第1話 謎のタマゴ
オレは小さい頃から拾い癖があった。学校の行き帰りに何でもかんでも拾っては親に叱られ捨てられて、それでも懲りずに拾い続けた。
そんなオレがある時拾ったのは一つのタマゴだった。学校帰りに公園に寄り道していたら茂みの中で見つけたのだ。
とても大きく手で持てそうになかったから、手提げカバンにそっと押し込んで持ち帰った。
母さんや父さんに見つかったらすぐに捨てられてしまう。家に着いたオレは、とりあえず机の右側の一番下の大きい引き出しにしまった。
「礼人~。ちょっとおつかいに行ってきて~。お母さん、今から美帆迎えに行かなくちゃいけないの」
俺の妹の美帆は保育園の年長さん。来年から幼稚園通いになる。
「何買ってくるの?」
「玉ねぎと牛乳とバナナと…。あっメモ帳に書くわね」
サラサラと子どものオレでもわかるようにところどころひらがなで書いている。
「はい、メモ帳とお財布。落とさないようにしっかり持って行くのよ。それと、お菓子買ってもいいわよ」
「ほんと?!」
「100円以内ね」
オレはパタパタと走って玄関まで行き、最近買ってもらったお気に入りの靴を履いた。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。車に気をつけるのよ」
パタンと戸を閉めて…さあ、行くぞ!
近所のスーパーまでは歩いて行けるほどの近場にあり、信号機を一つ越えてしばらく歩いた所にあった。カゴを持ってスーパーの中に入った。自動ドアがウィーンと音を立てて開く。中に入るとくだものやら野菜やらが綺麗に並んでオレを出迎えた。
(えーと…たしか玉ねぎだったかな)
4つ折りにしたメモを開き確認する。
玉ねぎ1袋、牛乳1本、バナナ1房、キャベツ1/2カット1つ、たまご1パック
まず野菜売り場に行き、キャベツと玉ねぎをカゴに入れた。その近くにあった一番大きそうなバナナも入れた。あとは…牛乳だ。
いつも家の冷蔵庫に入っているやつ…MEGAMILKを取った。
あとは……、お菓子も買っていいって言われてたな。
お菓子売り場に足を運ぶと、もうそこは誘惑の地。グミやキャラメル、ポテチやチョコレートなどがぎっしり並んでいた。この中からたった一つ選ぶなんて算数のテストよりも難しい。
チョコレートはこの前食べたし、グミは今食べたい気分じゃないし…。ふと目に入ったのはラムネ菓子。いろいろな味があって、口に入れると溶けてなくなるあの食感。
「決めた!ラムネにしよう」
ラムネの袋を取ってカゴへと運んだ。
(もうこれで買う物はないかな)
メモとカゴの中身を交互に見ると、一つだけ忘れ物があった。
「やばい。たまご忘れるとこだった」
急いでたまご売り場へ行き、パックを掴んだ。
(タマゴ…)
売り場のたまごを見て、拾ったタマゴを思い出した。早く家に帰らないと、捨てられちゃうかもしれない。
足早にレジへ向かい、精算を終わらせスーパーを飛び出した。牛乳の重みで、ビニール袋の取っ手部分が腕に食い込んで痛い。けど、そんなことよりもタマゴが心配だった。
「た…だいま…」
はあはあ息を切らして階段を駆け上がり、部屋に戻った。右側の一番下の引き出しを開けた。タマゴはちゃんとそこにあった。
「よ、よかった~」
ふぅ…とため息をついてまた1階に降りた。台所に行くと母さんは夕飯を作っている真っ最中。
「ただいま~」
「おかえり。思ったより早かったわね」
当然、走って帰ってきたからな。
「手洗ってらっしゃい。夕飯作るの手伝って」
「え~」
「え~じゃないの。4年生なんだから、それくらいやらないと」
渋々言う通りに手伝うことにした。
ハンドソープで手を洗ったあと、台所に行くと―――
「にんじんをこんな風に乱切りにして」
早速仕事を頼まれた。
トントントン。
包丁をリズムよく動かす。
「礼人、だいぶ上手になったわね」
母さん、それは一体誰のせいだと思う?
「乱切りなんて適当に切ればいいだけだよ。それより、今日の夕飯…もしかしてカレー?」
テーブルにはグリンピースがさやから取り出され、置かれていた。
「残念でした。筑前煮よ」
ごぼうを持ってにっこりと笑う母さん。
(筑前煮か。嫌いじゃないけどさ…)
ちょっと残念。
「ほらほら、手が止まってるわよ?」
ごぼうを切っている母さんに注意されてしまった。
「そういえば、宿題は?」
「学校で終わらせた」
残っているのは本読みくらいだ。
「そう。じゃあ…」
宿題がないとわかった途端、次から次へと注文をつける。フライパンを持って来いだの、冷蔵庫から出汁を出せだの、炒めろだの…。
結局、この筑前煮、ほとんどオレが作ってんじゃん!
「ただいま」
「おかえりなさい。あなた」
珍しく早い時間に父さんが帰ってきた。
「おっ!今日は筑前煮かぁ。うまそうだな」
「愛情込めて作ったのよ」
ほとんどオレがな。
「ちょっと早いけど、飯にするか」
「そうね」
「じゃあ美帆呼んでくるよ」
きっとおもちゃ部屋で遊んでるんだろうな…。
「美帆~っ、みーほ~っ!」
「おにいちゃん?」
たくさんのぬいぐるみや人形に埋もれていた。だからこうなる前に片付けろって言ってんのに…。
「みぃね、今リンちゃんと遊んでたの」
ほら、と言ってこちらに栗色の髪の女の子の人形を見せる。今、美帆くらいの女の子に人気のスーパードールリンちゃんだ。…正直どうでもいい。
「ご飯だぞ」
「はぁい」
オレも昔はああやってナントカ仮面とかにハマってたんだよなぁ。今となっちゃ人形よりもゲームとか外で遊ぶ方が好きだけど。
みんなで夕飯食べたあと、順番に風呂に入った。
今日は美帆を風呂に入れるのは母さんだった。美帆はまだ、1人で風呂に入られないから当番制で入れてやっている。昨日はオレが入れたから、次にオレが入れるのは明後日だ。
「礼人~、お風呂よ~」
「うーん」
洗面所に下着やパジャマを持っていく時にふと思った。
(タマゴは温めると孵るんだったよな…)
オレは抜き足差し足忍び足で階段を上がり、こそこそとタマゴをお風呂に持ち込んだ。
風呂桶に湯舟のお湯を入れ、タマゴをその中に入れ、それを浴槽に浮かべた。
「これでいいのかな?」
タマゴなんて一度も孵したことがない。
「早く生まれろよ」
優しくタマゴを撫でるとグラッと動いたような気がした。
「え?!」
しかし一瞬だった。そこで、タマゴをコンコンと割れない程度に叩いてみた…が反応はなかった。
でも、まだまだ気長に待つぞ!何日、何ヶ月かかっても絶対孵してやる。
風呂から上がったオレはタマゴを布団に入れて、本格的に孵化活動を始めた。寝る時はタマゴを抱くようにして眠った。
完結できるように頑張ります。