EPISODE-Ⅲ ~地球の守護者~
PROLOGUE
女神の砦にて
そこは、どこもかしこも光が差していた。
白い壁紙や近い色で統一された調度品はどこか硬質な印象を与えるが、淡く柔らかな照明と空調によって部屋中に行き渡ったアロマキャンドルの香りがそれらを上手く相殺していた。
主のセンスの良さを感じるであろう――――そんな空間だった。
「と言う訳で……」
対ヴァルハラ人類防衛組織『ガーディアンズ』の拠点にして、世界を守る最後の砦『シルメリアベース』の司令執務室。そこで『ガーディアンズ』について説明していた司令官・マリア・シュタイナーは、執務デスクを挟んで佇む中性的な風貌の少年の様子がおかしい事に気付いた。
「昴君?」
疲労もあってか、執務室を満たす不思議な居心地の良さにどっぷりと浸かっていたらしい少年――――御子神 昴は、とろけかけた意識の外から声をかけられ、反射的にしゃちほこばった。
「もしかして……私の話、聞いてませんでした?」
「……すいません」
マリアに問われた昴は、項垂れ気味に頭を下げた。
小さくなった少年の姿を見たマリアは、苦笑混じりの溜め息を吐いた。少々退屈な話だったのは事実だ。
「わかりました、もう一度説明します。我々『ガーディアンズ』は『神々』から人類を守る為の結成された防衛組織で防衛及び迎撃を主な任務とします」
今度は出来るだけ簡素に、噛み砕いた言葉で伝える。一旦、言葉を切ったマリアは、眼差しだけを少年に向けた。それに対して、昴は静かに頷いて応えて見せた。
「その為に、我々には独自の権限と最新鋭の装備が与えられています。そして、私を含めた全ての隊員は、それに値する責任を負わなければなりません」
柔らかな調子のまま、鋭さを孕んでゆくマリアの声。昴を見ると、生唾を飲み込んでいる。その表情は、意外にも男らしい。
「……だからと言って、必要以上に気負う必要はありません。自分にとって大事なモノを守りたい。それ位で良いんです」
そう言って、マリアは柔らかな微笑を浮かべた。瞬後、張りつめていた部屋の空気が和らいで元の穏やかな雰囲気が戻って来た様に思えた。
「何か質問は?」
「いえ……でも」頭を巡らせた昴は、白い壁紙の『向こう側』の景色を見据えた。「いつの間にか、こんなモノが出来ていたなんて……」
自らの預かり知らぬところで起きていたのであろう出来事を思ったのか、昴は身を震わせている。何も知らなかった、では居られない事を悟ったのだろう。
「そうですね……昴君は知っておいた方が良いかもしれませんね」
「え?」
思案げな表情で視線を漂わせるのを止めたマリアは、狼狽える昴へ静かに切り出した。
「この組織を作ったのは、貴方のお父様――――御子神 総一郎教授なんですよ」
INTER-MISSION
正確に言えば、御子神 総一郎がガーディアンズを作ったという表現は正確ではない。
発端は、十数年前の遺跡発掘作業から数ヶ月後の事だった。
既に帰国していた総一郎の元に、共に発掘作業に関わった現地の学者から連絡が入ったのだ。最初は事後処理の件かと思ったが、そうではなかった。
その学者が言うには、最近発掘作業に関わった人間が次々と謎の死を遂げているとの事だった。
一応、話だけは聞いておこうと総一郎は電話の向こうに先を促した。
その学者が震える声で語った所によると、始まりは作業の指揮を取っていた現地の大学教授の不審死だった。朝自室のベッドで事切れている所を細君が見つけたそうなのだが、その様子があまりにもおかしかったらしい。
件の教授は恰幅の良い体つきだったのだが、それが一夜にして骨と皮だけの状態になっていたとの事だった。
それから相次いで不審死が続き、もう生き残ってるのは電話先の学者と総一郎だけになっていた。
先の教授はまだ良い方で、中にはあまりにも凄惨なモノもあったらしい。
次は自分かもしれないと漏らした学者は、どうしても預かって欲しいモノがあると告げた。
総一郎は詳しく問うてみたが、いずれ解るの一点張り。そして、近いうちに会いに行くと告げられたのを最後に電話が切れた。
その学者とはそれきりであった。
数週間後、総一郎の元にあの電話の学者から小包が届いた。彼が亡くなったとの報せが届いたのは、それからすぐだった。
小包の中身は、例の遺跡で発見された古代の遺物の一つであった。どういう意図で送られた物なのか、当人が既にこの世に居ない以上最早わかりようも無い事だった。
総一郎は、この件を機に例の遺跡に関する資料や伝承を一から洗い直す事にした。
不安が無いと言えば、嘘だった。だが、総一郎は信心深くはあっても、迷信深くは無かった。
カーナボン卿じゃあるまいし、と己に言い聞かせながら総一郎は真実を追った。
しかし、たった一人で断片的な資料から新しい事実を見つけ出すのは、かなり難儀な作業だった。が、苦難の末に邪神ロキが神々に反旗を翻した太古の最終戦争──ラグナロクに辿り着いた。
古の大戦に何か予感めいたモノを感じ取った総一郎は、発掘作業のスポンサーであった北欧のある大富豪の下を訪ねた。代々遺跡の守り手を勤める『墓守』の一族の一人である彼以外に、こんな突拍子も無い話は持っていけなかったのだ。
大富豪は、与太じみた話を黙って聞いてくれた。そして、総一郎の話を信じてくれた。
喜ぶ総一郎に、大富豪はある話をした。
それは、彼の一族に伝わる伝承の一節だった。
『邪神によって封じられし神々、長き時を経て再び大地に降臨す。
そして、炎をもって世界を塗り替える』
それが何を意味するか。今となっては、大富豪自身にもわからないらしい。
更に大富豪は、自身がかつて経験した不思議な体験を語ってくれた。
ある夜、自室で眠っていた大富豪は、何者かの気配を察して目を覚ました。周囲を見回すと、窓辺に佇む人影が見えた。
年端もいかぬ少女の様な人影だったらしい。
人影は、何かを訴えるかの如く大富豪を見つめていた。
やがて、人影は周囲の景色に溶ける様に姿を消した。大富豪も時が経つに連れて、その事を忘れていたのだが、総一郎の話を聞いて思い出したとの事だった。
大富豪は、それを何かの警告だと解釈していた。
神々の復活、そして最終戦争──ラグナロクの再現。
総一郎と大富豪は、同じ結論に辿り着いた。
別れ際、大富豪は総一郎に約束した。
考古学者である自分にはあの遺跡を暴いた責任がある。だから、絶対に最終戦争は起こさせない。たとえ、この命に換えても……
こんな荒唐無稽な話に付き合ってくれた大富豪に、総一郎は最大限の感謝と幸運を祈った。
その後、大富豪は自身がスポンサーを勤めているある民間軍事会社を通じて、世界中から様々な人材を集めた。彼等の中でも特に優秀な技能を持つ者達で構成された組織こそ、ガーディアンズの原型となる特別チームであった。
それから、幾度もの再編を経て現在の形となった地上で唯一の『防衛組織』は、神機獣の地上侵攻を契機に正式に始動したのであった。
CHAPTER-Ⅰ
~ガーディアンズの人々~
スゴい話聞いちゃったんだよなぁ……
司令執務室を出た昴の足取りはすこぶる重かった。確かに、色々な疑問点は解消された……されたのだが、マリアが最後に付け加えた一言が、重石の様に腹の中で凝っている。
──この事を知っているのは、ガーディアンズの中でも極一部ですので他言無用にお願いします。
こんなにも、抱えるモノが多くなろうとは……ほんの数日前までは、本当に考えられなかった。それに……
「あれが資料室。あそこが娯楽室です。因みに、使用料金は一時間につき千円です」
言ったそばから、なんですぐに人を付けるかな?
現在、昴の前を歩いているのは、ガーディアンズの女性隊員用の制服に身を包んだ若い女性だった。昴よりも少し年上くらいだろうか。綺麗に切り揃えられたセミロング──と言うよりボアに近い──の大人びた印象の中に、どこかあどけなさを感じさせる女性だった。
確か、水瀬 遥と言ったか。
マリアが、基地内の案内係として呼んだ隊員だ。まだ新米らしい。監視役かとも思った身構えたが、ロキ曰く隙が多いのでその線は薄いとの事。
「凄いですね。ガーディアンズって軍隊に近いって聞いてましたから、此処もそんな感じなんだろうな、って思ってました。だから、ここまで施設が充実してるなんて意外です」
取り敢えず用心に越した事は無い、と話を合わせた。
だが実際の所、シルメリアベースの内部は昴の想像以上に広く、娯楽施設も多種多様に渡っていて、彼の好奇心に火を付けるには充分すぎるものだった。
「フフ……私も最初は驚きましたから。――なんでも、ガーディアンズの隊員は常に死や危険と隣り合わせ。だから、せめて戦いが無い時はそういうネガティブな事から離れて楽しんでほしい、って言う司令の考えからきてるみたいです」
「司令、ですか。あの人……」
昴は頭の中で、先程見た柔和な笑顔を思い浮かべた。失礼かもしれないが、とてもそんな賢そうな事を言う様な人には見えない。むしろ、近所に住んでいる年上のお姉さんみたいな感じ、と言う方が表現としてはよっぽど合っている気がする。
「ええ。結構凄いんですよ。なんでも、ヨーロッパの特殊部隊出身──しかも佐官クラス──で士官学校時代は座学トップ。軍に入ってからもシミュレーションではいつもパーフェクトの成績を叩き出していたとか」
「へぇ……」
マリアの経歴を聞いた昴は、素直に感嘆の声を漏らした。あのほんわかした見た目からは、とても想像出来ない。人は見かけによらないものだ。それに、あまり詳しくないが、あの若さで佐官クラスとはエリートではないだろうか?
そんな事を考えていた彼はふとある事を思い出し、遥にそれを投げかけた。
「あ、そうだ。水瀬さん」
「何でしょうか」
「ここの資料室って、考古学関係の物もあるんですか?」
昴は、これでも考古学者の倅である。そっちの方面に興味が沸くのは、当然と言えば当然だろう。更に言えば、将来もその方向を目指している。まだ誰にも話してい事だが。
「ええ。ここの資料室には世界中の考古学関連の資料揃っているんですよ」
遥曰く、ガーディアンズが取り扱う事案が事案だけに、あちこちに散逸している資料を可能な限り優先的に回してもらっているとの事。試しに聞いただけなのに、トンデモナイ話がポンポン出てくる。つくづく凄い所に来てしまったと思う。
そんな真似が可能なのかと一瞬疑ったが、例の大富豪とやらの存在を考えれば、そこまで不思議では無いかもしれない。取り敢えず、今度覗いてみようかと密かに思った。
「おう、ハルカ嬢ちゃんじゃねぇか!」
二人の背後から、豪快で野太い声がしたのは、丁度その時だった。
二人が同時に振り返ると……獲物を担いだ大柄の熊が、獰猛な笑みを浮かべていた。
「コック長。どうしたんですか?」
「なははははッ! コイツを買いにちょっくら下に降りてたんだよ」
コック長と呼ばれた熊──もとい、白装束の大男は肩に担いだ麻袋をバスバス、と叩いた。一体、何が入っているのか。人一人が余裕で入れそうな大きさが、妙に不気味だった。
「ところでよ、そっちの嬢ちゃんは新人さんかい?」
熊のコック長の言葉を聞いた昴は、またか……と、頭を抱えた。此処でもこうなのか、とチョットだけ悲しくなる。
「あ、いえ、コック長。彼、一応男の子なんですけど……」
「……何ぃ?」
熊コック長は、訝しげに片眉を跳ね上げた。
値踏みする様な視線を、昴は正面から見返した。どうせ好奇の眼差しで見られるなら、踏ん張ってやろうと思ったのだ。
以前は、こんな気になれなかった。多分、この数日の体験のお陰──平たく言えば、図太くなったと言うべきか。
「え~と、なんだ……その……気にしてたんなら謝るよ。じょう……じゃなかった、ボウズ」
熊コック長が、気まずそうに苦笑しながら、謝罪の意を示した。
気にしてない、と返した自分を密かに俯瞰した昴は、やはり図太くなったかなぁ……と心の奥で感慨深げに呟いた。
次に案内されたのは『コマンダーブリッジ』と呼ばれる区画だった。
「此処は、シルメリアベース全ての区画を統括するセクションなんです」
説明しながら、遥は昴を指揮官席──即ち広大なブリッジ全体を見渡せる場所へと案内した。
「おぉ……」
そこから見える光景に、昴は思わず感嘆の吐息を漏らした。
あらゆる情報が飛び交う巨大モニターと、それを取り囲む幾つもの小型モニター。そして、その下で忙しなく動き回る隊員達。
それは、正にベースの頭脳と呼んでもおかしくない光景だった。
幼い頃に見たTVアニメのワンシーンがそのまま現実になった様な光景に、昴は身体の奥底から沸き上がる高揚感を抑える事が出来なかった。
傍らに立っていた遥は、子供の様に瞳を輝かせる昴の姿を微笑ながら眺めている。それに気づいて恥ずかしそうに顔を赤らめて頭を掻く少年の姿は、彼女の眠っていた母性本能を刺激させた様だ。
「御子神さんってやっぱり──」
男の子なんですね、と言おうとした遥の言葉が最後まで紡がれる事は無かった。
「遥、そんなトコで何やってんだ?」
モニターの下で忙しなく動いていた制服姿の一人が立ち止まり、二人のいる指揮官席を見上げていた。
「仙道センパイ!」
センパイと呼ばれた二十代半ば位の青年は清々しい笑みを浮かべ、人指し指と中指を立てた右手を翳した。今時クサイ位に、気障な仕種だった。本人は無自覚だろうが。
彼は遥の隣に立つ昴に気付き、それなりに整った顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……なるほど。新人の案内って訳か」
「あ、はい!」
意外と察しの良いらしいセンパイに言い当てられた遥が、訳も無くしゃちほこばっている。どうやら仙道という男は、彼女の直属の上司の様だ。
「ふ~ん……」
仙道は、昴の全身を値踏みする様に見た。
この男、一見軽薄そうに見えるが、実はそれなりに出来る人である様だ。しかし、誰もがそうそう完璧では無い様に、そんな彼にも欠点はあった。それは……
「なかなか可愛い娘じゃないか。遥とイイ勝負なんじゃないか?」
……何かと一言多い事だった。
わざわざ言わなくても良い事を言ってしまう癖とちょくちょく気障な振る舞いさえ無ければ言う事は無いのだろうが、そうそうは上手くいかないモノである。
先程と同じ様に受け流した昴は、我知らず乾いた愛想笑いを雫した。
コマンダーブリッジの次に案内されたのは、下層ブロックの資料室だった。
広い部屋の各所に設えられた棚には、整然と古今東西ありとあらゆる場所から集められた資料が収められている。どの棚にも規則正しく整理され、すべての情報がきっちりと詰め込まれているのが解る。
「さっきも話しましたけど、ここには世界中のあらゆる資料が──」
すぐ後ろにいるハズの少年の気配に違和感を感じた遥は、頭だけを巡らせて振り返った。すると、書籍資料を収めた棚の前で一冊の本を食い入る様に読んでいる昴の姿が見えた。
本のタイトルは「神話から紐解く考古学~日本篇~」
遥は思わず苦笑した。
「へぇ……あれが噂の新人さんですか?」
「あ、司書長」
遥の傍らに、いつの間にか眼鏡──それも、今時珍しいタイプの丸眼鏡──をかけた長髪の女性が立っていた。真っ白なブラウスと濃紺のロングスカートに身を包んだ長身は、書生の様な落ち着いた風情だ。若く見えるが、恐らく結構行っている……かもしれない。
「本好きの女の子が入って来てくれて、私も嬉しいです」
「…………」
本日三回目。
遥が、密かに溜め息を吐いた。昴が気がつかなかったのは──幸運なのだろう。
シルメリアベースの隊員食堂で出されるメニューは、何かとボリュームがある。普通のライスにしても、丼一杯が標準である。何故こうなったかと言うと、あの熊コック長の豪快な気質もあるのだが、ココで勤務している人間は皆人類の存亡に関わる任務に携わっている。その為、常に神経を擦り減らしている訳で任務の性質上、過労での度合いも半端では無い。せめて栄養だけは充分に摂ってもらおうとした結果なのだ。些かブラック染みている気はするが。
「あの……御子神さん?」
普通サイズの──それでもそこら辺の店より一回り大きい程度の丼──醤油ラーメンを啜りながら、遥はテーブルの反対側で特盛りソースカツ丼をかっ込んでいた昴に話しかけた。
暫くの間視線を宙に彷徨わせていた遥は、意を決した様に小さく頷くと勢い良く頭を下げた。
「……ごめんなさいッ!」
「えッ?」
遥の突然の行動に昴は思わず顔を上げ、ポカン、とした表情で見つめていた。
「コック長も先輩も司書長も、みんな悪気があった訳じゃないんです。ただ……その……皆、正直なんです……だから……気を悪くしないで下さい」
「え? あー……大丈夫ですよ。あの位、子供の頃からしょっちゅうでしたし、もう慣れっこです」
穏やかな笑みを浮かべている昴は、至極あっけらかんとしていた。
意外なほどケロッとしている昴に、遥は拍子抜けした。正直なトコロ、ああいう言い方をされるのは苦手な方だと思っていたのだ。
失礼なのは承知しているが、あまり気の強い風には見えなくて勝手に『そういうもの』だと思い込んでいた。
「本当、ですか?」
遥は恐る恐る、上目遣いの視線を昴に向ける。覗き込む瞳と眼を合わせた昴は少しだけ頬を緩めた。
「本当です」
「そう、ですか……」
昴の返答に安堵した遥は、穏やかな表情でホッ、と息をつく。同時に自身の人を見る目の無さを猛省し、二度とこんなポカを犯すまいと密かに誓った。
その後暫く、二人は暫く他愛の無い雑談に花を咲かせていた。
程良く打ち解けてきた頃、遥はある問いを昴に投げ掛けた。
「……ところで、御子神さんって誰か好きな人はいるんですか?」
「ッ!」
「きゃッ!?」
予期せぬトコロから鋭いフックをもらった昴は、丁度口に含んでいた林檎ジュース──これまたジョッキ一杯──を盛大に吹き出した。
「……な、何で、そんなことを?」
気管に入り込んだ林檎ジュースに咽せて咳き込みながらも、昴が訊ねる。
「ご、ごめんなさい。ちょっと気になって……それで、どうなんですか?」
制服にかかったジュースを拭き取りながら、遥は瞳を爛々と輝かせた。端から見れば、恋バナに飢えた女子校生みたいに見えるだろう。
「……いません」
と言いつつ、目が泳いでいる。心当たりは、あるらしい。ここは押しが肝要だ。
「ホントですかぁ?」
好奇心丸出しで身を乗り出した遥は、探る様な瞳で昴を眼を覗き込んだ。
こういう眼をする時の女性が往々にして厄介だと言う事を経験上知っていた昴だったが、だからと言ってどうにかさせられる程の力は無い。
「ほ、ホントで──」
何だかよくわからない状況になったと認識しつつも、遥に抗議しようとした時――ベース中に甲高い警報が響き渡る。
《中苑市東部に神機獣出現! 総員第一種戦闘配置! 繰り返す──》
繰り返されるアナウンスの下、ベース内が慌ただしくなるのを感じ取った昴と遥は、ほぼ同時に席を立った。遥に至っては、先程とは別人の様な勇ましい顔つきになっている。
「水瀬さん!」
「行きましょう!」
二人は互いに頷き合うと、それぞれの行くべき場所へと走った。
CHAPTER-Ⅱ
~巨神戦線~
ブリッジに到着した遥はオペレーターブースへと走った。その後、既に隣のブースに収まっている同僚オペレーターに現在の状況を尋ねた。
「──ええッ!? それって……」
浮かない表情の同僚の話では、神機獣が二ヶ所の場所に──それも、ほぼ同時に──出現したらしいとの事。シルメリアベースのメインコンピュータも、両方共に本物だと判断している様だ。
「どうなってるの……?」
常識を外れた現象を前にした遥は、鉛の様に重くなった唾をどうにか飲み込んだ。腹の底に、厭な重みがやって来た。
──昴。
内なる声が、走る昴を呼び止めた。
「ロキ?」
──今、何処に向かっている?
「何処って……トランスポータールームだけど?」
階層同士を繋ぐリフトを幾つか降りた先──最下層エリアには、地上とベースを繋ぐ非常用のトランスポーターがある。緊急時における予備の移動手段である為、大勢の人間を一気に送る事は不可能ではあるが、その代わり一瞬で地上に行ける何気のに超技術の産物である。
内なる声──ロキは、昴の返答を聞いて黙ってしまった。
「ロキ……?」
昴は怪訝に思い、ロキに呼びかける。
──……カタパルトだ。其処へ行け。
返って来た答えは、意外なモノで昴は理解に数秒ほどの時間を要した。
今、何て言った?
「カタパルトデッキ? 何で……」
──行けば解る、早くしろ!
自らの精神の奥底に潜むロキが急かしながらも獰猛な笑みを浮かべているのを感じて、背中に猛烈な悪寒が疾った。
厭な予感しかしない。
──いいか? よく聞け……
移動中、ロキが出した提案のあまりの無茶苦茶振りに昴は愕然となり、俄に足を縺れさせた。
コマンダーブリッジは既に戦闘態勢に入っており、全ての隊員達が己に与えられた職務に没頭していた。場そのものに滞留する高揚に当てられて、皆の体温が上昇している。
マリアも己の腹の奥が焔を宿しているのを知覚する。
そんな異様な熱気の中、司令席の端末に通信が入った。
一瞬のノイズの後、チーフオペレーターの声が指揮を執っているマリアの下に届けられた。
「何でしょうか? 千道チーフ」
チーフオペレーター・千堂 健の声は、心なしか困惑の響きを孕んでいる様に聞こえる。マリアは彼を落ち着かせる為に、穏やかさを含んだ口調で訊ねた。
「そ、それが……例の彼──御子神君がカタパルトシューターの使用許可を求めて……」
「アレは、まだ未完成だ」
千堂の報告に真っ先に反応したのは、マリアの傍らに立つ屈強な身体を黒い隊員服に包んだ大男──ガーディアンズ副司令・叢雲 大和だった。彼は、千堂に昴から通信を司令席のモニターへと回す様に指示をした。
その直後、司令席に備え付けられたモニターの画面を飛び交う情報の奔流による混線からなるノイズが一瞬吹き抜ける。それから数秒の後、中性的な貌が画面の半分を占領した。
「御子神 昴だな?」
身を乗り出した叢雲が、モニターの向こう側の昴に向けて厳格な冷気の孕んだ視線を投げつけた。
《え? ……はい!》
映像というフィルター越しにビリビリと伝わる威圧にたじろぎながらも、昴がそれに呑まれない様に声を張り上げて答える。
叢雲が重ねて問う。激しさは無いものの、その圧迫感は並の人間なら押し潰されてしまうだろう。通信越しとは言え、真正面から向き合っている御子神 昴は大したモノだと思う。
「貴様、それが何かわかっているのか? いや、それよりも何故其処に居る? 貴様の役目は神機獣の迎撃の筈だ!?」
《あー……それは……そうなんですけど……》
要領の得ない昴の態度に叢雲は片眉を跳ね上げて、不快感を露わにする。
《その為には……その……『コレ』が必要というか……不可欠、らしくて……》
あからさまに歯切れの悪い昴の言葉に、遂に業を煮やした叢雲は、吐き捨てるに低く唸った。ハッキリしないモノが嫌いな男のだ。
「……話にならん。さっさとトランスポータールームに──」
「昴君」
堪らず、マリアは東雲の声を遮った。気持ちは解らなくも無いが、そこまで頭ごなしに否定するモノでも無いだろう。それに、これは恐らくは彼の少年の内に潜む邪神の入れ知恵に違いない。
思わず振り向いた叢雲が息を呑む。間違い無く怒っている。お説教は覚悟せねばなるまいが、それは後だ。
「何か、考えがあるのですね?」
《……ハイッ!》
マリアはモニターに映る大きく真っ直ぐな瞳を見つめた。映像越しにその眼差しを見て、女司令は思い出す。
同じだ、と。
初めて会ったあの日……絶望的な運命を背負いながらも、挫けずに戦うことを決意したあの瞳と。
私はあの時、信じると決めたのだ。
「……解りました」
眼を閉じて暫しの間思案に耽っていたマリアは、ぽつりと呟いた。次の瞬間、彼女が発した言葉には迷い無き決意が在った。
「カタパルトシューターの使用を許可します」
言い終わった瞬間、昴の表情が俄に硬化した。それに気付きつつ、マリアは釘を刺すように鋭い口調で続けた。
「──ですが、カタパルトシューターはまだ未完成で出力に若干のムラがあります。留意しておいて下さい」
《了解》
それを最後に通信は切れ、少年の姿を写していたメインモニターは再び無数の情報に埋め尽くされた。
「……司令」
呟いた叢雲の声音は、意外にも責めるモノでは無かった。むしろ、問い掛ける様な口調だった。
「解っています。もしもの時は、責任は全て私が負います」
この判断は指揮官としては正しく無いのかも知れない。けれど、信じているのだ。彼を、彼の強い意思に満ちた瞳を。
マリアの思いを汲んだのか、叢雲はそれ以上何も言わなかった。
今さらながら、昴は猛烈に後悔していた。
勢いとは言え、一度は同意したロキの策。司令にも、啖呵切って見せた。……のだが、改めて考えなくても自分はトンデモない事をしようとしている。
自分の思った以上の浅はかさに、泣けてくる。
「準備完了しました」
「……わかりました」
思考の深みに嵌まりかけていた昴は、若い整備士に呼ばれて力無く答えた。取り敢えず頭を切り替えよう。
昴が今居るのは、シルメリアベースの下層外周部に位置するポートエリアの一画である。その更に片隅に仰々しい巨大な機械、電磁式高速射出装置・EMカタパルト──通称カタパルト・シューターが設置されていた。
元々は戦闘機用としてに作られていたらしいが、諸々の事情によって未完成な上に、肝心の撃ち出すモノ自体も用意出来て無い為に半ば放置されたままになっているとの事。
──て言うか、何でこんなのがあるって事知ってたの?
──ん? ああ。ここに来る時、お前エレベーターのコントロールパネルに触れたろう? その時にな……
──…………
どうやら、ロキはこの基地のありとあらゆる場所をこっそり覗き見たらしい。つくづく油断のならない奴だ。
気を取り直して、昴はカタパルト・シューターを仰ぎ見る。大人数で引っ張り出した灰色の無骨なシルエット。その所々に配線が剥き出しのままになっている部分が見受けられ、明らかに未完成だと解る。不安に駆られた昴は、整備士に訊ねた。
「……大丈夫なんですか? コレ」
「ええ。とりあえず動く様にしてあります。後は『弾』さえあれば……」
それに対する整備士の答えは、彼の不安を更に助長させた。
そもそも『弾』って何? 『弾』って。
「──ところで、こんなのどうするんです?」
不安げにシューターを見上げた整備士が問うた。もっともだった。何しろ、モノがモノである。
司令達も使用命令は出したが、詳しい説明は省いたらしい。時間が無かった事もあるだろうが、そもそも説明しようが無い。そう考えると、今作業を続けている整備士達に同情してしまう。
昴は事が終わったら、彼らに謝ろうと密かに誓った。
「……こう、するんですよ」
昴は力無く両手のGEガントレットを打ち鳴らした。
刹那、闇よりも暗い光が昴の身体を包んだ。
「おぉ……」
禍々しくも神秘的なその光景に、整備士を含めたその場にいた全ての人間が、感嘆の吐息を漏らした。初めて見るのなら当然の反応だ。
光が収束し、黒き神戦士と化した昴──否、ヴェルズは、軽く跳躍してカタパルトシューターの射出部へと飛び込んだ。
「な、何やってるんですか!?」
ヴェルズの奇行に整備士は唖然となった。待機状態とは言え、既に起動状態にあるカタパルト・シューターに飛び込むなど正気の沙汰では無いからだ──普通なら。
「あー……」
だが、彼は普通では無い。邪神の力を得て、人間を越えた存在──それがヴェルズだ。
「まぁ、アレだ……コイツでちょっくらブッ飛んでくるんだよ」
身体をほぐしながら、ヴェルズは投げやりな調子で言った。変身して好戦的な性格になっても、彼が御子神 昴である事は変わっていない。故に、心の片隅でこれからやろうとしている行為がどれだけ無茶か充分に承知していた。
「で、でも──」
「いいから、さっさとやってくれ! 早くしねぇとコイツブッ壊すぞ!」
渋る整備士を恫喝するヴェルズ。実の所、相当メチャクチャな事を口走っているが、物凄い剣幕に気圧されて誰も気付いていない。
整備士達は言われるがまま、渋々ヴェルズの指示に従った。
「ど、どうなっても知りませんよ」
ヴェルズは腰を落として重心を安定させてから、背面のウイングを展開させて襲い来るであろう衝撃に備えた。直後、整備士が壁面のパネルを操作して射出口が解放される。上下真っ二つに割れる鋼鉄の門、その向こうに六角形に切り取られた青空が見えた。
「それじゃ行きますよ!」
カタパルト・シューターの射出レバーに手を掛けた整備士が、緊張を孕んだ堅い調子で叫ぶ。
燃える闘志を腹の底で燃え上がらせたヴェルズは、手を振って合図を送る。
それを見た整備士が、射出レバーを勢い良く下ろした。
すると、ヴェルズを乗せた即席の台座がレール間を流れる電磁の力で僅かに浮遊した。
鉄の兜の奥で輝く深紅の瞳は、ゲートの向こう側に広がる空を、その下で暴れ狂う神機獣を幻視する。
そして──
轟ッ!
電磁の弾丸と化したヴェルズの身体が、大気を裂いて猛スピードでカタパルトを疾る!
「グ……クウッ!」
強烈なGにさらされながらも、雷の轍を駆け抜けたヴェルズは、限り無く広がる蒼穹へとその鋼鉄の体躯を躍らせた。
CHAPTER-Ⅲ
~不死なる敵~
新たな神機獣の出現にいち早く反応したのは、各報道機関だった。その中でも真っ先にヘリを確保していたあるネットニュースサイトのクルーが、現場に一番乗りを果たしていた。
「チィィ……どうなってんだよ!」
暴れまわる神機獣を見下ろしていたリーダーらしき最年長の男が、忌々しげに吐き捨てた。
眼下に広がる破壊された街の中を這い回る大蛇の神機獣が、頭上を飛び回る鋼鉄の羽虫を嘲笑うかの様に喉を鳴らしている。
「奴は一匹だけじゃないのかッ!?」
男が片手に握りしめた携帯端末がみしり、と軋む。
つい先程入ったばかりの情報によると、此処から数キロ離れた沿岸部にもう一体の大蛇が出現したとの事。
ジャーナリズムに魂を捧げた身としては、新たな巨大生物の方も捨てがたい。かと言って此方を放っておく訳にも行かず……
「……あ、そうだ」
何かを思い出した様に男は端末を操作した。不安定なヘリの中、腕一本で身体を支えている為に端末が操作し辛くて酷くもどかしい。
「……あ、もしもし麻美か? お疲れ様です、じゃナァイッ! バカタレェ! お前、今海の方に居ンだよな。……もう見えてるんだな? なら、さっさと準備に入れェッ!」男が苛立ち紛れの怒声を端末に吹き込む。「リポートに決まっとろうが! ……アホたれ! やるんだよ! 新人だからって甘やかしゃしないぞ、俺はァッ!」
その後、二言三言叫んでから通話を終えた男は、再び地上を見下ろす。高層ビルに絡み付いた大蛇が天に向かって吼えている。禍々しくも神々しい──まるで神話の一場面の様な光景だった。
「あのー……」
その後ろで機材を準備していた助手らしきもう一人の男が、恐る恐る訊ねた。
「アイツには、荷が重いんじゃ……」
「バカ言え、アイツは元々リポーター志望だろうが」
大蛇が獲物を物色する様に、鎌首を頭上に向けて巡らせる。ヤバイかもしれない、と予感しながらも助手にそう答えた。
「そうですけど、アイツまだロクにカメラの前に立った事無いんですよッ!」
助手の悲鳴じみた訴えを適当に聞き流しながら、男はパイロットに注文をつけると助手が用意したハンディカムを片手に開け放たれたドアから気持ち身を乗り出した。
この仕事で喰ってきて良かったと思えた一つに、危険を察知する嗅覚が鋭くなった事だ。お陰でどんな危険に遭っても首の皮一枚で生き残れた。
そうさ、今度だって……
大蛇の全身が緊張を帯びた。筋肉の軋みが発する臭気が、次なる危機を男に教える。
「──今だッ!」
男の合図を受けたパイロットがヘリを急速上昇させた。直後、全身をバネに変えて跳躍した巨体が機体の下をすり抜けていった。
「う、うわあああああッ!?」
突進の余波を受けたヘリが大きく揺れる。元軍人らしい外人パイロットの腕を持ってしても立て直しきれず、身動きの取れないまま高度を落としていく。
「ち……く、しょ……」
激しくかき回される視界の中で後輩が失神している。その次に顎を限界まで開く大蛇の姿を見てしまった男は、もう駄目か、と流石に観念した。
その時だった。空の彼方に輝く『何か』が見えたのは。
「……?」
ソレは疑問が頭を擡げるよりも早く、空の蒼に溶けた。が、その直後、其処から『何か』が降下してくるのが見えた。
それが『ヒト』の形をしている事が解るのに、さほど時間はかからなかった。
「何だァッ!?」
訳が解らず、男は半ばヤケクソ気味に叫ぶ。
あまりにも現実離れした光景に、男は暫くの間絶句していた。
その間にも、ヘリは堕ちて行く。
──昴ッ!
「解ってらァッ!」
風を切り裂きながら自由落下していた機甲神ヴェルズは大蛇の神機獣の頭上で今まさに墜落しようとしているヘリコプターを見つけた。姿勢を制御してヘリの方へと手を伸ばすと、なるべく衝撃を与えない様にキャッチした。
それから、頭を巡らせて獲物の姿を機械仕掛けの紅い瞳で捉らえると、ミストソードを大きく振りかぶり──投げつけた。
「ひぃぃぃぃっさぁぁぁぁぁぁつッ! ミストソード・流星ッ! キィィィィックッ!!」
勢いのまま右足を突き出したヴェルズは、杭打ち機の要領で白銀色に輝く神剣を蹴り込んだ。ミストソードの刃と蹴りと落下によるエネルギーを加えた一撃が、戦闘機のミサイルすら受け付けなかった神機獣の脳天に風穴を開けた。
「シャアアアアア……ッ!」
必殺の一撃を喰らった大蛇の神機獣が眉間の傷口から赤黒い体液を撒き散らしながら、くずおれる様に息絶えた。
「……決まった」
──言ってる場合か。
後は処理班に任せて、さっさと残りを仕留めるぞ。
「わーったよ。行きゃあいいんだろ? 行きゃあ」
折角の勝利の余韻に水を差されたヴェルズだったが、渋々ながらも相棒の言に従って救出したヘリを安全な場所に移してから異形の骸に背を向けた。
その時、もの言わぬ骸となった筈の大蛇の眼に、再び凶々しき輝きが灯った。
──!? 昴ッ!
「ん? どうし──ッ!?」
もう一体の神機獣の元へ向かおうとするヴェルズの胴体に突如、何かが巻きついた。
「なっ……!」
ヴェルズの身体に巻きついていたのは、事切れていた筈の大蛇の骸だった。
血を吹き出している傷口がみるみる再生してゆく。
「な……!? ぐああああああッ!」
凶悪なまでの力で締め付けられた鋼の肉体が、耳障りな軋みを上げる。
──振りほどけッ!
「簡単に、言うなよなあッ!」
叫びながら、ヴェルズはかろうじて自由な右腕のスリットを神機獣の胴にに押し当てた。
「GEミサイルマイトォ!」
零距離で撃ち出された噴進爆弾が、神機獣の肉体を灼いた。そのショックで緩んだ拘束を振りほどいたヴェルズは、後方に跳躍して距離を取った。
「ったく……復活するなんて反則じゃねぇのか?」
──まったくだ。それと……
何かを含んだ様なロキの声。それを疑問に感じるよりも早く、ヴェルズは背後に出現した気配に気付いて振り返った。
──手間が省けたな。
鋼鉄の巨人が振り向いた先には、湾岸方向より現れるもう一体の大蛇の姿があった。
漁火村は、沿岸部に位置する小さな村である。昭和の時代以前からほぼ漁業を中心に生計を立てて現代まで生きてきた漁村は、現在著しい過疎化に苛まれていた。
特に名産品も無く、若者達も次々と都会へと流れていく。
このまま限界集落となるのを待つだけの漁村にある騒動が訪れたのは、快晴の空の下で凪いだ海がたゆたう日の事だった。
ソレを最初に発見したのは、偶然浜辺を散歩していた老夫婦であった。
「……どえりゃあのう」
「あんりゃ、海の神様でねぇのか」
同じ頃、漁を終えて帰港しようとする漁船の上からもその姿は見えていた。
「なんじゃ、外国の生きモンと違うのか」
「んな訳ないでしょ、逃げましょう!」
陸地から百メートルほど離れた沖合にソレは──大蛇の神機獣──は出現した。
それから暫く経って、誰もいなくなった浜辺に二人の男女が訪れた。一人は防寒ジャケットを羽織った若い女性。もう一人は大仰な荷物を抱えた同じくらいの年格好の男だった。
「ったく、このクソ寒いのに、何で……」
「しょうがないッスよ、リーダーの命令は絶対なんスから」
男は浜辺に下ろした機材を砂が混じらないように弄くりながら、悪態を吐く女──麻美を宥めた。しかし、それでも麻美の怒りは収まらず、更なる悪態を吐き出そうとした時、懐の携帯端末が着信音を発した。
麻美はすぐさま発信者を確認した。木崎──今頃はヘリで空の上にいるだろう男の名前だ。
「あ、お疲れさまでーす」
直ぐに通話ボタンをタッチして応答した。一オクターブ程高めの猫被り社交モードで。
「お疲れ様ですじゃナァイッ! バカタレェ!」
いきなり聞こえた怒声に、麻美は思わず端末を耳から離した。木崎の声は相変わらずデカかった。耳から殺す気か、顔デカ男め。
「お前、今海の方に居るンだよな」
「ええ、まぁ……」別件の取材でこの辺を訪れていたのだが、海の異変を聞き付けて今に至ると言う訳だ。「何か海が凄い事になってます」
通話しながら、麻美は沖合に視線を向けた。蛇の様な影が海を渡っている。ここから見れば豆粒ほどの大きさだが、それでも巨大さが解る。
「……もう見えてるんだな? なら、さっさと準備に入れェッ!」
「準備って……」
「リポートに決まっとろうが!」
「そんな……無茶な」
「……アホたれ! やるんだよ! 新人だからって甘やかしゃしないぞ、俺はァッ!」
ハウリングしているので、電話越しに聞こえる木崎のデカい声は本当に耳障りでしか無い。
麻美の頭の中で、何かが弾けた。そもそもこんな片田舎に行かされて、なんでここまで言われにゃならんのだ。
「……やりゃ良いんですよね、やりゃあ!」
最早、ヤケクソである。
「わかってんならさっさとやれッ!」
売り言葉に買い言葉か。木崎も一層デカい声で叫び、不快な残響を残して電話が切れた。
通話を終えて、端末を懐にしまった麻美は天を仰いで嘆息した。この世の無情を一身に背負ったかの様な背中は、どことなく哀愁を漂わせていた。
そして──
「あンの声デカの、顔デカがッ!」
その後、麻美は思いつく限りの悪態を吐きまくった。
機材をチェックしている尾藤は聞いてない振りしていた。
そうこうしている内に、沖合の影が徐々に大きくなってきている様な気がする。
漸く落ち着いた麻美は、海に向けていた目を凝らす。
「……見えてきた! 尾藤さん、カメラ回して」
「ちょっと待って……」
「早く!」
「解ってるって!」
スタンバイにもたつくカメラマン尾藤に焦れながら、麻美は海の方を一瞥した。
先程より明らかに影が大きくなっている。何故か厭な予感がする。
「──オッケーっす、麻美さん!」
漸くカメラを構えた尾藤。此方を覗き込むレンズを睨んだ麻美は、マイクを手に大きく深呼吸した。
「えー、ただ今私邑井 麻美は漁火村を訪れています。現在この地に謎の巨大生物が現れたと言う情報を聞き付けて──」
淀み無く一息にリポートを続ける麻美。元々リポーター志望だった彼女にとって今の状況は絶好のチャンスである。
此処でキチンとやりきればリポーターとしての能力を認めてもらえるかもしれない。そうすれば、あれやこれやの雑用仕事とはオサラバだ。
諸々の不安を追いやって秘めた野心を燃え上がらせていた麻美は、いつの間にか尾藤の表情が凍りついているのに気がつかなかった。
「あ……こっち来る!?」
「何、どうしたの?」
何が起こったのか、と振り向いた麻美。
さっきまで豆粒程の大きさしか無かった影が、今や握り拳より大きく見えている。良く見ると猛烈な勢いで波を蹴立てて、こちらに向かって来ている。
「…………逃げろぉーッ!」
二人は足場の悪い浜辺を全力で駆け抜けた。火事場のバカ力と言うべきか、普段以上のスピードが出ているのは間違い無かったが、海の影のスピードはそれよりも早かった。
やがて海面を突き破って、巨大な鎌首がその威容を現した。
「何アレ!? ゴジラ?」
「言ってる場合か!」
浜辺を越えて居住区に侵攻した大蛇は、村の家屋を次々となぎ倒していった。
「聞いてないわよ、こんなの!」
「いいから逃げるぞ!」
逃げ惑う人々の波ををかき分け、漸く村の出口に差し掛かった時、二人の背後に大蛇の尻尾が振り下ろされた。その衝撃は人間を軽々と吹き飛ばすには充分だった。
「あ、死んだ……」
宙を舞う麻美の脳裏に、過去の思い出が次々とフラッシュバックする。
これが走馬灯か。
取り敢えず心の中で覚悟と準備が整った時、全身を奇妙な──無数の物体に絡め取られる様な──感覚が襲った。
「生きてる……」
何が起こったのか解らず、麻美は周囲を見渡した。見えるのは全身に纏わり付くこの時期には珍しい青々とした植物と全壊を免れたらしい家屋の屋根。
どうやら、何処かの家の生け垣が二人を落下の衝撃から守ったらしい。
後に麻美は述懐する。人間は結構頑丈に出来てるモンだ、と。
生け垣に頭突っ込んで気絶している尾藤を一瞥すると、起き上がって大蛇を探した。
既に村から出ている大蛇は何者にも止められぬまま都市方面に去ってゆき、麻美はそれを呆然と見送る事しか出来なかった。
人知を越えし巨神同士戦いをメインモニターに映していたコマンダーブリッジは、騒然となっていた。人智を超えた神機獣の再生能力。常識など通用しない事象を前にして、皆戦慄している。
だが、ガーディアンズ司令マリア・シュタイナーはただ一人冷静さを保ち続け、巨神達の乱舞をその眼に焼き付けていた。
同じく鉄面皮を保っていた叢雲。しかし、流石の彼も頬が強ばっている。
細胞一つ残らず消滅させなければ何度でも甦る。そういう芸当が出来るのだ。『我らの敵』は。
鋭く眇られた女傑の視線の先──モニターの向こう側では、ヴェルズに斬られた大蛇がまたも再生し、復活していた。そして海から出現したもう一体の神機獣も再生と復活を繰り返す。
二対一。これには流石のヴェルズも苦しいのか、防戦一方の戦いを強いられている。
このままではマズイ。そう断じたマリアは瞬時に思考の海を模索し、現状に必要な知識の欠片を掬い、再構築。そして、それを音声に変換した。
「――水瀬さん!」
「は、はいッ!」
殆ど不意打ちに近い形で名前を呼ばれた遥は、一瞬身体を跳ね上がらせたが、直ぐに気を取り直して振り返った。
「あの神機獣の再生能力の解析、お願いします!」
「え、ええッ!?」
遥が驚くのも無理は無かった。彼女はまだ、ガーディアンズに入隊してまだ日が浅い新人隊員だった。そんな見習いが、その様な重要な役割を任されるなど普通だったら有り得ない。
「そんな……」
不安に染まりかけた少女の心をギリギリで繋ぎ止めたのは穏やかな、それでいて鋼の様に固い意志を孕んだ声だった。
「水瀬さん、確かに貴女は此処に来たばかり。ですが、この基地には情報解析にかけて貴女の右に出る者は居ません」
マリアの言う通り、遥の情報解析能力の高さはガーディアンズのオペレーターの中でも一、二を争う程で、事実彼女はそれを見込まれて一大学生でありながらガーディアンズへとスカウトされたのだ。
ひとまず言い切ったマリアは、再びモニターを注視する。
「状況は一刻を争います。貴女の力が必要なのです。水瀬 遥さん」
遥もモニターの方へと振り返る。
リアルタイムで下界の戦いを映し出すモニターの中では、灰色の機械巨人が劣勢に追い込まれながらも、邪悪なる大蛇と熾烈な戦いを繰り広げていた。
そうだ。彼は私達の為に、その身を削って戦っているのではないか。なのに、自分達がそれに応えられないでどうする。それが出来るだけの力があるというのに……
「司令!」
俯けていた顔を上げた遥は、マリアの方へと振り向き、叫んだ。
「私──やりますッ!」
その刹那、マリアと遥──二対の瞳が交錯した。
マリアは遥の眼の奥で燃える焔の様な光を見て取ると、満足げに首肯して、貌を正面に戻した。
遥も自分のブースに身体を戻すと、眼前を縦横無尽に駆け回る情報の洪水に正面から向き直る。
「待っていて下さい。御子神さん」
今、小さな戦いが幕を開けた。
「だぁあありゃああああッ!」
斬撃が逆効果だと悟ったヴェルズは格闘戦に切り替え、最も得意とする正面蹴り──所謂ヤクザキックを放つ。
だが、神機獣はしなやかな動きでその攻撃をかわすとヴェルズの首筋に毒を滴らせた牙を突き立てんと跳躍した。
「グウッ!」
ヴェルズは、迫り来る凶悪な顎を両腕で受け止めた。
敵手を粉々に噛み砕かんとする邪悪なる毒牙と、それを押し留める鋼の腕。両者の力が拮抗し、ギリギリの均衡を作り出している最中、ヴェルズの生機融合器官化した頭脳に聞き覚えのある声が、ノイズと共に飛び込んできた
《──み……じゃない、ヴェルズさん、聞こえますか?》
「アンタ……確か、水瀬さん、だったか?」
《は、はいッ!》
昴の時とはまるで違うヴェルズの乱暴な声音に、遙は少し気圧されたらしく、声が上ずっていた。
「なんか用か? 無いんなら切るぞ。こっちも暇じゃ無ェンだ」
苛立ちを言外に滲ませたヴェルズの言葉に、遙は慌てて本題を切り出す。
《ま、待って下さい!
あの神機獣の弱点が解りました!》
「何ッ!?」
《奴らは、それぞれ独立して動いている様に見えますが、実際は本体が全ての個体に指令を出しているに過ぎないんです》
「て事は、つまり……」
《奴の本体さえ倒せば、残りの全ては無力化します!
ですが──》
「何だ?」
《本体も再生能力を有しています。完全に倒しきるには、細胞一つ残らず消滅させなければなりません。ですが、現状ヴェルズさんの武装では不可能なんです》
「ッ……だったら、どうすれば良い?」
──ならばコアを狙え。それなら今のお前でも倒せる。
「コアって……そんなものどうやって?」
《ヴェルズさん、今から指定するポイントに向かって下さい》
「何ッ?」
ヴェルズの頭脳に、周辺の俯瞰地図が送られる。赤くポイントされた地点──其処が目的地だろう。
「そこに行けば……何とかなるのかッ!?」
《はいッ!》
だったら……ッ!
ヴェルズは、神機獣の動きを封じ込めていた両の腕に更に力を込めた。
「そおおおおおっりゃあああああッ!」
ジャイアントスイングの要領で大蛇を振り回したヴェルズは、少し離れた場所で様子見に徹している残りの二体を見つけ、それら目掛けて神機獣を放り投げた。
「うっだらぁぁぁぁぁッ!」
咆哮と共に放り投げられた大蛇は、後方の二体と激突。そのまま、空中で無様に縺れ、絡み合う。
それを確認したヴェルズは、指定ポイントに向けて走り出した。
怒り狂う大蛇共が追い縋ってくるが、気にしてはいられない。
ビルを飛び越え、最短距離で指定ポイント──古い埋め立て地──に辿り着いたヴェルズは、シルメリアベースの遥に問うた。
「次はどうするッ!?」
《合図するまで神機獣を足止めしてください。その後は急いで離脱を》
埋め立て地のほぼ中心に立ち、ヴェルズは神機獣が来るのを待った。三体の邪悪なる大蛇が血走った眼を輝かせてやってくる。
ヴェルズは迎撃態勢を取り、如何なる事態にも対応出来る様に陣取った。
合図はまだ来ない。
神機獣との相対距離は既に五百メートルを切っている。先頭の一体が飛びかかる。
ギリギリでいなして投げ伏せる。
合図はまだ来ない。
残った二体が大蛇が近づいてくる。
まだ来ない。
爬虫類然とした瞳が怒りに燃えている。もう一体が、体勢を低くして高速で這い寄ってくる。
軽く跳んでかわし、頭を踏みつける。
まだ──
残る一体が口を大きく開く。牙から毒液が滴り……
《…………今です!》
瞬後、ヴェルズは背面のバーニアの力を借りて天高く跳躍した。
面食らった神機獣共は追う事も出来ず、呆然と空を駆ける鋼鉄巨人を見上げた。
その時──天空より滅びの鋼雨が降る。
シルメリアベースから発射された十発のミサイルが指定ポイントの中央──三体の大蛇の頭上で炸裂した。周囲に拡散したのは白い霧状のガスだった。
「なんじゃ、ありゃ?」
《神機獣用の冷凍弾の試作品です》
「……使っちゃって良いのか?」
三体の神機獣はみるみる内に凍って、不気味で不格好な氷像と化す。
──本体はアイツだッ!
「応ッ!」
ヴェルズの眼がサーチモードに切り替わる。
芯まで凍りついている筈の大蛇。その中の一体の腹が赤く光っている。
分身よりも強靭な生命力を持つ本体が、忌々しい氷の拘束を振り払おうともがいている。その為のエネルギーを生み出し、全身に供給する為の器官。それが──
──それが、奴のコアだッ!
再度ミストソードを抜いたヴェルズは、ロキの指示通りに一番後方で毒液を吐こうとしていた大蛇のコアを貫いた。
直後、爆発。
爆炎と氷に紛れて、おぞましい断末魔が空に消えていった。
神機獣の完全消滅が確認された直後、コマンダーブリッジが歓喜の渦に沸いた。皆、己の職務を忘れて純粋に勝利を喜んでいる。おそらく、ベース中の至る所でも同じ様な光景が繰り広げられているだろう。
実質的な初勝利。この事実は、これからの戦いにおいて必ずや大事な重心となる。
全てを見渡せる位置にいるマリアは、そんな彼らを苦笑しつつも穏やかに見守っていた。
一方、傍らに立つ叢雲は正反対に物言いたげな苦い表情を浮かべていたものの、これと言って何か言うつもりは無い様だ。浮かれている空気に居心地の悪さを感じているのだろう。何処までも生真面目な男なのだ。
そして、今回の勝利の立役者である遥はオペレーター仲間から労いの言葉を貰いつつ、正面のメインモニターを見上げた。
「御子神さん……」
モニター越しに映った機械仕掛けの巨神の姿を見つめる少女の頬は、ほんのり朱色に染まっていた。
秘匿性を高める為に、回収地点は毎回変わると事前に説明を受けていた。だから、面倒に思っても文句は無かった。
戦いを終えた昴は、漁火村近くの入江に居た。
身体に纏わり付く疲労感が今は心地良い。辛くて苦しかったのは前と変わらない筈なのに、何故今回はこうも晴れやかなのか。
「ふふ……」
どういう訳か自然と笑みが零れる。同時に、そんな自分の図太さに昴は呆れた。
まだ笑っていられる状況では無いのは百も承知している。やらなければならない事だって沢山ある。
だが、それでも……
──さすがに気味が悪いぞ。
「そうかな?」
──そうだ。
気持ちは解らんでもないがな、と言い結ぶロキ。多少気怠げな声音からして、今回ばかりは彼も相当疲弊している様だ。
話し相手が居なくなり、そのまま座り込んだ昴は襲い来る眠気に呑まれそうになりながらも今日一日の事を思い返していた。
脳裏に浮かぶベースで出会った人々。これから共に戦う仲間達。
今、それが漸く実感になった。
「やってける、のかな……」
──全てお前次第だな。
身も蓋もない言い種だが、そういう彼も共に戦う仲間に違い無いのだ。だから、今日だけは甘んじて受け入れた。
そんな事を考えている内に、目の前に人一人が入れる位大きさの円筒形の物体が出現した。
どうやら、迎えが来た様だ。
シルメリアベースへと帰還した昴を出迎えたのは、トランスポーターシャフトルームの入口前で待ち構えていた遥だった。
ブリッジから此処まで走って来た彼女の頬は紅潮しており、息も荒い。
「お疲れ様です。御子神さん」
彼女はそう言って、帰還した昴に笑いかけた。華やかな満面の笑みだった。
「ありがとう、水瀬さん」
昴も同じ様に笑い返す。だが、戦いによる疲労のせいか顔の筋肉がうまく機能せず、何ともぎこちない笑顔になってしまったが、気付かれなかったのは幸いだった。
取り敢えず昴は、少し休ませて貰おうと休養を申し出ようとした。が──
「あの……」
「御子神さん!」
遥に右手を掴まれた昴は、有無を言わさず引き摺られる様に歩かされた。
「え? ええッ!?」
何がどうなってるのか訳が解らずに狼狽する昴。くたびれた身体に遥の細腕を振りほどく力は既に無く、ただなすがまま引き摺られてゆくしか無かった。
「ロ、ロキ……」
──聞くな。
昴はロキに助けを求めたが、最強の邪神でさえも今の遙の勢いを止める事は出来ない様だ。というより、面倒臭がっている。
やがて遙はある部屋の前で歩みを止めて、そこで漸く手を離してくれた。
やっと解放された昴は顔を上げて、その部屋の扉上のパネルを見た。そこは出撃前に、遙と一緒に訪れた食堂だった。
「さ、入ってください」
「へ?」
「さぁ!」
遙に──半ば無理やり──背中を押される形で、昴は食堂に足を踏み入れた。すると──
パン……パン! パン!
突然響いた破裂音に、昴は反射的に身構えた。だが、次の瞬間、食堂中に響き渡った歓声がその行動が無意味だと教えた。
「…………へ?」
刹那、昴の頭脳は混乱を通り越して、所謂フリーズ状態に陥った。
彼の眼に映っていたのは、厨房のカウンター前で横断幕を持って並ぶ大勢の隊員達の姿。先程の音はクラッカーだったらしく、前列の隊員三人が使用済みのそれを手にしている。
ちなみに横断幕には、『歓迎! 御子神 昴君』と原色をふんだんに使って書かれている。
つまり……どういう事だ?
「驚きました?」
呆然とする昴に遥はにこり、と笑いかけた。その表情は、してやったり、と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔だった。
それが憎たらしく見えないのは、彼女の性質故だろうか。
「これは……?」
「御子神さんの歓迎会です。実は前から準備してたんですけど、もうすぐ始めるって所でそれどころじゃなくなって……」
「ああ……」
彼女が言わんとしてる事を理解した昴は、少し申し訳無さを感じた。恐らくは、以前からずっと本来の職務と平行して行っていた歓迎会の準備は、間違い無く隊員達を疲弊させていた筈だ。
そんな時に起こった神機獣の襲撃。相当な負担だった事は想像に難くない。知らなかった事とは言え、責任を感じずには居られなかった。
「本当だったらそのまま流れちゃう筈だったんですけど、司令がやるって聞かなくて……」
でも、反対する人も居なかったんですけどね。そう付け足した彼女は、一人悩む昴の手を引いて新たな仲間の下へと誘った。
歓迎パーティが始まってから暫くは上座に座らされて、様々なもてなしを受けていた昴だったが、いつの間にやら隊員達だけで盛り上がって、気付けば壁際の席でチビチビとジュースを飲んでいた。
正直なトコロ、こういうパーティを開いてくれるのはありがたいが、疲れきっている今の状態では少々酷だった。
「昴君」
横合いからかけられた声に、昴はのろのろと振り返った。
「マリアさん……」
そこに立っていたのは、ガーディアンズ司令のマリア・シュタイナーその人であった。彼女は疲れきった昴を見るや、心配そうな口調で声を訊ねた。
「お体の調子は?」
「あ、いえ……大丈夫です」
昴は青ざめた顔色を悟られない様に、右手を翳してマリアの視界を遮った。ただの意地だった。
強がってみたものの、やはり体調はよろしくない。おかげで、折角用意された食事にも殆ど手をつけられずにいた。
しかも、ヴェルズの時は何とも無かったにも関わらず、元に戻った途端にこの有り様だ。しかし、コレはロキを恨むよりも、軟弱な自分を恨むべきだろう……
「そう、ですか……」
マリアは、訝しみながらも納得した様だった。
「……ところで、私達がどうしてこの様な催しを開いたか解りますか?」
昴は、マリアの問いを頭の中で反芻した。何故か、と問われても自分という新入りがいるから──などという当たり前の答えであるまい。
難しい表情で考え込む昴を見つめていたマリアは、穏やかな微笑を浮かべながら言った。
「私達の仕事は、今や命を賭ける事と同義になりました。無論、此所に居る者は皆、最初からそれを覚悟しています。ですが、同時にそれは心に絶大な負担を強いるという事。下手をすれば押し潰されてしまう。……ですから、そうならない様にせめてこんな時くらいはパーッと騒ごう──そんなところです。あ、勿論昴さんを歓迎したい、と言うのは本当ですよ」
水瀬 遥も、司令の意図について似たような事を言っていた。
当の本人の口から語られた事で、昴にも漸く理解出来た。彼女が本当にガーディアンズという組織、そして所属する隊員達全てを本当に大事に思っている事を。
そう思われているなど夢にも思っていないであろうマリアは、皿の上に乗った和風ドレッシングを和えたポテトサラダを上品にに頬張っている。
その彼女が何かに気付いた様に昴の背後を注視した。
「……では、これで」
どこか含みのある表情を湛えて、マリアは席を立った。
そんな彼女の様子を怪訝に思いつつも、昴は軽くお辞儀をして去ってゆく背中を見送った。
「あの……」
再び声をかけられたのは、その直後だった。
振り返った昴の双瞳に映ったのは、トレーの限界以上に乗せられた山盛り料理と、それを抱えた遥だった。
「隣、良いですか?」
気圧されながらも昴は、両手の塞がっている遥に代わって、隣の椅子を引いた。
「ありがとうございます」
礼を言って、椅子に座ると、遥は早速山盛りの料理に手をつけた。彼女が持ってきた料理のボリュームは、改めて見ても男である昴でさえ──例え、体調が万全であったとしても──完食するのは、難しい程もモノだった。なのに、それを苦もなく胃に収める彼女の健啖ぶり。圧巻の一言に尽きた。
「…………」
「……驚きました?」
自身に向けられた視線に気付いた遥は、少し恥ずかしげに笑った。
「あ、いや……そんな事は……」
昴は慌てて頭をぶんぶん、と左右に振る。本当は驚いているが、正直に言うのは失礼な気がした。
「はは、いいんです。自覚はしてますから。それに一仕事済んだらお腹空いちゃって……」
遥は大きな骨付きチキン片手に、苦笑しながら料理に齧り付いた。
それから数分程経った後、彼女は昴の方へと身体を向け、神妙な面持ちで口を開いた。
「御子神さん。実は折り入ってお話が……」
余りにも神妙な遙の様子に、昴は我知らず背筋を伸ばした。
「その……あの……ですね」
最初の内は踏ん切りがつかないのか、歯切れの悪い調子で視線を虚空に巡らせていた遙だったが、やがて意を決した様に伝えるべき言葉を紡ぎ出した。
「──私と友達になってくださいませんか」
「…………へ?」
深刻そうに語るものだから、てっきり重要な用件かと思っていた昴は、肩透かしを喰らった上に緊張の糸が切れた反動で椅子から転げ落ちそうになったが、何とか持ちこたえた。
「あ、すいません。差し出がましいですよね、私なんか……」
言ってから正気に返ったか、遥は顔を俯けて力なく微笑んだ。
特に断る理由も無かった昴は「良いですよ」と軽く応えた。何て事は無い申し出だ。断る理由も無いし、彼女みたいな人なら大歓迎である。
ただ随分、大仰そうだったのは気になったが。
昴の答えを聞いて、遥は顔をぱあっ、と輝かせる。どうやら、余程嬉しかったらしい。
「ありがとうございます! 私、年の近い友達がずっと居なくて……だから、今凄く嬉しくて……あ、ごめんなさい──これからもよろしくお願いします。み──じゃない、『昴君』」
──ッ……!
昴は一瞬、自分の心臓が大きく跳ねたのを自覚した。
ただ、名前を呼ばれただけ。年上の女性に。確かに遥は美人の部類に入るだろう。しかし、ただそれだけだ。それだけなのに、どういう事か胸が高鳴っていた。
──お前、実は年上が好みなんじゃないか?
「そんな事……」
ふと、姉の愛菜の顔が脳裏を過る。
あるかもしれない……が、確かに姉さんの事は好きだけど、やっぱり異性として見てる訳じゃない。でも──そうなると僕の好きな女性って、どういう人になんだろう?
自問自答。今まで、考えた事が無かった。
「昴君?」
「ハ、ハイ!?」
思考が堂々巡り状態に陥りかけた時、昴は横合いからかけられた声に殆ど反射的に返事を返した。遥が、心配そうに覗き込んでいる。
「どうしたんですか?」
「あ、いえ……何でもないですよ、何でも……」
昴は、笑って誤魔化そうとした。遙も不審に思った様だが、幸いそれ以上は追及して来なかった。
それから十分程はたった頃。未だ食堂中には喧騒が渦巻く中、遙はぽつり、と昴だけに語りかけた。
「──私、もっと勉強して、ちゃんと自分の力で昴君のサポートが出来る様になります」
その口調は、まるで自分に言い聞かせている様だった。そう。まだ頼りない自分に……
そして、今度こそは……
そんな彼女の思いを上手く汲み取れた訳では無い。ただ、込められた決意を知った昴は、揺らぎの無い少女の瞳に真正面から向き合った。
「…………はいッ!」
少年と少女の想いは交差し、強く結び付いた。そして、それは鋼の邪神に更なる力を与えた。
EPISODE-Ⅳヘト続ク……
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