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#5 グールヴァン

「まずそちらの方へご挨拶を……クルガル帝国大将軍、グールヴァンと申します。以後、お見知りおきを」


 男はシルクハットを取り、一礼した。頭の上から角が生えている。魔族(デモンズ)であるらしい。

 グールヴァン。魔王軍の最高戦力の一角にして、勇者を最も苦しめた幹部。俺もその名前は知っている。


 男は俺に向けて礼をした。


「ワタクシと致しましてはアナタの存在は想定外だったのです。アナタは亡くなられるものと思っておりました。その覚悟と強さに、敬意を表させて頂きます」


 やはり、俺に死相が見えると告げた男と同一人物であるらしい。


「そうか、ありがとう。そんな事より局長に何をした」


「少しお眠り頂いただけにございます。じきにお目覚めになりますよ」


 この、珍妙な男は愉快そうに笑った。


「グールヴァン。単刀直入に聞く。私を蘇らせたのはお前か?」


 首を横に振るグールヴァン。


「いいえ。ワタクシもそれを企んだ事はありましたが、遂に先を越されてしまいました」


「だが、その様子だと、この計画については詳細を知っているのだろう?吐け、誰が主犯だ」


 グールヴァンがせせら笑った。


「言えません。ワタクシの目的は楽しむ事。お2人がお困りになった方がよほど面白い」


 魔王がニヤリと笑った。邪悪な笑みだ。


「久しぶりに稽古をつけてやろうか?その腹立たしい歯をへし折ってくれる」


「お言葉ですが、今の陛下は幼少のお姿。対してワタクシはこの300年、鍛錬を怠っておりませぬ。陛下に勝機は、おありにならないかと」


 慇懃無礼とはこの事だ。

 舌打ちをする魔王。


「まぁ、そうお焦りにならないで下さい。ワタクシは()()でございますよ」


 グールヴァンは、折りたたまれた紙を投げた。


「知って頂いた方が面白そうな事を、3つ、お知らせさせていただきます」


 3本指を立てる。


「1つ目。陛下を蘇らせた者についての手がかりです。この地に行かれれば、恐らく会えましょう。ただし、陛下御本人と、ヴィエール殿のお2人で赴かれる場合のみです。大人数だと警戒されるでしょう」


 投げ渡された紙を開くと、見知らぬ地名が記されていた。恐らく、遠く離れた地にある属州のものだろう。


 魔王が舌打ちをした。


「そんな戯言を、信じるとでも?」


「ええ、お信じなさいますとも。ワタクシは嘘は吐きません。つまらないからです。陛下が一番良くご存じでしょうに」


自信に溢れた物言いだ。魔王は認めるかの様に沈黙する。


「2つ目。お2人の助けになる物のありかです。陛下のお杖は、ワタクシめが大切に保管させて頂きました。この地へ赴かれれば、きっと手に入りましょう」


 グールヴァンは2枚目の紙を投げた。


「そして3つ目。コレが最も重要になりますが……」


 声を潜め、慎重に言葉を紡ぐ。


「クルガル帝国大将軍の1人にして大逆人、ガラハッド殿の封印が解かれました」


 魔王の顔に僅かに動揺が走った。


「お前が解いたのか?」


「まさか。ワタクシ、あの方は苦手でして……」


 俺は、知らない名前の登場に首を傾げる。


「一体誰だよ。そのガラハッドって奴は」


「帝国の黎明期より私に仕えた、武勇の誉れ高き魔族(デモンズ)の男だ。帝国が本格的に国家の様相を呈する直前に、私へ反旗を翻した。死ねん男なものでな、やむを得ず封印したのだ」


 俺たちの国には、クルガル帝国の歴史は詳しく伝わっていない。

 納得したように相槌を打つ。


「ふーん。そんな事があったのか。で、そのガラハッドがお前を蘇らせた可能性は無いのか?」


「無いな。あれは超武闘派だ。この手の魔術は使えまい」


 魔王は俯き、思案する様な体勢をとった。


「だが、私を復活させた黒幕が、ガラハッドの封印を解いた可能性はある。グールヴァン、お前はその辺り知っているのか」


「いいえ。ワタクシもガラハッド殿の件はつい先日知りましたもので……」


 掴みどころのない笑い方をする。この男の腹は探れなさそうだ。


「ガラハッドは私を憎んでいる。恐らく放っておいても向こうから顔を見せてくれるだろう。とりあえずは放置だな」


 俺は少し考えた。


「強いのか、そいつ」


「恐ろしく強いぞ」


 即答。この魔王にここまで言わせるのならば、相当だろう。


「いいね。楽しみだ」


 自然と口角が上がった。


「以上が、ワタクシからお知らせさせて頂きたい事でございます。では───」


 踵を返してどこかへ去ろうとするグールヴァン。


「待て。お前、何のためにここへ来た。目的を話せ!」


 俺は声を張り、引き留めた。

 グールヴァンはゆっくりとこちらを振り返り、口角を持ち上げた。 


「先ほど申し上げました通り、楽しむためにございます」


 爪の長い、細い指で魔王を指差す。


「ワタクシは黄昏の世界で、そして血の匂い湧き立つ戦場で、舞われる陛下のお姿に魅せられたのです。この、陛下のいらっしゃらない300年は、実に退屈だった……」


 グールヴァンの瞳に狂気が垣間見える。


「そう、もう一度見たいだけなのです!陛下の舞われるお姿を!もう一度聴きたいだけなのです!陛下の笑い声を!勇者カリオスが国を建てようが、未だ戦場は尽きませぬ。そこで舞う陛下を見てみたいのです!」


 邪悪な笑い声が部屋を満たした。


 魔王がためらいがちに、頭を掻きながら口を開く。


「どうやら何か勘違いしているらしいな」


 動きが止まるグールヴァン。


「私はもう人を殺さんぞ」


 え?という声が俺の喉から漏れた。


「当たり前だ。前の人生では魔王に成るしかなかったから、成った。それだけだ。今回は成る必要など無さそうだからな。面倒事を片付け、このまま幸せに暮らさせてもらう」


 プリンが乗っていた皿を指差す。


「時代は変わった。強くなくとも生きられる。善い事だ。私も普通の娘としての人生を歩んでみたい」


 魔王は笑った。普通の人間の笑みだった。


「そう、ここは勇者カリオスの建てた国なのだろう?ならば、あやつ流の生き方をするのも悪くない」


 グールヴァンの顔が露骨に動揺している。


「なんと……まさか、そんなお言葉を聞く日が来ますとは……」


 身体を震わせ、よろめく。


「よろしい……なれば我慢比べです。アナタの魂はいずれ必ず血を求め、人生には殺しという選択肢が付きまとう。いつまでも()()ではいられない。アナタが()()()()へ至るまで、生涯をかけた我慢比べと致しましょう」


 フラフラと身体を揺らしながら、廊下へ出るグールヴァン。


「アナタは、必ずワタクシの手を取られる。その日まで楽しみはおあずけですか。まぁ、そんな遊びも悪くない……!」


 シルクハットを脱ぎ、一礼をする。


「であれば、そんな日が訪れるまで、良い人生を───!」


 破裂音と共に、煙の様に立ち消えてしまった。


 病室が、困惑と静寂で満たされる。


 ふと、俺は口を開いた。


「……お前、俺の事殺そうとしたよな?」


「……気の迷いというやつだ」

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