表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/35

#2 邂逅

 同日、午後11時5分。俺は、局長に指示されたアパートを制圧しつつあった。


 銃声が背後から俺を襲った。

 振り向くまでもなく防御結界を張り、弾を弾く。

 跳びかかって杖を胸に押し当て、気絶させる。


 左側から殺気。防御結界の展開は間に合わないと判断し、身体をねじって弾を避ける。そのまま杖を向け、雷を放って銃の持ち主を穿った。

 

 隙を縫って、右前方の小男が俺に跳びかかる。右手にはナイフ。

 奇声を上げる顔に拳をぶつけ、ナイフが俺の身体に届く前に地面へと叩きつける。


「もう、終わりか」


 部屋にいた全員を倒した事を確認すると、俺に攻撃され動けないらしい男の元に歩み寄った。


「やめろ……!殺さないでくれ……!」


 先ほどまで俺に銃を向けていた男が、涙を流し命乞いをした。


「殺しはしない。少し眠っていろ」


 魔術杖を振って、男を気絶させる。


 今ので、アパートの戦闘員は全員倒した。


 しかし問題は、研究施設があるであろう地下室である。

 目の前にある壁に空いた大きな穴が、地下室への入り口であるらしい。


 今日も、俺じゃなくたってできる、下らない任務だ。


 しょうもない犯罪を犯す馬鹿を殴り、警察に引き渡す。機械的で、乾いた仕事。


 昨日の妙な男にされた()()が心の隅に残っていたが、どうやら的外れだったらしい。念のためと懐に秘密兵器を忍ばせた自分が、恥ずかしくなった。


 さあ、今日も最悪な仕事を終わらせよう。


 歩みを進め、穴の中の階段を下る。下から、歯車が回る様な音や、蒸気が噴き出す様な音が聞こえる。


「なんだ、これは」


 俺は地下室へ踏み入ると同時に、そう漏らした。


 15m四方の部屋の中、部屋中央にある巨大な銀色のカプセルが計器に照らされ、異質な存在感を放っている。

 

 戦闘員はいないらしい。

 今ここにいるのは、白衣の研究員たちだけだ。


「上で騒ぎが起きてからものの5分でここまで……凄まじい強さだな、刑事さん」


 真ん中に立つ禿げた老人が口を開いた。

 丸眼鏡の奥の瞳がギラリと光る。


 「だが、遅い!ほんの一足、遅かった!」


 その手は、ひと際目立つ赤いボタンを押している。


「”王”が復活するのだよ、かつて世界を恐怖で満たした、魔術の王が!」


 銀色のカプセルから蒸気が噴き出し、縦に割れたかと思うと、倒れる様にして開いた。


 中には1人の少女が収まっている。恐らく年齢は10歳ほど。

 その黒髪は身長と同じほどに伸び、両目を閉じた端正な顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 全身を拘束されているが、裸体であるらしい。


 俺は老人へ跳びかかり、組み敷いた。


「全員その場を動くな!動けば反抗の意思ありと見て───」


 破裂音と共に、額に衝撃を感じる。


 視界が一瞬暗転したかと思うと、俺はうつ伏せに倒れていた。


 何が起きた?


「目覚めて早々、やかましい連中だな」


 バチン!という音と共に、照明が消える。


 気づけば、全身拘束されていたはずの少女が、俺の目の前に立っていた。


 少女に似つかわしくない、低く、どすの効いた声。

 色の違う両の瞳が、暗闇の中、炎の様に揺らめいていた。

 

 俺の背筋が凍る。死への確信と、圧倒的な強者への畏怖が全身を駆け巡った。

 少女の絶大な存在感が、大気を満たす。

 今までの人生で、最大最悪の恐怖を感じる。

 

 なんだ。なんなんだ、こいつは。


「さて、質問させてもらおう」


 少女は研究員のうち1人に歩み寄った。

 腰を抜かし、へなへなと座り込む研究員。


「1つ目。ここはどこだ?」


 研究員は歯をカチカチ鳴らすばかりで、何も答えられない。


「役に立たんな」


 少女が腕を振ると、研究員は勢いよく吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。


 殺される。そう思った。こいつは、俺を殺せてしまう。


 なんとか上体を上げたものの、脚が震えて立ち上がれない。動けと祈りながら、必死に脚を叩く。止まれ───止まれ!!


 禿げた老人が悲痛に叫ぶ。


「は、話が違う!あなたは我々の世界征服に協力してくれるはずでは───!」


「“王”は唯一にして絶対。私は何者にも与しない。そんな事よりも質問に答えろ」


 禿げた老人も吹き飛ばされ、地面にめり込んだ。

 後方から研究員の悲鳴が聞こえてくる。

 

「誰か答えられる者はいないのか?阿呆どもめ」


 若干の苛立ちを見せながら、先ほど落ちた白衣をまとう少女。

 

 俺の脚の震えは、相変わらず止まっていなかった。

 恐怖に囚われ、呼吸が上手くできない。


「ならば邪魔だ。全員眠れ」


 少女が指を鳴らすと同時に、後頭部に強い衝撃を感じた。泡を吹いて次々倒れる研究員たち。


 俺の視界も暗くなってゆく。



 これで、終わるのか?俺は、死ぬのか?


 心の中でため息を吐いた。

 なんと下らない人生か。

 勇者などに勝手に憧れ、勝手に挫折し、勝手に傷ついた。全て自分の身から出た錆だ。


 もういい。もう疲れた。

 もう、お終いにしよう。



 ふと、俺の胸ポケットからこぼれた政府関係者証が目に入った。

 勇者の紋章が刻まれている。


 古びた紋章が、俺に語りかける。


 そうだ。お前は下らない人生を歩む、下らない人間だ。

 いつまで経っても現実が見れず、己の罪すら背負えない、矮小な人間なのだ。


 自分を、受け入れろ。



 その上でだ。


 お前は、何に憧れた?

 お前は、何を目指した?


 お前は今、地べたを這いつくばり、人生を諦観し、死への恐怖に震えている。

 そんな姿に、憧れたのか?

 

 少なくとも()()は違うだろう。



 

 腕が、ひとりでに、勇者の紋章を掴む。




 気がつくと俺は、片膝を立てて、立ち上がろうとしていた。


「ほう」


 暗闇の中、少女が愉快そうに俺の方を向いた。


「立ち向かうつもりか。可哀想に、脚が震えているぞ」


 自分の脚を見る。少女の言う通りであった。


「まずは形から……って言うだろう。だから、立たなくちゃいけないんだ。

 膝を突いた英雄など、在りはしない」


 俺は立ち上がった。


「人間、一生に1回はなんのために生まれてきたのか考える。モラトリアムって言うのか?詳しくはないが……」


 床に落ちていた杖を手に取る。少しのブレもなく少女へ向けた。


「今の俺はきっと、お前を止める為に存在してるんだ」


 少女が口角を上げる。


「いいな。覚悟のある者は好きだぞ」


 少女の周りに結界らしきものが漂い始めた。


 伝説上の、見た事も無い超高等魔術。戦力差は歴然としている、か。

 それがどうした。英雄ならば、恐れまい。


「死に征く勇者よ。敬意を表し、せめて名を名乗ろう」

  

 光が、俺の視界を埋め尽くす。


「我が名は黒竜帝エンリル。かつて世界の半分を支配し、竜を従えた、人類を夜明けに導く者だ」


 身体が勝手に、攻撃を避けていた。光線が頬をかすめる。


 魔王エンリル。俺の憧れた英雄、勇者カリオスの宿敵。


 直感と理性が、同時にそれを肯定する。


 目の前の結界は、幾度となく本で目にした、エンリルの盾であったからだ。

 

 死に戦の相手には悪くない。


「俺はジョフル・ヴィエール。ただのしがない公務員さ」


 杖を、少女へ向け直す。


「今夜は死ぬにはいい夜だ。お前も、そう思うだろう?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ