#16 事変 ⑤
10:35 首相官邸 中
白色の鎧に身を包んだ男は、剣を退いた。
エンリルの頬に汗が伝っている。
「如何にも、余は”カリオス”である。最も、貴女の知るカリオスとは随分違うが」
正体を完全に理解した俺は、目の前にいる人物におののいていた。
どうして、このお方がこんな所に?
「余は勇者第10代アルバロス国王、カリオス10世だ。貴女の宿敵、勇者にして国父カリオス1世の、直系の子孫に当たり、その名と力を受け継いだ者になる」
エンリルがニヤリと笑った。
「この国の建国者が奴であると聞いてから、ずっと会いたいと思っていたのだ。この国の王を標榜する、カリオスの子孫にな」
右手を差し出すエンリル。
陛下は籠手でそれを握った。
「この先の反逆者共は、既に余が対処した。ほれ、2人とも無事だ」
陛下が親指で後ろを示すと同時に、2人の男が廊下へ現れた。
魔術大臣ガリスと、フロイデン宰相閣下だ。どうやら怪我もないらしい。
さっき飛んで来た兵士は、まさか陛下が倒されたのだろうか?
フロイデン閣下が冷や汗を拭きながら口を開いた。
「御覧ください、陛下。この通り、陛下御自らお出向かれになりませんでも、馳せ参じてくれる、勇気ある者はおりまする……今後は何とか、ご自重頂きたく……」
「はっ、はっ、はっ。それとこれとは別よ。余もたまには遊びたいのだ」
陛下は豪快にお笑いになった。
フロイデン閣下が、すぐにこちらへ向き直る。
「君は、ジョフル・ヴィエール1等執行官だな。助けに来てくれた事、感謝する。一刻も早くここを脱したい。手伝って貰えるか?」
「はっ。勿論でございます」
俺は小さく礼をした。
「そして、その隣にいる少女、貴女が魔王エンリルか。この国に歓迎しよう。しかし、くれぐれも言動には気を付けて頂きたい」
「ふん。言われずともだ。お前が宰相か?今後ともよろしく頼むぞ」
エンリルは腕を組んで仁王立ちしている。
こいつは、本当にぶれないな。
廊下の向こうから声が聞こえてきた。
瞬間、エンリルの姿が透明になる。姿を隠すつもりなのだろう。
「ジョフル!閣下!お無事ですか!?」
アイザックさんたち、俺とは逆の東から突入した魔術師のグループだ。
「ここにくるまでの道で、兵士が悉く倒されていた。一体誰が……って、陛下!?」
アイザックさんの隣に立つ、フォアマンの口があんぐりと開いた。
「いかにも、カリオス10世である。諸君、ここまでの戦い、大儀であった」
優しい笑顔をお見せになる陛下。
「お~い、おれを忘れないでくれ~!」
そんな声がしたかと思うと、隣の扉が開いた。
赤い長髪が特徴の、縄で雁字搦めにされている男が飛び出して来た。
「ボーマンか。なんだ、生きてたのか」
「おれの扱いが酷いな、ジョフル!さぁ、早くこの縄を解いてくれ!」
「こいつ置いて行ってもいいですか?内通者かもしれませんし、多分死にませんよ」
執拗に俺に身体を押し付けるボーマンを押し退けながら、ため息交じりに訊く。
「戦力確保は至上命題だ。つれていくぞ」
「え~」
自然とボーマンの縄が解かれる。こいつ、自分で解けるじゃねぇか。
「お前、なんなら全部1人でなんとかできたろ」
「ハハハ!買いかぶりすぎだ!」
視線を逸らすボーマン。ふざけた奴だ。
「さぁ、早く出よう。きっと他の施設も襲撃されているに違いない」
アイザックさんが手を叩いて、俺たちを急かした。
◇
10:40 首都ニューリア 魔術省職員寮舎前
「報告ッ!」
魔術省職員寮舎を、多数の警官が取り囲んでいる。
警官の隊列の奥で、若い警官が声を張り上げた。
「10時より魔術省職員寮舎を、陸軍の過激派軍人が占拠しておりますが、たった今、鎮圧致しました!」
「なんだと!?」
報告を受けた、リーダーらしき年配の警官が目を見開いた。
「こちらから攻撃してしまったのか!?省同士で問題になるから、我々は包囲だけして、軍の増援を待つ手筈になっているのだぞ!」
「いえ。戦ったのは、我々ではありません!」
どういう事かと、首を傾げる年配の警官。
「たまたま職員寮舎の中に残っていた魔術師が、1人で、50人余りの軍人を戦闘不能にしたのです!」
「そんな馬鹿な。一体、誰がそんな事を」
「そ、それが……」
若い警官は、声を詰まらせながら、なんとか返答を絞り出した。
「娘なのです。若い娘が、たった1人で成したのです……!」
魔術省職員寮舎から外に出た、クリスタ・シュヴァルツシルトの呼吸は荒くなっていた。
肩が上下して止まらない。
傷も多い。出血こそ些細なものの、痛みは確かだ。
「流石に……50人は、キツいか……」
背後の魔術省職員寮舎の影が、周囲を覆っていた。
どこかからか、拍手が聞こえてくる。
顔を上げると、影の先で、沢山の警官がこちらを向いていた。
皆、一心不乱に手を叩いている。
「ジョフルさん……英雄……って、こういう、気分なんですか……?」
足を引きずりながら前へ進む。
やがて、拍手の合間に歓声が聞こえてきた。
聴覚がぼやけて中身は分からない。でも、きっと歓声なのだ。
クリスタは突然、背後を振り向いた。
職員寮舎の中から、銃を向けている兵士がいる。取りこぼしがいたらしい。
クリスタが杖を持った腕を持ち上げるのと、兵士が引き金を引くのは、同時であった。
クリスタの杖から伸びた電撃を喰らい、うつ伏せに倒れる兵士。
そして、クリスタの額の辺りで、銃弾が防御結界にめり込んでいた。
緊張と、静寂がその場を埋め尽くす。
数秒。誰も動く事を許されない時間が過ぎた。
やがて、その空気に押し止められていた歓声が、一気に、爆ぜる様にクリスタ目掛けて降り注いだ。
安堵が、クリスタの身体に限界を突き付ける。
地面に仰向けに倒れ込み、四肢を広げた。
「これで、ようやく向こう側に仲間入りできたのかなぁ」
空は曇っていた。それでも、歓声のせいか、少しだけ明るく感じる。
「これでも、ここまで来ても、まだ、足りませんか……?ジョフルさん───」
歓声に包まれながら、クリスタの意識は、暗闇へ誘われた。




