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猫の恩返し

作者: をはち
掲載日:2026/10/18


辻の易者が見た、静かな恩返しの物語。


ある辻に、長いこと易者として座る男がいた。


道ゆく人々の生の機微を読み、時に未来の影を告げるだけの日々。


だが、その男の心の奥には、かつて由緒ある寺でわずかばかり修行した日々の記憶が、静かに息づいていた。


ある日、辻の片隅に、一匹の老いた猫が蹲っていた。


飼い主が死んだのか、それとも捨てられたのか、理由は誰にもわからない。ただ、骨と皮ばかりの体で、餓死の淵にいることだけは明らかだった。


男が餌を差し出すと、猫はちらりと視線を向けたきり、まるで見向きもしない。死を急ぐかのように、静かに時を待っているように見えた。


そんな折、一人の若者が足を止めた。迷いのない手つきで猫を抱き上げ、その足は迷うことなく獣医の診療所へと向かった。


それからひと月以上、若者は毎日、診療所に通い続けた。


ある日、ふとした会話が男の耳に漏れてきた。


「あまりにも衰弱していた時間が長すぎる。点滴すら体を抜け出てしまい、栄養を蓄えられない体になっている…この猫は、たぶん助からないだろう」


それでも若者は通い続けた。


そして、それから数週間後、若者の足がぴたりと途絶えた。数日後、若者は診療所に挨拶に訪れ、その足で、辻の易者の前に立った。


「猫に、毎日あげるお経を教えてくれませんか」


男は、若者が自分を「とむらいのまじないを知る者」とでも思ったのだろうか、と内心で思った。


だが、何も問わず、一つの経を教えた。


「必ず、毎日唱えるように」


その効果は、瞬く間に現れた。


若者の優しさに縋るように取り憑いていた、名もなき悪しき霊どもが、すべて消え失せたのだ。


おそらく、これこそが、猫からの恩返しだったのだろう。


あの老いた猫は、死の淵から救われようとした若者の手の中で、確かに縁を結んだ。


そして今も、まちがいなく、あの若者を守り続けている。


易者の男は、辻の風にふかれながら、静かに目を細めた。


かつて寺で学んだ経文が、こんな形で人を救うこともあるのかと、心の底でわずかに微笑んだ。

読んで頂き有り難う御座います。

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― 新着の感想 ―
ちょっと優しいお話で又素敵でございます。m(_ _)m 姉が視えるタイプの友人に、肩に猫の霊がのっていると言われたことがあります。私達姉妹は昔猫を飼っていましたから、こういうことってあるんだなぁと思…
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