#11 宣戦布告
俺に向けて、白い指が向けられている。
「お前が殺した」
その隣に、もう1本指が増えた。
「お前が殺した」
そうだ。俺が殺した。
俺の身体は動かない。動かす気も無い。
「お前が殺した」
「お前が殺した」
「お前が殺した」
指は次々と増えてゆく。
周囲が青白い肌の色で埋まってゆく。
やがて、俺の視界は一色で満たされた。
◇
俺は床に敷いたマットレスの上で跳び起きた。
夢か。
「そうだよな。そう簡単に離れちゃくれないよな」
1人で勝手に納得した様に乾いた笑いが漏れる。
隣のベッドの上で、鼻提灯を出して眠るエンリルを、引きずり落として起床させた。
目をシパシパさせているエンリルを、半ば引きずる様にして朝の支度をする。
今日出勤したら、エンリルの杖を破壊した旨の報告をしなければ。
「眠い。まだ寝かせろ」
「それでも、出勤時刻は待ってくれんからなあ」
一通り支度を済ませると、エンリルをやはり引きずりながら寮舎を出る。
今日は快晴。雲1つない青空が、俺達を覆っていた。
職場へ向けて歩く。片道10分ぐらいの、そう遠くない道だ。
子供連れの家族が歩いている。今日もニューリアは平和だ。
この平和な、普通の日常を守るのが俺の仕事である。自らの生きがいを確認してから、前へ進む。
「ママ。なにか、降って来るよ」
突然、少年が空を指差した。
白い何かが、大量に、空から降下してきていていた。つい先ほどまで快晴だった空に、白点が散在している。
「紙、か?」
思わずそう呟く。
自然現象ではない。恐らくは魔術の類だ。
誰が、何のために───
「何か書いてあるぞ」
地面に落ちた紙を拾い上げたエンリルが、そう言った。
「どうだ、何と書いてる」
そう問い、俺も紙を拾おうとしゃがんだその時、彼方から爆発音が聞こえた。
聞きなれた、あの、重い音が。
反射的に顔を上げる。魔術省本庁舎が、黒煙に包まれていた。
硝煙の臭い。
鼻の奥にこびりついた痕跡が共鳴し、俺の身体は戦争を思い出していた。
「また、始まるのか」
俺が守らねばならない、普通の日々は、恐ろしい程あっけなく終わってしまった。
◇
この国には、飢えて死ぬ者がいる。
この国には、両親を知らぬ子がいる。
この国には、貴族の遊びで殺される者がいる。
そして我々は今、属州よりこの文書を届けている。
属州の様相は悲惨である。ドワーフは毎日炭鉱に潜って肺を壊し、オークは森林伐採で鞭打たれ、魔族は社会より隔絶されている。
それ以外のクルガル諸民族も全て、差別の果ての悪環境に、命を削られている。
我々はかつて、クルガル大帝国の名の下に団結した。黒竜大帝エンリルの掲げし万民平等の意志は、何処へ消え去ってしまったのだろうか。
今日は黒竜大帝エンリルの死せる日である。そんな日だからこそ、訴えたい事がある。
ドワーフならば、鉱夫にならねばならぬのか?
オークならば、愚鈍でならねばならぬのか?
魔族ならば、取引してはならぬのか?
オーガならば、力仕事をせねばならぬのか?
否であろう。
4年前、国会にて人権宣言が採択された。
我々も民族以前に人間である。1つの個として尊重されるべき、人間である。
故に我々は、本国に対して、属州民の人権を擁護する旨を求める。
願わくば、万民に権利を。万民に明日のパンを。そして、万民に愛を。
我らの名は、クルガル民族戦線。光の国、クルガル大帝国の正当後継者である。
大帝エンリルの夢破れしこの日、我々は光ある未来への第一歩を踏み出すであろう。
クルガル諸民族よ、団結せよ。
誇り高く戦おう。
我らの子等が為に。或いは、先祖の名誉の為に。
既にアルバロス政府との交渉は決裂した。
クルガル民族戦線は、この文書の公布と同時に戦闘態勢に入り、また、アルバロス政府に宣戦を布告する。
◇
【記録】
聖歴1652年 2月19日 8:00
反政府勢力 ”クルガル民族戦線”が蜂起。
首都ニューリア上空より、前項の文書が散布される。
これが後に2・19事変と呼ばれる、歴史上の大事件の幕開けであった




