#8 ジョフルと英雄
少年、リノは震えながら山道を走っていた。
あんな奴らにこの杖を渡してなるものか。俺は、この杖と一緒に英雄になるんだ。
毎日の様に魔術の練習をしている。友達には笑われる事もあるけど、信じて続けたんだ。俺の夢を、あんな奴らに渡してなるものか。
突然、遠くの方から何かが動く音がした。
かと思えばリノの周囲が影に覆われる。
目の前に巨大な魔獣が鎮座していた。
「あ、ああ……」
腰を抜かし、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「ふ、炎!炎!」
火球を投げつける。しかし魔獣の硬い外殻に弾き返されてしまう。
魔獣が雄たけびを上げる。こちらへ向け前足を振り上げた。
死ぬ。俺、ここで死ぬんだ。英雄なんて言ってる場合じゃなかったんだ。
ああ、爺ちゃんが、裏山へは行くなって、よく言ってたなあ。
少しぐらい言われた事を聞いておけばよかったなあ。
ごめんね、爺ちゃん───
◇
「間に合って良かった……!」
魔獣の爪が俺のコートをかすめる。しかし身体には届かず、間一髪で避けられた。
俺は、リノ少年を抱きかかえる様にして魔獣と反対側へ飛び退いた。
「光」
魔獣へ杖を向け、放たれた光で魔獣を粉みじんにする。
「ひっ、ひっ、ひっ……」
腕の中ではリノ少年が泣いている。可哀想に、さぞかし怖かったろう。
「さっき、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「今は良いんだ、そんな事は。そんな事よりよーく目を開けて見ていた方が良い」
俺はリノ少年を地面に立たせ、杖を構え直した。
「君の目指す”英雄”の戦いを、よく見るんだ」
すぐさま四方を、別の魔獣たちが囲んだ。こいつらは、魔王の杖がある限り増え続ける。
「おい!この杖、壊せ!」
「承知!」
俺の隣に立つ魔王が、己が杖に触れたかと思うと、すぐにその杖はみじん切りになった。輝きを失う魔石。
「さらばだ、我が相棒」
少し寂しそうな声だ。
杖を抱えげ、1回転させる。周囲で爆発が起き、魔獣たちが一斉に倒れた。
「ちゃんとトドメも刺さなきゃな」
次々と杖からの光で魔獣たちを塵にし、新しく現れた魔獣もそのまま倒す。
前方から、特に巨大な魔獣が飛び出して来た。しかし、同時に背後からも咆哮が聞こえる。
攻撃は間に合わない。しかし、この質量を防御結界で防ぎ切るのも面倒だ。
後ろから、魔術の光線が放たれた時独特の、重低音が聞こえた。
「これで1つ貸しですよう。ジョフルさん!」
クリスタの声。どうやら近くで戦闘していたらしい。
ありがたい事に、これで前方に集中できる。
杖を天高く掲げる。
「滅せる光!」
巨大な光線が、跳びあがった魔獣の身体を貫いた。
◇
「本当に、本当に、申し訳がございませんでした!」
老爺が大きく頭を下げた。リノも頭を下げる。
「いえいえ。リノ君の気持ちも分かりますし、俺も自分の仕事をしただけですから……」
「でも、リノ君。この辺りは魔獣が多いから、これからは絶対に、1人で山に行くなんてしちゃだめだよ」
俺は必死に頭を下げる老爺をなだめ、クリスタはリノをたしなめた。
魔王はうんうんと頷いている。
「最後に、リノ君と2人きりで話しても良いですか」
家の方へと退く3人。
リノは、ずっと俯いていた。
「どう思った?」
「え?」
「俺の戦いぶりを見て、どう思った?」
戸惑いながら口を開いた。
「か、カッコいいと思いました……」
「それから?」
「それから……?」
少しの躊躇いを見せてから続ける。
「俺は、あんなになれないと思いました。だって、俺はあの時、何もできなかったから……」
俺は腕を組み、首を傾げた。
「そんな事は、ないぞ」
「え?」
「君、その前に俺に電撃を浴びせたろう。大した腕前だ。俺が魔術に当たって怪我するのなんて、3年ぶりとかだからな」
「あっ……すみませんでした」
勢いよく頭を下げるリノの、肩を叩く。
「君にはすまない事をした。君の宝物を、壊してしまった」
胸から俺の杖を取り出した。
魔王の言葉を思い出す。
───覚悟はあるか?”英雄”を背負い続ける覚悟は。
もしも俺が英雄なら、こんな時に何をするか?
夕日で、リノの頬が紅く照らされた。
「代わりと言ってはなんだが、これをあげよう」
しゃがみ込んでリノの瞳を見つめる。
杖を、リノに向けて差し出した。
「これはいい杖だ。きっと君の手にも良くなじむ。グレードこそ落ちるが、これも英雄の杖だ」
震えた手で杖を受け取るリノ。
「この杖で、さらに練習を続けるといい。そしていつの日か、君が大きくなったら、その杖を片手に汽車に乗って、ニューリアへ行くといい。そうしたら、学校へ入るといい。そこでも、もっと魔術を極めると、なおいい。少しずつでいいんだ。前に進むといい」
リノの喉からか細い声が出た。
「無理です……俺に、そんな事……」
リノの頭を撫でる。
「君ならできる。俺の立っている場所なんて、すぐに超えられる。ただ、前に進む事だけは忘れるな」
俺は立ち上がって、踵を返した。そろそろ帰りの汽車に間に合わなくなる。
「それでは、いつかまた、ニューリアで!」
俺の元に魔王とクリスタが駆け寄る。
3人で、日の沈んでいく方向へ向けて歩き出した。
「待って!」
背後からリノの声が聞こえた。振り返る。
「名前を……あなたの、名前は、なんですか」
その両腕の中には杖がしっかりと捉えられていた。
微笑みながら答える。
「ジョフル・ヴィエール。数ある”英雄”の1人だよ」




