#22 最悪な任務
「早く話せ。こちらは寝起きで機嫌が悪いのだ」
俺の隣でエンリルが、ソファーの上に土足を乗せるという、最悪のマナーを見せていた。
こいつのこういう態度には、もう諦めがきている。
「官邸から呼び出しの手紙が届いた時は驚きましたよ。一体俺たちに何の御用でしょうか、宰相閣下」
身を乗り出して、5歩ほど離れた場所に座る男爵宰相、オリバー・フロイデンに問うた。
「朝早く呼び出してしまいすまないな。急かつ重要な頼み事があるのだ」
フロイデンは髭を正し、綺麗に座り直した。
ただ事ではないと察した俺たちに緊張が走る。
「君たちは、属州の情勢はどれぐらい把握しているのかね?」
逆に質問され、少し戸惑いながら口を開く。
「エンリルの信奉者である”クルガル民族戦線”が属州南部にて武力蜂起しました」
「そして現在は停戦中で、その南部を占領されている。といったぐらいしか知らんな」
フロイデンはゆっくり頷いた。
「うむ。それでいい。実を言うと我々もそれと大差ない情報しか取得しておらん」
フロイデンは立ち上がり、こちらへ向けて1歩進んだ。
「私は属州に行く。南部の占領地域にいる”クルガル民族戦線”の幹部と話をつけ、講和するためだ」
陛下との会話の中でも同じ事を言っていた。
「敵陣の真っただ中へ跳びこんでゆくのだ……当然、命の危険がある。今回は私自身、死ぬる覚悟でこの任務に挑むつもりだ」
真剣な顔であった。絞り出す様な言葉は、まだ続く。
「しかし、私自身に死ぬ覚悟があっても、国家はそれを受け入れない。少なくとも国家の為には、私は生きて帰らねばならん。故に今回、君たちに私の護衛を頼みたい」
予想外の言葉が俺たちに向けられる。エンリルと顔を見合わせた。
「いや、いや、いくらなんでも無理でしょう。第一、エンリルの事は周囲にどう説明するんですか」
「ドワーフ族の女性など、成人でこれぐらいの体格の種族は存外沢山いる。仮面でも付けていれば怪しまれまい」
「いやいやいや……」
俺は頭を抱えた。そもそも、エンリル信奉者の集団の中にエンリルを招き入れるのは危険すぎる。
「最低、彼女には姿を見えなくして上空を飛んでもらうだけでもいい。そして、私が真に重要視しているのは君だ」
フロイデンはそう言うと、近くの机の上に置かれていた書類を手に取った。
「ジョフル・ヴィエール。退役時の階級は中佐。ニューリア大学魔術学部を、戦闘実技が主席で卒業。そして軍に入隊。五次戦争では北部戦線で活躍し、獲得戦果は1031人、確保に貢献した捕虜は5000人を超える───」
そこまで読み上げると。フロイデンは視線をこちらへ向け直した。
「人間を超越した数字だ。例えば、この逸話は本当かね?たった1人で、魔導空船の巡洋艦5隻からなる艦隊を撃退したというのは」
「半分嘘ですね。撃退はしてない。死にかけながら2隻落として、援軍が来るまで粘っただけですよ」
今ではとてもじゃないがそんな事できない。当時の俺は、確かに常軌を逸していた。
戦闘の回数と質が下がった影響で、今では勘が鈍りまくりだ。体力もこれからは衰える一方なので、あの時の成績をもう一度出す事はできない。
「その時の俺を期待されている様なら、お断りしますよ。衰えがきてるもんでして」
「その上で実力がある事は確認済みだ。訓練された兵士を、無傷のままあれだけ倒せるというのは、ただ事ではないぞ」
この間の首相官邸占拠事件の事か。
俺の僅かな躊躇いの奥で、別の思考が湧き出した。
「……俺が断れば、その仕事は誰に回りますか?」
俯き加減だった顔を持ち上げて、そう問う。
「魔術省の誰かである事は変わりない。だが、君より弱い誰かになるだろうな」
俺より弱い誰か。その言葉が、心に重くのしかかる。
俺が断れば、そのせいで死ぬ奴が出るかもしれない。
ならば、迷う暇はない筈だ。
「分かりました。行きます」
その答えを聞くと同時に、フロイデンは満足そうに首を振った。
「ありがとう。君の決意に感謝する」
俺の手をしっかりと握るフロイデン。
その握力に、相手の意志の固さを感じた。
俺は、この人を守らなければならない。この国と、この国で暮らす人々のために。いや、多分それ以上に、俺自身のために。
「しかし属州南部とは遠いものだ。いや、待てよ……」
俺は、属州と聞いて何かひっかかるものがあった。頭を振り絞って思い出そうとする。
「そういえば、グールヴァンとかいう気持ちの悪い奴が、予言めいた事を言ってなかったか? ”アマルトに行けばエンリルを蘇らせた犯人に会える”って……」
エンリルはあっ、という声を漏らした。
「そういえば、すっかり忘れていた!アマルトは属州南部ではないか。宰相殿に着いて行けば、ついでにその用事も達成できるぞ!」
「待て、話に着いていけん。どういう事だ」
フロイデンが待ったをかけた。
事情について説明する俺たち。
「……なるほど。とにかく、アマルトへ君たちが行けば問題が解決するのだな?」
「解決するかどうかは知らんが前進はする」
俺はエンリルの言葉に頷いた。
「宰相閣下、そういう訳で、俺たちは行くつもりです。ただし、自由行動の時間を下さい。アマルトには2人切りで行けと言われているのです」
フロイデンはゆっくりと頷いた。了承の意であった。
エンリルが口を挟む。
「待て。それだと私たちがいない間に宰相殿の警護が手薄になる可能性はないか?」
「ああ。それなら他にも腕利きの者を連れて行くから問題ない。例えば、君たちの知り合いでいくとだな」
フロイデンは手元の資料を捲ってこちらへ向けてきた。
「先日昇進したばかりの英雄、クリスタ・シュヴァルツシルト1等執行官もいる」




