白と黄緑の親子愛物語
すやすやと眠る弟子を見つめた。
黄緑をさらに薄くしたような色のふんわりとした柔らかな髪を持つ僅か10年しか生きてない少年…エメル・ゲルトシュタイン……彼こそがまさに眠っている弟子であった。
(世間では祈りのエメルと結構有名になってしまったものだ…)
眠るエメルの髪を優しく撫でるのは白髪に黄緑の瞳を持つ300年もの長い時を生きたゲーテ・ルグト、エメルの師匠であった。
ゲーテにはかつて妻も子供もいた、しかし流れる時は残酷でゲーテだけを残し妻も子供も死んでいった。
確かに孫やひ孫は居るだろうが、それはゲーテにとってなんの足しにもならない。
妻と子供の死を見届けぽっかりと空いた心の穴はそう簡単には埋まらない。
覚醒魔力…彼が死ねない理由であった。
この世には緑、赤、青の基礎魔力のほかに黄、紫、橙、灰という特殊魔力もあるのだ。
黄はエメルの持つ自由魔力と呼ばれるもので鍛えると不老不死になるものだ。
紫は永久魔力と呼ばれて長寿になる。
橙は不可魔力と呼ばれ防御が高くなる
そして最後の灰がゲーテの持つ覚醒魔力であった。
覚醒しなければ何の力もないが覚醒すると他とは比べられない程の力を得る。
ゲーテは覚醒者だった。
長い時を若き姿で生き長らえることは苦痛であった。
知っているものも居なくなり自らの名前も伝説にされ…死ぬことはなくただ漠然と生きる事しか出来ない。
エメルがコロンと寝返りをうちゲーテに引っ付いてきた。
温かな子供の温もりが冷えきっていた心を暖める。
ゲーテは頬を緩めた。
何度死を望み、何度己を呪い、何度世界を呪い…憎しみ妬み悲しみ心をすり減らして来ただろうか。
(この子に会うために生きてきたのか…)
エメルは親のもとから離れて旅に出ていた子供だった。
ゲーテが偶々森で薬草を探していたところ、邪獣に襲われていたのを助けた。
放って置けなかったゲーテは暫く旅を共にした。
強くなりたいと言い出したエメルをゲーテは弟子にした。
かつては弟子など取るものかと思っていたのだがこの子だけはなぜか特別だった。
我が子に姿を重ねてしまったからかもしれない。
それほどエメルはゲーテの心を解かした。
「むにゃ…?ししょー?」
トロンとした黄緑色の目を開けゲーテを見つめる。ゲーテは気がつかないうちに眠っているエメルをまるで我が子のように強く抱き締めていた。
「すまないエメル…今はこうさせてくれ。」
左手で彼の頭を撫でてやった。
ちょっと乱暴にわしゃわしゃと撫でるのがゲーテの癖である。
「ししょーに撫でてもらえるのは嬉しいなぁ~えへへっ」
嬉しそうに笑うエメルはゲーテの胸に頭を擦り付け甘えてきた。
「………エメル」
「なんですか?」
「………いや、なんでもない」
あのときの景色をゲーテは見ていた。
腕の中の小さな命と…自分に寄り添う妻といる景色を…。
脳裏に焼き付いた幸福の景色は何よりも美しく…儚い。
つうっと熱いものがゲーテの頬を流れた。
「ししょー?」
不安げに見上げてくるエメルを撫でる。
「何でもない…気にしなくて良い」
ゲーテはエメルを抱き締める。
「……ししょー苦しーよぉ…」
「……」
エメルは何かを悟ったかのようにふっと笑った。
「……ししょー…ずっと家族でいてね?」
「……あぁ」
長生きも悪くないかもしれない。
この子が立派になって、もう自分が必要とされないくらいになったら…
そっと………そっと家族のもとに逝かせてくれればいい…それまでは…………
「家族でいような……」