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#28 奴隷市場

 馬車に揺られて1週間と少し後。


 わたしの手首には鉄の枷が付いている。

 とても重い。


 わたし達は不衛生な部屋に押し込められていた。みな女で、わたしと同様に手枷を付けられている。服も貧相だ。


 ここは”奴隷市場”なるものだと、隣に座る年長者の娘に教わった。


 遠くから人々のざわめきが聞こえる。


 さっきから順々に、奴隷たちがそちらへ連れて行かれていた。


 きっと、そこで奴隷の売り買いがされているのだろう。


「あぁ~。今度こそまともな奴に買われたいもんだな」


 年長者の娘はそうぼやいた。彼女は”売られる”のが初めてでないようだった。


「何か、”まともな奴”に買われやすくなる方法ってあるんですか?」


 わたしはそう訊いた。年長者の娘は首を捻る。


「そうだなぁ……魔術が使えると、ヤバい奴は寄らなくなるよ」


 どうして、と尋ねた。


「そりゃあ、魔術を使える奴隷なんて、おっかなくて買えないだろ。下手すりゃ主人を殺せるんだぜ。ヤバい事は何もできなくなるわな」


「”ヤバい事”って?」


「あ~。まぁ、色々よ」


 年長者の娘はそう胡麻化した。


 わたしは魔術が使える、と思う。

 ”ヤバい事”が何か分からないが、きっとそんな事をする奴に買われたら生存率が下がるだろう。


 魔術を使える事は、まだ誰にも言っていない。

 買い手が付きにくくなるという事は、老人からわたしを買い上げた奴隷商人は、その事実を知っても隠し通すかもしれない。


 ならば、事実を提示する方法は1つ。


「お前、出番だ。来い!」


 屈強そうな男がわたしの枷を掴み、部屋の外へと引っ張り出した。


「達者でなあー」


 年長者の娘の声が背後から聞こえる。小さく、お辞儀をした。


 わたしが引っ張られて行った先は、多くの人間の前だった。

 舞台の様に一段高くなった足場の上へ、押し出される。


 下から、人々の視線が集まるのを感じた。


「さぁさぁ、お次は本日の目玉でございます!」


 司会者らしい男が声を張り上げる。


「御覧下さい、この瞳!赤と青で色がバラバラです!しかもその出自は、大変貴重な少数民族、クルガル族の最後の生き残り!顔もよく、大変貴重な一品にございます!」


 司会者の煽りにあてられたのか、観客がざわめく。


「ここを逃せば、2度とお目にかかる事はできません!それでは、5万レアから!」


 その時、わたしは口を開いた。


「あの」


 司会者がわたしの方を向く。


「なんだね、いい子ちゃん」


 思い切り、息を吸って叫ぶ。


「わたし、魔術が使えます!!!」


 息を吸って、吐き出した。


 口から巨大な炎が吹き出し、観客の頭上をかすめる。


 一瞬、全てが沈黙した。


「なっ、何をやっているんだ、この馬鹿者ッ!!!」


 司会者が思い切りわたしの頭を殴った。

 舞台に勢いよく倒れ込む。


 頬が痛い。涙を必死にこらえる。


「待て」


 観客の後ろの方から、声が響いた。


「私が、5万レア出そう」


 声の主はゆっくりと、人混みをかき分けてわたしへと近づいて来た。

 壮年の男であった。どこか気品の漂う格好をしている。


「他に買いたい者はおらんかね?ふん。どうしようもない連中だ」


 男は周囲を一瞥し、ポケットから財布を取り出し、そこからさらに取り出した。

 そこで、隣に立っている別の男に顔を向ける。


「買う気なんぞさらさら無かったからな。ペンが無い。クリフォード君、ペンを持って無いか」


「全く、君って奴は……」


 クリフォードと呼ばれた男は、1本の万年筆を取り出した。

 その万年筆で、紙に何かを書きつけた。


「ほれ、手形だ。いつでも取りに来い」


 それを半ば投げつける様にして司会者に投げつける。


「この子は、このまま私が引き取ってよろしいな?」


「え、ええ。勿論でございます」


「では、失礼する。行こう」


 男は私の腕を掴み、こちらへ向けて微笑みかけた。

 いつの間にかに、わたしの手枷は壊されていた。



       ◇



「まずは、服を見繕わなけばな」


 馬車に乗り込んだ後で、男はそう言った。


「仕立屋を家に呼ぼう。クルトにそう伝えなければ」


「仕立屋ぁ?君は、この奴隷にどこまでしてやるつもりだ?」


 クリフォードはそうため息を吐いた。


「奴隷ではない。私の娘にする。じきにな」


「は!!?」


 クリフォードの目が見開いた。わたしの目も同様である。


「まだ名を聞いていなかったな。君の名前は、なんだ?」


 男はわたしの方を向いてそう訊いた。


 少し躊躇いがちに答える。


「……ベル、です」


「ベルか。であれば今後は、ベル・モルガンスと名乗るがいい。私の名は、エクター・モルガンスだ」


 エクターはそのまま続けた。


「君が出したあの炎。或いは魔術は、全て独学か?」


 ゆっくり頷く。


「はい……。1週間前に、初めて使いました」


 エクターの眉間に皺が寄る。


「やはりな……」


 勝手に納得した様に頷いた。


「オッドアイは魔術の才能の証と、よく言われる。ただの迷信だと思っていたが、あながち嘘でもなさそうだな」


 指を3本立てる。


「3年。3年だ。私が魔術の訓練を始めてから、あの大きさの炎を杖なしで出せるまで、3年かかった。その進歩を、君はたった1週間の独学で埋めてしまった」


 エクターの頬には冷や汗が伝っていた


「そして私は、この国で10指に入る戦闘魔術師なのだ。これが、いかに凄い事か分かるかね」


 クリフォードが口を挟む。


「だからといって、娘というのは……」


「私は子供が作れん。しかし跡継ぎは要るのでな。お前の最悪な趣味に着いて行っても、良い事があるものだ」


 淡々とした口調だ。一方でわたしは全く話に着いていけない。


「着いたぞ」


 エクターが馬車の外を指し示した。


 そこには、大きな館が鎮座していた。


「さらばだクリフォード。また評議会で会おう」


 エクターに連れられ、馬車の外に出る。


 太陽が眩しい。


「今日からここで暮らすのだ。毎日魔術の特訓をさせる。頑張りなさい」

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