#6 旅支度
「これは……」
すぐに目を覚ました局長が、グールヴァンの残した紙を開いた。
「アマルトとは、随分遠いな。山脈を越え、海を越え、その先で更に旅をせねばならない距離だ」
「聞いた事があるような、無いような地名ですね。どこなんですか?」
「属州南部の都市だ。それなりに栄えているよ」
属州。要するに植民地の事だ。アルバロス王国は、本国の外に大量の植民地を所有している。
「この紙を置いて行った男の事は信用できませんが、ここへ向かえば大なり小なり、事態が進展すると思うんです。本国出立の許可を頂けませんか」
「しかし、君たちだけでというのは……」
当然の躊躇を見せる局長。
「グールヴァンなる男の言う通りならば、2人で動いた方が話は早いです。”束縛の輪”があれば管理は完璧だ。それに、沢山人を揃えて大々的にやれば、それだけ情報漏洩のリスクが高まります」
「魔王の管理を君に任せる事は構わない。だが、遠出となるとね……」
眉間に皺を寄せ、迷っている。
「そうおっしゃると思いました。ですので、まずはこちらの方からこなしたいと思います」
俺は、2枚目の紙を掲げた。
「ここに、魔王の杖が保管されているらしいです。無論、危険物だ。見つけ次第破壊します。その任務をもってして、俺達が安全かどうかのテストにして頂けませんか」
手元の紙には、ルアンキという地名が記されている。
魔王が口を開いた。
「場所はルアンキ。ここから北へ向かった先にある、私の故郷だ」
◇
「どうだ、これは!?」
更衣室のカーテンを開き、魔王がワンピースを見せつけた。
「あ~はいはい。いいと思いますよ、魔王様。……早く決めてくれないかな」
ルアンキへの出張が決定した俺たちは、旅支度のために街へ繰り出していた。
「よいではないか。この時代は生地の進化が凄まじい!もう少しだけ考えさせろ」
次の服を着るため、カーテンを閉めようとする魔王。
「フフフ、禁止以外の命令に実効力が無いのはいい事だ」
「これで”もう少し”は18回目。往復4日程度の服選びに何時間使うつもりだ」
「甲斐性が無いな。ま、オンボロコートを着ているような男には分からん世界か」
「飯抜きにするぞ」
かれこれ3時間近くこの儀式に付き合わされている。
そろそろ別の要件にも時間を使いたいものだが……
「む。これ、これだ!これこそ私がまとうにふさわしい!」
勢いよくカーテンが開けられた。
魔王が選んだのは黒のワンピース。あちこちにフリルが付き、可愛さを演出している。俺にはそれぐらいしか分からない。
「……いいんじゃないか」
「あっ!今、どうでもいいと思ったな!そんな事は無い、これは極めて大事な選択なのだぞ!」
頬を膨らませる魔王。
「それでどうだ、5通りぐらいは揃ったか?」
「うむ。とりあえずはこれで良い。会計を頼む」
魔王が選んだ服は全て、俺のポケットマネーから支払わられた。結構な値段がしたので胃が痛くなる。
店の外へ出た。魔王は先ほど最後に決めた服を着ている。
レンガで舗装された道路の上に、冬らしい冷たい風が吹きつけていた。
「必要な物はあらかた揃ったかな」
ふと隣を見ると、魔王の身体が震えているのが分かった。
「寒いのか?」
「うむ。寒い……」
ため息を吐きながら店の中へ戻る。
「すみません。この子に合うサイズのマフラーを」
店員に頼むとすぐに、小さめの赤いマフラーが出てきた。
「これでいいな?」
「頼む……」
代金を払って、今度こそ店の外へ出た。
かがみながら、魔王の首にマフラーを巻く。
「フフフ、ぬくい。このマフラーという物も気に入った」
魔王が笑った。無邪気な子供の様な笑顔だ。
「それじゃ、飯食って帰るか」
「”ぷりん”を所望する!」
「だめだ。夕飯ぐらいちゃんとした物食べろよ」
道を真っすぐ歩いていくと、やがて広場に出た。勇者カリオスの銅像が立っている。かつて、俺の隣に立つ魔王を討ち取った勇者だ。
「……ここは、本当に、この男が建てた国なのだな」
魔王は静かに呟いた。
「ずっと気になってたんだ。お前、勇者は嫌いじゃないのか?」
ため息の様な笑いで返される。
「私はな、弱い者が好きなんだ」
意外な答えが返って来た。
「私もかつては弱かった。何も持たぬ者だった。だから、そんな場所から脱しようともがく者が、好きなのだ」
つぶらな瞳で俺を見つめる。
「お前だってその手の人間だろう?自分は英雄の器ではない。そう知りながら、夢を捨てきれない。もがく事を止められない。それが自分だと知っている、そんな人間……」
銅像を指差した。
「勇者カリオスもそういう男だった。夢を夢と知りながら、自分は夢にしか生きられないと、もがき続ける面白い男さ。あいつは、”善”という夢を見ていたんだ」
俺は、魔王の話に聞き入っている自分に気が付いた。街の喧騒が、次第に遠のいてゆく。
「そしてもがき続け、やがて私と同じ高みへ至った。私が捨ててしまった、”善”を抱えたまま」
魔王の瞳は、勇者の銅像を捉えているようで、もっと遠くを見ているらしかった。
「あの男を心の底より尊敬している。だからこの地を託した。私の故郷でもあるこの地を」
もがく者。その言葉を、俺は上手く呑み込み切れなかった。
俺の口が、勝手に開く。
「俺は昔、軍人だった」
何のために話し始めたのか、分からない。
「英雄に憧れていたんだ。勇者や、その仲間たちに。結局のところ、人殺しになっただけだったがな」
俺は自分の手を見つめた。そんな筈はないのに、血の臭いが染みついている気がしているのだ。
「そんな血まみれの俺でも、もう一度英雄を目指していいんだろうか」
その呟きは、群衆の雑踏でかき消えそうな程小さい。
「目指す事に権利がいるのか?そう在るだけなのに」
魔王は俺の悩みを一笑に付した。
華奢な指が俺の瞳を指す。
「あがけ。それだけがお前の存在意義だと信じながら」
真っすぐ。胸に刺さりそうな程、あまりに真っすぐな言葉を、俺は正面から受け止めた。
「きっと世界はそれを”英雄”と呼ぶのだ。あがく選択をとるなら、お前は”英雄”から逃げられない。覚悟だけが唯一の問題だ。覚悟はあるか。”英雄”を背負い続ける覚悟は?」
俺は咄嗟に、答えられなかった。
しばらく2人の間に沈黙が流れる。
魔王が俺と反対を振り向いて、歩み始めた。
「さ、つまらん話はこれで終わりだ!もっと美味いモノを食わせろ!」
「はぁ……」
せっかくいい雰囲気だったのに、台無しだ。
俺たちは迷子にならないよう、手を繋いだまま人込みへ歩みを進めていった。
◇
「う、美味い!酸味と甘みの完全なる調和!果実の風味であるのに、繊維がほとんどなく、柔らかい口当たり……!」
魔王はレストランのオレンジジュースがお気に入りな様子だ。
こうして俺たちの旅支度は幕を閉じ、魔王は好物が1つ増えた。




