怪話篇 第十九話 怪画
1
「げっ、お前、こんなのが趣味だったのかよお。頭、どうかしてるんじゃぁないのか?」
「いいじゃないか。僕はこの人のファンなんだから」
「しかしなぁ~。よくこんな不気味悪いのが、いいなんて言ってられるなぁ」
「横井だって、怪奇小説のファンじゃないか。人の事言えるかい」
「絵と小説とじゃあ、次元が違うぜ。……うぇ、これなんか特に気味悪ぃ~な」
「それが良いんじゃないか。こっちの怪物なんか特に凄いよ。世の中を風刺しているんだなあ」
「オレ、あっちで待ってるよ。……頭がおかしくなりそうだ」
「ふん!てめ~なんかには、芸術ってモンが判らんのだ」
「ほう、気に入ってくれましたか?」
「えっ?」
「ああ、すいません。私の他にも、比久万良斗氏のファンがいたと思うと、つい嬉しくてね」
「じゃあ、貴方も。」
「そう! 実を言うと、この展覧会を企画したのが私の古い友人でね。と言うよりも、私が無理に頼んでやらせたんだけどね。ほら、あそこ。あの人だ」
「ああ。この博物館の人なんだ。それで」
「そう、ご名答」
「僕も、よく実現したと思いましたから」
「はは。あまり世間には認められてませんからねぇ」
「そうなんですよねぇ。今日無理に引っ張って来た友達だって、ほら、あんななんですよ。ああ、僕、藤村といいます」
「あっと、私の方こそ自己紹介もしないで。黒部です。よろしく」
「画商さんなんだ。やっぱり思った通りだ」
「はは、仲介人みたいなもんなんですけどねぇ。あっ、そうだ。今度、比久万さんを囲んでファンの集いがあるんですよ。ごく内輪の小さなものなんですが、よかったらどうです」
「えっ。僕みたいなのが、いいんですか?」
「勿論、歓迎しますよ。時間と場所が決まったらお知らせしますから、連絡先を教えて下さい」
2
「結構集まったものだなぁ」
「『ものいわざれど自ずから』、ですよ」
「そっ。判る人には判るんですよ」
「そうかなぁ。私の絵は理解されないものだからこそ、と思っていたんですがねぇ。こんな学生さんにまで、ファンがいるとは驚きだ」
「そんな。僕なんか、こんな風に逢えるなんて夢にも思ってませんでしたよ」
「おいおい、それは私等の台詞だよ」
「そうさ」
「でも、確かに夢のようだな。こうやって、私のファンと私の絵とに囲まれていると、何か奇妙な気分になってくるね」
「一種独特ですからね、比久万さんのタッチは」
「でも、どうしてこんな風な不気味な怪物の絵ばかりを、描けるんですか?」
「実をいうとね、……こんな化け物の絵しか描けないようになってしまったんだよ」
「それじゃ、答えになってませんよ」
「はは、私は元々目が悪くてねぇ。まともな物も怪物に見えて仕舞うんだよ」
「えっ?」
「でも、本当のところはどうなんです。まさか、アトリエの奥に地下室があって……」
「きっと、そうなんですよ。そこに、赤錆びた扉があって……」
「奥からは地獄めいた叫び声が……」
「なっ、なんでまたそんな事……」
「違うんですかぁ~」
「……どうして、判ったんだ」
「えっ! まさか」
「じょ、冗談でしょう」
「……ちょっと、まさかねぇ」
「なあんてね。ははは、本当にそうだと楽なんだけどね」
「もう、一瞬信じちゃいましたよ」
「本当に」
「この絵の凄さを思うと、本物がいても不思議じゃないからなぁ」
「いないから安心して見てられるんじゃないか。ねぇ」
「まっ、そうなんだが、それじゃあ絵の魅力が半減してしまうよ。いるかも知れないと思うからいいんじゃないか」
「いやいや、私は現代社会への痛烈な皮肉が込められてると思うな。特にこの『演説者』なんか、議員連中にみせてみたいよ」
「まぁ、そおだけど、思想よりは感情に近かないかい」
「はは、一枚の絵も見る人によって随分と受取方が変わるもんだねぇ。私なんかに言わせると、どうして世間の人達が私の絵を気味悪がるのか、どうにもよくわからないんだけれどねぇ」
「そんなもんなのかなぁ」
「でも、毎日こんな絵ばかり描いてて、おかしくなりませんか?」
「そうでもないんだ。さっき言ったけど、本当に目が悪くてね、数年前までは殆ど見えてなかったんだ」
「それでいつもその眼鏡を架けてるんですかぁ」
「ふうん、信じられないなぁ」
「『ある人』に手術してもらって見えるようになったんだけど、その時の驚きったらないよ。世界とはこんな物だったのかってね。何せ物心つくかつかないかって時に、見えなくなったからなぁ」
「それで、絵を描いてみようって事になったんですね。」
「なんとなく判るような気がするなぁ。今まで心の目だけで見てきた訳でしょう。で、見えるようになって現実とのギャップがあるわけで、……それを怪物として表現した訳だ」
「ま、……そういう事かな。この目が見えるようになった頃は、あんまり目の前の世界が異様なんで手術が失敗したのかと思ったよ。もう、ほとんど気が狂いそうに迄なっててね、御陰で半年も病院送りになってしまったよ。人間とはこんなに恐ろしい姿をしているのかってね。今でもやっぱり怖いよぉ~」
「確かに化け物みたいな人も居るからなぁ」
「な、なんだよぉー」
「ははは、で、身体の方はもう大丈夫なんですか?」
「ああ。御陰様で。ただ、目の方は……だからこれが手放せないんだ」
「それも、ある人に作ってもらったんですか」
「まぁね。特注だよ。これの御陰で退院も出来たんだからね」
3
「よ~し、記念写真撮るよー。みんな並んで並んで」
「早く早く。黒部さんここね」
「比久万さん、こっちこっち。ほらほら、藤村君も早く」
「おいおい、急かすなよぉ。わわ!」
「あっ、大丈夫ですか? はい、めが……☆」
「は、早く返してくれ!」
「ああ……目が悪いんでしたね。おいおい藤村君、早く返してあげなよ。……? どうしたんだ」
「ひっ! ……いっいえ、何でも……。す、すいません、こ、これ」
「あっ……ああ、ありがとう」
「お~い、何してるんだよぉ。早く並んで」
「ご、ごめんごめん」
「よぉーし、そこもうちっと詰めてよ。……そうそう。よ~し、じゃぁいくよ。3-2-1-ハイ! ……もう一枚いきますよぉ……ハイッ、ご苦労様。終わりでぇーす」
「もう終わりか。名残惜しいですね」
「またやりましょうよ、是非」
「勿論です」
「では、私はこれで。明日仕事があるんですよ」
「私もだ。では、さようなら」
「ああ、さよなら。また、逢いましょう」
「いやあ、今日はお世話になりました。じゃ、黒部さんまた今度」
「こちらこそ、今度の新作には期待してますから」
「ははは、今からもう仕事の話かい。何とか頑張って良いのが出来るようにやってみるよ」
「よろしくお願いします。さよなら先生。ん? 藤村君、どうしたんだい。そんなにこの絵が気に入ったかい?」
「ひっ! だだ大丈夫です。大丈夫ですから!」
「おいおい、一体どうしたんだ?」
「なな何でも、何でもないんです! 何でも。」
「何でもないったって。おいおい、腰が抜けてるのかぁ?」
「うわっ。触らないで!」
「な何を脅えて……」
「わ判ってるんですか? あ、あなたは」
「判ってるって? 何だよ。おいおい、逃げなくても取って喰いやしないさ」
「来ないで。あ、あなたは、黒部さんは……」
「だから私がどうしたんだよ」
「黒部さん……この絵のモデルなんですよ!」
eof.
初出:こむ 10号(1989年初夏)