#12 事変 ①
8:03 首都ニューリア 魔術省本庁舎前
「なんてこった……」
上半身に大穴が開いた魔術省本庁舎の前で立ち尽くす。
幸い、日頃から張ってある対物強化結界の賜物か、崩落しそうにはない。
「死人はいなさそうだな」
エンリルがそう呟く。
なんで分かるんだよ、と聞き返そうとするも、魔王だもんなと勝手に納得した。
「怪我人を運び出すぞ、着いてこい!」
俺たちは魔術省本庁舎の中を目掛けて駆け出した。
◇
8:20 首都ニューリア 首相官邸
「状況を説明しろ」
長身かつ痩身の老人が、早歩きでそう命じた。長く伸びたあご髭が揺れる。
「8時ちょうどに、魔術省本庁舎が爆破されました。死者は無し、怪我人が多数です」
「20分の間に、変化は?宣戦布告ならば、どこかで蜂起する連中がいそうなものだが」
「ニューリア近郊における蜂起の報告は上がっておりません」
「なれば、属州で軍事行動を行うつもりだな。それにしても、“交渉決裂”とはどういう事だ。我々は何の連絡も受け取っておらんぞ」
やがて老人は1つの部屋へたどり着いた。”第一応接室”という表札が掲げられている。
落ち着いてはいるものの、豪華な装飾で包まれた部屋だ。
そこには、1人の男が立っている。
「宰相閣下、大変な事になりましたな」
身長が低く、太った壮年の男が、そう発した。
魔術大臣、ヒューゴー・ガリスである。
「丁度君がここにいて良かった。すぐに対策を練ろう」
髭面の老人はそう言い、ガリスに歩み寄った。
「まだ決起そのものは確認できておらん。戒厳令を発するのは難しい」
「でしょうな。議会につっつかれるだけでは済みませんよ」
声をひそめ、続ける老人。
「そこでだ、君に頼みたい事がある。魔術省の精鋭を動かして、陛下をお守りして欲しい」
「確かに、魔王エンリルの後継を自称する様な連中ですからな。勇者カリオスの末裔たる陛下を狙ってもおかしくない」
「そうだ。王宮の警護のみでは心もとない。信頼できる者を送ってくれ」
ガリスは少し思案すると、1人の魔術師の名を挙げた。
「ブルーノ・マルタイユが良いでしょう。魔術省で2番目に防御が得意な男です。すぐに手配を……おい!」
部屋の隅の秘書を呼びつけ、マルタイユへ連絡を取るよう命じるガリス。
「そう、そして最高の鉄壁を誇る男が問題なのだろう」
老人は頭を抱える様にして呟いた。
「ジョフル・ヴィエール1等執行官の事だ。報告通りなら、魔王を名乗る存在と行動を共にしているというが」
「どうやら事実ですよ。執行局長の様子を見れば分かる」
より一層声を小さくする老人。
「ならば、一刻も早く魔王を確保しなければいかん。万が一クルガル民族戦線に彼女の存在が知られたらどうする?こういう手の者は勢いづかせてはならんのだ」
ガリスは首を振って同意した。
「すぐにやらせましょう」
すると突然、後ろの扉が勢いよく開いた。
「お言葉ですが、危機管理が甘すぎますな、閣下。魔術省が爆破されたのならば、ここも警戒して当然でしょう!」
流れる様な赤の長髪を生やし、白い外套に身を包んだ男が立っている。その手には、方陣の刻まれた機械らしきものが握られていた。
「爆弾です。この真下に仕掛けられていました。もう無効化しましたのでご安心を」
男がもう片方の手で装飾のなされた杖を振ると、爆弾は塵となった。
「ボーマン1等執行官」
ガレスが男の名を呼ぶ。
「感謝する。ここは厳重に守られているのでな、油断していた。恐らく内通者がいるのだろうな」
冷静にそう言う老人。
「オリバー・フロイデン宰相閣下。お久しぶりですな」
髭面野老人、フロイデンは静かにうなずいた。
「ところで、いまヴィエールについて話されていませんでしたかな?あの男をお探しなのですか?」
「ああ。こういう時に彼の様な男は頼りになる」
嘘である。魔王の事は当然、この男にも伏せる必要があった。
「ならば、私にお任せを。あの男とは古い付き合い、知らぬ事はございません!」
「ほう、それはありがた……」
ガレスがフロイデンの口を塞いだ。
声をひそめて訴える。
「この男、確かにヴィエール1等と古い仲でこそあれ、犬猿の仲というものなのです。会えば必ず問題を起こします!」
「分かった、分かった、落ち着きたまえ」
ガレスの腕をのけるフロイデン。
「君はここで私の警護を頼む。ヴィエール探しは他の者に頼むとしよう」
ボーマンは少し残念そうに首を振った。
「承知しました。それでは、私はここにいるとしましょう……おや、この音は……?」
彼方から騒音が聞こえて来た。足音に、人の叫び声に、銃声。
「まさか」
そうガレスが唸ると同時に、銃を持った兵士たちが部屋になだれ込んだ。
◇
時は戻り8:13 首都ニューリア 軍事省陸軍本庁舎
「内乱か」
軍服に身を包んだその男は、ため息を吐く様に言った。絨毯の敷かれた廊下を、後ろに沢山の若者を連れて進む。全員漏れなく軍人であるらしい。
「困るなァ、今のこの微妙な時期にそんな事されると。マグノムとかに攻め込まれてしまうじゃないか」
頭の後ろに手を回す。
「うん、本当に困る」
少しだけ口角が上がっているのが見てとれる。
「どれぐらい困るかと言うと、国家の存亡の危機ぐらいには困るなァ」
もはや笑顔を隠そうともしない。
「戒厳令だよねェ。うん。だって、国家の存亡の危機の際には戒厳令、そう法律が言ってるものねェ。そう判断しても、しょうがないよねェ」
どんどん廊下を進む速度がどんどん上がる。
「戒厳令の時は、軍は結構自由に行動できちゃうんだよねェ」
ある部屋を通り過ぎそうになるも、すぐにそちらへ向き直り、扉を開いた。そこは作戦室であるらしかった。
「じゃ、行こうか。国賊巣食う、首相官邸へ」




