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#33 説明

 私は目を覚ました。


 夢か。


 ただの夢にしては鮮明過ぎた。

 唇が、濡れている様な気がする。


「逢いに来てくれたんだな、フェイ」


 私は自分の唇の湿り気を指で確認しながら、そう呟いた。


 窓から日光が差し込んでいる。


 ジョフルはその下で、だらしなく眠っていた。


「おーい、起きろ、ジョフル。朝だぞ」


 隣で飛び跳ねようとも、頬をつねろうとも、ジョフルが起きる気配は一向にない。


「ふむ、どうしても起きないと言うのなら止むを得ん」


 飛び跳ねる勢いそのままに、ジョフルの顔を思い切り踏みつける。

 

 柔らかさと微妙な弾力の入り混じった、変な感触がした。


「~~~~~ッッ!!!!!」


 ジョフルが声にならない叫びを捻り出す。

 私を跳ねのける様にして勢いよく飛び起きた。


「バッカやろ……!朝っぱらから何しやがるんだ!」


「認識の齟齬があるな。朝だからこそやったのだ」


 ジョフルは頭を掻いてぶつぶつと呟きながら、立ち上がって服を着替え始めた。


「まだ痛いぞ。どんだけ力強く踏んだんだ、その身体からどうしたらそんな力が出てくるんだ」


「踏んだのではない。飛び乗ったのだ」


「俺の鼻がひしゃげてない事に感謝するよ……」


 その瞬間、扉の外で何かガシャガシャという金属音が響いた。


「なんだ」


 扉の方を見つめると同時に、それが開かれる。どういう事だ、鍵を閉めていたという事では無かったのか。


『おはようございます。そして大変なご無礼をお許し頂きとうございます……』


 扉の向こうにいたのはベルシラックだった。まずい。私はまだ身体を透明にしていない。


『どうしても確かめねばならぬ事があったのです。そして今、その用事は達成されました』


 身を隠そうとした瞬間、ベルシラックの指から勢いよく射出された鎖が私の身体を絡めとった。


 まずい!


『……侵入者を発見。直ちに”処分”します』


 ベルシラックが腕を振り上げると同時に、その腕は2つに裂け、内臓されていたらしい銃器が姿を露わにした。


『ジョフル・ヴィエール殿……あなたにも後で事情を聴かねばなりません。ともかく、防御結界でも貼られる事をお勧めします。特別手厚くですよ。加減はしますが、”これ”は強烈ですからね』


 そう言うと同時に、銃口から強烈な破裂音と赤光が発された。


 防御結界を展開してする。初撃を防ぎ切った。

 しかし何だこの銃は。銃のはずなのに、弾丸の存在を感じられなかった。これはまるで、エネルギーを直接ぶつけているようではないか。


 自然と口角が上がる。


 魔導具か?原理は何だ?どうやってその細さに術式を格納した?

 ああ、無知とは楽しいものだ。

 こうも良く考えが巡るとは。


『ほう、”魔銃”の一撃を防がれますか。中々の手練れの様だ』


 ベルシラックの腕から金属製の薬莢が落ちた。軽快な音を室内に響かせる。


『殺すのが惜しい』


 もう片方の腕も2つに割れ、反対側とは違う形状の銃器を露出させるベルシラック。


「やめんか!」


 低く、しわがれた声がこだました。


「ベルシラーーーック!!!貴様、何をしておるのだ。味方に魔銃を向けるとは、気は確かか!?」


 フロイデンだ。まだ起きたばかりらしく、ガウンに身を包んでいる。


『お言葉ですが閣下。侵入者がおります。お下がりください』


「侵入者ァ?私にはそんなものどこにも見え……あ~、なるほど」


 フロイデンは私に視線を向けてため息を吐いた。


「色々と説明をする必要がありそうだな。まず、彼女は敵ではない。銃を下ろしたまえ」



       ◇



 俺はとても不愉快な気分だった。

 朝っぱらからエンリルに顔を()()()踏まれ、全身魔導具のイカれた魔術師に銃口を向けられたからだ。


 それでも俺は大人しく、腕組みしながら宰相殿の話を聞いていた。


「要約すると彼女は復活した魔王エンリルで、我々の随伴者である……という事ですか?」


『意味が分かりません。脳がオーバーヒートしそうです』


 身体を小刻みに震わせながら、老練の安定さを見せつつ問いただすマルタイユに、動揺のせいか動きをまるで止めているベルシラック。そしてクリスタは、開いた口が塞がらないという様子だった。


「そうだ。それで間違いないぞ、マルタイユ君」


『一旦納得したという体裁で話を進めましょう……。それでもですよ、閣下。なぜ我々にあらかじめ、この少女の事をお教え下さらなかったのですか?』


 ベルシラックがエンリルの方へ身体を向ける。


「混乱を避けようと思ったのだ、済まない」


 クリスタは頭を抱えながら座り込んでしまった。


「え~。てことはジョフルさん、この子は親戚の子だっていうの嘘だったんですかあ?」


「すまん。流石に魔王だとは言えなかった」


 マルタイユは眉間に皺を刻みながら口を開いた。


「実力はもちろん申し分ないのでしょう。しかし、危険すぎはしませんか?今回の交渉の相手、クルガル民族戦線は魔王の信奉者ですよ」


「それについては問題ない」


 フロイデンは”支配の輪”について説明を始めた。

 

 エンリルが俺の脳内へ語りかける。


───例の事、言うなよ


 例の事とは即ち、エンリルが気合を入れれば”支配の輪”を外せるという事実だ。


───1つ、”貸し”だぞ


 話せば自体が面倒になる上、話しても何も解決しない。俺にとってもデメリットしかない選択だ。


「それにしても、あの有名な魔王も小さい頃はこんなに可愛かったんですねえ」


 クリスタがエンリルを持ち上げた。


「そうか。可愛いか。ありがとう」


「ええ。可愛いですよう」


 マルタイユが能天気寄りなクリスタを見てため息を吐きつつ腕を組んだ。


「納得しました、というか納得するしかないでしょう。ここまで来てしまった以上は。全て内密にすればよいのですな、承知しました」


 少し疲れの見える返答だ。

 突然こんな情報を流し込まれれば、無理もない。



 ベルシラックは屈んで、エンリルと目を合わせた。


『先ほどは失礼致しました、エンリル殿。誤解をしていた様です。これからよろしくお願いします』


 差し出された手を掴まず、腕の方を掴むエンリル。


「許すし親交を結ぶのも結構だが、まずこの腕の仕組みを見せろ。気になって夜も眠れんぞ」


『企業秘密です。お許し頂きたい』


 ベルシラックの淡々とした返答に思わず笑ってしまう。


 クリスタの方からも少し笑い声が漏れ出たのが聞こえた。


 こうして、俺たちの旅路は新たな段階へと入ったのだった。

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