#19 師範総会
「それでは只今より、第137回アルバロス王国魔術協会師範総会を開催致します。総員、起立」
中央に立つ議長役の掛け声と同時に、円形に並べられた座席で、次々と魔術師たちが起立してゆく。 参加している師範の人数は300人強。これだけの人数が一斉に動いたせいで、嵐の様な音が響き渡る。
俺は立ちながらその音に耳を傾けていた。エンリルは、”束縛の輪”効果範囲ギリギリの外で留守番中だ。
「まず始めに、協会長殿のお言葉を賜ります。協会長殿、よろしくお願い致します」
議長役の隣に立つ協会長は、ゆっくりと頷いた。1mはあろうかという髭を垂らした老人だ。
「本日は皆様お忙しいところお集まり頂き、ありがとうございます。さて、本日の議題に関しましてですが、魔術省からの要請により私が提出させて頂きましたもので、先日の反乱に対して我々魔術師は如何なる対応をすべきであるか、というものにございます。諸氏が己の良心にお従いになり、公明正大なる決断をなさる事をお願い申し上げます」
協会長が一気に言い終え、一礼すると、儀礼的な拍手が湧き立った。
まばらに師範が着席し終えると、議長役は咳払いをした。
「それではまず、事前に2通の意見書が提出されておりますので、それぞれ提出者に読み上げをお願い致します。まず、位師範アイザック・マーハウス殿、前へどうぞ」
俺の斜め前に座るアイザックさんが起立し、壇上へと進む。
「アイザック・マーハウスと申します。以下、意見書の文面そのままである事にご留意下さい。私は、今回の反乱に際して、現時点で魔術協会が何かしらの行動をとる、その全てに反対であります」
堂々とそう宣言する。
「理由は主に2つございます。まず、魔術省に対しての攻撃の規模が小さかった事から、”クルガル民族戦線”は本国との本格的な対立は望んでおらず、今後短期間で戦闘が終結に向かう事が想定されます」
この記述は、意見書が提出されたのが戦闘終結前であったためだ。結果的に、アイザックさんは今後の展開を予期していた事になる。
「これが現実のものとなった場合、魔術協会が何かしらの行動を取るという事は、早期停戦をする上で”クルガル民族戦線”に対する圧力となりえ、戦闘の長期化及び再開を促しうるものであります」
そんな事は無い、甘い事を抜かすな。そういう野次が飛ぶ。出所は、俺たちの反対側に座っている右派系の師範だ。
「これがまず1点。もう1つは、”クルガル民族戦線”が蜂起して5日余りでこの様な重大事項を決定するのは、時期尚早であるという事であります。今だ連中の指導層について身元も割れず、またその見込みもなく、一方的に彼らの主義主張、目的を決めつけ、それを根拠に行動するというのは、重大な誤断を招きかねませぬ」
野次は徐々に増え、しかしアイザックさんの声は議場に高々と響いていた。
「我々は、国家がために奉仕をすればこそ許されし特権を与えられております。私は、アルバロスの将来を憂いるが故に我らのもたらす影響に思いを馳せる事こそ、確実な国家の進歩に助力できる方法と考え、ここにそう主張させて頂きます」
野次と拍手が、同量になり降り注ぐ。
「途中、”今後短期間で戦闘が終結に向かう事が想定されます”という部分につきまして、これは過去に文章を作成したがための表現であり、事実その様になったという点を、補足させて頂きます」
「ありがとうございます。それでは次に、高位師範ダグラス・ハイデルン殿、前へお願いします」
アイザックさんが引き下がる。同時に、反対側の座席から古めかしく装飾の多い外套を着こんだ初老の男が、壇上へと歩んだ。
「ダグラス・ハイデルンと申します。これより、私が提出した意見書を読み上げます」
ハイデルンは胸を反らせ息を吸い込んだ。
「私は、魔術省執行官を、治安維持の目的の元属州の戦闘地域に派遣する事を提案致します」
身がまえる若い魔術師を、アイザックさんが抑える。
「野次はだめだぞ。あくまで行儀よく行こう」
ハイデルンは、まくし立てる様に、演説をする時と同じ熱量をもってして語り始めた。
「理由と致しましては、属州での大規模反乱、首都の主要政府機関に対する攻撃という前例がない事態に対応する必要に迫られ、陸軍が本国の戦力を移動させる時間と我々が属州まで移動する時間を比較した際、後者の方が圧倒的に短く、我々が機先を制する事こそ真に国家繫栄の礎にならんと信ずる事を挙げさせて頂きます」
咳ばらいをするハイデルン。
「なお、この5日間をかけ、様々に情勢が変化しておりますが、私の意見等は一切変化しておりません」
自らの席へと変えるハイデルン。
「それでは、質疑を受け付けます───はい、低位師範ボーマン殿、発言を許可します」
ハイデルンの隣に座るボーマンは、静かに立ち上がった。
「高位師範マーハウス殿に質問させて頂きます。貴殿は協会が属州における反乱に介入する事は、”クルガル民族戦線”を刺激するというご意見の様ですが、それを避けつつ介入の姿勢を見せる事は可能なのではありませぬか?とりあえず、属州の戦線以北、まだ本国の影響下にある部分の治安維持を目的として魔術師を派遣するなど、やりようはありましょう。どうでしょうか」
アイザックさんは挙手し、発言の許可を得た。
2人の論戦が始まる。
「彼らから見て北に我らの戦力がある、その事が真に重要でありましょう。そもそも交渉の立場として我々が圧倒的に優位なのは変わらないのです。その様なリスクを侵すだけの価値はないと考えます」
「果たしてそうでしょうか?送らない事のリスクの方が大きいのでは?」
「送らずとも大惨事にはならないでしょう。しかし、送れば大惨事になる可能性がある。それだけです。軍の戦力で十分ではありませぬか?」
「速度の問題です。軍は本国から海を越えて、属州まで何日かかりましょうか?」
「今は交渉の段階です。彼らから攻めてくる可能性は低いでしょうし、速く展開できるというならその時になって考えても間に合うでしょう」
野次が飛び始め、瞬く間に拡大する。
「そうだ、軍部の奴らに全部の手柄を持って行かれてたまるか、我々も功を上げるべきなのだ!このままでは連中が更に付けあがるのみだぞ!」
どこからかそんな声が聞こえてきた。
「なにい。結局自己の保身しか考えぬ利己主義者め!国家のためと考えた事はないのか!」
アイザックさんが制止する間もなく、近くの若者がそう声を上げた。
「保身ではない、魔術師の未来の話をしているのだ!」
「ならば我々は国家の未来の話をしている!卑賎なる者どもめ、そんな言葉で自己を煙にまくな!」
野次が、凄まじい勢いで拡散してゆく。感情の高ぶった師範が、1人、また1人と立ち上がるのだ。
「静粛に、静粛にッ!!!」
議長役がそう叫ぶも、紛糾した議場ではその声は響かない。
保守派と革新派は互いにいがみ合うばかりで、これはどうやら議論と呼べそうにない。
「議長。発言の許可を。よろしいか」
俺は座ったまま、ゆっくりと挙手をした。
しかし、議長も混乱しているらしく、とてもでないが俺が指名されそうにはない。
議場は一触即発、いつ誰が杖を抜いてケガ人が出るか分からない。
アイザックさんは事態の収拾を諦めたのか、頭を抱えている。
突然、議場の扉が勢いよく開いた。
『静まれッ!!!!!』
人間の声ではない、カラクリが発する、ひび割れた声。
俺たちは一斉に扉の方を向いた。
『やれやれ、久しぶりに総会へと赴いてみればこの通りか……協会も堕ちたものだね』
扉の先にいたのは、全身を数え切れぬほどの皺で覆われた、何歳かも分からない老人だった。数多くの機械を装着、携帯していて、車椅子の様な物に乗っている。
口に付けられた黒鉄のマスクは、この老人の寿命が近い事を暗示している様であった。
声は、車椅子の左肩から生えたラッパの様な機械から発されているらしい。
「アンドリュー・トワだ!」
誰かが叫んだ。
俺も、この老人を知っている。魔術産業革命を始めた男。史上最高の魔導技術者。たった1人で、人類の技術を100年進めた魔術師。その名声は限りが無い。
『僕の席はあるかい?確か、この円の中央だった』
老人は、魔術と思しき力で車椅子を中央へと進めた。
生きながらにして伝説となった男の、特等席だ。
『さて、これで皆静かになったな』
老人の目が、僅かに微笑んだ気がした。
『僕は、彼の話を聞いてみたい』
トワは俺を指差した。
少しだけ動揺する。
『この場で、彼だけがルールを守って発言しようとしていた。そんな彼の言葉は、聞くだけの価値がある。恥知らずな君たちと違ってね』
沈黙する議場。
議長役が、それを破った。
「……発言を、許可します」
俺は静かに立ち上がり、口を開いた。
「高位師範ダグラス・ハイデルン殿にお尋ねします」
議場中の視線が俺に注がれる。
とんでもない事を言おうとしているのは理解しているが、心は、不思議と静かだった。
「人を、殺められた事はおありですか?」




