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第3話「ドメスティックなお隣さん」


建物から出て。現在、栞は車に乗ってゆらゆらと新しい家へと向かっている。未来都市なのだからと色々期待したのだが、窓の外の景色もそこまで未来っぽさはない。



「……はあ」

「気持ちはわからないでもないが。そう何度も溜息をつくな」



人に聞こえるように溜息をつく奴は所謂構ってちゃんである。そんな持論を掲げているC5だが、ただ目の前にいる少年の境遇に関して同情出来る部分しかないことを知っていたため、口を開いた。

不器用な言い方ではあるが、彼は彼なりに心配しているのだ。



「なんでこんなむさ苦しい男と車内で2人きりにならなくちゃって思うと溜息も出ますよ」

「あぁ。口から内臓飛び出すぐらいに腹パンして欲しいなら後でしてやるから待ってろ」



どうやら心配は杞憂だったらしい。そりゃ自分だって出来れば男より女と一緒にいたいが。



「そういやお前。これから1人暮らしになんのか?」

「そうですよ」

「大丈夫か? あれならババアに頼んでババアと2人暮らしでも……」

「おい! 幾らなんでも言っていい冗談と悪い冗談があるんだぞ!!」

「ばっ! 椅子を蹴るな馬鹿!!」



ババア関連でキレたのか。運転席に座っているC5の椅子を容赦なく後ろから蹴り上げる栞。なんかもうぐだぐだだった。





「着いたぞ。俺も住所通り来ただけだが。ここがお前の新しい家らしい」

「……合ってると思いますよ」



自分がさっきまで住んでいた家と全く同じ家なので恐らくそうだろう。というよりも、まるで家ごとここに移設したかのように全く同じ家なのはなんだろうか。

これで自分が寂しくない様にした配慮ならば完全に失敗しているとしかいえない。だって不気味極まるし。



「あれ? 家はこっちじゃ……」

「ちょっと待ってろ」



徐に隣の家のドアをガンガン殴るC5。少なくともちょっと出てきてくださいとでも言っている雰囲気ではない。


普通に考えて借金取りが如く勢いで叩いていれば直ぐに中にいる人は出てくる。家から出てきたのは女性だった。主婦だろうか。若い女性だという印象を呆けながら持つ栞だったが。

やはり呼び出し方が不味かったのか。女性はC5と口論をしながらも、自分の顔を見ると、満面の笑みを浮かべて近づいてくる。



「あなたがあの子の弟? あの子に弟がいたなんて初めて知ったけど……確かにあの子に似て糞をドブで煮込んだような憎たらしい顔をしてるじゃない」

「失礼極まりますね」



初対面で変態呼ばわりされたことはあっても、ここまでボロクソに言われたのは初めてだった。いや、どういう顔だよって話なんだが。それを端から見ていたC5からツッコミが入る。



「そいつ。血は繋がってないらしいぞ」

「そうなの? よく見たら……やっぱりドブみたいな顔してるわ」

「既に人生タイムアップ寸前のババアに顔のことを言われたくぐぇっ!?」

「じゃあ、これ。貰ってくから」

「いいんじゃね」



アゴに綺麗なストレートを貰ってぶっ倒れている栞を指差していう。それを見たC5の目は哀れみとも呆れともとれるが。それ以上はなんとも言わずに立ち去ってしまう。



「うぅ……いたいよー」

「自業自得ね。それであなた……えっと、栞くんだっけ」

「そうです」

「今から荷解きやらなんやらをやったら時間がかかるでしょ。今日はウチでご飯を食べていきなさい」



そういえば。色々あって忘れていたが、今の時間は世間一般でいう夕飯時である。かくいう自分も腹が減っていないといえば嘘になる。

ここは素直に甘えた方がいいだろう。



「えっと。お邪魔になりませんでしょうか」

「大丈夫よ! ウチもそれなりに大所帯だから1人2人増えたって大したことないから」

「じゃあお言葉に甘えて……お母さん」

「はわわ……もういっそウチの子になっちゃう!? いいのよ私は!!」

「いや、それは遠慮します」



少しお世辞を言ったらこれである。彼にしてみればさっき出会ったババアと同類なのだが、ここは大人しくしておいた方がいいだろう。

先ほどのストレートなど、下手したら人を殺せる威力であったわけだし。



「うちにも娘がいるんだけどね、あなたと同じ歳の。だから遠慮とかいらないから!!」

「あぁ、はい」

「じゃあはいっ――」

「かーっかかかかかか!! 良くぞ我が家に来た――」



バタン!!



開けた瞬間に閉められた。いや、なにかヤバイ者が顔を覗かせていた気がするが。



「あの。なんか全裸の女が立って――」

「なにも見てない」

「えっ!?」

「なにも見てないでしょ?」

「うっす」



明らかに痴女らしきなにかを見たのだが、それを肯定してしまうとお母さんが持っている拳が間違いなく自分に振り下ろされるだろうことがわかっていたのでこれで黙る。

それを見て満足したのか、お母さんはにっこりと微笑む。



「ちょっと待っててね。掃除があるから」



それだけ言って、彼女は1人家のなかへと入っていってしまった。なにやら言い争いをしている声が聞こえるが、彼は聞こえないふりをした。

”なんでまた全裸なの!?”とか”それは当然だ。余はなにも着飾っておらん方が美しい””馬鹿言ってないで早く服着なさい!!”なんて会話が聞こえてきたら黙るほかない。



「入ってどうぞ!!」

「失礼します」



声に促されて入ると、そこにはお母さんと先ほどの女がいた。今度は全裸ではなく、黄色のジャージを着込んでいるが。



「余は天上天下に名を轟かす王である。そちの名はなんという」

「うっす栞っす」

「うむ。楽にしていいぞ」

「うっす」



なんかRPGでよく見る王様と勇者一行の会話のようだった。いや、現実世界でこんな謎の歓待を受けるとは彼自身も思っていなかったが。

まあ確かに。今までの人生で出会った人の中でも、ぶっちぎりで危ない言動をしている人だが。ただ、それを納得させるだけの神々しいオーラのような物を纏っているのも事実だった。

ぶっちゃけ、美人だった。テレビで見るどんなアイドルなんかよりも。


自分と同じ金髪を腰まで伸ばしながらも、その髪は自分の物と違ってまるで絹100%のような美しさがあるし、その顔立ちも髪に負けず劣らず美しい。未だ年齢からいって童顔ではあるが、そこには確かな自信が漂っている。ジャージの色彩は正気を疑うような色をしているが。



「では余の後ろ――痛い痛い!! 母上!!」

「ごめんなさい。この子、生まれる時に産道に頭を強くぶつけちゃってこうなっただけだから。9割方戯言だと思って無視していいわよ」

「それでいいのか母よ」



思い切り頭を押さえつけながら酷い暴言を言っている。まあ自分も身内がこんなだと嫌だが。



「……ふむ。まあいい。余のことは気軽に王と呼ぶがいい!!」

「あぁ、王様だから。なるほどなるほど」

「王と書いて”わん”と読む。既に名からして気品が溢れるであろう?」



絶対に名前のチョイスを間違えましたよねと視線で訴えるが、当の母親の目が死んでいたのでこれ以上は突っ込みを入れるのは止める。

蛇がいるとわかって藪を突きたくはないし。





「2人とも座ってて頂戴。今、準備するから」



夕飯はカレーなのか。良い匂いが漂ってくる。ただ、座っていろと言われはしたが、その言葉に甘えるわけにはいかない。



「夕飯をご馳走になるんで、なにか手伝いますよ、お母さん」

「はわわ……」



なにか凄い感動されていた。てっきりやんわりと遠慮でもされると思っていたので予想外の反応である。



「ごめんなさい。こんなこと言われたの初めてで嬉しくて」

「それぐらいは当然っていうか……」

「あれを見て。一切手伝う気がないウチの子を」

「テレビを見ながら胡坐かいてますね」



こっちを意に介してすらいない。まあ自称王様なのだからそういう態度で問題ないのかもしれないが。



「もう。あなたの棒をぶち込んで妊娠させてあげたいぐらいね」

「爪を煎じてを上手くいったつもりかもしれないけど、とんでもねえ言い回しだな」

「私としてはそれで全然問題ないのよ。むしろいっちゃえ的な」

「一気に手伝う気が失せましたわ。あっちでテレビ見てます」

「待って!!」



栞がお母さんを見る目は既に先ほどのものとは正反対のものになっていた。自身の経験上、こういった手前には関わるとロクなことがないと知っている。

ただ、袖を掴んでいる母の力もかなり強い。なにがなんでも放さないつもりだろう。



「手伝ってくれるんでしょ。ここはいいから、2階にいる子を呼んできて」

「……まあそれぐらいならいいですけど」

「そっちに階段があるから」

「はーい」






「あれ? そういえば他に姉妹でもいるのか……父親か」



そこらを聞いていなかったことを思いついたが、どちらにせよドアを叩いていけば当りが出るだろうと考える。2階には幾つかドアがあったが、名札がついているのは3つだけだった。



王、1、一。



恐らく王は王様のことだろう。じゃあ残りの2つの内のどちらかかどっちもか。なぜ、名前ではなく数字なのか。一はわかる。はじめとかそんな名前なのだろう。1はなんなのだろうか?



「とりあえずは1からいくか。夕飯ですよー!!」



ドアを叩きながら呼んでみるが。音がするので、どうやら中に人はいるらしい。



「あっ! ゆうは――ひぃっ!?」

「死ね」



なにかが扉の影から覗いたと思ったら呪詛を吐かれて閉められた。なにを言っているかわからないが、当の本人が一番わからなかった。



「気を取り直してこっちにいこう」



今のは見なかったことにした。気にしたら本当に呪われそうな気がするし。



「夕飯ですよー」



こっちは物音もしない。どうやら中に人はいないようだ。まあさっき呪われたので二重な事態にならなくてほっとしたというか。



ドシン!!



「大丈夫ですか!?」



なにかが倒れるような音がした。ので、反射的に開けてしまった。ここでお約束で女の子が着替えていたりしたらラッキーだったろう。後で殴られるかもしれないが、そんな先のことを考えても仕方がないわけだし。

まあ目の前にあるのはぶっ倒れている女なのだが。



「はわわ……さ、殺害現場!?」



そこにはベッドに足をかけながら床に突っ伏しているなにかがいた。いや、冷静に見ると……



「良い尻をしている。大丈夫ですか?」



明らかに事案一歩手前な発言をしながら尻を叩いている変態がそこにいた。



「……ぐぅ」



どうやら当の女は寝ているらしい。寝違えてベッドから落ちたのだろう。顔を真っ赤にしながらも起きない寝付きの良さは凄いものだが。



「起きろー夕飯だぞー」

「……ぐぅ」

「胸……はないな。尻揉むぞー」

「……ぐぅ」

「同じ反応ばっかじゃねえか。起きてるだろ確実に!!」

「……ぐぅ」



もうなんか腹がたってきた。今日一日で色々なことがありすぎて栞の頭も大分緩くなっていたのだろう。



「…………」





「連れてきましたよー」

「あら。私もひーちゃんを連れて来られるとは思ってなかったけど」



チラリと栞とひーちゃんと呼んだ娘を見るお母さん。起きないので無理に背負ってきたのだが……



「私、これからあなたのことお父さんって呼べばいいのかしら」

「確かにそれっぽい光景だけど、こんな娘はいらないよ」



栞は彼女を乱雑に椅子へと降ろす。別にそこまで重くはないのだが……黄緑という自然界でしか見たことないような髪色はともかく。王様の姉妹なのか顔は結構整っていて……涎を垂らしている姿を見ると、色気0だが。



「そういえば、先ほど呪われたんですけど。解呪の方はどこで行えばよろしいんでしょうか?」

「あぁ。いっちゃんのことね。あの子はシャイだから放っておいても問題ないわ」

「シャイで呪われたんですかねえ」


少なくともどうにかする気はないらしい。





「それではいただきます」

「「いただきます!!」」



4人で席を囲んで夕飯を食べ始める。



「味はどうかな?」

「美味しい……と思うんですけど」

「どうしたの?」

「いや、なんかカレーに溺れている子が」



いっちゃんと呼ばれた子がカレーに頭を突っ込んでいた。傍目から見ると遺体にしかみえねーだろこれとしか言いようがない。

実際に熱くないのとか色々突っ込みどころはあるし、あんなもん見せられたら、食事どころではない。



「いいのよ。いつものことだから」

「そうなんですか」



もうなにも言わなかった。



「遠慮することはない。早くお主も食すがいい」

「あっはい」



バケツでカレーを食ってる人類など初めて見た。大食いとかそんなレベルではない。いや、確かにどこか気品が溢れる食べ方をしているが、バケツはねーよ。

栞は既にここを家族の温かみがある場所などとは思えなかった。動物園のサル山に1人放り込まれたかのような感覚だ。



「ところで。姉ちゃんとはどんな仲なんですか?」

「あぁ。ウチの旦那の相棒……みたいな仲かしら。まあ確かに人から誤解されやすい人だとは思うけど」

「……姉ちゃんがそんな風に言われるなんて。決して褒めてるわけではないにしろ」



少なくとも自分に罵詈雑言を投げかけられるのではないかと身構えていただけに肩透かしである。そんな経験、山ほどあるので今更慣れっこではあるが。



「ウチの旦那なんて10件も裁判を抱えてるぐらいなんだから。実害がある分、全然あの子の方がマシよ」

「母上。前に帰って来た時に2件増えたと言っていたから12件だ」

「そうだったわね。だから大丈夫よ!!」

「そうなんだー」



類は友を呼ぶと言うか。既にお隣同士という仲をなんとかしないととしか思えなかった。現時点でこの家族とこれ以上関わるのは危険だと自身の勘が告げているわけだし。



「……ふむ。もう7時か」

「あぁ、そうね。この街で守らなくちゃいけないルールの一つを教えておくわね。夜8時以降に家を出てはいけません」

「……夜間外出禁止ですか? もし破ったら」

「警備隊に捕まって1週間は出てこられないから」

「えっと……マジみたいですね」



良くわからないルールだが、恐らくこの街の機能とかなにかに関わることなのだろう。まあ深夜徘徊をするような不良でもないので素直に従っておこう。



「それと明日から学校があるから。明日の朝もうちでごはんを食べていきなさい」

「いえ! そんな夕飯までご馳走になったのにそこまでは……」

「学校の場所がわからないでしょ。それにあなたはまだ子供なんだから、遠慮しなくていいの」



肩をぐっと捕まれて真っ直ぐに目を見つめながら言われる。今わかった。こっちのババアはあっちよりも数段タチが悪いと。



「はい。明日もお邪魔させてもらいます」



そう言われたらこう返すしかなかった。たとえ不本意なことであっても。少なくともこの家族に関わるのは明日で最後にしようと固く誓う栞であった。

前回の投稿から一週間くらいでしょうか(白目

次回は早め投下になると思います多分

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