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#31 深化

 茶色いレンガに囲まれた工房の中。


「これを、その中へ入れるんです。そう、上手い、上手い───」


 フェイの身体を支えながら、窯の奥の小さな魔導具を見つめた。


 窯の中では炎が燃えたぎる代わりに、紫色の魔石が光り輝いている。これが魔導炉というものだ。


 その中央に魔導具が安置されたのを確認すると、私は窯の扉を閉めた。

 

「はい。これで魔導炉を3時間程放置すれば、術式が定着して魔導具の完成ですよ」


 額を伝う汗を拭う。


「お手伝い頂きありがとうございます。これで、炎が出る魔導具になるのですね。父が愛煙家なので、プレゼントしてみますわ」


 にっこりと微笑むフェイ。その頬は、若干上気している。


「いいですね。まだ時間はたっぷりありますから、どうですか、お茶でも」


「ええ。是非とも。昨日のお話の続きをいたしましょう」


 私たちは離れにある工房から出て、すぐ傍にあるモルガンス家の屋敷へと向かった。

 

 部屋に上がる途中で見つけた、執事のクルトに声をかけた。


「クルト~。お茶の用意をしてくれ」


「承知致しました。お部屋にお持ちしましょうか?」


「ああ。それで頼む」


 私は自分の部屋に上がると、フェイに少しだけ待ってもらい作業着から普段着に着替えた。


「あら。ベルさん、男の方みたいな服を着られるんですね」


 フェイは私のズボンを履いた姿を見て、目を丸くした。


 少しだけ恥ずかしく思い、頭を掻く。


「訓練や作業で身体を動かすものですから、こっちの方が何かと都合がいいんです。よく笑われますよ。変でしょう?」


「変だなんてそんな……とてもお似合いですわ」


 フェイを部屋の中へ招き入れ、暫くするとクルトが紅茶と菓子を持って部屋きた。


 紅茶を口に運びながら、話し始める。


「それにしても、素晴らしく本をお持ちなのですね。わたしの部屋など、この半分にも満ちません」


 フェイが背後の大きな本棚を見上げた。


「大それた本じゃありません。殆ど魔導書ですよ。2級に上がった時、父が譲ってくれたのです。実を言うと、まだ半分ぐらいしか読めてないんですよ」


 そう笑って、話を続けた。

 

 お互いの最近の話、魔導具についての話、補助魔法の話。


 フェイは博識だった。魔術一辺倒な私と違って、音楽も嗜めば絵も描くし、詩作もするとの事だ。


 最近読んだ物語を進められてあらすじを教えてもらったが、私はまるでちんぷんかんぷんである。


 それでもその話をする間のフェイの顔は楽しそうに笑っていたから、私も笑った。


 それからも他愛ない会話が続いた。魔術の話題は、やはり特に盛り上がった。


 人生で初めての、満足のいく対話であった。


「そろそろ時間ですね。魔導炉から魔導具を取りに行きましょうか」


 私は椅子を引いて立ち上がった。

 

 フェイの手を引き、階段を降りて、屋敷の外へと向かう。


 魔導炉の扉を開くと、どうやら魔導具は完成を迎えていた。その側面に刻まれた紋章が、黒く浮き上がっている事が証拠である。


「これで、完成です」


 私はこぶしより1回り小さい魔導具を手に取り、フェイに手渡した。


「まぁ……!こんな小さな物に向けて念じるだけで炎が出るなんて、不思議ですわね。試してみてもいいでしょうか?」


「勿論ですよ。どうぞ、やってごらんなさい」


 フェイはぎゅっと目を瞑った。


 瞬間、その手の内の魔導具から勢いよく大きな火柱が吹き出す。


 フェイの目が見開かれる。


「わっ、わっ!!!」


「あらま」


 私が指を少し振ると、炎はすぐに止まった。

 フェイがほっとため息を吐く。


「はぁ……びっくりしました」


「いやぁ、術式の出力係数を入れ違えたみたいですね。危険物ですから、これは私が廃棄しておきましょう。どうせすぐ壊れちゃいますし」


 私は不良品と化した魔導具を受け取って、作業台の隅っこに置いた。


「あの、すみません」


 フェイが恐る恐る口を開いた。


「もしよければ、また今度、あの魔導具を作り直しに伺ってもいいでしょうか?失敗したのが悔しくて……」


 フェイの方向へ向けて微笑む。


「いいですとも。次はいつがいいですか?私は1級魔術師試験が終わったばかりですから、当分は空いていますよ」


「いえ、その前に今度はわたしが補助魔術をお教えいたしますわ。そういう約束ですもの」


 ニコリと笑うフェイ。


 話し合って、次は3日後に合う事にした。私は暇だが、彼女は音楽やら絵画やらで色々と用事がある様だ。


 その後も他愛のない話を続けた。

 彼女の美しく、整った、透き通る様な顔を眺めているうちに、別れの時間はやってきた。


 夕日が真っ白なフェイの髪を金色に染める。


 迎えに来た馬車の入口に足をかけると同時に、フェイは私の方を振り向いた。


「今日はありがとうございました。とても楽しい1日でしたわ」


 彼女に見とれていたのか少しぼうっとしていた頭を起こして、応える。


「こちらこそ。こんな楽しいお話は初めてです。また、会いましょう」


 フェイは、その顔に一瞬躊躇いを見せた。


 しかしすぐに意を決した様に口を開く。


「わたしは、あなたが羨ましいのです」


 彼女が言い出した事がよく分からなくて、内心首を傾げる。


「自由で、強いあなたが、羨ましい」

 

 ならば、私もあなたが羨ましい。その美しさと、教養と、気品が。


「あなたの様になってみたい。だから、また会いましょう───さようなら」


 フェイは私が応える間もなく、馬車に乗り込んで、発ってしまった。


 私は黒い馬車を、見えなくなるまで見送り続けた。



       ◇



 夜。私は布団の中に身体をうずめながら、彼女が残した言葉の意味を考えていた。


 彼女はきっと、私の事を知らないだけなのだ。


 私の過去を知れば、きっと彼女は離れていってしまうだろう。

 もう市民権を回復しているとはいえ、奴隷出身の人間と共にいる事を、彼女の様に立派で気品のある人は望まない筈だ。


 知られてはならない。

 なぜか、そんな気持ちが頭をもたげた。


 私は、彼女に離れて欲しくないのか。


 その事実に、自分で勝手に驚愕した。


 人生で初めての”友達”は、既に私の心の一部を占めているらしい。


 彼女に、嫌われたくない。

 もっと話してみたい。


 心の違う部分を覗き込んでみれば、そんな言葉が連なっている。


 私は頭から布団をかぶって、悶々とする心を鎮めようと努めた。



       ◇



 フェイの家も、立派な屋敷であった。


 フェイは魔術とはそこまで縁も無い男爵家の令嬢との事だ。


「───ですから、補助魔術を扱う上ではまず人体の構造について学ばねばならないのです。そして、これが、最新の、解剖書ですわ……っ!」


 フェイは書斎の本棚から、背伸びして1冊の本を取ろうとして苦戦している。

 身長が20㎝ほど高い私が、後ろから目当ての本を抜き取った。


「ベルさん、ものすごくお背が高いですものね。羨ましいですわ」


「これぐらいしか役には立ちませんがね」


 本をフェイに手渡す。


「例えば、これが人体の腹部の解剖図ですわ」


 フェイはまるで覚えているとでも言うように、ページ数も見ずに一発で目当てのページを開いた。


「うえっ。こんななんですか、私の中」


 始めて見る人間の臓腑の図は驚くほどグロテスクで、私は思わず自分の口を覆った。


「あら、すみません。やはり初めてですと刺激が強すぎますわね。これは止めにしましょう」


「では、私が」


 本を受け取り、元の位置へ戻す。


 その時、フェイの父親が部屋に入って来た。


「あなたがベル殿ですか!娘と仲良くして頂き、ありがとうございます。ここ数日というもの、フェイはベル殿のお話ばかり……」


「もう!やめて下さい、父上!」


 フェイが顔を赤らめ叫ぶ。

 そんな姿も愛らしい。


 その様子を見て笑ったフェイの父親が、何げなくこちらに訊く。


「そういえば、エクター・モルガンス卿には奥方様はいらっしゃらないと存じ上げていましたが。ご両親はいつ結婚されたのですか?」


 その言葉は私の心を突き刺した。


 なんと答えるべきか。身体が迷いで硬直する。


 彼女に、不審に思われず、嫌われない答え……


「実の娘では無く、養女なのです。たまたま魔術ができた私を、元は遠い親戚の義父に受け入れて頂いた形で……」


 嘘は、吐いていない。

 ()、は。


「なるほど。そういう事でしたか。納得致しました。それでは、ベル殿は生まれついての魔術師でいらっしゃる!ご立派な事だ」


 フェイの父親はそれからいくらか言葉を交わして、部屋から出ていった。


「さぁ、お話を続けましょう」


 フェイの方向へ向けて微笑みかける。

 不自然な笑いになってないかが、心底不安だった。


「ええ!」


 フェイの屈託のない笑顔が、私の演技の成功を教えてくれた。


 それからの会話は、間違いなく楽しいものだった。

 しかし、うしろめたさなのか何なのか、私の心には棘が刺さった感覚がしていた。



       ◇



 それからの私たちの関係は、正に親友という言葉通りだった。


 しょっちゅうどちらかの家へ赴き、魔術の話をして、私がフェイに絵画や音楽を教わる。

 

 恐ろしく幸せな日々だった。


 フェイの口から()()()()が飛び出すまでは……

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