勇者? ちがう、HEROだ!!
王都にある神を祭る神殿、その最奥部。神聖な空気に包まれ、痛いほどの静寂が支配していたそこに、凛々しい声が響き渡る。
部屋の中心にある大きな魔法陣を前にして、純白の布に金の刺繍を施した神官服に身を包んだ若い女性が、胸の前で両手を合わせ、祈るように呪文を歌い上げる。
それは勇者を呼び出す呪文。遥か昔より伝わる、神の力を借りた奇跡の術。強大な力を持つ魔王を打ち倒し、世界に光を取り戻す英雄を呼び寄せる召喚魔法。
「――最高神ファリエルに導かれし勇者よ! 闇を切り裂く英雄よ! 我が祈りに応え、我が下に来たれ!」
瞬間、魔法陣が光を放つ。目も開けられぬような閃光が部屋中を包み込み、辺り一面を白く染め上げる。
部屋を照らしつくしていた光が徐々に弱くなっていく。光が完全に収まった時、魔法陣の中央には一人の男が立っていた。
オレンジのラインの入ったピッチリとした赤い服に身を包み、鳥の頭部を模した赤い被り物で頭を覆っている奇妙な男。背中には真っ赤なマントがはためいている。
「助けを求める声に呼ばれ参上した。貴女か、俺を呼んだのは?」
男が目の前で呆けている女性に声をかけた。その声にハッと我に返った女性が、男の前に慌ててひざまずく。
「ハッ、ハイ。私が貴方様を召喚致しました。召喚に応じて下さり感謝致します、勇者様」
「よしてくれ。助けを求められたのなら、正義の味方がそれに応えるのは当然の事だ」
男の言葉に、女性の目から涙が零れる。
ああ、もう大丈夫だ。この人は必ずこの世界に平和を取り戻してくれる。女性の胸に深い感動があふれだす。
「有難う御座いますっ」
「ああ、泣かないでくれ。正義の味方が助けを求める者を泣かせたんじゃ示しがつかない。それに、ひとつだけ訂正しなくちゃいけない事があるんだ」
男が涙を流す女性にどこからか取りだしたハンカチを差し出した。女性は差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭いながら男に問い返す。
「訂正? 何をですか?」
「そんなにも喜んでくれている貴女には言い辛いが、これだけはハッキリさせなきゃいけない。――俺は、勇者じゃないんだ」
「……………………え?」
男の言葉に、女性の思考回路が凍りついた。耳に残った言葉を処理することを頭が拒絶する。
「……う、うそですよね?」
「いいや、本当だ」
「うそよ。ウソ、嘘! 私はキチンと決められた通りにやったもの。冗談ですよね? ジョウダンなんですよね勇者様!?」
「嘘でも冗談でもない。分からないなら何度でも言うが、俺は勇者なんかじゃないんだ」
血相を変えて取り乱す女性の肩に手を置き、男が宥めるように言い聞かせる。しかし、女性は取り合わない。一層声を大きくして男へと言い募る。
「ウソウソウソ! 勇者じゃないと言うのなら、貴方はいったい何だと言うの!?」
「俺が何者かだって?」
男が女性の肩から手を離す。二歩三歩と後ろに下がり、女性に背を向けたまま腰に手を当て胸を張る。
「正義の心をこの身に宿し、不屈の魂で悪と闘う。いいかよく聞け!」
男が勢いよく振り返る。足は肩幅。ガッチリ腕組み。胸を反らせて仁王立ち。
「俺は勇者ではないっ!」
右足を後ろへ。上半身をわずかに前に倒し、両腕を翼のように大きく広げる。
「―― HEROだ!!」
華麗に決まるキメポーズ。
異界において、一人のHEROが雄叫びを上げた。
◆◆◆◆◆
「ほう、そなたが伝説の勇者か。ずいぶん奇怪な格好をしている」
「貴方がこの国の王か。悪いが俺は勇者ではない! 正義の代名詞、HEROだ!」
召喚者である女性に連れられ、
「貴様、王に対して無礼だぞ! その被り物を脱いで素顔を表せ!」
「ふざけるな! 俺はHERO! 中の人などいはしない!!」
王との対面を果たすHERO。
「この世界は現在魔王の率いる魔物たちによって支配されようとしている」
「魔王に魔物か……」
「勇者殿。……いや、HERO殿。どうかこの国を、この世界を救っていただきたい」
そこで明かされるこの世界の現状。
「防具と武器はこちらで用意させていただきました。きっと役に立つはずです」
「こっ、これは!」
「そう、伝説に記された勇者の初期装備。布の服とひのきぼうです」
差し出される伝説の装備。
「ほう、さすがは神に選ばれた者だ!」
「ええ、とてもお似合いですわHERO様!」
「そ、そうか?」
その装備を身に纏い、
「我らにできるのはここまでだ。そなたの無事を祈っておるぞ!」
「いや、あの、お金は?」
「さぁ、皆の者! 勇者の出陣だ! 盛大に見送ろうではないか!!」
「勇者様バンザイ! HERO様バンザイ!」
「きゃー、勇者さまー!」
「ゆうしゃさまがんばれー!」
「なんでもいいからさっさと出発しろー!」
「このロクデナシのゴクツブシー!」
「……お金……」
多くの者からの声援を受け、HEROの魔王退治の旅が始まる。
「見知らぬ世界に呼び寄せられっ! 強大な力を持つ魔王との闘いに身を投じるっ!」
パチッ、パチッ。
「コイツはなんだか、厳しい旅になりそうだぜ!!」
パチッ、パチパチッ。
「…………グスン。寂しくなんかないもん」
初めての野宿。
「プルプル。ボクわるい魔物じゃないよ」
「そっ、そうなのか! ならこっちで少し話をしないか!?」
「――と見せかけてスキアリャァァーー!!」
「グホッッ!!」
初めての魔物との戦闘。
「見渡す限りの大草原。空は快晴。爽やかな風が俺のマントを揺らしている」
「フッ、まさに平和そのものじゃないか」
「……」
「…………」
「……………………。町はどこだ! 人はどこだ!! ココはいったいどこなんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
先の見えない一人旅。
「もう嫌だ。最近は魔物ですら俺を見ると鼻で笑って去って行きやがる」
「かまえよ! 俺、勇者だぞ! 本当はHEROだけど勇者として呼ばれてきたんだぞ!!」
「放置プレーはもうたくさんなんだよチキショオォォォォーーーーーー!!」
折れかける心。
「ああ、なんか俺、話し相手になってくれるなら、今なら例えそれがミジンコであっても心の底から愛せるかもしれない」
「アーッ! やっっっと見つけたわよ!」
そんな時、HEROの前に一人の少女が姿を表わす。
「アンタが最近召喚されたっていう勇者ね! ワタシの名前はリナリア! 魔王退治の旅、ワタシも加わってあげるわ!」
「……ひ」
「ん? ナニよ? なんか文句でも――」
「人だああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!」
「キャアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーー!!!」
忘れかけていた人とのふれあい。
「と、とにかく! 未来の大魔法使いであるワタシが仲間になってあげるんだから感謝しなさいよね!」
「リナリアさん!!」
「ナッ、ナニよ?」
「大好きです! 結婚してください!!」
「ハアアアアァァァァァーーーーーーー!?」
HEROは少女に出会い、
「ジョッ、ジョウダンはやめなさいよ!」
「キラキラ輝く金の髪。その意思の強さを表すような蒼い瞳。桜色のくちびる。スラリとしていて、それでいて柔らかそうなその肢体。貴女のすべてが愛おしい」
「チョット! ソレ以上近づくと大声出すわよ!?」
「今ならば断言できる!! 俺は、俺はっ、ミジンコよりも貴女が好きだあああああぁぁぁぁーーーーーー!!!」
「ダレか助けてえええええぇぇぇぇぇーーーーーー!!!」
真実の愛がどのようなモノかを理解する。
「さあ行こうマイハニー! 魔王退治という名の婚前旅行に!」
「なんかワタシ、トンデモナイ間違いをオカシテしまった気がするわ……」
立ち直ったHEROは、仲間を得て旅を続ける。
「ほら、見えてきたわよ。あれがハージメの町」
「やっと! やっと着いた! 久しぶりに見る人工物に涙が止まらねぇ!!」
「……ソ、ソウナンダ。ヨカッタワネ」
(どうしよう。コイツ、すごくキモイわ……)
町に到着したHEROたち。
「ん? なんだか少し様子がおかしくはないか?」
「ッツ! タイヘン、町が襲われてるわ!!」
「なんだと!? クソッ、スグに助けに行かなければ!!」
「あ、チョット! 待ちなさいよ!!」
しかし、そこは魔物たちの攻撃を受けていた。
「クク、愚かな人間どもめ! 八つ裂きにしてくれるわ!!」
「キャーーー!!」
「ヤメロオォォォーーーーー!!!」
理不尽な暴力など許容できるハズがない。
「んん? なんだオマエは?」
「俺はHERO! 俺が来たからには、お前たちの非道な行いもこれまでだ!」
「HERO? ……ああ、オマエがウワサのぼっち勇者か」
「ぼっ、ぼぼぼっ、ぼっちなどではない! 最近ちゃんと仲間ができたんだ!」
なぜなら彼はHEROなのだから。
「目障りだ。灰も残さず消え失せろ! 『ファイアーストーム!』」
「なに!? うおおぉ!」
開始される激しい闘い。
「なっ、何故だ!? 何故魔法が効かない!?」
「ふん、そんなことも分からないのか?」
そこで明らかとなる
「分からないなら教えてやろう。それは俺がHEROだからだ!!」
「なん……だと……ッ!?」
HEROの真の実力。
「これでトドメだ! 必殺 ≪ひのきぼう一閃斬り≫!!」
「バッ、バカなあぁぁぁぁ!?」
炸裂する必殺技。
「こっ、こいつは! 将軍ワルイ―ゾじゃない!? これアンタが倒したの!?」
「悪いが話しかけないでくれ。キメポーズの真っ最中なんだ」
譲れない一線。
「この町の魔物はもうほとんど倒したわね」
「よし、じゃあ先に進もう」
「えっ、もう出発するの!?」
「ああ、皆が平和を待ち望んでる。早く魔王を倒さなくちゃ」
誰かが助けを求める限り、正義の味方に休息は無い。
「ところでハニー」
「ナニよ?」
「魔王って一体ドコに居るんだ?」
「そんなの、魔王城に決まってるでしょ」
「じゃあ、その魔王城はドコに在るんだ?」
「……………………さあ?」
目指すは魔王城ただ一つ。
「どうしようかハニー。出発早々に行き詰ったよ」
「アンタ一応勇者でしょ? 魔王の居場所とか感じ取れないわけ?」
「残念ながらHEROにそんな便利な能力は無いな。ハニーの愛らしさならビンビンに感じ取れるんだが」
「バッ、バカ……/////」
仲間との絆を深めながら
「……長かった」
「……長かったわね」
「……言葉にならないくらい長かった」
「……説明するのがメンドウなくらい長かったわね」
長い長い旅の果て、HEROは遂に魔王の元へと辿り着く。
「遂にここまで来たか! 勇者、いやヒーローよ!!」
「ほう、さすがは魔王。他の奴とは一味違うようだ。だが、貴様は分かっていない」
「何? どういう意味だ?」
「俺はヒーローじゃないっ! HEROだ!!」
対面する魔王とHERO。
「ハニー、下がって。魔王は俺一人で相手をする」
「チョット! ココまで来てワタシだけ除け者にする気!?」
「だって、いるんだろ? そのお腹に」
「……知ってたの?」
「ああ。だから、そこで見ていてくれ! 俺の雄姿を!!」
愛する者を背に、HEROの最後の闘いが幕を上げる。
「最初から全力だ! くらえ、必殺 ≪ひのきぼう一閃斬り≫!!」
「クハハハハ!! そんなモノが我に効くか!!」
「なっ!? バッ、バカな、ひのきぼうが!?」
しかし、魔王の力の前では伝説の武器さえ無力だった。
「ハハハハハ! どうしたHERO! キサマの力はそんなものか!!」
「グアアアアアアァァァッ!!」
「HERO--!!」
魔王の容赦の無い攻撃がHEROへと襲いかかる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ゲホ」
「……まだ立ち上がるか」
十、二十と吹き飛ばされてもなお、不屈の闘志で立ち上がるHERO。
「――グッ!」
「無駄だ。もう立つな。この勝負、我の勝ちだ」
「……」
「その根性に免じて命だけは助けてやろう。後ろの娘を連れて去るがいい」
しかし、遂に限界が訪れる。
血まみれで膝を付き、うずくまるHERO。
勝者の余裕か、そんなHEROに止めを刺さずに魔王が背を向けた。
「――分かって、ないな」
「何?」
うつむいたHEROから漏れ出た言葉に、魔王の足が止まる。
「ああそうだ、分かってない。会って最初に言った通り、貴様は何にも分かっちゃいない」
「…………やられすぎておかしくなったか? 我が一体、何を分かっていないと言うのだ?」
振り返った魔王の目に、立ち上がったHEROの姿が映った。
どう見ても立っているのがやっとの有様。
にもかかわらず、その言葉には無視できないような力が宿っている。
「魔王、貴様は確かに強い。俺なんかじゃ手も足も出ないほどに」
「そこまで分かっていながら、何故貴様は立ち上がる?」
「ほらな、やっぱり分かってない」
HEROがチラリと後ろを振り返る。
声はかけない。その姿が見れただけで十分。
「いいかよく聞け。例え相手が強大であろうと! 例え自分より強かろうと! 俺の勝利を信じてくれる人が、祈ってくれる人がいる限り! 俺は、諦めるわけにはいかないんだ!!」
「バカな男だ。そのような詰まらない意地など持っていなければ、命だけは助かったものを」
「バカで結構! さあ、決着を付けようか!!」
再び両者が構えを取って向かい合う。
魔王の手に集まっていく恐ろしいほどの魔力。
HEROの闘気が創りだす不死鳥。
「消し飛べHERO!! 禁呪 『エクスプロージョン』!!!」
「受けてみろ!! HERO流最終奥義 ≪ファイナル・フェニックス≫!!!」
「ウオオオオオォォォォォォォーーーーーーーッ!!!」
「アアアアアアァァァァァァァーーーーーーーッ!!!」
これは異世界にその存在を刻みつけた、一人のHEROの物語である。
ネタとして思いついたが上手くまとめられなかったので予告編風味にしてみました。
続かないよ!