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#7 英雄の杖

「わはは!愉快、愉快だ!とても速い!」


 魔王は窓から顔を出し、頬に風を受けた。


「危ないから頭引っ込めろ!落ちるぞ!」


 慌てて席につかせる。


「この、蒸気機関車という物も気に入った。何より速い!」


 俺達は今、ルアンキの近くへと移動中だ。途中からは馬車と徒歩になる。


 昨晩下調べをした、手元の資料へ目を通した。


「ルアンキ市……北部平原の農業都市か。お前の生まれた時はどんなだったんだ?」


「着けば、教えてやる。今の故郷を見てからの方がやりやすい」


 カップの中のオレンジジュースを啜る魔王。どうやら相当にお気に召したらしい。


 しばらく、沈黙と、機関車特有の金属音が周囲を満たした。


 俺はじっと動かず今後の事を考えていた。


 明日にはルアンキに着き、魔王の杖を破壊する。そしたら何カ月もかけて海を越え山を越え、魔王復活の黒幕と話をつけ、ガラハッドなる魔族(デモンズ)を倒す……

 気の遠くなる道筋だ。


 その後は?


 全ての問題を解決し、この魔王だけが残った日、俺はどうする?


 一生この腕輪を嵌めて過ごすのか?


 国はこいつを長い間放置しないだろう。

 殺すのか?この少女を───


 俺はそこまで考えると首を振った。

 こいつは見た目こそ少女だが、魔王だ。危険な存在だ。心を、許すな。


 その時、個室の扉がノックされた。


「ジョフルさーん。わたしでーす。開けて貰えませんかー?」


 聞き覚えのある、可愛いらしい声。

 扉を開くと、そこには1人の女性が立っていた。銀髪のウルフカットが特徴的で、胸のバッジが魔術省執行官である事を示している。動きやすいためか、服が全体的に男物寄りだ。


「シュヴァルツシルト3等、いや、今は2等か。昇進おめでとう。奇遇だな、こんな所で」


「クリスタって呼んで下さいよう。車掌さんに他にも執行官がいるって教えて貰ったんです。でもまさか、ジョフルさんだったなんて!」


 えくぼを作りながら微笑むクリスタ。


───おい、誰だ、それは。


 魔王の声が直接俺の脳内に語り掛けた。前にもやられたが、なかなか慣れない。


───昔の部下の妹さ。お前、()()()()()通りにやれよ。


 こちらも脳内から答える。


「あれ、その女の子誰ですか?」


「親戚の娘だよ。色々あって預かってるんだ」


 魔王の頭を撫でた。不満げな振動が伝わって来たが、無視する。


「可愛い~!お名前はなんて言うのかな~?」


「りる、と、いいます」


 あどけなさを出す魔王。演技力は一流だ。


「わたし、ルアンキの辺りで魔獣駆除の任務があるんです。所轄外だけど手に負えないから手伝ってくれって」


「腕を認められてる証拠さ。噂は聞いてるよ」


 飛び級入学、飛び級卒業をして、20歳で大学を卒業。執行局始まって以来の天才。それがクリスタの噂だった。


「いえ、まだまだです!兄からは20歳の時のジョフルさんはもっと凄かったと聞いているので……」


 元我が部下にして後輩のニコラスよ。お前は妹に何を吹き込んでいるのだ。


「いやいや、俺なんて大学の卒業で詰まってたんだぜ?凄いものさ」


 俺の方へと向き直るクリスタ。


「ジョフルさんも、これから任務なんですか?」


「ん……俺もちょうどルアンキで、魔導具の回収をしないといけないんだ」


 嘘は吐いていない。


「え~!じゃあ一緒に行きましょうよ!わたし、ルアンキ行った事ありますし!」


「頼もしいな。そうしよう」


 じゃあ、また、と言って、クリスタは汽車の個室から出て行った。

 執行省史上最高の才媛は、なかなかに快活である。



       ◇ 



「それじゃあ、また!」


「ああ。任務、頑張れよ」


 ルアンキに着くと同時に馬車から降り、クリスタと別れた。


 ルアンキはごく普通の農業地帯といった感じだ。広大な農場の合間に、民家がぽつぽつと立っている。


 魔王はその光景をじっと見つめていた。


 やがて、口を開く。


「冬だというのに、この地に小麦が生えている……」


 風と同じぐらいか細い、静かな声だった。


「ここは、昔は不毛な大地だった。どうして農業が栄えている」


「客土ってやつをやったんだろう。あんまり詳しくはないが」


 不動のまま、周囲を眺める魔王。変化した故郷に、何を思うのだろうか。


 ふと、魔王が口を開いた。


「私はこの大地に生まれた。侵略戦争に敗れて、強制移住させられた弱小部族の1人として……」


 初めて聞く魔王の身の上だ。


「酷く痩せた土地だった。何も実らず、人々は飢えに苦しんだ。特に、私が10歳の時の飢饉は酷かった」


 小麦が、冷たい風に吹かれ、揺れている。


「父も、母も、姉も、弟も、みな飢え死んだ」


 淡々と語る背中に、哀愁が漂っている。


「それが、今は()()か。全く、良い時代だ」


 ため息の様な声だ。


「この時代に生まれれば、私の人生にも、他の在り方があったのだろうか」


 そうかもな、と言おうとした。その言葉に何の意味もない事に気が付き、口を噤む。


「さ、ゆくぞ。私の杖の気配を感じる。こっちだ」


 

       ◇



 魔王が杖があると主張したのは、ごく普通の民家の中だった。


「本当に、ここなのか?」


「間違いない。この家の中、恐らく大切に保管されている」


 魔王はそう断言し、頷いた。


 木の扉を叩く。


「失礼します、魔術省の者です。お宅にある魔術杖についてお話があります」


 中で物音がしたかと思うと、すぐに扉が開いて、1人の老爺が顔を出した。


「はあ。お役所の方ですか。どうぞ、小さな家ですが、お上がり下さい」


 老爺に先導され中へ入った。

 

 暖炉の前の椅子を勧められ、腰掛ける。

 

 しばらく待っていると、老爺は大きな杖を持ってきた。


 杖の長さは1mと少しぐらい。鉄製であるらしく、また、先端に竜を思わせる彫刻が施されていた。同じく先端の、魔石らしい宝石が光り輝いている。


 30㎝ぐらいの木の棒をベースにする現代のものより、かなり古風だ。


「恐らく、この杖についてのお話でしょう」


 老爺の質問を聞くと同時に、魔王へ目配せをした。


───間違いない。この杖だ。


 魔王が脳内へ語り掛けてくる。


 確認が済むと、俺は本題を切り出した。


「左様です。どうしてその杖をお持ちなのか、訳をお伺いしたいものです」


 老爺はゆっくりと頷き、話し始めた。


「実を申し上げますと、この杖がどなたの物なのか、私めも存じ上げません。ただ、私の曽祖父の祖父が、旅のお方より預かったものとされています。さる、大英雄の杖であるという事です。それ以来、家宝として大切に扱っておりました」


 俺は老爺の瞳を見ながら告げた。


「その杖は、強力すぎる余り危険なものなのです。具体的には、魔術管理法第11条で、民間による所持が禁じられている類のものであります。できれば今日中にでも、必要書類を作成し……」


 その瞬間、背後の扉が勢いよく開く音がした。

 

「ただいまー!あれ、爺ちゃんどうしたの?杖なんて持ち出して」


 少年の声だ。


 俺はとりあえず言い切る事にして話を続けた。


「……廃棄して頂くか、我々に引き渡して頂きたいのです」


 老爺がため息を吐いた。


「そうですか……分かりました。出来るだけ早く手続きを進めて頂きたいです」


「もちろんです。書類はこちらで用意させて頂きましたので……」


「え」


 少年の、困惑した様な声が聞こえる。

 振り返ると声の主が立っていた。


「杖、持って行っちゃうの?」


 冬にも関わらず半ズボンの少年は、身体を震わせていた。


「ごめんな、ボク」


 しゃがんで目線を合わせる。


「この杖はね、とってもあぶないものなんだ。これを持っていると、君も、お爺ちゃんも、怖い目に会うかもしれない。だから……」


「いやだ」


 少年の声も、震えていた。


「そんなの、いやだっ!」


 少年の掌から俺に向け、稲妻が放たれた。ものの見事に命中し、倒れてしまう。


 少年は、素早く老爺から杖をひったくったかと思うと、すぐに扉の外目掛けて駆けていってしまった。


「あっ!こら!リノ!待ちなさい」


 絶叫する老爺。少年を追いかけようとするも、脚が悪いのか転んでしまう。


「大丈夫ですか?」


 老爺を立ち上がらせるも、老爺は再び倒れ込む様に跪いた。

 驚いて俺も腰を折る。


「真に、真に失礼致しました!」


「いやいや、このぐらい何てこと無いですよ。しかし、あの子は凄い才能をお持ちだ!直接の魔術にやられたのはいつぶりかな、ははは」


 まだ俺の腹筋に残った痛みが、少し愉快だった。


 老爺は苦々しそうに続けた。


「両親がいないからと、甘やかしすぎた私が悪いのです……あの子は、あの杖を片手に英雄になると言って、私の話など聞かなくて……」


 その言葉を聞いて、俺と魔王は目を見合わせた。


 魔王の杖を持って英雄になる、か。


「そう、ですか……だとしたら酷い事を言ったな。謝らねば」


 その瞬間、魔王がはっとした様に声を上げた。


「それどころではない!あのクリスタとかいう小娘曰く、確か今、ルアンキには魔獣が大量発生している!魔獣は魔導具に引き寄せられるのだぞ!あの杖なんていう凄まじい物を持っていれば、あの少年は……!」


 俺は即座に魔王の言わんとする事を理解した。


「あの子が危ない!」


 すぐに立ち上がり、扉へ向け駆ける。


「お爺さん!あの子が向かいそうな場所は!?」


「う、裏山です!この家のすぐ裏にある山の方へ、止めても無視して、よく行くのです」


「分かりました!すぐに戻ります!」


 俺は祈るようにしながら家の外へ出た。

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