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#20 殺人者たち

「人を、殺められた事はおありですか?」


 俺の声は、静かに議場へと広がっていった。


「何を、言っているのだ」


 ハイデルンは心底理解し難いという風に眉をひそめた。


「では、もう一度。人を、殺められた事は、おありですか?杖を用いるよりも、ご自身のお手で殺められた経験がおありでしたら、なおいい」


 呆れた様にため息を吐くハイデルン。


「ないな。無論だ」


「そうですか」


 俺は、ゆっくりと議場の中央へ向け歩き出した。


「1031人。私の獲得戦果です。実際にはもう少しいるでしょう。とにかく、私は膨大なる人数を殺めて参りました」


 議場がざわめき始める。


「その経験から言わせて頂きますと、あまり、気分のいいものではありませんよ。まぁ、私の場合はいいのです。自分で決めた道ですから」


 中央の演壇に着いた。俺は語り続ける。


「しかし、此度ハイデルン殿の提唱していらっしゃる、執行官の派遣はどうでしょうか。執行官は殺人をする事が予定されていた訳ではありません。軍人とは違うのです。この派遣は、一部の未来ある者達を無理に殺人者へ変えてしまう危険性を潜ませていると感じます」


 ハイデルンは勢いよく俺を指差した。


「だとして、それがなんだ。ならば任意制にすればよい!君の言う事は、執行官派遣にそのものに対する批判にはなり得ない!」


 俺は感情を押し殺して続けた。


「果たして、任意にしたところで問題は解決するでしょうか?”国家の為”という文言と、高名なる高位師範ハイマスターハイデルン殿のお名前の前で、それを断れる者がどれだけおりましょうか?それは結局、責任を本人に転嫁する、余計残酷な結末を引き寄せるのではありませぬか?」


 わなわなと震えるハイデルンを、今度は俺が指差す。


「私は、執行官の派遣そのものへ極めて強力に反対している訳ではありません。ただ、時期尚早がすぎると言いたい。これは政治的な側面や、下らぬ勢力争いで収めてよい話題ではないのです」


 俺は力強くハイデルンを睨みつける。


「先日の軍部の過激派によるクーデターで、魔術省の同士が死にました。これ以上の流血を避ける事を前提に、もっと腰を据えて議論をすべきではありませぬか?」


 ハイデルンは胸を張って反論した。


「それで手遅れになったらどうする。連中は未だ戦力の全貌がつかめぬ。先制する事こそ真に重要だ!」


「ここから属州南部まで、執行官を派遣するのには、軍隊に比べたら相対的に短くはあるものの膨大な時間がかかります。意義がありません。他にもできる事はあるはずです。目的達成のための手段として、最良ではない」


 黙りこくったかと思うと、小声で隣のボーマンへ向け耳打ちするハイデルン。


 それが終わると同時に、ボーマンは勢いよく立ち上がった。


「待て、ボーマン!」


 俺はボーマンに声をかける。


「お前は俺の言いたい事が分かるはずだ。南部戦線で何人殺した!?毎晩の様に聞こえただろう、俺たちが殺したマグノム兵の叫び声が!」


 ボーマンの顔が歪み、汗が伝った。


 うめき声が、唇の間から零れている。


「お前と同じ地獄に、未来ある者を追い落とすつもりか?それでいいのか!?」


 ハイデルンが相手にするなと言わんばかりにボーマンの外套を引く。

 

 俺は議場全体に呼びかけた。


「我々は師範マスターであります。全ての魔術師の規範であります。それが我がために血を流せと叫ぶのでありましたら、この国と魔術師の未来は暗闇に閉ざされてしまいます!我々は、我々だけは、理想であらねばならんのです!夢見る子供の如き純粋さで物事にあたらねばなりません!国家と、そこに包括されし魔術師の未来の為に!」


 俺の話は終わった。ゆっくりと礼をする。


「ならば、何をすればよいのだ……」


 ボーマンが途切れ途切れに言葉を発した。


「話し合う姿勢を見せるべきです。罵倒では無く対話を。せめて、師範マスターを名乗れるだけの態度を示そうではありませぬか」


 どこからか、拍手が聞こえて来た。先ほどまで議論に興味もなさそうにしていた師範マスターたちも拍手している。

 しかしそれと同時に、罵声もより一層の勢いを帯びた。


「それに何の意味がある!時間は有限なのだぞ!」


「ただの理想論だ!現実が見えていない!」


「こうしている間にも奴らが攻勢に出たらどうするのだ!?」


 ボーマンが椅子と椅子の間の仕切りを思い切り叩いた。


「黙れッ!!!」


 野次が一瞬で静かになる。ボーマンの顔は汗だらけだ。


「これから始まる議論には、価値がある」


 力のこもった声だった。


「ならば、よいではないか……」


 俯き加減だった額を上げる。


「諸君。大いに話し合おう。これからの、素晴らしき未来について」


 その顔は、笑顔と呼ぶには眉間に皺が寄りすぎていた。


 拍手が起きる。


 野次を飛ばしていた者たちは、それを呑み込んだ。


「それでは、議長殿。私の意見を、正式に発議させて頂きます」


 俺は議長役の方向へ向き直った。


「”我々は、今回の反乱に対して介入しない”」



       ◇



『愉快な会議だったよ』


 採決が終わった議場の外。

 アンドリュー・トワの車椅子から発された機械音は、確かにそう言っていた。


『君は、いい魔術師になる』


「ありがとうございます。先ほどは、お世話になりました」


 俺は盲目の老人へ向け、深々と一礼した。


『私も、罪を犯したのだよ。私の発明品は、確かに人々を豊かにしたが、同時に同胞たちの生活を破壊してしまった。今でも悔やんでいる』


 まさかアンドリュー・トワ自身からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったので、驚きが俺の顔に出たのを感じる。


『人は所詮、罪と共に生きる生き物だ。付き合い方が肝要だね』


 俺はゆっくり頷く。


『それより、君の隣にいる少女……』


 トワは俺の隣で、待たされ過ぎてへそを曲げているエンリルを指差した。


『タダ者じゃないね。お名前は?』


 俺とエンリルの両方の顔に動揺が走る。

 

 エンリルが問う。


「分かるのか、ご老人」


『ああ、分かるね。年の功ってやつさ』


 にっこりと笑うトワ。


『誰にも言わないから、名前を僕の耳元で言ってごらん』


 エンリルがトワの耳元でささやく。


 瞬間、トワの目が見開かれた。


『そうか……なんと、なんという事か……』


 信じられないという様子だ。


『うん。約束するよ。この事は誰にも言わない。僕の心の中に秘めておこう』


 トワはそう言うとおもむろに、車椅子から1枚のトランプを取り出した。

 スペードのジャックだ。


『このカードを持っていなさい。きっと君たちの役に立つ。色々大変な事も多かろう。僕はいつでも助けになるからね……』



       ◇



 翌日、朝刊の社会面の隅に、”魔術協会 属州南部の反乱に不介入”という表題が記されていた。

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