先輩からの
「……」
朝、ホームルーム前の今、僕は自分の席についていた。
「稲影くんおっはー」
「……」
「稲影くん?」
「……あ、おはようございます、赤星さん」
「何見てたの?」
僕の前の席、赤星さん自身の席に鞄を置いて、椅子の背を前にしてこちらを向いた。
「その……コレ、です……」
僕は手に一通の手紙を持っていた。
「もしかしてラブレター? モテるね稲影くん。ひゅーひゅー」
「囃し立てないで下さい。コレは、それとは真逆な物なんです」
「真逆?」
手紙を開き、文面を赤星さんに見えるように広げた。
そこにはこう書かれている。
今日の昼休み
修練所に来られたし!
榎口博二
「果たし状、だね」
「はい……」
「心当たりはあるの?」
「はい。昨日の放課後にですね、チームでの訓練があったのですが…」
先輩方は3人揃って、同じ言葉を口にした。
「「「誰だっけ?」」」
「な?」
「え?」
「へ?」
男の人の他、僕と緋鳴もその言葉に目を丸くした。いち早く戻った男の人が慌てて訊ね返す。
「ちょ、ちょっと待てよ、確かに最近は顔出さなかったからって忘れるとか無いんじゃね?」
「いや、スマンが思い出せん、名前を言ってくれないか?」
裏井先輩が軽く謝りながら訊ねる。
「名前? 榎口博二だよ。これで思い出したか?」
「榎口……ダメだ。アタシの記憶には無いね、そんな名前の人」
数秒の思案の後、表方先輩はさっぱりといった感じに手を拡げた。
「おぉい表方!」
「あー……アタシはほら、出てくる時が限られてっから、会った事無いのかもね」
赤七先輩は頬を掻きながら申し訳なさそうに呟く。
「いや何回もあってるぞ? 赤い七功だろ?」
「榎口か……うーん?」
裏井先輩が腕を組んで最も思考している。
「おいおい境太、冗談にも程があるぜ?」
榎口先輩が不安そうな顔だ。裏井先輩を名前で呼んでいる辺り、本当に知り合いなのだろうけど、先輩方はそれを忘れている。らしい。
「……あぁ!」
ふいに裏井先輩が思い出し、
「思い出したか!」
「……いや、思い出せん」
ていなかった。
「おぉい!」
ビシッ! と音がしそうなツッコミが放たれた。
「そんじゃま、今日はこれで解散な」
裏井先輩が僕達の方を向いて宣言した。
「ちょっ、待てよ!」
「珀露、七功の変化をメモしておけよ」
「は、はい。あの、後ろの方は?」
先ほどから気付けと言わんばかりに指を突き付けているんですが……
「知らん奴は知らん。多分本人が誰かと勘違いしてるか、アイツの目が悪くて見間違えてるかのどっちかだろ」
「それどっちもオレのせいになってるけど間違えてるのはお前達だぞ!?」
「んじゃ、お疲れー」
「お疲れー、っても何もしてないけどなー」
裏井先輩と表方先輩が揃って修練所を出ていった。
「あ、おい! ちょっと待てよ2人とも!」
榎口先輩もその後を追って行ってしまった。
「ふぃー、何かよく分からん奴だったな、そんじゃ、アタシも帰るわ」
赤七先輩がその後に出ていき
「……」
「……」
残された僕と緋鳴は顔を見合わせて
「……帰りましょうか」
「うん……あ、先輩の変化を書くから、部屋に寄っていいかな?」
「えぇ、行きましょ」
妙な気持ちを持ったまま、修練所を後にしたのだった
「……それで、今朝下駄箱の中にコレが」
「ふぅーん、でも何で稲影くんなんだろうね」
「さぁ……特に何かを言った覚えも無いのですが」
「それ、行くの?」
「はい、一応、先輩を待たせては悪いですから」
「でもそれ、絶対戦わされるよね?」
「……」
確かに修練所に来いと言っている時点で使わない訳が無い。先輩の実力なんて分からないけど、少なくとも一年この学校にいる先輩だ、僕よりは絶対に経験がある。勝負にもならないだろう。
それに、僕は―――
「稲影くん?」
「!? あ、はい。何ですか?」
「チャイム鳴ったよ。次移動教室だって、行こ」
「はい、分かりました」
僕は手紙を鞄に終った。
とりあえずは、授業に専念しよう。
二時間目終了後の休み時間。僕は隣のクラスの緋鳴を訪ねた。
教室から出てきた緋鳴に手紙のことを話す、
「アタシの方には入ってなかったけど……まさかそれ、行くの?」
「うん。そのつもりだよ」
「はぁ……アンタね、そんな身に覚えの無いものはムシしなさいよ」
「でも一応、先輩の呼び出しだし……」
「言っておくけど、アンタが予想しているような呼び出しによる色々ってのは絶対起こらないわよ?」
「う……」
さすがは緋鳴、僕をよく知っている。
「も、もちろん分かってたよ? でもそれを踏まえなくても、やっぱり僕は行くつもりだ」
「……はぁ、仕方ないわね」
やれやれと言ったように緋鳴は肩を落とす。
「アタシも付いていくわ、昼休みだったわね?」
「え? うん、そうだけど、どうして緋鳴も?」
「どうせ珀露じゃ二年生相手に歯が立つ訳無いわよ」
うぅ、本当の事を。
「だからアタシがサポートしてあげるのよ……それに」
周りに聞かれたくないんだろう、緋鳴はそっと耳打ちする。
「……七功先輩がそうだったみたいに、アンタだって分からないじゃない?」
「七功先輩……あ!」
その言葉で思い出した。
「ちょ、どうしたのよ? 急に大声出して」
「……今日の昼休み、七功先輩と居る時間だった」
チームに入ってからというもの、変化を探るため一日置きぐらいで七功先輩とお昼を共にしていた。今日はまさにその日だった。
「そんなの、事情を説明すればいいじゃない」
という訳で三時間目終了後の休み時間、二年生の教室がある階を訪れた。
最初の方は妙な視線を感じていたが、すでに何回も訪れているので二年の先輩方も見慣れたらしく、僕が現れると七功先輩を呼んでくれる方もいるぐらいになった。
廊下に出てきた先輩に手紙のことを伝えると、
「わたしも行くよ!」
即答だった。
「あの……手紙が来たのは僕ですし、先輩に迷惑をかける訳にはいきません」
「迷惑なんかじゃないよ! わたしも手伝うからさ、絶対に勝とうね、ハクロウくん!」
「……」
そう言った先輩の目は、真剣な眼差しだった。相変わらず名前を間違われてるけど。
「……はい、よろしくお願いします。七功先輩」
その行為を無下にすることは、僕には出来なかった。




