい話だった。栞の冗談なのか本気なのかわからない発言で、数人の職員のクビが飛ぶことになろうとは。



「あなたも出会ったんでしょ。怪物に」

「あのゆるキャラもどきか……」

「彼らは突然現れたわ。目的も正体も不明。獣のような者もいれば、現代科学では説明が出来ないような兵器を持つものもいる。当然、大混乱になるはずだった。世界恐慌が起こってそのあたり、かなりうやむやになったんだけど」

「じゃあ俺がここで会ったのも偶然ってこと?」

「違うわ。当時から奴らの持つ技術を転用出来ないかと考えていた一部の人間が、奴らの出現先をある程度操作出来る機械を作った。そしてその駆逐先として、この街は作られたのよ」

「……俺の持ってる時間泥棒も?」

「時間泥棒……あなたの姉さんが持っていたのも奴らの技術のものね。それであなたはそれを狙われたんでしょ?」

「そうだけど。どういうことだよ!!」



なんとなくはわからないでもない。いつだって技術は奪い合いだ。



「この街を作った当初。私たちが持ちえる戦力では、奴らとは到底渡り合える数がいなかった。だから奴らの技術をチラつかせて集めたのよ。各国から兵士を」

「……だから襲われたのか」



その兵士がどういった経緯で派遣されたのかわからないが。そりゃ未知の武器を持っている自分は宝のようなものだろう。だから人前で見せたくなかったのだ。

それにババアは知っていると思うが、”時間泥棒”は思っている以上に危険なものだ。少なくとも人に渡す気などない。



「私たちが奴らと戦うためには、1人でも多くの戦力が必要なのよ。だから、これは提案なんだけど。あなたも一緒に――」

「絶対に嫌だ」



にべもなく断った。ちょっと考えさせてとかそういうのではなく、完全に拒絶である。もちろん、ババアだってそういう返答が返ってくることは予想していた。どういう敵と戦ったのかは知らないが、その傷を見れば恐ろしい目にあったのか想像出来る。



「嫌な理由が3つあるんだけど。聞く?」

「そうね。参考までに」

「まず、俺はお金がない。こんな慈善事業で遊んでる暇ないからね。明日のご飯の方が大切」



そりゃ他人からしたらどうでもいい悩みかもしれないが、栞にとっては切実極まる。



「2つ目に。なんでここの職員みんな男なの? オペレーターって1人ぐらい女がいるでしょ!? こんな男男しい職場嫌だよ!!」

「「……」」



多分、ババアの趣味だと思う。この場にいる職員全員がそう思っていたが、誰もそんなおぞましい事実を口には出せない。



「あら心外ね。あそこの子をみなさいよぉ。童顔でよく女の子に間違われるのよ」

「……いけるかもしれない!!」

「ひぃっ!?」



いけるかもしれなかった。確かに彼女……彼は同姓から見ても魅力的な子だろう。なんせこの職場、男が詰められているのでそういった空気になってしまうのも仕方がないことかもしれない。

手なんて出そうものなら、間違いなく司令にブチ殺されるのがわかっているので出さないが。



「3つ目。腹黒い上にババアなババアがトップをやっている組織に入るのはちょっと……」

「……なにか誤解があるみたいじゃない。あなたがなんで私を嫌っているのかわからないけど、私たち、もうちょっと歩み寄れるんじゃないかしらぁ?」

「誰か手鏡を持ってませんか?」



なぜか手鏡を要求する栞。職員の1人から受け取って、栞はババアの元へ行き、手鏡を渡す。



「な! 信用出来ないだろ!!」

「…………」



手鏡でババアの顔を覗かせながら肩をバンバンと叩いていた。自分の顔を見ながらニッコリと笑ったババアは、その手を栞の首にかける。



「私の顔になにかついてるのかしらぁ。わからないから教えてくれる? あなたがまだ喋れる内に」

「おぅ……ぐぇ……」

「落ち着いてください司令!!」

「死んじゃいますよ!!」



職員総出でババアの恐慌を止めていた。そこまでやられてようやく落ち着いたのか、ババアは手を離して席に座る。兄弟揃って、人をイラつかせることに全力を傾けているものだとババアはため息をつく。



「と、とにかく!! 俺はやらないから!!」

「でも給料でるわよ」

「……どうせそんなに出ないんでしょ。ババアの年齢ぐらい出るなら考えるけど!!」

「これぐらいね」



サラサラとなにかを紙に書いて栞に渡す。それを見た栞は目を丸くさせる。



「一晩働いてそれなのよぉ。魅力的じゃない?」

「み、魅力的じゃねーし!!」



ムチャクチャ心が揺れていた。確かに危険な目に遭うだろうが、それに見合った金額がかかれていた。ただ一歩が足りない。



「そうねぇ……あの子の胸を見なさい」

「…………」



ババアが指をさした先には先ほど自分を連れてきたパーフェクトおっぱいさんが立っていた。顔は仮面をしていてわからないが、腕を組んでどこか不機嫌そうな雰囲気を出している。

そのおっぱいを見る……



「どうかしらぁ?」

「俺やるよ!! だってそれが世界を守ることに繋がるんでしょ!!」

「契約成立ねえ♪ フッた私が言うのもなんだけど、結構気持ち悪いわよねぇ」

「頑張るぞぉおおおおおおお!!」



普段なら『てめえの方が気持ち悪いだろババア』ぐらいは言う栞が、周りが見えないぐらいに奮起していた。それに比例して職員たちはドン引きしているのにも気付かない栞だった。

いつもこれぐらい早く投稿出来ればいいんですけど 仕事が忙しかったりすると中々です これでババアの年齢ぐらい給料出ると仕事ももっとやる気がで(ry

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