#29 成長
「何故だ!何故できんのだ!」
真っ暗な部屋の中。エクターの掌がわたしの頬と衝突した。針の様に鮮烈な痛みが走る。
これが今日で何度目かは分からない。頬の感覚が、痛覚以外麻痺してしまったようだ。
「現実の戦闘では、一度のミスが命取りになる!再現率こそが魔術の魔術の最も重要な点だぞ!100回に1度の過ちですら認められんのだ!」
エクターは、わたしが取り落とした杖を拾い上げて、確かな握力でわたしに握らせた。
「さあ、もう100回!終わるまでは晩飯も抜きだ」
わたしは震えながら杖を振った。
杖の上に光球が展開される。何度かの瞬きを経由し、すぐに消えた。
「そう、そうだ!あと99回!」
わたしは杖を必死に振り続けた。
97回、98回、99回、そして100回。
「……やった……!」
エクターの表情が、しかめっ面からすぐに明るくなる。
「やった、やったな!よくやった!流石は我が娘!!!」
勢いよく、わたしに抱き着くエクター。
「さぁ、早く夕食を食べよう。今夜はシチューだ」
◇
その日の夜遅く、遠くの部屋から話し声が聞こえてきた。
執事のクルトという男と、エクターの会話だ。
「しかしです、旦那様。いくらなんでも、ベルに強く当たりすぎではありませぬか。叩く蹴るはおよしになっても……」
クルトの声が聞こえると同時に、わたしは頬の痛みを思い出した。
「時間が無いのだ」
エクターが重い声を発した。
「私はいつ死ぬかも分からん。あの子は奴隷の出だ……私が死ぬ前までに、魔術師としての立場、キャリアを築かせてあげねばならん。さもなくば、あの子がどんな目に遭うか……」
「おっしゃる事はごもっともです、しかし───」
「黙れ!お前に魔術界の何が分かる。高位師範は男の貴族ばかり、あの子とは相容れない世界なのだ!それでもあの子には、そんな世界で生きてもらわねばならん。全て、あの子のためなのだ」
わたしは静かに、頭から布団をかぶった。
エクター。あの人は、ちゃんとわたしの事を考えてくれている。
こんなわたしの事を、奴隷のわたしの事を、大切にしてくれている。
明日辺り、”父さん”と呼んでみようか。
そんな事を考えているうちに、わたしの身体はすっかり寝付いてしまった。
◇
「父さん!やったよ!」
もう既に見慣れた光景と化した家の中。昼の陽光が窓から差し込んでいる。
私は義父、エクター・モルガンスに1枚の証書を見せた。
「ほら、1級魔術師免許!私、ようやくこれで1人前!」
引き取られてから8年経つうちに、私の身長は義父を優に追い越していた。
男と比べても遜色ない身長は、180cmは超えていそうだ。
「やったな、ベル!!!ははは、18歳で1級魔術師とは、凄い、凄いぞ!歴代で7番の早さだそうだ!」
私はそれを聞いて、少しだけ首を傾けた。
「いや、8位らしいよ。今日、試験官をしてくれた役員のおじさんが言ってた」
エクターの眉間に皺が寄る。
「どういう事だ?」
「わたしと同日に試験受けて受かった子の中に、同じ18歳だけど誕生日の都合で私より早かった子がいるんだってさ」
「ふむ。それは一体どんな奴だ。ベルとほぼ同じとは、凄い才能を持っているようだが」
「分かんない。聞いたところだと、女の子って事ぐらいかな。会えるものなら会ってみたいけど」
エクターがそういえば、と言って、机の上に広げられた紙束を拾い上げた。
「こんなに見合いの相談が入っている。どれも由緒正しい魔術師家の方だ。どなたを選んでも間違いはないと思うが……」
「あ。貸して、それ」
私が紙束を手に取り、もう片方の手で指を弾くと、ポン、という音と共に紙束は黒焦げになった。
「うん。やっぱり焼却が一番」
「はぁ。これでは嫁の貰い手がないぞ。服装もなんとかしたらどうだ。男物みたいな服を身に着けおって」
「いいよ。こっちが婿を貰うから。服は、動きやすければ動きやすいほど良いでしょ」
ため息を吐きながら、ポケットより一通の封筒を取り出すエクター。
「しょうがない子だ。せめてこれぐらいは行ってくれ。魔術師家の令嬢同士の交流会だ。友達でも作るがいい。1級魔術師になったからには、人脈も無視するわけにはいかん」
「はーい」
私は封筒を受け取ると同時に、2階へと駆け上がった。自分の部屋へと駆け込む。
勢いよくベッドへと跳びこんで、1級魔術師免許を眺める。
滑らかな手触りの紙に、活版印刷ではない直筆の文字。
どこからどう見ても立派な証書だ。
「ふふふ。ふふふふふ」
声が唇から漏れる。
「これでようやく一人前。どんな事でも、大体は1人で出来る」
喜びを嚙みしめた。これまでの血の滲む様な努力が、頭にもたげる。
「そういえば」
エクターに渡された封筒を開ける。中には、招待状が入っていた。
招かれているのは、若い淑女限定の魔術サロンの類であるらしい。魔術狂いの同類がいるのであれば、面白そうだ。
「明後日、か」
招待状を大事に小箱へしまう。
「私の7位を持ってった奴、いるかなぁ?」
私は、まだ見ぬ同類たちとの交流へと思いを馳せた。




