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#30 出会い

 私は腕組みをしながら、窓枠に寄りかかっていた。


 視線の先では、華やかなドレスに身を包んだ娘たちが、上品な立ち振る舞いで話し込んでいる。


 しくじった。こういうタイプの場所だったか。


 自分の服装を顧みる。ベージュを基調にした、とても大人しいドレスだ。居心地が悪い。


 私は外を眺めた。立派な屋敷とセットで付いていがちな庭園が広がっている。


 生憎私は、魔術以外の事はてんで興味が無いし、できもしない。花や音楽、詩作について語り合う事なんて、無論不可能だ。


 ぼうっと端っこで立って、時間が過ぎるのを待つ事にしよう。

 

 何分か経って、背後から声をかけられた。


「お隣、よろしい?」


 私が寄りかかっていた窓枠の反対側に、誰かが立った。

 声のした方を振り向く。


「どうぞ。何か御用でも?」


 そこに立っていた女を見た時の感想は、まずその美しさについてだった。

 その髪は川を流れる水か、或いはカーテン越しに差し込む陽光の様に透明で、滑らで、素直さをもってして垂れている。

 服装はシンプルで、上等でこそあろうものの装飾は少なく素朴だ。

 肌も、髪も、服装も、とにかく白い。瞳もやはり透き通るような色で、淡く青い色が光っていた。

 整った顔立ちには、気品と純粋さが見てとれる。

 

「いいえ、特に用事はありませんの。ただ、あなたが余りに寂しそうでしたから」


 お優しいですな、という意味を込めて笑った。


「そうですか。お名前は?」


「フェイ・ギネヴィアと申します。以後、お見知りおきを。あなたは?」


「ベル・モルガンスです」


 その名前を聞いた時に、フェイの顔が少し輝いた様に見えた。


「あら、ひょっとして18歳で1級魔術師になったとお噂の……?」


「あぁ。はい。まぁ、一応」


 ここから先のやり取りに興味が無くなって適当な返し方をする。


 フェイは、思い切り背伸びをして、私の耳元へ口を近づけた。こちらも背を屈めて、相手の身長に合わせる。


「わたしも、持ってるんですよ。1級魔術師免許」


 耳の中へと流れ込んだ澄んだ音が、わたしの脳内に衝撃として伝わった。


「じゃあ()()()()……!」


 そう叫びかけた時、場所に対して言葉遣いが不適切であると気づいて口を覆った。

 少し遠くで花を愛でていたらしい娘たちがこちらを向いた。


「……じゃあ、あんたが”7番目”?」


 ごく、小さい声で囁き直した。


 にっこりと笑うフェイ。


「ええ。”7番目”です」


 私は少し身体の挙動を止めた後、ゆっくりと手を差し出した。


「当代一の才媛にお会いできて、光栄ですよ」


「まぁ。そんな悲しい事をおっしゃらないで。まだわたしたち、お会いしたばかりじゃないですか」


 透明感のある瞳が、私の顔を覗きこんだ。

 ”まだどちらが上か分からない”という意味か。


 自然と口角が上がる。


 握られずに宙ぶらりんになった腕を引っ込め、腰を曲げて今度は私がフェイの耳に囁いた。


「それなら、どこか部屋を借りませんか。ここでは邪魔になる」


 フェイが私の方に向けて頷いた。



       ◇



「───大雑把に言えばこれが最新式の無炎魔導炉の仕組みであり、現代魔導具工学の根幹を支えている技術なのです。最も、我々も原理は良く分かっていませんから、雰囲気で使っているところはありますね」


 部屋の中で、テーブル越しにフェイと顔を突き合わせながらそこまで言い終えると、私は紅茶を一口啜った。


「なるほど……やはり魔術というものは奥深いですわね。1つの高みに達したかと思えば、まだ知らない事がこれだけある。それにしてもベルさんのご専門が魔導具工学とは、存じ上げませんでしたわ」


「時間さえあれば工房に籠って魔道具作りをしています。私は魔術はおろか、魔導工学すらその深奥を掴めていない。それどころか深入りすればするほど、その先が更に深くなる感覚があります。これではどうしても、やめられませんよ」


 フェイは、遠くを見つめる様にして、口元からカップを下ろした。


「わたしの専門は人体への補助魔術ですけれども、10余年この道を進もうとも、わたしも未だにその真髄が理解できないのです。それどころか、それを垣間見る事すら叶いません。魔術と人体の神秘は、おそらく300年経とうとも尽きませぬわ」


 専門は補助魔術、と言いはするものの、1級魔術師になっている以上戦闘魔術の腕前も相当な筈だ。

 こんな華奢で、純粋そうな娘が炎を振り回している様子を想像すると、少し面白い。


「あら。そういえば、もうそろそろお開きじゃないでしょうか」


「おや。もうそんな時間ですか。いやはや、楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ」


 私はゆっくりと椅子から立ち上がった。


「フェイさん。こんなに楽しい話は久しぶりでした。魔術の話をここまで深くできる同世代なんていませんでしたから……もしよければ、また今度、補助魔術の手ほどきをしては頂けませんか。貴女のお話はとても分かりやすい上に面白かった」


「あら。わたしはベルさんの工房におじゃまさせては頂けまいかとお聞きするつもりでしたのよ。その最新式の魔術炉も、見せて頂けませんか?」


 私は勢いよくフェイの手を握った。


「もちろんですよ!いつがいいですか、私は明日でもかまいませんよ」


「あら、それなら本当に明日、お邪魔させては頂きますよ」


「いいですとも!そうしたら明日の正午に、とりあえず私の家へお越しください。そこからご案内しますよ」


 フェイの手を引きながら、先ほどまでいた広間へと向かう。


 こういうのを、友達というのだろうか。

 義父に引き取られてこのかた、魔術の修行ばかりで、友達などまるでいなかったのだ。だから、分からない。


 身体を屈め、フェイに耳打ちする。


「───フェイさん。お友達だって、父に紹介してもいいですか?」

 

 フェイの口角が少し上がった。

 屈んでいるせいで丁度良い位置にあった私の耳に囁く。


「───いいですよ」


 友達。その響きが独特な感触を持って、私の精神へ波及した。


 笑い声が、唇の間から自然に漏れ出す。


 フェイの方からも、似たような音が聞こえた。


 それに気づいたと同時に顔を見合わせて、2人で笑った。

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