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#18 呼び出し

 クリスタの見舞いを済ませ、俺は寮舎の自室へと帰った。

 扉を開けると同時に、郵便受けから封筒が投函されているのに気づく。


 封筒に見慣れた印がされているのを見て、俺は不愉快な気分になった。眉間に皺が寄るのを感じる。

 

 エンリルがしゃがんで封筒を拾った。


「酷い顔だな。そんなに嫌いか、これが」


「ああ。大っ嫌いだね。でも読むぜ。読まなきゃならないから嫌いなんだ」


 俺はエンリルから封筒を受け取ると同時に、魔術で封蝋を切った。


「アルバロス魔術教会からだ。どうせ今回の騒動に関する内容さ」


 中から何枚かの紙を取り出して広げる。


「”低位師範ローマスター、ジョフル・ヴィエール殿。臨時師範総会を開会する運びとなりましたので、日時をお知らせ致します”……」


 そこまで読んで俺は顔を背けた。


「ほら見ろ。面倒事だ」


低位師範ローマスターなどという中途半端な称号、いつ手にしたのだ。そもそも師範マスターとはなんだ」


 俺は、封筒を机の上に頬り投げながら答えた。


「アルバロス国内全ての魔術師免許保持者を統括するのが、アルバロス魔術協会だ。魔術省を事実上支配してる、超巨大組織さ。協会全体の意思決定に参加できる、協会の最高階級が師範マスター。俺は最高の中の最低階級って訳」


「なるほど。お前程度の腕なら,それぐらいの立場があってもおかしくないか」


 勝手に納得される。


「そして、その協会の意思決定機関が師範総会という訳だな。今回の騒動に、魔術師団体ごときが首を挟んでどうするのだ」


「魔術協会は魔術省の本丸なんだよ。そして魔術省は軍部と信じられない程仲が悪い。今回の騒動が派手な内戦になって、軍部の影響力が拡大するのを恐れてる連中がいるのさ」


 俺はあいにく、そういう権力闘争やら政治やらには全く興味がない。


「協会は超巨大組織だ。一枚岩じゃない。俺みたいに適当な奴もいれば、右派も左派もいる。こりゃ一波乱あるな」


「行くのか?興味など無かろうに」


 エンリルは机の上に散らばった書類を読み込んでいる。


「行きたくはないが……」


 俺はアイザックさんの顔を思い出した。俺と違って、”適当じゃない”側の人だ。

 急進的じゃない左派ぐらいの若い魔術師から支持を集めていて、ちょっとした派閥みたいなものを形成している。

 あの人の応援ぐらいなら、しても良い。


「見るだけならそこまで悪くも無いだろう。行くか」



       ◇



「ほう、面白そうな物を読んでいるな」


 呼び出しの手紙を拾った翌日の夜。

 ランプの明かりで勇者カリオスの伝記を読みふける俺に、エンリルが話しかけた。


「よほど勇者が好きらしい」


「その通り。お前だって好きだろう?」


 ニヤリと笑うエンリル。肯定の意だろう。


 ふと、この魔王に自分の話をしたらどんな反応をするのか気になった。かつて数多の英雄たちと対峙してきた大魔王が、俺の”英雄”についての話を聞いたら、どう反応するだろうか、と。


「この間、汽車でお前の話を聞きすぎた。今夜は俺の話をしよう」


 手元の葉巻に、親指から出した炎で火を点ける。


「子供の頃にこれを読んで、英雄になろうと鍛錬を積み重ねたんだ。結果、強くなる事はできた。でも───」


 煙が口腔を満たす。いつもより不味い気がした。


「そんな俺を、社会は受け入れなかった。そんな事より技術者になれってな。俺は、自分を肯定してくれる場所を、戦える場所を求めて、軍に入った」


 忌々しい記憶が蘇り、眉間に皺を寄せた。


「軍に入るとすぐに隣国、マグノムとの戦争が始まっちまった。五次戦争だ。

 俺は訓練も殆ど受けずに北部の最前線へ送り込まれた。一番過酷な戦場さ。


 俺は戦場で沢山人を殺した。すごい勢いで戦果が積み上がったよ。俺の事を英雄と呼んでくれる人もいたんだ。


 でも俺は複雑な気持ちだった。俺に殺される直前の奴らの顔は、とても英雄を見る顔じゃない。魔王に殺される、その恐怖を体現した人間の顔だったからな」


 窓の向こう側で、流れ星が落ちたのが分かった。


「やがて戦争が終わった。結果はほぼ引き分け。北部ではアルバロスが勝ってたけど、南部ではマグノムが勝ってたんだ。

 1人で1個旅団近くを殺した俺は、たちまち国家の英雄に祭り上げられた。


 毎日のように凱旋パレードに引き回され、誰が書いたか知れないスピーチを読まされる日々。みんな俺に向かって笑顔で手を振るんだ。その顔を見るたびに、どうしてかマグノムの兵士の死に顔を思い出した。そんな考えを吹き飛ばそうと、必死に手を振り返してたよ。


 特にキツかったのは小学校の訪問だな。お前ぐらいの背丈の子どもたちが、順々に俺の手を握っていくんだ。ありがたそうにな。

 血にまみれたこの俺の手をだぜ」


 エンリルは意外にも、真剣そうな顔で俺の方を見ていた。


「俺がなった“英雄”は、俺の憧れてた“英雄”とは全然違っていた」


 葉巻から出でた煙を吐き出す。


「俺の心はもう限界だった。俺が殺した連中が俺を罵倒する夢を、毎晩見てたんだ。


 そしてある日、いつもと同じように凱旋していたある日の事。凱旋する俺に向けて手を振る連中の顔が、突然灰色に染まって、苦しむみたいに歪み、兵士の死に顔そっくりになった。あの、魔王を見る顔に。そのくせして全員、俺を称えるんだよ。英雄様、英雄様ってな。


 俺は吐いた。凱旋パレード中に、人目もはばからず。悲鳴が上がった。


 その日付けで、俺は軍を除名された。理由は精神疾患だ」


 急に葉巻を吸う気が失せて、指でごりごりと火を消した。


「俺はしばらく何もできなかった。これまでの人生の全てを否定された気がした。それに、俺が殺した奴らの命の証拠が、彼らが生きていて戦った証拠が、消えてしまった気もしていた。


 そうして1年ほど何しないで廃人同然の生活をしていた俺の元へ、五次戦争の時の上官だったアイザックさん───前の執行局長がやって来て、魔術省で働かないかと誘ってきたんだ。


『君の気持ちが分かるとは言えないが、その力を善く使う事こそ、唯一の償いの道ではないかね』ってな」


 しばらく沈黙が流れた。


「それで、終わりか?」


 エンリルが静かにそう促す。


「魔術省に務めて5年が経過。今はクソガキのお守をさせられてる。以上!」


「ふむ。ではハッピーエンドだな。良い事だ」


 相手の笑い声に釣られて、俺も少し笑う。


 エンリルは、俺の話について、それ以上何も言わなかった。


 ただ、その背中が俺を肯定してくれているような気がした。



       ◇



 5日後。


「見つけたぞ、ジョフル~!!!さぁ、今日こそ我々の因縁に決着を───」

滅せる光(ルクスインテル)

「どわー!!!」


 俺は騒がしいボーマンに向けて光線を放った。

 ギリギリ防御結界で防がれる。


「会話もせずいきなり最上級光魔術とは……!それでこそ我が宿敵にふさわし」

滅せる光(ルクスインテル)

「やめんか!!!」


 ボーマンは身体をよじって避けた。


「学生以来続く我らの縁を、こうも無下にするか!そろそろ一度決闘ぐらい……」


「服の趣味も、杖も、考え方も古すぎるんだよお前は。この時代に誰が好き好んで決闘するってんだ」


「故に良いのではないか!決闘は魔術師に伝わる伝統だ!美は伝統という積み重ねられた時間より生ずる!我々の因縁の終着点にふさわしい!」


 俺はため息を吐いた。隣のアルバロス魔術協会総会所を見上げる。円形の美しい建物だ。

 俺は会議に参加しに来たはずなのに、どうしてこんな馬鹿に絡まれているんだ。


「その子はなんだ。こんなところまで子供を連れまわすのは、感心せんな」


 ボーマンはエンリルを指差した。


「親戚の娘さ。世話を頼まれててな。預け先もないんだ」


 エンリルの頭に手を当て、お辞儀をさせる。


「ふむ、そうか。では会議についての話をしよう。今回の議題、貴様はどう思う?」


 会議が招集されてより5日が経っている。この間に状況は大きく変わり、昨日の時点で属州の”クルガル民族戦線”との戦いは膠着して、一時的に停戦が図られていた。

 

 しかし、属州南部の半分近くを”クルガル民族戦線”に占領されているという状態は、本国にとって思わしくはない。


 これに対し、魔術師が団結してどう対応するかが今回の議題だった。


「何もしないがベストだろう。政治は大臣共や国会議員に任せればいい」


「フフフ。甘い、甘いなジョフル」


 ボーマンの口角が鋭く上がった。


「これは、”クルガル民族戦線”などとの戦いではなく、いまいましい軍部の連中との戦いなのだ。我々からも兵士を派遣せねば、手柄は全て軍部だけのもの……そうなれば、再び奴らが増長する様になるぞ」


「兵士の派遣なんてできないだろ。軍にしか認められていない」


 チッ、チッ、チッと言いながら指を振るボーマン。


「軍部にも色々な派閥がある。第3師団などは、我々魔術師協会に好意的だ。そこに魔術師を”貸し出す”のだよ」


 俺はため息を吐いた。こういう事になると、色々と頭が回る連中がいるものだ。


「それに、意味はあるのか?」


「既に提示された情報を参照するだけでいい、意味のない質問だな。頭が弱っとるんじゃないか?」


「いや、そういう”意味”じゃなくて……」


 どこかで鐘が鳴った。もうすぐ会議が開会する。


「行かねば。また会おう、ジョフル」


「俺は会いたくないぞ」


 ボーマンはそのまま、右派系の師範マスターがたむろっている方へ歩みを進めた。


「おーい、ジョフル、こっちだ」


 背後から、アイザックさんの声がした。振り返ると、いつも通り筋骨隆々な老人が手を振っている。周囲には何人かの若者が立っていた。


「私の近くに座るといい。君は保守系の者には好かれていないからな。同じ平民出身同士、肩身が狭いものだ」


「ありがとうございます。いや、こういう場に出るのは久しぶりすぎて勝手が分かりませんよ」


 優しく笑うアイザックさん。


「別に、何もしなくたって大丈夫だ。面倒事は私みたいな者に任せるといい」


 歴史ある総会所の建物は、重厚な装飾と共に、次々と魔術師たちを呑み込んでいく。

 容貌は様々で、とても全員仲良くという訳にはいきそうにない。


 遥か彼方で始まった、7年ぶりの戦争。

 そのまとわりつく様な感触が、俺の心に重くのしかかっていた。

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