第5話「告白と殴り合い」
恥ずかしいことに。栞はこんな風に女の子に呼び出されたことは一度もない。しかも相手は自分の目から見ても美人である。
まあ、ああ言った手前であるが、まず間違いなく悪戯か、なにかしら別の用件ではないかと予想していた。いくらなんでも都合が良すぎる。
これではまるで、自分が主人公のラノベではないかと。
「失礼しまーす」
「あら、随分遅かったのね。レディーを待たせるなんて……」
「す、すいません」
「鍵を閉めてこっちへ来なさい」
「はい」
なにかの香水だろうか。凄い良い匂いがする。これで同じ高校生だとは信じられない。花の蜜に吸い寄せられる虫のように、栞は彼女へと近づいていく。
「はわっ!?」
「なにを驚いているのかしら。ここへ来たということは、こういうことを期待したのではなくて?」
「はわわわわっ!?」
予想以上の事態である。そもそも、女に身体を弄られる経験などない彼にとってはそれだけでも刺激が強い。
「一緒にいいことをしましょ」
「は、はいぃ……」
教室。
「姉貴。こいつ切ってくれよ」
「花吹雪の準備だな」
栞があんな目にあっている裏で、双子はせっせと祝勝会の準備をしていた。机の上には既に教室内にあった花瓶と、理科室から持ってきたアルコールランプが置かれ、後は売店で買ってきたパンやら飲み物が乗っている。下手をしたら黒魔術の儀式でも行わん場になっている。
「あなたたち」
「ぱいせんの取り巻きの方々じゃないですか」
「取り巻きって……間違ってはいませんけど」
先ほど、お嬢様と一緒に教室に来た2人が立っていた。取り巻きと言われて微妙な顔をしているが、確かにお嬢様に比べればあまりパンチが利いていない2人である。
「栞さんは戻らないので。鞄を取りにきたの」
「……おいおい、どういうことだよ。まさかの黒魔術決行か?」
「待てよ。まだ怪しい集会って線が残ってる」
どこまでも失礼な2人である。どちらにせよ、断る理由はないし、盗まれるにしたって他人の私物など毛ほどの価値もないと考えているのか、とっとと鞄を渡してしま――おうとしたのだが。
「ぁっ!?」
2人は声にならない声を上げながら回転していた。回転していたと言われても訳がわからないが、それを見ていた双子もなにが起こったのかわかっていない。本当に、なにかのアクション映画で悪役がぐるぐる回るように2人が回転して地面に倒れていた。
「やあ君たち」
「がーちゃん先生!?」
そこに立っていたのは自分たちの担任だった。生活指導担当にして、学園内での荒事も一手に引き受ける。それだけ知っていれば、今の状況にも納得がいった。
「ところで栞くんはどこに行ったか知ってるかい?」
「1階の空き教室です!!」
「不順異性交遊をするっていってました!! 現行犯でボコってください!!」
「善処しよう」
速効で友達を売りやがったのはともかくとして。それを聞いた担任はゆったりとした足取りで教室を出て行った。
「……くっ! どこにありますの」
「はわわ……」
こちらの2人は……先ほどからあまり進展はしていなかった。お嬢様が一方的に栞の身体を弄っているだけで、栞は未だ混乱しているのか自分から触りにいくことなく、受身に徹している。
どごぉっ!?
「な、なんですの!?」
「はわっ!?」
轟音と共にドアが2人の傍を吹っ飛んでいった。
「全く。こんなか弱い乙女の蹴りで蹴破れるなんて。至急、もっと頑丈な扉に替えるべきだと思わないかい」
「……っ!?」
それは栞が視認できるか出来ないかの早業だった。先生の姿を見た瞬間、お嬢様が栞から離れて先生に接近する。恐らくは袖に隠していたナイフを使っての一撃必殺。明らかに素人の動きではなかった。
「先生!?」
対する先生は全く動こうとしない。そんな姿に栞が声を荒げたのは仕方のないことだろう。そこから栞は一挙手一投足すら目を離さなかった。ただ、気付いたら先生がお嬢様の腕を捻り上げて地面に打ち倒していた。
警察が犯人によくやる逮捕術であるが、あれをやられるとそう簡単には抜け出せない。
「扉を直すのは君へのお仕置きが終わった後だけどね。さて、完全に校則違反をやっているわけだけど、探し物は見つかったかな?」
「くっ……」
「ちなみに。別働隊の2人は先に捕まえたから。まあ本人が持っているか鞄にあろるか判断出来なかったから2手に別れたんだろうけど。それが仇になったね。まあ3人揃っても私の相手は無理だが」
「どうするつもりですの」
「最初に説明があったと思うけど。校則違反者は捕縛者。つまり私の好きに出来る。もちろん、国に帰れるなんて思わないほうがいい。精々が死ぬぐらいさ」
「ちょっと待って!!」
先生がお嬢様の耳元で話していたせいか。栞には会話の断片しか聞こえていなかったが、彼にはこの状況が如何に切迫したものであるかはわかっているつもりだった。
「先生!! 百合百合してるところ悪いけど」
「別にしてるつもりはないんだけど」
「まだ俺たちは”行為”をしていません。つまりまだ清い健全なお付き合い!! ボディタッチぐらいならいいでしょ!!」
「……あの。そういうことじゃないんだけど」
なにか決定的な齟齬のようなものを先生は感じていた。これが自分のやる気を無くすために、わざとやっているのなら大したものだが。どこまでも真剣な。自分に真っ直ぐ向いている目を見て、先生は呆れたような顔になる。
「……はぁ。もういいよ。私は馬鹿の相手をするほど暇じゃなくてね。今回だけは見逃してあげるから」
お嬢様を掴んでいた腕を離して。どこか疲れたような顔で先生は教室を出て行ってしまった。栞にとっては、先生の許しも得たことだし、続きをはじめようと。
「うへへ。さあつづ――」
「申し訳ありませんでした!!」
「はわっ!?」
指をくねくねさせていたら、見惚れるような綺麗な土下座をされていた。土下座はしてもされるような人間ではないと自負しているだけ、いきなりの行動で驚いたがそれよりも。
「えっと、どういう……」
「私があなたを騙していると知りながら、庇って頂けるなんて」
「えっ!?」
「恐らく最初から私たちの思惑などとっくに知っていらして、わざと騙されたフリをしていたのですね」
「はわわわわ」
「腐っていても私にだって誇りはありますわ。許してもらうまで頭を上げるつもりはありません!!」
こういう頑固なタイプは許さなければ一生頭を下げているだろう。それよりもなによりも。
「さ……最初から知ってたし」
「やっぱり!!」
「怪しさ全開だったし。知ってた上でこういうあれだし。だからもう別に気にしてないしうん」
「本当に申し訳ありませんでした! このご恩は――」
「そういうのいらないし、もう教室戻るから」
決して強い足取りとはいえないが。まるで酔っ払ったサラリーマンのような千鳥足で教室を後にしていた。
既に取り巻き2人も帰ってしまった教室。双子が痺れを切らしてそろそろ帰らんとしているぐらいの時間が経って。駄目子も自分の足で帰ろうか悩んでいた。
でも、自分の足で帰るのは面倒だし。まあ最悪、あいつが帰って来なかったら教室に泊まればいいやと思っていると。
ガラッ
「帰って来たっすね」
「お~い!! どうだ――」
「はわわわわわわわわわわ」
栞は椅子に座るなり、顔を突っ伏してバ○ブみたいな挙動で小刻みに振動していた。どうやら駄目子は、今日のところは自分の足で帰らなくてはいけないらしい。
もう明らかに成功した風ではないわけだし。
「おい、どうしたんだよ!!」
「はわっ!? えっとさ。こ……」
「こ?」
「困っちゃうよねぇ!! 3人して俺を好きだって。俺の身体は1つしかないのにさあ!!」
「「…………」」
その3人というのは取り巻きも合わせたものだろう。取り巻き2人はさっきまでここにいたのだから、その嘘は直ぐに露呈する。というよりも、目を逸らしまくっているし、明らかに挙動不審すぎる。
ショックでそうなっているのか、元来嘘がつけないタイプなのかはともかくとして。
「そこで俺は丁重にお断りしないとねって。傷つけないように最大の配慮を図るのも紳士として――」
「もういい!! もういいんだよ!!」
「ど、どうしたんだよ声を荒げて」
「お前な。そんな嘘であたしの目を誤魔化せると思うのかよ!!」
「はわっ!? う、嘘じゃねーし!!」
あれで嘘じゃなかったら栞は俳優に転向した方がいい。しかも姉貴に声を荒げられたのに驚いたのか、口笛まで吹く徹底振り。そんな栞の肩を力強く掴む。
「虚勢を張って自分を強く見せようとしたっていいけどよ。泣きたい時は泣いた方がいいんだぜ!!」
「は、はあ!? 別に泣きたくなんてないし! そんなに傷ついてないし!!」
「だったらお前。なんで涙なんか流してるんだよ!!」
「えっ!?」
確かに。本人に自覚はないらしいが、声を荒げた辺りから栞の目には大粒の涙が浮かんでいた。まあ姉貴の言うとおり、下手な嘘をつくぐらいには追い詰められていたのかもしれないが。
「ち、ちげーし!! これは目から我慢汁が溢れてるだけだし!!」
「普通に気持ち悪いっすね」
汗とかそういう表現でいいだろうに。色々と台無しだった。
「他人に涙を見せるなんて恥ずかしいかもしれないけどよ。あたしら血は繋がってないけど、確かな絆で結ばれた義兄弟じゃねえか。吐き出してもいいんだぜ」
「うぇ……ぅうううううううううう!! だって期待するやん!! 綺麗な人から身体弄られてさ!! 実は騙してたとかあんまりやん!!」
机をダンダン殴って泣いていた。相当傷ついていたらしく、嗚咽を漏らしながら愚痴を零している。
「酷いと思うでしょ!!」
「そうだよな。そんなお前に今、あたしたちが言える言葉なんてそうはないけどさ」
「……ひっく。なにさ?」
「ばっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっかじゃねえのぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!! あはははははははははははははははっ!!」
「僕たちも言っただろ。最初から釣り合わねえってさ」
「」
「将来はカイエン青山ですキリッ。お前は敗戦処理でもやってろよ」
「お前は僕たちに大切ななにかをもたらしてくれました。体を張った笑いです」
「」
ここぞとばかりに追い詰めていた。双子の高笑いが教室内に響く中、栞はゆっくりと立ち上がって。
「オラァッ!!」
「げぼしゃっ!?」
「おい、てめえ!! 弟になにしてくれるんだよ!!」
「てめえら……てめえらに今日を生きる資格はねえ!!」
ぷっつんしていた。脇で見ていた駄目子ですら、こりゃやり過ぎていると思っていたほどだ。見ると栞の顔は怒りで真っ赤になっている。
「今日を生きるしかくぅうううう? それがないのは今日、アホ面晒してぱいせんに騙されたお前だろうがよ!!」
「ぶっ殺す!!」
「やってみろや!!」
放課後。1つの教室で3人による殴り合いのゴングが鳴った。
数十分後。
「ってぇ。あの馬鹿、思い切り殴りやがって」
「女だからって容赦なしだぜ。マジありえねえよな」
双子が2人で栞に対して愚痴を言い合っていた。その当の栞を2人でボコって精神的に口撃して。最後には栞が泣いて帰るという大勝利に終わったわけだが、喧嘩になったのも全部自業自得である。
「あ、あの……」
「ぱいせんじゃん。どうしたの?」
控えめな声を出しながら、教室の入り口から体半分だけ覗かせていたのは、本日の喧騒の中心であったお嬢様だった。今更、栞に謝りに来たのだろうかと、双子は不愉快そうな顔をする。
「栞さんは……」
「もう帰ったけど」
「そうですか」
どこかホッとしたような顔をして。お嬢様は教室の中に入ってくる。
「あなたたち。あの……」
「……?」
自分たちに何か聞きたいことがあるのか。でも今日最初に会った時の自信満々な態度はどこへいったのやら。どこか歯切れの悪い物言いに、2人は顔を見合わせる。
「栞さんの好みとかって、なにかわかりますか?」
一体、なにが栞とこのお嬢様の間にあったのだろうか。それはわからないが、とりあえず双子は顔を見合わせながらニッコリと笑う。
「そりゃAV女優だろ。むしろ主食だしな!!」
「常に持ち歩いて愛でたいとか言っちゃうレベルだし!!」
「まあぱいせんもいい線言ってると思うけど、AV女優じゃなきゃな」
言っておくが。2人には悪気しかなかった。もう完全に栞の印象を下げる意図が見せ透いている。しかし、お嬢様は……
「そうですか。情報、感謝いたしますわ」
どうやら印象を下げることに成功したのだと2人はお嬢様が出て行った後にハイタッチをするが……翌日。これがまさかの事態になるとは、当の本人たちですら予想だに出来ていなかった。
今回は早めに書けたねいつもこれぐらいだといいのにね ちなみに作者の彼女はAVです