#3 全力
「今夜は死ぬにはいい夜だ。お前も、そう思うだろう?」
杖の先には、子どもの頃から幾度となく空想した魔王が立っている。
魔王がいない世界に英雄はいらない。
では、魔王がいるならば……?
俺はなるんだ。本物の英雄に。
「猛襲せる雷霆!」
杖から、何十本もの稲妻が撃たれた。
バリバリという轟音が空間を引き裂く。
「甘い」
魔王の結界は俺の攻撃をものともせず弾き返した。
やはり、電撃ではだめか。
職業柄、普段は非殺傷性の高い電撃を用いている。
しかしこの戦いは”いつも”のそれではない。命の獲り合いである。そんな甘えた事をしている場合ではないのだが、ついクセが出てしまった。
再び杖を構え、全身に力を込める。
「滅せる光!」
渾身の一撃。
俺の出せる最大火力。地力で下回るなら、狙うは短期決戦による大番狂わせだ。
杖の前に方陣が展開され、人間を包み込めるほど巨大で、強烈な白光が放たれた。
魔王の結界が白光に包まれる。
視認はできないが、手ごたえはあった。
このまま押し切る。
出力を上げつつ、指向性を強めろ。
出力の上げ過ぎで脳がオーバーヒートを起こしたらしい。目、口、鼻……孔という孔から血が流れ出る。
関係ない、征け。
更に出力を上げろ。
もっと、もっとだ。
気づけば、アパートは跡形もなく崩れ去っていた。
俺たちの身体が月光に照らされている。
杖の先からは、もう何も出ていない。
これが限界、か。
魔王が結界を解き、こちらに近づく。
「お前、防御結界で、倒れていた連中を守ったのか」
よく気づいたな、と感心する。
アパートが崩落するほどの衝撃があったにも関わらず、犯罪者集団が全員生きているのは、そのためだった。
「相当の意識をそちらに割かれただろう?」
魔王は少し首を傾げた。
「真に全力を出せば私に届いたかもしれない。何故そんな事をした。お前にはどうでもいい連中だろうに」
俺は笑った。苦笑でも、乾いた笑いでもない。腹の底から、短く笑った。
「分かってねぇな、魔王」
意識が遠くなる。杖を落とさないよう、強く握った。
「英雄は巻き添えを出さないんだ」
魔王は口角を上げた。
「気に入ったぞ、お前。私の眷属にしてやろう。なれば生かしてやる」
空を見上げ、月を眺め、そして答える。
「断る」
「そうか。そう言うと思っていた」
魔王が俺に更に近づく。
「ならば、お前に最大限の敬意を払い、私自身の手で殺してやろう」
右腕を天高く掲げる。
満月と掌が重なった時、その指は光をまとった。
「さらばだ。この時代の英雄よ───」
掌が俺の心臓目掛けて振り下ろされる。
今だ。
俺はコートの内側から素早く首輪を取り出し、魔王の首に押し付けた。瞬時に装着が為される。
「”止まれ”」
魔王の掌は、俺の肩の上で止まった。コートに若干食い込んでいる。
魔王の顔が露骨に動揺した。
「命令を聞かせる魔導具……!?バカな……貴様……!?」
俺は笑った。今度も腹の底から、今度は盛大に。
「油断したな」
俺の笑い声が、夜空にこだまする。
「俺は卑怯な手なんて使わない、紳士的な戦士だと思っただろう!?残念だったな。大好きなんだよ、こういうの!」
魔王の顔がみるみるうちに紅潮し、青筋が浮かぶ。
「お前に近づけないのだけが問題だった。自分から詰みにきてくれてありがとう!流石に不完全な拘束だが、チェックメイトには十分だろう!?」
魔王は一瞬怒鳴りそうに口を開けたが、すぐに閉じた。若干の笑みが浮かんでいる。
「いいのか?英雄はこんな事をするのか?」
「いいんだよ。俺は英雄じゃない。ただの、しがない夢見る公務員だからな」
魔王の口が大きく開いた。口角が、裂けんばかりに上がる。
「ハハハハハ!!!いいぞ、お前、最高だッ!!!認めてやる。お前は英雄にふさわしい。今だけは従僕の立場に甘んじてやろう!!!」
急速に、俺の意識が遠のき始めた。
安堵が身体のダメージを思い出させたのだ。
「おいおいご主人様、もうダウンか?命令をしないと、ほっぽり出してどこかへ行ってしまうぞ?」
せせら笑う魔王。
俺は地面に倒れ込み、声を振り絞る。
「俺のそばを離れる事と……魔術の使用を、禁ずる……」
言い終わるや否や、俺の意識は闇へ誘われた。
◇
少女は、倒れ込んだ男を静かに見下ろしていた。
「馬鹿な男だ。こんなもの、いつでも外せるというのに」
自らの首にかかった輪を持ち上げる。
しゃがんで男の顔を覗き込むと同時に、ふと笑みが漏れた。
「いい顔で眠るじゃないか。満足という事か?」
男の顔も、また、笑っていた。
月光が2人を照らす。
月を見上げる少女。
「見ているか、フェイ。折角の2度目の人生だ。お前の分まで、私は幸せになってみせるぞ」
静かな声だ。
少女が月に何を見出したのかは、誰にも分からない。
倒れている男へ向き直る。
「決めた。お前の輝かしい英雄譚に、まだ付き合ってやろう。だが、私の2度目の物語にも付き合ってもらう。私は存外、お前が気に入ったのでな」
遠くから、警官がこちらへ駆けてくるのが見えた。恐らく近くで待機していたのだろう。
「誇るがいい。お前は、英雄にふさわしい男だ」
静かな夜。1人の勇者と小さな魔王の、静かなる戦いが幕を閉じた。
幾万点の作品群より本作を見つけて下さった上、ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます!
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