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第6話「ゴリラとAV先生」


その日、駄目子は家のベッドに入り。本日転校してきた男のことを思い出していた。



(あんな調子で大丈夫っすかねぇ)



初日にして呼び出しトラップを食らった上に、双子に散々攻撃されて泣きながら教室を去ったお隣さん。どちらかというと明日の学校へ行く手段への心配の方が大きいのだが。



「……寝よ」



そんなことを10秒ほど考えながら彼女は夢心地へついた……





……次に意識を戻したのは誰かに起こされた時だった。起こされたと言っても、駄目子は目を覚まさない。まだ9割近くは寝ているわけだし、自分の母親だって3分ほど揺すって起きなければ諦める。



「おき……ちゃん」

「うぅ……」



だが今日は違った。なんか揺すり方が乱暴な上にやたらとしつこい。少しづつだが、駄目子の目が覚めてきたところで。



「お姉ちゃん起きて!!」

「……ふぁ?」



ベッドから体をあげて誰の声かを確認した。少なくとも自分を姉と呼ぶ人間などこの家にはいないし、知り合いにもいない。違和感はそれだけではない。姉と呼ぶからには少なくとも自分よりは年下なのだろうが、自分の目が一気に覚めるほどくっそ不愉快に感じざる得ない、どこかで聞いたことのある猫撫で声。



「やっと起きたぁ! もうお寝坊さんなんだから!!」

「……えっと。なにやってるんっすか?」

「お姉ちゃんを起こしに着たんだよぉ。ママがご飯用意してるからいこ!!」

「…………」






こうやって朝食をマトモに食べるのは何年ぶりなんだろうと考えながら、駄目子は目の前の自分を姉と呼ぶおぞましい生物のことを凝視していた。



「どうしたのお姉ちゃん」

「あぁ……早く死なないかなって思ってたんっすけど」

「ぷぷっ! まだ僕は死なないよぉ」



彼にとっては面白いジョークだったのか。笑っている姿を見ながら、駄目子は頬を引きつらせていた。少なくとも自分は冗談で言ったつもりはないのだが。

目の前にいる彼。昨日までは栞と名乗っていた男を見ながら駄目子は普段全く動かしていない脳を働かせる。



(二重人格とかじゃないっすよねえ。なんか精神年齢が著しく退行してるんっすけど)



やっぱり昨日のことが原因なんだろう。確かに色々とツッコミたい状況ではあるが、駄目子はそのことに関しては口を噤んでいた。だって無邪気な小学生を演じてはいるが、その目は未来に向けて光輝いているどころか、ブッチギリで死んでいる。そんな彼を下手に突くのも面倒なわけで。



「ひーちゃん。彼どうしたの? 頭おかしい子だとは思ってたけど、今日はいつも以上よ」

「サラッとすげえ本音が出てるっすよ」



そんなことを言われても自分にはどうにも出来ないのだから。専門医にでも頼むか自然回復を待つしかない。





「つーわけで。こうなったっす」

「始めまして! 僕の名前はじょう太だよ!!」

「「…………」」



通学途中に双子に出会ったので簡単にあらましを話しておいた。学校を休ませるという手もあったが、そうなったらこいつの面倒を誰かが見なくてはいけない。適任は母しかいなかったのだが。



『私は駄目よ。面倒な子供はあなたたちだけで十分』



という耳が痛くなる言葉を承ったので一緒に連れてきた。最悪、好奇心旺盛な担任に押し付けてしまえばいいわけだし。



「なるほど。精神を追い込まれたあいつはじょう太さんになり切ってるってわけだな」

「そのじょう太ってモデルがいたんっすか」

「帝国民なら誰もが知ってる国民的小学生だぞ」

「へえ、そうなんっすか」



面倒だからとテレビなどをちっとも見ないのでそういった話題には疎い。見聞を広めるためだと、いつも寝転がりながらテレビを見ている王様あたりならなにか知っているかもしれないが。



「小学生で既にAV男優として第一線で活躍しておられるお方だ」

「それ多分、小学生じゃないっすよ」



小学生と偽った大人なんじゃないかと。それを真面目な顔で言っている弟もそうだが、それ以上にどうしてそんなチョイスを栞は選んだのか。AV男優になりきることで精神を安定させているのだとしたら、とんでもなく気持ちの悪い事実だし。



「お姉たんどうしたの?」

「……」



渦中の本人が今度は姉貴に近づいていた。どうやらなにも喋らない彼女を心配しての行動だったのだろう。



「ポンポン痛いの?」

「おい……」

「……どうしたの、おねえ――うぼぁっ!?」

「うわぁあああああああ!? ちょっとなにしてるんっすか!!」



姉貴がその拳を思い切り振りぬいていた。確かにくっそムカつくキモさであるが、いきなり殴るのはおかしいだろと。しかも、更に追い討ちをかけるように恐さに震えている栞の胸倉を掴む。



「待てって姉貴! どうしちゃったんだよ一体!!」

「こいつはなあ、殴ってやらないとわからないんだよ!! お前! こいつがずっとこんなままで良いのかよ!!」

「それは……」



良い訳がない。キモイしキモイし、なによりこのままだと自分たちがぶん殴るだろうし。



「栞。お前も逃げるな!! お前が逃げても、お前が昨日お嬢様にこっぴどくフられたのは事実だろ!!」

「はわっ!?」

「ドブみてえな面で自分の身の程も弁えずに騙されたのはどこのどいつだ? ドヤ顔晒して突っ込んだのは誰だ? てめえだろうが!! 都合が悪くなったら現実逃避して逃げるんじゃねえよ!!」

「はわわーーーーーっ!!」

「ちょっと!!」



また泣きながら逃げ出していた。まあこんな追い討ちをかけられれば当然だろうが。



「どうしてあんな追い討ちかけたんっすか」

「……だってよ。あいつの目を見たかよ。助けてって懇願してただろ」

「うっちには放っておいて欲しいとしか見えなかったっすけど」

「あたしはさ。あいつの元気な姿が好きなんだよ。長い付き合いだしな」

「まだ出会って1日っすよね」

「そのためならあたしはあいつに恨まれたっていい」

「へへっ! 姉貴も水臭いな。そういうことなら僕にも一枚噛ませろよ。ったく。面倒な親友をもっちまったもんだぜ」

「……」



凄い良い話になっているのだが。そういった空気に浸っている双子とは裏腹に、駄目子は醒めた顔で口を開く。



「それで本音はどうっすか?」

「あいつあたしの顔面を殴ったことも忘れやがってよ。地の果てまで追い詰めてやるぜ」

「あいつが僕たちの奴隷に落ちたところが僕たちのゴールだ」

「鬼っすかあんたら」



あまりにも本音が糞過ぎた。まあ面倒なことが嫌いな駄目子もこれ以上は踏み込む気はなかったが。






「はわわわわわわわわわ……」



まだ一限目が始まっていないにも関わらず、既に栞はバ○ブモードに突入していた。ここまで散々、双子の精神攻撃を受けてきた成果なのだが。

このままでは今日中に栞の精神が崩壊しそうだ。



『1-D。栞くん今すぐ職員室に来い』



「おい、栞。がーちゃん先生に呼ばれてるぞ」

「なんの呼び出しなんだよ。あたしには全く想像出来ないんだけど」

「昨日のお嬢様との一件についてだろ」

「はわわわわ」



精神が崩壊しかけていても反射的には行動できるのか。栞はおぼつかない足取りで教室を後にしていた。



「失礼します」



一体担任が自分に何の用なのだろうか。放送で強い命令口調だったので姉のことだろうかと考える。まあ自分としては教室から抜け出せたのは僥倖だった。あそこにあれ以上いるのは危ない。



「ここに座りたまえ」

「なんの用でしょうか」

「あぁ。別にそんなに緊張しなくてもいい。君の姉の話とかじゃないから」

「そりゃありがたいですけど」



それじゃあ転入した自分を気遣ってくれるのだろうか。とも思ったが、昨日の様子から見てそれもなさそうだ。



「私は人より好奇心旺盛な方でね。なんでも自分で試して知らないと満足出来ないんだ」

「そうなんですか」

「そういう”特性”のようなものか。尻に食い込んだパンツを直さなくてはいけないって反射的に考えるぐらいには当たり前のね」

「よくわからない例えですけど。なにか俺に聞きたいことがあるんですか?」

「そうなんだけど。私はなにも無条件に君から情報を聞き出そうってわけじゃない。君には理解できないだろうが、私にとってはどんなものよりも情報は必要な宝だ。だから君が私に聞きたいことがあったら今、聞くといい。私はどんな質問でも答えよう」

「質問ですか?」

「なに。私が自分に課しているルールのようなものだ。3サイズでもなんでもいいよ」



正直、そういう話をしたいのは山々だが。今はあまり女のことは考えたくない。だからといって、いきなり質問しろとか……



「じゃあ先生ってがーちゃん先生って呼ばれてるんですよね?」

「あぁ。義眼を使ってるからぎがん、がん、がーちゃん先生らしい。ユニークな名前だろ」

「うっす」



どう反応したらいいのかわからなかった。もうこういうブラックジョークは止めて欲しいというのが本音だ。口に出しては言わないが。



「それで君に聞きたい話なんだけどね。私としても全く分からない事柄なんだが」

「……なんでしょうか?」



もしかしたらババア辺りの差し金だろうか。なら本人が来いよババアとしか言いようがない。だから信用性がないんだよババアとも。がーちゃん先生はなんとも言えない、困ったような顔をしながら口を開く。



「君が自分の彼女に対してAV女優になるよう勧めている件についてなんだが」

「……うん? ……んん~!?」

「君が自分の彼女に対してAV――

「聞こえてるよ!! なにその話、初めて聞いた!!」



火のないところに煙は立たないというが。火元どころか全くもって栞には身に覚えがない話だった。



「先生。それは誤解ですよ誤解!! そもそも、転校2日目で彼女なんていないし!!」

「そうか……私はなにか早とちりしてしまったようだ」

「わかってくれてありがたいです」

「それで君が学校の女生徒に対してAV女優にならないかと勧めている件についてなんだが」

「わかってないじゃないですか!!」

「わかっているさ。彼女でもない一般生徒を狙っているんだろう?」

「ちげーよ!! なんか状況がさっきより悪化してるじゃん!!」



そんな怪しい奴がいたら1発御用だろう。自分なら即通報するし。



「先生はどこでそんな嘘話しを聞いたんですか!?」

「昨日のことなんだが……」





前日の放課後。がーちゃん先生は1人、職員室で手持ちの文庫本を読んでいた。少し前に転校生が狙われた件をなかったことにするといった手前、今の今まで証拠隠滅に走っていたところだ。今残っているのも、読んでいる文庫本が中途半端なところで終わっていたのが気持ち悪かっただけであるし。



「…………」

「そんなところにいないで。入ってきたらどうだい」

「……はい」



先ほどからずっと職員室の入り口に隠れてこちらを伺っていた人に入室を促す。チラリと手元の文庫本から目を上げると、そこに立っていたのは先ほどのお嬢様だった。

視線は定まっていないし、明らかに動揺の色が見え隠れしている。



「さっきも言ったけど。私は別に君たちのことを言いふらす気は全くないから安心したまえ。良く考えれば事後処理も面倒だしね」

「そういうことではなくて。生徒指導の先生に少しご相談があって……」

「……私がこれを読み終わるまでなら聞こう」



それは先生の態度としてどうかと思うし、先生の本を読み進めるスピードはハッキリ言っておかしい。1秒足らずでページを捲っている姿を見れば、残りの時間は1分もない。



「あの……」

「言いたいことがあるなら早めに頼むよ」

「え、AV女優と言うのになるのにはどうしたらいいのか教えてください!!」

「OK! 詳しく話を聞こう」





「聞くところによると。彼女にAV女優になれと勧めたらしいじゃないか。まあ彼氏に言われたからといって、自分の人生を決める彼女もどうかと思わないでもないが。私の周りにはそういった思想の人間いても、高校生からこれとはね。大変興味深い」

「だからそれは誤解で。俺と彼女はなんでもないんですって」

「だが私としてはそっちの方が面白いんだけど」

「もう止めて!!」



結局、誤解を解くのに1限目の授業丸々使ってしまった。いや、誤解が解けるのは30分ぐらいだったのだが、残りの時間は授業を諦めて世間話をしていたのだが。



「朝から疲れた」



誤解が解けたのは嬉しいのだが、一体なにがどうなってこうなってしまったのか。まあ先生と話して大分、精神的に落ち着いたのも確かなのだが。



「戻った……よ?」



教室に入った瞬間に、自分に一斉に視線が注がれたのがわかった。いきなり呼び出しをされて1時間も戻らなかったので注目されているのか。いや、なんかそういった視線ではなくもっと……



「なあ兄弟。あたしたちお前のことを誤解してたみたいだ」

「許してくれよブラザー」

「うっせえ。肩が穢れるから触れんな」



双子が肩を組んでるが栞は直ぐに振りほどく。人を精神的に追い詰めたこいつらを許す気など毛頭ない。



「まあ落ち着いて、これを読んでみろよ」

「校内新聞?」



それは結構本格的にな新聞だった。なんせ見た目や紙などを見れば普通の新聞とそう変わらないからだ。栞が前にいた学校にもこういうものはあったが、そういう物は先生が作ったペラペラの紙だった。



「へえ。結構よくでき……んん!?」






号外 転校生はAVスカウト!?


先日転校生がこの学園に来たことは周知の事実だろう。なぜこの時期にと思った生徒も大勢いることだと思う。となれば彼の動向は生徒たちの注目の的になっているといっても過言ではない。

昨日の夕刊で報じたとおり、彼は昨日A先輩に呼び出されている。


そして本日。朝から担任に呼び出しを受ける。これはなにかあると思うのは不思議なことでもなんでもないだろう。そこで私たち報道部は職員室での会話の一部を入手した。以下はそれである。



「君が自分の彼女に対してAV女優になるよう勧めている件についてなんだが」



とんでもない発言が彼の担任の口から放たれる。これが事実であれば、学園どころかこの街すべてを揺るがす大事件である。



「誤解ですよ誤解」



必死に弁解をしているようには聞こえない。どちらかといえば、なにか別の思惑があるように思われる。



「わかっているさ。彼女でもない一般生徒を狙っているんだろう?」

「わかってくれてありがたいです」



これには記者も口を閉ざさずにはいられなかった。まさかそういった人間がもぐりこんでいるとは。確かに我が学園は自由を校風に掲げているが、流石にこれはやり過ぎではないだろうか。

一体、この学園でなにが起こっているのか。既に事態は水面下で深刻なところまで侵攻しているのかもしれない。





この記事を見た栞の顔は真っ青になっていた。



「な、なにこの捏造記事!! いくらなんでもやっていいことと悪いことがあるよ!!」



これではまるで自分がAVのスカウトみたいな扱いになっている。この件に関しては既に解決していたはずなのに。



「ちなみにこれ!! 校内新聞って……」

「殆どの生徒が見てるんじゃねえの。今配られてるやつだし」

「誰が!?」

「あそこ」



指の先には笑顔で校内新聞(1部100円)を売りさばいているクラスメイトがいた。



「なにしてくれてんだよ!!」

「いきなりなにクマ!?」



身長は150ぐらいだろうか。圧倒的な小動物っぽさと、語尾にクマをつけるキャラ付け。そんなクラスメイトの襟首を掴んでいた。もちろん、普段の栞ならクラスメイト、ましてや女性にそんな乱暴なことはしない。

ただ、今回はことがことだった。



「この新聞だよ!! 誰だよこんなの書いたの!?」

「クマだクマ」

「お前じゃん!! それと何でドヤ顔!? とにかく、こんな捏造記事は直ぐに訂正してよ!!」



栞の言っていることは正しい。至極真っ当な人間であるならば、ここで自分の非を認めて謝り、訂正記事を書くだろう。

それを聞いたクマは鼻で笑った。



「クマはまだ学生だけど、自分のジャーナリストという仕事に誇りを持っているクマ。記事の訂正なんてもってのクマ! そんな誇りを捨てるような行為、絶対にしないクマ!!」

「しないクマじゃないよ!! 悪質な印象操作がされてるから!!」

「マスコミは世界の情報を伝えるお仕事。むしろ神なんじゃないでしょうクマ?」

「いきなり宗教臭くなってきたけど。騙されないから!! 俺が女を殴れないと思ったら大間違いだからね!!」



もちろん、本人にそんな気はないだろうが。脅しとしては十分なものになっているだろう。ただ、それを聞いたクマの顔は……



「おい放せよ。誰の襟首掴んでると思ってるんだ」

「そ、そんな怖い顔したって……」

「困るよねえ。こんなところを偶然写真に撮られたりしたら。噂のAVスカウトは暴力で女を従わせるって」

「はわっ!?」

「分かるよね?」






「はわわわわわわわっ!!」



机に戻って。再びバ○ブモードになっていた。暗にこれ以上続けたらあることないこと書きまくるぞと言われればこうなるだろうが。



「気を落とすなよ。人の噂も七十五日って言うだろ」

「お前にはあたしらがいるだろ。もっと頼っていいんだぜ」

「ブラザー……」



優しい笑顔で迎えてくれる2人を見て、思わず涙が溢れて来る。どんなに辛い時でも自分を支えてくれる友人がいれば頑張れる。なにより2人は自分の兄弟のようなものだ。



「へへっ。俺はなんて幸せ者なんだろうな」

「おいおい。照れるだろ」



栞が嬉しそうな顔をしながら2人の頭を乱暴に撫でていた。どこか気恥ずかしいものでもあったのかもしれない。ただ、それは他人から見れば仲の良い兄弟のそれである。頭を撫でながら栞は2人の頭を掴み……



ガツンッ!!



思い切り自分の机に2人を叩き付けた。遊び半分とかそういうものではなく。マジの全力でである。



「な、にゃにしゅるんじゃよ!!」



顔を抑えながら2人が声を荒げる。そりゃいきなりこんなことされれば2人の怒りもごもっともだが、栞の顔も笑っていなかった。



「これだよこれ!! ここ読んで!!」



それは先ほどの新聞記事の続きだった。






記者はこの真相に迫るべく、転校生を良く知っている双子に取材を試みた。



「確かに。そういうことをしでかすとは思っていましたけど」

「スマホの待ちうけがAVのパッケージだからね。かなりドン引きます」



転校2日目にして既にその片鱗を見せているとは。この学園の闇は深い。






「おいおい!! 親友であるあたしたちがこんなことすると思ってるのかよ!!」

「そうだぜ!! 確かにこれやったのは僕たちだけどさ!!」

「やっぱりお前らじゃねえか!! 」



双子と書かれている時点で9割こいつらで確定していた。まさに一触即発。再び醜い喧嘩が起ころうとしていた時だった。





「おい!! 転校生はいるか!!」

「はわっ!?」



大声で自分を呼んだ生物を見た瞬間、栞は目にも留まらぬ速さで寝ている駄目子の背後に隠れていた。どうやら自分に用事があるらしいが、それ以上にヤバイなにかが伝わってくる。



「なにあの動物園から逃げ出してきたゴリ男(♂)は」

「いた……いたいっす」



駄目子の背後に隠れながら背中を叩いて主張する。栞が言うとおり、顔つきは確かにゴリラに見えなくもない。それに加えて身長は2mほどで筋骨隆々とくればゴリラと間違えても不思議ではない。



「あれはヒゲゴリラ先輩!!」

「ヒゲゴリラ!? そんな名は体を表すような名前があるなんて……いや、ブタゴリラがいるぐらいだからありえなくもない」



それはともかく、栞はあんなゴリラの知り合いなどいないし、どうして呼ばれているのかも皆目検討が……



「も、もしかして……俺の彼女に手を出しやがってとかそういう……」

「10万ぐらい渡せば満足するんじゃないのか」

「そんな金あるわけないでしょ!!」



心当たりはそれしかなかった。昨日のお嬢様とグルで恐喝に来たと。どう考えても分が悪い。少なくとも栞は戦車に乗っていたとしても、あんな類人猿には勝てる気がしなかった。



「落ち着けよ兄弟。あたしの情報だと、ヒゲゴリラ先輩は大のバナナ好きだ。餌付けをすればなんとかなるんじゃないか?」

「丁度、お昼に食べようと思ってた丸ごとバナナがあるけど。背に腹は変えられない。ヒゲゴリラ先輩!!」



栞が鞄から丸ごとバナナを取り出して先輩に近づいていく。



「なんだ。お前が転校生か?」

「ヒゲゴリラ先輩。どうぞこれで怒りをお納めください」



恭しく頭を垂れながらその手に持った貢物を差し出す。正直な話、昼飯がこうやって消費されるのは懐に痛いが、背に腹は変えられない。なんせ、今まで喧嘩とかしたことないんだし。

チラリと先輩の顔を覗き込む。してやったりといった顔で。ただ、その顔は予想していた嬉しそうな顔ではなく、まるで怒りで真っ赤になっている様だった。まあ手抜かりはないはずなので、そんなハズは……



「てめえ!! 誰がヒゲゴリラだ!! 俺の名前は剛田だ!!」

「はわっ!? い、言ってたことと違うじゃん!!」



そんな嘘を教え込んだ双子に同意を求めるが、既に2人ともそっぽを向いて別ごとをしていた。まあそんなキラキラネームすら超越したような名前をつける親などいないだろうが。



「ちょっとこっちに来い!!」

「助けて! たすけてー!!」



必死の呼びかけもむなしく。首根っこを掴まれて連行されていく彼を助けようとするものは誰もいなかった。






「はわわわわわわっ」



廊下の隅に追いやられて。ムチャクチャ恐ろしい顔で見下ろされていた。完全にボコボコにされるコースである。



「今からする話はここだけの話にしろ」

「うっす」



空返事をしながらも、栞の頭の中ではここからどうやって逃げようかを考えるので必死だった。仲間が他にもいる可能性を考えれば窓からしかない。ここは3階だが、自分ならなんとかなるだろう。



(信じられるかよ。これまだ転校して2日目なんだぜ)



もう学校から逃げ出して引きこもってる方が幾分かマシな状況である。逃げてひっそりと暮らそう。



「あの……だな。お前がお嬢様のAVを撮っていたという話は本当か?」

「それはですね。不幸な誤解といいますか」

「頼む!! 俺にそのAVを売ってくれ!!」

「……へっ!?」



予想外の言葉が出てきて完全に固まってしまった。目の前のゴリラが頭を下げているのもそうだが、まさかAVを要求されるとは。だが……



「俺がAV撮ってたとか誤解なんですよ。だからそれは……」

「そうか。すまなかったな邪魔して」



余程期待していたのか、先輩は肩を落としてトボトボと去っていく。その後姿にはどこか哀愁が漂っているのは見間違いではないだろう。



「ま、待って!!」

「……?」



自分でもどうして呼び止めたのかわからなかった。そりゃこの人とは殆ど面識がないし、先輩を助ける義理もなにもない。ただ、思い出してしまったのだ。



『このAV女優おススメや!!』

『いいな。可愛いじゃん!!』

『えっ、引退作? 急にどうして……』



好きだったAV女優の新作が出たと知って買いに行ったら引退作で。それを買ってトボトボと帰路に着いた自分を思い出していた。



(この人はあの時の自分だ!!)



決して同情とかそういったものではない。自分と同じ気持ちの人を放っておけないだけだ。



「ちょっとそこで待っててください!!」



栞は走り出して教室に戻り、鞄からある物を取り出して元の場所へと戻る。そして手に持っていたブツを先輩に渡す。



「先輩。これを……」

「これは……」



先輩はそれを見て栞へと何事かと顔を向ける。それに対して栞は親指を立てただけだった。まるで言葉など不要だとでも言わんばかりに。先輩はその姿を見てフッと笑うと、頭を下げて去っていった。





翌日。先日の騒動もなんのその。まるで昨日の出来事がリセットされたかのように、栞はいつもの栞に戻っていた。



「つまらねえ」

「ぶん殴るぞ」



いたって平和な会話がなされていた。そんな教室に再びヒゲゴリラ先輩が現れる。それを見た双子の目がキラキラと輝きだす。



「年貢の納め時だな」

「金を納めるって意味でもな」

「上手くねーよ」



その先輩は栞を見つけると、その強面の顔を破顔させて栞に近寄ってくる。



「先生! ありがとうございました!!」

「えっ!? あの先生?」

「先生と呼ばせてください!! あなたは俺の恩人だ!!」



教室でゴリラが変態の手を握りながら先生呼ばわりをしていた。完全にヤバイ事案である。クラスメイトはというと、この状況が全く理解出来ていない。

剛田先輩は栞と一言二言言葉を交わし、頭を下げながら教室から出て行った。先輩がいなくなったのを確認して双子が近づいてくる。



「おいおい。ありゃどういうことだよ」

「あぁ。これさ!!」

「これって。ただのAVだろ」



どこをどう見てもただのAVにしか見えなかった。それを聞いた栞は怒り出す。



「良く見てよ!! この女優の人、お嬢様にソックリでしょ!!」

「……まあ確かに」

「いざと言う時のために、お嬢様ソックリのAVを持ち歩いててよかったよ」

「どういう念の入れ方っすか」



本当に意味のわからない備えではあったが、ヒゲゴリラ先輩のことに関してはこれで終わった。ただ……



「先生! 俺の相談に乗ってくれ!!」

「透明人間シリーズに関して相談があるんだが」

「じょう太くんシリーズって」



翌日から休み時間や放課後問わず、栞の元にはAVのことに関して相談に来る生徒が全校から集まってきていた。その相談も的確な回答が多く、栞の名前は”2年D組AV先生”として全校生徒に伝わることとなった。

ちなみに……



「みんな。俺からも相談があるんだけどさ」

「どうしたんだよ改まって」



栞が深刻そうな顔で双子と駄目子に相談を持ちかけていた。今や校内で時の人になっているのになんの相談があるのか。



「いやね。転校してきて一週間は経ったんだけど、『AVのことについて相談があるんですキャハ☆』って女の子がちっとも現れなくて……」

「現れるわけねーだろ。頭腐ってるんじゃないっすか?」



全校女子の間ではぶっちぎりの気持ち悪い生物として知られたのを、栞はまだ知らない。

書いてたらちょっと今回の話 長すぎたんじゃないって思えるぐらい長いかもです 本当はこれの1,5倍ぐらいを予想してたけど

冒頭で出てきたじょう太くんにはモデルがいます シリーズは結構楽しみにしているので 国民的小学生としてこれからも頑張って欲しいと思います

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