#2 邂逅
同日、午後11時5分。俺は、局長に指示されたアパートを制圧しつつあった。
銃声が背後から俺を襲った。
振り向くまでもなく防御結界を張り、弾を弾く。
跳びかかって杖を胸に押し当て、気絶させる。
左側から殺気。防御結界の展開は間に合わないと判断し、身体をねじって弾を避ける。そのまま杖を向け、雷を放って銃の持ち主を穿った。
隙を縫って、右前方の小男が俺に跳びかかる。右手にはナイフ。
奇声を上げる顔に拳をぶつけ、ナイフが俺の身体に届く前に地面へと叩きつける。
「もう、終わりか」
部屋にいた全員を倒した事を確認すると、俺に攻撃され動けないらしい男の元に歩み寄った。
「やめろ……!殺さないでくれ……!」
先ほどまで俺に銃を向けていた男が、涙を流し命乞いをした。
「殺しはしない。少し眠っていろ」
魔術杖を振って、男を気絶させる。
今ので、アパートの戦闘員は全員倒した。
しかし問題は、研究施設があるであろう地下室である。
目の前にある壁に空いた大きな穴が、地下室への入り口であるらしい。
今日も、俺じゃなくたってできる、下らない任務だ。
しょうもない犯罪を犯す馬鹿を殴り、警察に引き渡す。機械的で、乾いた仕事。
昨日の妙な男にされた予言が心の隅に残っていたが、どうやら的外れだったらしい。念のためと懐に秘密兵器を忍ばせた自分が、恥ずかしくなった。
さあ、今日も最悪な仕事を終わらせよう。
歩みを進め、穴の中の階段を下る。下から、歯車が回る様な音や、蒸気が噴き出す様な音が聞こえる。
「なんだ、これは」
俺は地下室へ踏み入ると同時に、そう漏らした。
15m四方の部屋の中、部屋中央にある巨大な銀色のカプセルが計器に照らされ、異質な存在感を放っている。
戦闘員はいないらしい。
今ここにいるのは、白衣の研究員たちだけだ。
「上で騒ぎが起きてからものの5分でここまで……凄まじい強さだな、刑事さん」
真ん中に立つ禿げた老人が口を開いた。
丸眼鏡の奥の瞳がギラリと光る。
「だが、遅い!ほんの一足、遅かった!」
その手は、ひと際目立つ赤いボタンを押している。
「”王”が復活するのだよ、かつて世界を恐怖で満たした、魔術の王が!」
銀色のカプセルから蒸気が噴き出し、縦に割れたかと思うと、倒れる様にして開いた。
中には1人の少女が収まっている。恐らく年齢は10歳ほど。
その黒髪は身長と同じほどに伸び、両目を閉じた端正な顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。
全身を拘束されているが、裸体であるらしい。
俺は老人へ跳びかかり、組み敷いた。
「全員その場を動くな!動けば反抗の意思ありと見て───」
破裂音と共に、額に衝撃を感じる。
視界が一瞬暗転したかと思うと、俺はうつ伏せに倒れていた。
何が起きた?
「目覚めて早々、やかましい連中だな」
バチン!という音と共に、照明が消える。
気づけば、全身拘束されていたはずの少女が、俺の目の前に立っていた。
少女に似つかわしくない、低く、どすの効いた声。
色の違う両の瞳が、暗闇の中、炎の様に揺らめいていた。
俺の背筋が凍る。死への確信と、圧倒的な強者への畏怖が全身を駆け巡った。
少女の絶大な存在感が、大気を満たす。
今までの人生で、最大最悪の恐怖を感じる。
なんだ。なんなんだ、こいつは。
「さて、質問させてもらおう」
少女は研究員のうち1人に歩み寄った。
腰を抜かし、へなへなと座り込む研究員。
「1つ目。ここはどこだ?」
研究員は歯をカチカチ鳴らすばかりで、何も答えられない。
「役に立たんな」
少女が腕を振ると、研究員は勢いよく吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。
殺される。そう思った。こいつは、俺を殺せてしまう。
なんとか上体を上げたものの、脚が震えて立ち上がれない。動けと祈りながら、必死に脚を叩く。止まれ───止まれ!!
禿げた老人が悲痛に叫ぶ。
「は、話が違う!あなたは我々の世界征服に協力してくれるはずでは───!」
「“王”は唯一にして絶対。私は何者にも与しない。そんな事よりも質問に答えろ」
禿げた老人も吹き飛ばされ、地面にめり込んだ。
後方から研究員の悲鳴が聞こえてくる。
「誰か答えられる者はいないのか?阿呆どもめ」
若干の苛立ちを見せながら、先ほど落ちた白衣をまとう少女。
俺の脚の震えは、相変わらず止まっていなかった。
恐怖に囚われ、呼吸が上手くできない。
「ならば邪魔だ。全員眠れ」
少女が指を鳴らすと同時に、後頭部に強い衝撃を感じた。泡を吹いて次々倒れる研究員たち。
俺の視界も暗くなってゆく。
これで、終わるのか?俺は、死ぬのか?
心の中でため息を吐いた。
なんと下らない人生か。
勇者などに勝手に憧れ、勝手に挫折し、勝手に傷ついた。全て自分の身から出た錆だ。
もういい。もう疲れた。
もう、お終いにしよう。
ふと、俺の胸ポケットからこぼれた政府関係者証が目に入った。
勇者の紋章が刻まれている。
古びた紋章が、俺に語りかける。
そうだ。お前は下らない人生を歩む、下らない人間だ。
いつまで経っても現実が見れず、己の罪すら背負えない、矮小な人間なのだ。
自分を、受け入れろ。
その上でだ。
お前は、何に憧れた?
お前は、何を目指した?
お前は今、地べたを這いつくばり、人生を諦観し、死への恐怖に震えている。
そんな姿に、憧れたのか?
少なくともそれは違うだろう。
腕が、ひとりでに、勇者の紋章を掴む。
気がつくと俺は、片膝を立てて、立ち上がろうとしていた。
「ほう」
暗闇の中、少女が愉快そうに俺の方を向いた。
「立ち向かうつもりか。可哀想に、脚が震えているぞ」
自分の脚を見る。少女の言う通りであった。
「まずは形から……って言うだろう。だから、立たなくちゃいけないんだ。
膝を突いた英雄など、在りはしない」
俺は立ち上がった。
「人間、一生に1回はなんのために生まれてきたのか考える。モラトリアムって言うのか?詳しくはないが……」
床に落ちていた杖を手に取る。少しのブレもなく少女へ向けた。
「今の俺はきっと、お前を止める為に存在してるんだ」
少女が口角を上げる。
「いいな。覚悟のある者は好きだぞ」
少女の周りに結界らしきものが漂い始めた。
伝説上の、見た事も無い超高等魔術。戦力差は歴然としている、か。
それがどうした。英雄ならば、恐れまい。
「死に征く勇者よ。敬意を表し、せめて名を名乗ろう」
光が、俺の視界を埋め尽くす。
「我が名は黒竜帝エンリル。かつて世界の半分を支配し、竜を従えた、人類を夜明けに導く者だ」
身体が勝手に、攻撃を避けていた。光線が頬をかすめる。
魔王エンリル。俺の憧れた英雄、勇者カリオスの宿敵。
直感と理性が、同時にそれを肯定する。
目の前の結界は、幾度となく本で目にした、エンリルの盾であったからだ。
死に戦の相手には悪くない。
「俺はジョフル・ヴィエール。ただのしがない公務員さ」
杖を、少女へ向け直す。
「今夜は死ぬにはいい夜だ。お前も、そう思うだろう?」




