#17 陛下
首相官邸が占拠された翌日。
王宮の一室にて、陛下は俺に向けて紅茶を勧められた。
「遠慮するな。肩の力を抜け」
「は、有難く頂かさせて頂きます」
緊張の余り言葉が変になってしまう。
「昨日の事件、死人もいたようだな。魔術省の役人が数名と、首相官邸の警護だったか……なんとか収めたものの、一件落着という訳にはいくまい」
陛下は静かにそう言うと同時に、カップを口に運ばれた。
「フロイデン」
俺の隣に座る宰相、オリバー・フロイデンへ声をかけられる陛下。
「はっ。なんでございましょうか」
「いくつか話がある。聞いてくれ」
反対側の横を見ると、エンリルがお茶と共に出されたお菓子を口に含み、目を輝かせていた。変わりの無さそうな様子を見て、少し緊張がほぐれる。
俺たちは3人で、この場に招待されたのだ。
「まず、今回の余の行動は全て、内密に頼む。面倒事が増えるのは好かん」
「承りました」
宰相閣下は、ゆっくりと頷いた。
「次に、”クルガル民族戦線”とやらについてだ」
こちらが本題であろう。緊張が走る。
「この件、余は直接は関わらん。かつてエンリル殿に与した者の子孫たる連中は、余の事は好かんだろうからな。その上で、国家元首として伝えねばならぬ事がある」
陛下の瞳が、真剣な光を帯びた。
「余は、連中の要求を、独立以外なら全て吞むつもりだ」
フロイデン閣下の頬に冷や汗が伝った。その言葉の重大さを理解したからだろう。
「自治権でも、減税でも、何でもくれてやればいい。そもそも、属州が苦しんでおるのは、我が父の失政が元であろう。あの男が好き勝手にかき回した制度など、余は何の未練もない。好きにせよ」
「独立を、求められた場合は……?」
「それだけは断固通すな。そもそも、連中に政治能力があると思うか?300年に渡って、政治の全権を本国に掌握されていた土地であるのだぞ。今すぐ独立したところで、悲惨な事態になる事は目に見えている」
陛下は、茶菓子をつままれた。
「もうじき、戦闘自体は終わる。交渉の準備をせよ」
「承知致しました。私自ら、属州へ参らせて頂きます」
「うむ。頼むぞ」
何故、陛下はこの先の事をご存じなのだろうか。俺たちはまだ、属州で反乱が起きた事しか分からないのに。
「何故余がそんな事を知っているのか、気になるか?ヴィエール」
陛下が、ニヤリと笑われた。
「”王の耳”というものだ。あまり詮索するなよ」
執事が、ティーカップを片付ける用のお盆を持って来た。
「陛下。そろそろお時間にございます」
「お、そうか。それでは、そろそろお開きにしよう」
陛下は立ち上がられた。
「エンリル殿」
一心不乱に菓子を貪っていたエンリルが、顔を上げる。
「この国は、良い国だ。ごゆるりと過ごされよ。いずれ、貴女の収まるべき場所も見つかろう」
その言葉は、表面以上の意味を持っていそうな響きを持っていた。
「良い国か。結構な事だ」
エンリルは口元を拭きながら答えた。
「収まる場所を見つけるより早く、収まれるように私が変わるさ」
◇
「クリスタ、大丈夫か?」
俺が病室の扉を開くと、思いのほか元気そうなクリスタが手を振った。全身に包帯を巻いているものの、血色は良い。
「聞いたぞクラリス。大活躍だったってな。これ、お見舞いだ」
俺は鞄から一冊の魔導書を取り出した。
「ありがとうございます!わたしも、ジョフルさんが大活躍だったって聞きました!なんでも首相を救ったとか……!」
「仲間がいたからできたのさ。そっちは1人きりだろう?大したものだよ」
陛下の事は口止めされているので、とてもでないが言えない。
「わたし、生まれて初めて”英雄”って呼ばれたんです。一歩、ジョフルさんに近づけたかな……?」
「前も言ったが、すぐに追い越すさ。老兵は去るのみ、ってやつだ」
そう。クリスタの仕事は、英雄と呼ぶに十分なものだった。
これを機に、クリスタは史上最年少の1等執行官になるだろう。
クリスタの兄、ニコラスとの会話を思い出す。
───まずはあの子が一人前に、1等執行官になるのを待とうじゃないか。
自分の言葉が返って来る。
結婚、か。
俺は、嬉しそうに色々と話すクリスタの横顔を眺めていた。
眩しい程に明るい笑顔だ。
「どうしたんですか?ジョフルさん」
「いや、あんなに小さかった子が、こんなに立派になって……と思ってな」
ニコラス。お前の妹は、確かに英雄の器だぞ。
きっと、俺なんかとは比べものにならない程に……
◇
「偽物が」
石造りの塔の屋上。
全身が蒼白な男、グールヴァンは、目の前の甲冑を着こんだ者にそう言い放った。
「万民平等?民族解放?全て下らん。そんなイデオロギーに雁字搦めにされた者が、エンリル陛下の後継者を名乗らないで頂きたいですね」
顔全体をすっぽり覆った兜の奥から、くぐもった声が聞こえる。
「突然押しかけ、その言いぐさはなんだ。名を名乗れ」
「クルガル帝国大将軍、グールヴァンにございます。以後、お見知りおきを」
男の名乗りに対して、甲冑はしばし沈黙する。
「まさか、そんな者が生きていたとはな」
「信じずとも構いませんよ。いずれにせよ、ワタクシはアナタを始末しに来たのですから。単純に不愉快でしたのでね」
甲冑は少し思案する様にした後、声を発した。
「我は、クルガル民族戦線が首領、エンリル2世。我を殺そうとも、抵抗の火は消えんぞ」
「構いませぬ。エンリルの名を名乗る者が1人減るなれば」
グールヴァンはせせら笑った。
「そうか。どうしても、我を殺すか」
「ええ。殺させて頂きます」
エンリル2世は、甲冑の首の部分に手をかけた。
「ならば、これでどうだ?」
自ら甲冑の兜を脱ぐ。
その顔を見た瞬間、グールヴァンの目が見開かれた。
「その顔は……!?まさか、そんな筈は……!」
驚愕が顔を染め上げる。
「……なるほど、なるほど。理解しましたよ。そういう事ですか!」
納得した様に笑った。
「面白い!そうならば、実に面白い!アナタには、生かすだけの価値がある!」
笑い声を響かせながら、胴を反らせた。
「結構でございます。今日はここで手を引きましょう」
一歩退くグールヴァン。
強風が、2人に吹き付ける。
「また会いましょう。その日まで、アナタに幸のあらん事を───」
グールヴァンは煙の様に立ち消えた。
風の中、甲冑を着こんだ者は、静かに立ち続けた。




