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EPISODE-Ⅱ 〜守護者の宿命~

 Prologue


 ~戦う者達~



「まだ見つかりませんか?」

 暗闇の中、竪琴の様な透き通った声が響き渡った。

 舞台照明の様に輝く大小様々なモニターが声の主が女性で、その表情が緊張に彩られている事を示。

「はい。反応消失地点から周囲五百メートルを捜索しているのですが、依然進展はありません」

「そうですか……」

 オペレーターであろう若い男性の報告を聞いた彼女はそう呟くと、顎部に手を添え、思考の海に飛び込んだ。端正な眉間に深く刻まれた皺が彼女の苦悩を表している。

「司令」

「?」

 掛けられた声により女性──司令と呼ばれた──の意識は思考の海から現実へと引き戻された。

 彼女を呼んだのは、先程の若いオペレーターだった。彼も同様に、相当張り詰めた表情を浮かべていた。

「あの機械巨人──GE-01は本当に我々の味方となるのでしょうか?」

 オペレーターの問いに司令は即答する事が出来ず、重い空気が周囲に漂った。彼以外のオペレーター達も何も言わないながらも、皆同じ事を考えていた。

「それは……わかりません」

 そんな沈殿した雰囲気の中で最初に口を開いたのは司令だった。

「ですが、それを確かめる為にも、GE-01の行方を突き止めなくてはならないのです」

 整った唇から紡ぎだされた言葉の一つ一つには、迷いの無い揺るぎない意志に溢れていた。それを見たオペレーターも何処か吹っ切れた表情で眼前のモニターに向き直り、自らの職務に集中した。

「あの、司令」

 今度の声はどことなく幼さを残す女性の声だった。彼女はまだこの場の雰囲気に慣れていないのか、おずおずと遠慮がちな口調で喋り出した。

「……先程、捜索班から連絡が入りました」

「! ──それで、何と?」

 逸る気持ちを抑えて司令は聞いた。

「待ってください――GE-01の適合者らしき人物を見つけたとの事です」

 報告を続けているオペレーターを含め、その場に居る全ての人間の口から興奮の吐息が漏れ、周辺の大気が僅かに熱を帯びた。

「データをこちらに」

「了解」

 高ぶる気持ちを押さえ、努めて冷静に発した命令にオペレーターも平静を装って答え、手元のコンソールを操作した。それに連動して、司令の眼前に浮かび上がったディスプレイ一杯にオペレーターの送ったデータが表示された。

 データの内容は捜索班からのレポートが半分。

残り半分がターゲットらしき人物の顔写真と簡単な経歴が半分だった。

「ッ!」

 ターゲットである人物の顔写真を見た瞬間、彼女の瞳の奥でに驚愕や興奮等の様々な感情が渦となって荒れ狂っていたのだが、それを知る者は、この場には居ないだろう。だが、しかし、その心に確固たる決意が生まれたのは紛れもない事実である。

「副司令」

「はい。何でしょうか?」

 司令の脇に立っていた男が一歩前に進み出た。

それにより、ディスプレイの輝きで男の姿が露わになった。

年齢は司令よりも一回り程上で体格は筋肉質といかないまでも、それなりにがっしりとしていた。

「下へ降ります。後は頼みました」

「……はい?」

 副司令の口から巌の様な外見は似合わぬ何とも情けない声が零れた。司令はそれにも目もくれず、席を立ち、背後に広がる暗闇に身を投じ、

「──あいたッ!」

 そして、コケた。






 機甲邪神グランヴェルズ


 第二話


 ~守護者の宿命~








 Chapter-1


 ~災厄の跡~



 災害時、中苑市の公共施設は全て緊急避難所として使用される。

 天道院学院も例外でなく、体育館には大勢の避難民が犇き合っていた。その中をかきわけて、御子神 昴ははぐれた二人の親友の姿を探していた。

「朱梨、真吾。何処に居るんだ?」

 そう呟く昴の視界に入るのは、行き交う看護師らしき白い人影と、床に伏せる負傷者とそれを看病する様々な人達ばかりで、肝心の親友二人は一向に見つからなかった。

「クッ……」

──少しは落ち着いたらどうだ?

「!」

 焦燥に駆られる昴に何処からともなく、諭す様な口調の言葉が掛けられた。

昴の体は驚愕で硬直した。

──そんなに驚かなくても良いだろう。さっきも話をしたばかりだろうが。

 その声は昴の内側から響いていた。

「慣れろって言う方が無理だよ。ロキ」

 ロキと呼ばれた内なる声は苦笑しながらも、昴を諭し続けた。

──そうは言っても、暫く厄介になる身としては慣れて貰わないと困るんだがな。

「な、なんだよそれッ!」

 ロキの勝手な理屈に思わず荒げてしまった声に反応して、多くの視線が声の主である昴に容赦無く突き刺さった。痛い。本当に痛い。

「うぅ……」

 自らに集中する大量の視線に耐えられなくなった昴は足早にその場から離れ、一度外に出るべく、体育館の出入口へと向かった。

──言い忘れていたが、お前が念じるだけでも会話は出来るぞ。

──そういう事は最初に教えてよッ!

 外へ出た昴は、肝心な事を言い忘れていたロキに沸き上がった怒りをぶつけた。そのアルトじみた声に対して、若干だが殺意が芽生えた。

「……昴?」

「!」

 体育館を出る頃に掛けられた声に、昴は顔を上げた。

「昴! やっぱり昴か!」

「真吾!」

 そこに居た声の主は、捜し求めていた親友の一人、猪狩 真吾だった。彼は昴の下に駆け寄ると自分の胸部辺りにある頭をガシガシと荒っぽく撫でた。

「コノ野郎~! 無事だったかぁ~」

「し、真吾こそ……あれ? 朱梨は」

「ん? ああ、朱梨だったら――」

「すぅばぁるぅぅぅぅッ!」

 体育館から少し離れた位置にある校舎の方から、魂の底から響いて来たかの様な叫びが聞こえてきた。振り返った昴の瞳が、こちらに向かって全力で走って来る少女の姿を捉えた。

「あ、朱梨!?」

 その少女はもう一人の親友、涼城 朱梨だった。

「ッ! ──ちょ、あ、朱梨!?」

 朱梨は駆け寄った勢いのまま、思い切り昴に抱き付いた。

「良かったッ! 本当に良かったよ~」

「な、ちょ――ッ!」

「変なのがもう一体現れた時はもう駄目かと思ったけど、昴が無事で良かったよ~」

「あ……」

 朱梨が言った『もう一人』

それは、昴が変容したヴェルズの事だろう。彼女達にとってあの鋼の巨神も神機獣と同じだと言う事を知った昴は、複雑な気分に襲われた。だが、状況は彼にその事をゆっくり考える時間を与えてはくれなかった。

「く、苦しい……」

 今の昴は、美少女――一応――の胸に抱かれるという世の中の男性達が羨む様な状況にあるのだが、当の本人にそんな想い無かった。男子にも負けない腕っ節を持つ朱梨に、力一杯抱きしめられているのだ。呼吸もままならず、身体中を痙攣させ、三途の川に片足を突っ込んでいる真っ最中だった。

「おい朱梨。そのままだと昴が死んじまうぞ」

「えッ!?」

 真吾の忠告で我に返った朱梨は、慌てて昴を解放した。

 色んな意味で『ヘルアンドヘブン』的な状況から生還した昴だったが、表情に生気は感じられず、既に虫の息だった。

「す、昴!? 昴ーーー!?」

 事の重大さを悟った朱梨は昴の肩を掴んで力一杯揺さぶった。しかし、それはかえって逆効果になり、昴は泡を吹いて、本当に危険な状態に陥った。

「あぁッ! どどどど、どうしよ~~~ッ!」

「落ち着け! 朱梨」

 半狂乱になった朱梨は、掴み掛からんばかりの勢いで真吾に助けを求めた。普段はしっかりしている彼女だが、突発的事態に対しては、人一倍弱かった。

 真吾は、そんな朱梨を宥めようと震える小さな肩に手を置いた。

 その時だった。場の空気を完全に無視した暢気な声が二人の耳梁を叩いたのは。

「お~い。御子神~いるか~? って、ありゃ?」

 呆れかえった顔で三人を見つめる声の主は彼等のクラス──二年A組の担任教師、天野だった。

「何やってんだ? お前等」

 彼は慌てふためく朱梨と真吾の二人と倒れている昴を見て、何があったのかを悟った。小さく溜息を吐くと、面倒臭そうに呟いた。

「ったく、しょうがねぇなぁ」

 天野は屍と化した昴を蘇生させる為にあの手この手を尽くした。

「お~い御子神~起きろ~」

 容赦無く、昴の頬に往復ビンタを喰らわせたり、「ほ~れ、くすぐったいだろ~?」身体中を擽ってみたり、「昴~。起きなさい。朝ですよ~」

 下手くそな愛菜の真似をしてみたりしたが、昴の瞼は固く閉じられたままだった。それどころか天野の物真似のせいで酷くうなされる様になった。因みに、傍で聞いていた二人もそれを見て、渋い表情を浮かべていた。

「……ダメだ。ピクリともしねぇ」

 万策尽きた天野は困り果てて大きな溜息を吐いた。朱梨と真吾も何か他に手は無いか? と必死に頭を動かしていた。

 やがて、真吾が何か閃いた風に顔を上げると、囁く様な声で天野を呼んだ。

「センセ。センセ」

「何だ? 猪狩」

「ちょいと良い方法があるんですがねぇ」

 朱梨に気付かれないように囁いた真吾は、世にも邪悪な笑みを浮かべていた。天野もそれに呼応するかの様に、歪んだ笑みを浅黒い肌に刻みこんだ。

「何だ。言ってみろ」

 ほくそ笑む男二人。それは、さながら時代劇な有名なワンシーンの様な光景だった。

「まずはですねぇ……」

「……成程、しかし誰がやる」

「それなら――」

 邪悪コンビが邪悪な顔である一点を振り向いた。その時の二人の顔は、事情を知らない者が見たら一瞬で逃げ出すくらい壮絶だった。

「な、何よ……」

二つの邪悪な視線に射抜かれた朱梨はたじろぎ、少し後ずさった。

「よし、涼城」

 直後の天野の表情と口調は珍しく真面目なモノだった。朱梨達でさえ滅多に見れない様な顔だ。

「は、はい」

 普段とは違う担任の様子に、朱梨は気圧され、我知らず背筋を伸ばして直立不動、気を付けの体勢を取っていた。


「お前……御子神とキスしろ」


 その瞬間、朱梨の『時』が止まった。

 朱梨は最初、天野が何と言ったのかわからなかったが、ゆっくりと言葉の意味を反芻し、彼女の脳が到その意味を理解した時、彼女の顔は完熟トマトの様に真っ赤に染まっていた。

「どどどどど、どういう事なんですかぁぁぁッ!」

「い、いや……御子神の目を覚ます為にだな」

 限りなく狂乱に近い半狂乱状態で胸倉を掴んでくる朱梨を、天野は何とか落ち着かせようとしたが、暴走機関車の如き馬力を発揮する少女には、まるで効果は無かった。

「それとキスになんの関係があるんですか!?」

「白雪姫のラストばかは知ってるよな? 朱梨」

 二人のやり取りを笑いながら眺めていた真吾が、これまた愉快そうな口調で言った。

「知ってるけど……それが何だってのよ?」

「白雪姫は王子様の口づけで眼を覚ますんだぜ? だったら、その逆も然り、だと思わないか?」

「なッ!? でも、そんなのアタシじゃなくても──」

「この中で女はお前だけなんだけど」

「け、けど――」

「いいのか? 昴がこのままでも」

 反論しようとする朱梨の言葉を遮り、真吾は肩をすくめながら言った。直情的な彼女を口で封じるのは造作も無い。

「うぅ」

 真吾の理屈に反論の言葉返せず、唸った朱梨は依然、昏睡している昴をちらと横目で見た。先程からずっと苦しそうにうなされる姿は、見ている内に段々いたたまれない気持ちになって来る。

「――あ~~~もう!わかったわよ! やればいいんでしょ! やれば!」

 半ばヤケクソになりながらも決意を固めた朱梨は、横たわる昴を抱き起こし、自身の顔を彼の顔に近づけた。昴の顔が視界の大部分をを占めてゆくにつれ、朱梨の胸の鼓動はより速く、より強くなっていった。そのせいか、彼女の思考は、混乱を通り越した混沌カオス状態になっていた。

 そういえばアタシファーストキスまだなんだけどなぁでもコレは人命救助みたいなモノだからノーカンよノーカンそれにしても昴ってホントにキレーなカオしてるわね~唇もやわらかそ~ってイカンイカン……さぁ、行くわよ!

 覚悟を決めて、朱梨が唇を重ねようとした時、昴の瞼が微かに動いた。

「う、んん……あれ? 朱梨何してるの?」

「ッ!」

 目を覚ました昴と朱梨の目が合った。

「な、あッ……」

 上体を起こした昴の純真無垢な瞳に見つめられ、朱梨は先程とは比にならない位、顔を紅潮させた。

「いっやあああああッ!」

 朱梨の右手が一閃した。

 渇いた音と朱梨の悲鳴がが学園中に響き渡った。




 Chaputer-2


 守護者達の女神



 姉さんにどこか似ている。

 それが彼女に対する第一印象だった。

 高貴な輝きを放つブロンドの髪。

 真夏の海の様に深いコバルトブルーの瞳。

 日本人離れした長身のプロポーションを包む緋色のスーツ。

 一目見て、外国人とわかる外見で、英語が余り得意では無い昴はかなり焦ったが、彼女が浮かべる人懐っこい笑顔にそんな不安は霧散した。

「あの、何かあったんですか?」

 それが彼女が最初に言った言葉だった。しかも流暢な日本語だ。

「あ、いえ。何でもないです。何でも……」

 昴は頬の真っ赤な紅葉を摩り、苦笑しながら言った。朱梨に叩かれた痕が、未だにヒリヒリと痛む。

「ところで貴女は?」

 ふと昴は、目の前の麗人が何者なのか解っていない事に気付いて、訊ねてみた。

「私はマリア・シュタイナーと申します。ごめんなさい。こんな所に呼び付けてしまって」

 丁寧な口調でマリアと名乗った女性は、申し訳無さそうに苦笑した。

 今、二人が居るのは、天道院学園高等部校舎の四階にある音楽室。防音設備が整っているこの部屋は余程酷い騒音でない限り、音が外に漏れる事はまず無い。聞かれたらマズイ事を話すには、持って来いの場所である。

 その為かは不明だが、この音楽室は学園内の告白スポットの一つとして、戦前から語り継がれているトカ、いないトカ……

「それで僕に一体何の用ですか?」

 昴の問いにマリアは一瞬、逡巡の表情を浮かべたが、すぐにそれを消して口を開いた。


「私達に貴方の力を貸して欲しいのです。御子神 昴君、いいえ――邪神ロキ」


 邪神ロキ。その言葉を聞いた昴は心臓をわし掴みにされた様な気分になった。

 彼女は何故、その事を知っているのだろうか?

「な、何を言って――」

 必死にはぐらかそうとした昴だったが、マリアは追い討ちを掛ける様に、更に言葉を紡いだ。

「……本日一六:三一、中苑市中心部に神機獣出現。

それから一六:四九に至るまで神機獣は破壊活動を行う。

一六:五〇、中苑市中心部に未確認の巨人が出現……」

「ッ!」

 この瞬間、昴は悟った。この女性は全てを知っている。御子神邸で起こった事も。フレイヤの事も。そして、昴とロキの事も――全て。

「――貴方達に戦って欲しいのです」

 マリアは神妙に言葉を紡いだ。その美貌からは、何の感情も読み取れない。

「人類の敵、ヴァルハラの神達と!」

「な……ッ!」

 昴は目の前に居る女性がなんと言ったのか一瞬理解出来ず、呆然となった。

 戦う? 誰と? 人類の敵? ヴァルハラの神? 戦う? 誰が? ……僕が!?

 彼女の言葉の意味をやっと理解した昴の唇が微かに動いた。

「……な事……」

「え?」

 俯いた昴の様子が気になったマリアは、首を傾げ、彼の顔を覗き込んだ。

「そんな事、僕に出来る訳が無いじゃないかッ!」

 突然叫んだ昴に、一瞬怯んだマリアだったが、気を持ち直し、説得を始めた。

「で、ですが貴方は先程、神機獣を――」

「あれは僕じゃないッ! あれをやったのは……ッ!」

 混乱した昴はマリアに背を向け、音楽室を飛び出した。

 昴の怒りとも悲しみとも言えない感情の渦巻いた表情を見てしまったマリアは、彼を追う事が出来ず、その後ろ姿をただ黙って見つめる事しか出来ず、伸ばしかけた手を虚空に彷徨わせた。そして、そのまま眼を閉じると、悔しそうに呟いた。

「――情けないですね。私は」

 マリアが己の無力を痛感した時、スーツのポケットの中から甲高い電子音が鳴り響いた。

 ポケットの中から、小型の端末らしきモノを取り出したマリアはそれを慣れた手つきで操作した。

 すると、端末上の虚空に女性の姿を映した立体モニターが出現した。

「こちらシュタイナー。どうしましたか?」

『司令! 神機獣反応です!場所は中苑湾沖合ニキロ。約十分後には上陸する模様!』

「なんですってッ!」

 報告を受けたマリアの顔は、目に見える程に青ざめていた。



 その頃、逃げる様に学園を飛び出した昴は、校舎裏の小さな池のほとりに静かに佇んでいた。苔むした水面をじっと見つめるその瞳には、何も映っておらず、虚無だけが満ちていた。

──昴。

 ロキが呼びかけた。しかし、反応は無い。

──昴!

 今度は少し強く呼びかけた。が、それでも昴は応えない。

 いい加減焦れてきたロキが更に強く呼びかけようとした時、昴の唇がボソボソと何かを呟いているのに気付いた。

「……して……んだ」

──?

「……どうして僕なんだ……ッ!」

 昴がそう思うのも無理は無かった。

 いきなり戦う力を持たされ、戦う事を訳もわからないまま宿命づけられてしまったのだ。これで全てを納得しろなど、齢十六の少年に出来るものでは無い。

「僕よりも、もっと相応しい人だって居たんじゃないか?」

 答えは返って来なかった。

 それから、少しの間、沈黙が辺りを漂った。

──……昴

 漂う沈黙の空気を破って言葉を発したのは、ロキの方だった。その口調は、いつもの傍観者的なモノではなく、真剣そのものであった。

──俺と一体化してヴェルズになる事は、誰にでも出来る事じゃない

「え……」

──俺と融合出来るのは、それなりの資質を持った人間だけだ。それ以外の人間が融合しようとすれば……最悪、精神たましいを食い尽くされ、廃人と化す

「……!」

──あの時、お前が俺と融合したのは偶然だ。だが、神機獣と戦う事が出来たのは昴、お前だけだった。そして今、ヴァルハラと戦えるのも、お前だけだ! 御子神 昴!

「――ずるいよ。そんなの」

 昴は顔を俯けて、ぽつりと呟いた。だが、前髪に隠れた虚無の瞳には、微かだが、輝きが戻っていた。

 その時、遠くで轟音が響いた。池の水面にも、沢山の大小様々な波紋が生まれては消えた。

「これは――」

 昴は轟音がした方を仰いだ。

──神機獣だ……ッ!






Chapter-3


少年の決意



 破壊に次ぐ破壊。

 蹂躙に次ぐ蹂躙。

 突如、中苑市沿岸部に出現した白毛の神機獣・ビッグフットは目につく物を手当たり次第に粉砕し、それによって生じた瓦礫が逃げ惑う人々を無慈悲に呑み込んでいった。

「何だよ、これ……」

 駆け付けた昴は、目の前に広がる光景に愕然となった。

 前回の襲撃時は、家に戻る事で頭が一杯だった為、街の状況にまで気が回らなかった。冷静な状態で目の当たりにした現在の光景は、免疫を持たない昴が受けた衝撃は計り知れないモノだった。

──昴。行くぞ!

「で、でも」

──ッ! まだそんな事を言っているのか!

「だけど……僕には……」

 昴は苦悩していた。確かに先程、ロキの言われた事は理解出来る。だが、それに対し、納得出来る答えをまだ見つけらていない。その事が彼に最後の一歩を踏み出す決断を渋らせていた。

 そうやって尻込みしていた昴が苦悶の呻きを漏らした時、微かな大気の振動が昴の耳梁を叩いた。

「えっぐ……ひぐ……」

 それは微かな鳴咽だった。普通だったら聞き逃してしまいそうな弱々しい声だったが、昴はハッキリとソレを聞き取っていた。

「あれは!」

 辺りを見回した昴の瞳に飛び込んだのは、焔と粉塵と血の臭いが立ち込める廃墟の中にポツンと佇む幼い少女の姿だった。

「お、父さぁん、おがぁ、さん……」

 少女は咽び泣きながら、必死に両親を呼んでいた。

 それが気に障ったのか、神機獣はその巨大な躯を少女の方へと向けた。

「いけないッ!」

──よせッ! 間に合わん!

 ロキの制止を振り切って、昴は少女の下へと走りだした。

 自分の使命や宿命なんて正直良くわからない。だけど、今目の前で起こっている理不尽を見過ごしたら、絶対に後悔する。それだけはわかる。だから!──


「マァテリアァ・アァァァァップ!」


 昴は両手に嵌めたGEガントレットを力強く打ち鳴らした。

 両拳の間から溢れ出した闇の奔流が昴の体を包み込んだ。


 漆黒の鎧。


 強靭な肉体。


 真紅に輝く瞳。


 闇は迷いを振り切った少年を最強の戦士へと変容させた。

「ウゥオオオオッ!」

 咆哮と共に大地を駆ける漆黒の邪戦士──ヴェルズは少女の小さな身体を掬い上げる様に抱き抱えると、さらに加速して安全な場所まで退避した。直後、背後で地響きと轟音をが大気ごと廃墟の世界を揺らした。少女を踏み潰そうとしたビッグフットの巨大な脚が瓦礫まみれの地面を踏み抜いたのだ。

 神機獣の想像以上のパワーに軽く戦慄しつつも、ヴェルズは抱きかかえていた少女を地面に降ろした。

「早く逃げな」

 少女は何が起こったのかよくわからずにぼうっとした表情を浮かべていたが、ヴェルズの存在に気がつくと本当に逃げる様にして立ち去って行った。どうやら、彼女の眼にはヴェルズの姿は余り良く映らなかった様だ。

──さて、昴! マテリア・ライズだ! 行く──

「必要ねえッ!」

──!?

 精神の深層に潜むロキの助言を無視した昴──ヴェルズはGEマシンガンを斉射しながら、ビッグフットに突撃した。

「オオオオオッ!」

──す、昴?

 ロキは困惑を隠せなかった。

 ロキの意識が主導権を握っていた前回と違い、今回のマテリア・アップは昴の意識が主体となっている。だが、彼の意識――特に性格面が変身前とは大きく変化し、粗野で乱暴なモノとなっている。

 自身との融合により、ある程度、宿主の精神に影響が出る事は想定していた。が、まさかこれ程までに変化するとは思わなかった為、暫くの間ロキは呆気に取られていた。

「喰らえッ!」

 両腕に紅の光剣を出現させたヴェルズはその状態で両手を組んだ。すると交差した二つの光刃が混じり溶け合って、一つの巨大な光の剣となった。

「ラァイトォ・メガ・ブレェェェェドォ!!」

 顕現した巨大光剣──ライト・メガ・ブレードの切っ先をビッグフットに向けたヴェルズは大地を蹴り、天高く跳躍した。

「ウゥオオオオオッ!」

 咆哮と共に、ヴェルズは大きく振りかぶったライト・メガ・ブレードでビッグフットの顔面を縦一閃に切り裂く。

「ッギャアアアアアッ!」

 右手で血塗れの顔面を押さえたビッグフットは、激痛を紛らわすかの様に空いた左腕を振り回して暴れ回っっている。

──クッ……マテリア・ライズだ。昴。出なければ止められないぞ。

「チッ、しゃーねぇなぁッ!」

 着地したヴェルズはロキの助言に従い、体内に渦巻くGEエナジーを練り上げた。

「ハアアアアア――」

 闇色の力がヴェルズの全身に行き渡り、意識が熱く、鋭く研ぎ澄まされた時、邪戦士は無敵の力を内包した言霊を高らかに詩った!


「マテリアッ・ラァァァイズッ!」


 刹那、遥かな天空で何かが煌く。

 それは猛スピードで雲を裂いて地表に迫り、そして落着した。その衝撃で、周囲一帯に大量の紛塵が舞い上がった。

「ギ?」

 灰色の塵の中で瞳を凝らしたビッグフットは、その向こう側で紅い光が二つ、燈るのを見た。その直後──

「ガアアァッ!」

 ビッグフットの傷ついた顔面に何かが激突し、白毛に覆われた巨体を吹き飛ばした。

「……こっからが本番だ。毛むくじゃらヤロー」

 紛塵が少しづつ晴れていき、そこからヤクザキック体勢で不敵な笑みを浮かべるのヴェルズの姿があらわになった。

「さぁ――行くぜ!」

 そう言い放ち、ヴェルズはビッグフットに殴りかかった。

だが――

「なッ!?」

 ヴェルズの放った鋼の拳撃は体勢を整えたビッグフットの肉厚の重厚な掌で受け止められている。

「ガアアアアアッ!」

 ビッグフットはヴェルズごと腕を振り上げると、そのまま力任せに地面に叩きつけた。

「グ、アアアッ!」

 もがき苦しむヴェルズの姿に味を占めたビッグフットは、再び腕を大きく振り上げた。

「っなぁめるなぁぁッ!」

 ビッグフットが再度、腕を振り下ろす直前、ヴェルズは顔面の傷目掛け、腕部に内蔵された半生体推進爆弾──GEミサイルマイトを発射した。

「グギャアアアアアッ!」

 忌々しい悲鳴と共に顔面の傷口から紅蓮の華を咲かせたビッグフットの掌が緩み、その隙にヴェルズは肉厚の掌から抜けだし、大きく後退して神機獣と距離を取った。

──昴。大丈夫か?

「たりめーだ。まぁ、ちょっとヤバかったけどな」

 神機獣の動向を窺いながら、ヴェルズは口内に溜まった機械混じりの神血をペッと吐き出した。

──しかし、どうする? 接近すれば奴の怪力の餌食、かといって離れても決定打は打ち込めない……まさに八方塞がりだな。

「そうでも無いぜ」

──?

「奴の攻撃は相当な大振りだ」

 ヴェルズは右腕からミストソードの柄を取り出した。

「それによって、かなりの隙が生まれる。だから、そこに一撃を叩き込めばいい。強烈な――一撃をな!」

 続けて左腕のスリットに柄を差し込み、一気に引き抜く。

 禍々しき光を断ち切る神剣・ミストソードが聖なる邪を滅するべく、今、この世界に顕現した。

「行っくぜぇぇぇッ!」

 猛き咆哮と共に、ヴェルズの背面のブースターが紅蓮の焔を吐き出した。

 それが生む勢いに乗り、ヴェルズは地面を抉り巻き上げながら、超高速でビッグフットに迫る!

「うおおおおおッ!」

 そして、ビッグフットの眼前で急停止したヴェルズはミストソードを大きく振りかぶった。対する白毛の神機獣も迎撃しようと拳を振り上げたが、神戦士の一撃の方が一瞬早かった!


「ミストソード・スラアァァァッシュ!!」


 刀身に気合と闇色のGEエナジーを乗せた漆黒の一撃は、神機獣の堅牢な肉体を真っ二つに切り裂いた!

 直後、神機獣の残骸が朱く輝き、爆散した。








 Epilogue


 ~守護者~




 赤く燃える太陽が山の向こう側に半身を沈め、空が闇の翼に抱かれようとしている頃、沿岸部を見渡せる丘の上でマリア・シュタイナーは微笑んでいた。

 その夏の海の様な紺碧の瞳に映るのは、焔の色をその身に受けた灰色の機械巨人。

「……こちらシュタイナー。シルメリアベース応答願います」

 彼女は手元の通信機に事務的な口調で声を吹き込んだ。

『──こちらシルメリアベース。どうしました? シュタイナー司令』

 一拍置いて、ノイズ混じりの鋼に様な男性の声が通信機のスピーカーから流れ出した。

「見つけましたよ、副司令」

『見つけた? まさかッ!?』

「ええ……人類の守護者となる機甲邪神を!」

 興奮気味の副指令の声に答えたマリアの表情は、どことなく勝ち誇った様なモノだった。



「はぁ……はぁ……」

 疲弊しきった体を引き摺って、何とか天道院学園の正門までたどり着いた昴は学園を囲う塀に倒れ込む様に寄り掛かった。

「もう駄目、指一本動かないや」

 マテリア・ライズによって体力と精神力を根こそぎ持って行かれていた昴は、酷く衰弱していた。

それでも気絶しないで居られたのは、ロキと同化しているからだろう。

──暫く休んでいろ。そうすれば直に良くなる。

「うん。そうさせて──」

「お父さぁーん! お母さぁーん!」

 ロキの言葉に甘え、睡みの世界に旅立とうとしていた昴。その意識を現実に留めたのは、すぐ近くで響いた舌足らずな声だった。

 不思議に思った昴は重くなった頭を巡らせ、声の主を探した。

「あ……ッ」

 疲れ切った虚ろな瞳が捉らえたのは、あの廃墟で助けた幼い少女の後ろ姿だった。

 走る彼女の前方に両親らしき男女が佇んでいた。

「良かった……」

 それを見た昴は心底嬉しそうに微笑んだ。

「ええ。良かったですね」

「――!」

 頭上からかけられた声に、昴は反射的に振り向いた。そこに居たのは、優しげな瞳で親子を見つめるマリアだった。

「…………」

 昴は半ば睨む様にマリアの瞳を見返した。逆光でよくわからないが、その表情は笑っている様だった。

「ほんとだよぉ~」

 父親に抱き抱えられた少女は瞳を輝かせながら語りだす。

「真っ黒くて怖かったけど、とっても優しそうな人が助けてくれたんだよぉ」

「!」

 真っ黒くて優しい人。それがマテリア・アップによって変容した自分だと、昴には容易に解った。

「貴方が守ったんですよ」

 マリアが穏やかな口調で言った。

「あの子の命と未来。貴方が守ったんです。その手で、その力で」

「僕の力で……」

 昴は去りゆく親子の様子を眺めた。

 もう決して離れまいと繋がれた手と手。喜びを分かち合う笑顔。

 それは未来を信じる者の姿だ。

 親子の姿を見えなくなるまで見つめていた昴は、やがて、大きく息を吐いた。

「――決めました」

「はい?」

 何かを吹っ切った様な昴の言葉をマリアは一瞬、把握する事が出来なかった。

「僕は――貴女と行きます。この力で沢山の人の命と笑顔、そして未来が守れるなら……」

「そうですか」

 昴の決意を聞いたマリアは満足そうな顔で頷き、昴に手を差し出した。

「御子神君。これだけは忘れないで下さい。例え貴方がどんな状況に陥っても、私――いえ、私達が居る限り貴方は一人ではありません」

 マリアの言葉には一辺の迷いも含まれておらず、むしろ強い信念に満ち溢れている。

 それを悟った昴は自由を聞かない腕を必死に動かし、差しのべられた手を取った。

「――はい!」

 この瞬間、遥かな時を越え、現代に蘇った邪神は地上の守護者達の一員となった。





 Episode-3ヘト続ク……





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