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#24 おっさんたちの決着

 深夜のニューリア大学。3人の男と、1人の少女以外に、人はいそうにない。


「絶対に、秘密ですからね!」


 ニューリア大学の戦闘魔術講師にして俺たちの後輩、ニコラス・シュヴァルツシルトは、そう言いながら扉を解放した。その先は、開放的な演習場になっている。グラウンドの様なものだ。


「懐かしいな」


 真っ暗なニューリア大学のグラウンドに、俺の声が響く。

 中へ向けて歩みを進めた。


「もうここに来る事は無いと思ってたが……」


 斜め後方のボーマンの方向を振り向く。


「始めよう。早ければ早い程いい」


 コートを脱ぎ、脇のベンチの上に放り投げる。

 同じベンチの上にエンリルが座った。どうやら観戦するらしい。


「覚えているか?」


 ボーマンが口を開く。


「大学時代、このグラウンドで何度もお前に負けた。287勝736敗だ。この数字が、今でも脳裏をよぎる」


 ボーマンは外套から杖を取り出した。


 俺とボーマンは、グラウンドの中央に移動していた。距離は20m。身体に沁みついた、魔術公式戦の立ち位置だ。


「負けても良い。勝てばなお良い。おれは、お前と決着を着けねば、新しい一歩を踏み出せん」


 お互いに、杖を相手へ向ける


「大学時代を思い出しますね」


 隣からニコラスの声が聞こえる。審判役だ。


「いや、言葉は無粋。始めましょう」


 ニコラスは手を叩いた。


「これより、ジョフル・ヴィエールとハンス・ボーマンの決闘を始めます。両者、合意の程はよろしいか?」


 俺とボーマンが同時に頷く。


「よろしい。それでは、私の合図と同時に決闘を開始します。制限時間は無し。どちらかの生命の危険が認められた場合、中止の命令を出しますので、必ず従って下さい」


 ボーマンの顔を見つめた。汗が頬を伝っている。

 俺は、いつもと様子が違う、この哀れな男の望みを、俺なりの方法で叶えてやらねばならないのだ。

 そう再確認して、杖を更に強く握った。

 

 この時代に戦闘魔術師をやろうなんて奴は、全員不器用なのだ。言葉を交わすだけで伝わるはずの事が、杖を交わさねば解決しない。


 静寂が流れる。透明な緊張感が俺とボーマンの間に存在しているのを、確かに感じた。


「始め!」


 ボーマンの杖から炎が発されたのと、俺の杖から光線が発されたのが、同時だった。


 すぐに杖を引き、右に退く。炎は躱したものの、しかし、ボーマンもこちら側へ移動していた。


赤炎の咆哮(フラム・ルジェット)!」


 刺激的な赤色の炎が、俺に襲い掛かる。

 なんとか防御結界が間に合い、防ぎ切った。


「呆れる程に、よく知っているんだ」


 ボーマンは杖を天に向けた。


「本来お前は、持久戦が得意な防御タイプだ。短期戦は苦手だろう?」


 よく知ってるじゃないか。

 何かが来るのを察知し、1歩退く。


「全力だ。今から30秒、全力でお前を叩き潰す」


 ボーマンの身体が光で包まれる。

 気づけば、ボーマンの身体を覆うようにして、半透明で赤色の、巨大な騎士鎧が顕現していた。全高は10m程もある。


「相伝魔術 ”天賜魔装・騎士王エクエス”」


 魔術貴族の名門である、ボーマン家の至宝か。


 騎士鎧が持つ、超巨大な剣が俺目掛けて振り下ろされた。

 何とか躱すも、剣はグラウンドの地面を叩き割る。


 凹んだ地面のせいで、一瞬、バランスを崩してしまう。


 体勢を叩き直そうとしたその時には既に、騎士鎧は剣を引き、次撃の準備を整えていた。


───早い!


 咄嗟に防御結界を張る。しかし地面と水平に振られた剣は、いとも容易くそれにヒビを入れ、俺の身体に食い込んだ。


「ぐっ……!」


 剣が振り抜かれると同時に、校舎の壁まで吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされた先に立っていたニコラスが、ニヤリと笑った。


「止めますか?」


「まさか」


 俺は額から流れる血を拭った。


 ”騎士王エクエス”は何度か見た事がある。ボーマンは大学卒業後に習得したらしく、詳しい事は知らないが。


 基本的な仕組みは防御結界の攻撃への転用だ。

 あの量を展開し続けるのは、並大抵の事では無い。本人が言う通り、もって30秒のはず。つまり、あと30秒奴の攻撃をいなせば、俺の勝ちだ。


 口角が自然に上がる。


 そんな、甘い戦いはお望みじゃないだろ。


 地面を蹴り、ボーマンへの間合いを詰める。


 剣が再び構えられ、より避けにくい横向きの薙ぎ払いを繰り出す。

 宙返りでそれを躱した。


 おお、という驚嘆の声をエンリルが発する。


 空振りの隙に身体を魔術で加速させ、一気に”騎士王エクエス”の腕の下に入り込む。


「関節部は、弱めだろ?なんたって動かさなくちゃあいかんからな」


 俺は杖を構えた。杖の先から、光の刃が剣の様に伸びる。


 思い切り杖を振る。刃は”騎士王エクエス”の肩を貫き、引き裂いた。”騎士王エクエス”の左腕が光の粒子となって消えてゆく。


 半透明の装甲の内側で、ボーマンの汗ばんだ顔が歪んだ。


 右前方、外れた方の先へ向けて跳びあ上がる俺。

 鎧の穴から、ボーマンの身体が丸見えだ。

 杖をその穴へ向ける。


静寂なる稲妻(フルグ・レンツィアム)


 俺は勝利を確信していた。

 しかし、その予想はすぐに裏切られる。


 ”騎士王エクエス”が消えている。


 代わりにボーマンは、自身の左肩を通常の防御方陣で覆っていた。俺の稲妻は容易に弾き返される。


───判断が速い!


 ボーマンは再び杖を天に向けた。


「”天賜魔装・騎士王エクエス”」


 再び”騎士王エクエス”が展開される。顕現の際の衝撃波に少しだけ吹き飛ばされる俺。


 良い手だ。だが、再展開は脳への負荷が───


 思考が終わる前に、ボーマンの鼻から血が垂れた。


「止めッ!!!」


 遠くから異変を察知したニコラスが、そう号令を出した。


 しかし”騎士王エクエス”は消えない。


 巨大な剣が振り下ろされた。大地へ溝が刻まれる。


「外野は気にするな。続けるぞ、ジョフル」


 ボーマンの顔は、血を付けながら、笑っていた。


 俺は一歩引き、思考する。

 

 もう同じ手は使えないだろう。小細工は既に通らない。

 ならば、どうするか。


 判断は一瞬だった。


 力を込めて、杖をボーマンに向ける。


滅せる光(ルクスインテル)


 俺の杖の先端から白い巨大な光線が発された。大気の振動を感じる。夜である筈が、周囲が朝の様に明るくなる。


「止める!」


 ボーマンが叫んだ。剣を斜めに構え、光線を受け止める。


 力比べだ。


 思いを、杖に乗せる。


 なぁ、ハンス。俺たち、どうしてこうなっちまったんだろうな。

 ただ、夢を見たかっただけなのに。

 ただ、何者かになろうとしただけなのに。


 誰も俺たちを責めない。咎人だと知っているのに、皆が、俺たちの本質から目を逸らしてる。


 俺だって、そう思ってたよ。


 そうじゃないんだ。目を逸らさない奴だっているさ。そのまま受け止めてくれる奴だっているさ。


 俺にとってのアイザックさんであり、ニコラスであり、お前であり、そして……エンリル。

 お前にだっているはずだ。いないなら、俺が受け入れてやる。罪人仲間だって悪くない。


 




 気づけば、俺の杖から光線は出るのを止めていた。


 ハンスが、仰向けになって倒れている。

 外套が焼ききれ、全身ボロボロだ。


「おれの、負けだ」


 声を絞り出すハンス。

 

 静かに、雨が降り出した。


「おれは、自分が何だか分からなくなってしまった」


 文面に反して、悲痛さはそこまで無かった。


「お前と決着を着ければ、何か分かるかもしれないと思った。負けても、何か分かった気がするよ」


 雨がハンスの顔を濡らす。


「おれは、お前になりたかったんだ」


 声が、少し震えていた。


「高校の頃、校庭に落ちて来たワイバーンから、おれを助けてくれたお前に。そんな、強いお前に、なりたかったんだ」


 そういえば、俺とハンスが会ったきっかけは、そんな事件だった。

 雨脚はどんどん強まっていく。

 

「だが、なれなかった」


 雨にかき消されそうな程に、か細い。


「おれは弱い。その上罪まで背負ってしまった。自分でそれを支えきれなくて、他の何かに、国家に、民族に、もたれかかってしまった。国家の為に犯した罪の正当化に、自分の愛を使ってしまった」


 俺はしゃがんで、ハンスに話しかけた。


「俺だって弱いさ。お前と同じで、自分じゃ罪を背負いきれない。未だにおとぎ話の世界にもたれかかって生きてるんだ……」


 ため息の様な言葉を吐く。

 ハンスは、口元だけ笑った。


「おれは、もう、もたれかかるのを止める。自分で背負って、積み上げてみせるさ。おれはこの国を、故郷を、民族を、愛してる。もうこの気持ちを、罪の言い訳には使わない」


 静かに立ち上がった。


「だから、これは国の為の忠告だ。陸軍に、”クルガル民族戦線”のスパイがいるぞ」


 俺は自分の耳を疑った。


「考えても見ろ、2月19日の首相官邸占拠の事を。なぜ奴らのクーデターはあれ程に迅速だったんだ?”クルガル民族戦線”の内通者が情報を漏らしていたからさ」


 納得できる理屈ではある。

 ハンスはふらふらと歩き出した。


「ひょっとしたら、情報どころか武器まで漏らしてる奴がいるかもな……まだ確信に限りなく近い推測に過ぎん。信じるかどうかは、お前次第だ」


 倒れそうになりながら、着実に、校舎の方へと歩みを進めるハンス。


 ハンスは突然俺の方を振り向いた。


「ジョフル」


 なんだ、と問う。


「生きて帰れ。もう一度、このやり方で決着を着けよう」


 俺はゆっくりと頷いた。

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