幕間 ─ 男への成長
※この章については何も語りません。ただお楽しみください。
パーティーの後、アレックスは他の部屋から離れた一室に呼び出された。
ドアをノックした侍女が去ると、中から「入りなさい」という声が聞こえた。
彼はその声を聞き覚えていた。ドアを開けると、長椅子に座ってワインを飲みながらベビードールを着ている女王アンジェリカがいた。
「陛下、こんな時間に私に何かご用でしょうか?」
女王はしばらく飲んでいたようで、長い脚を椅子の上に投げ出していたが、優雅に下ろして横を軽く叩いた。
「こっちへ来なさい。話があるの」
アレックスは従って座った。女王はほとんど空になったグラスをナイトテーブルに置いた。
「こんな時間に呼んで悪いけど、今日がAくんと会える最後の日だから」
「おっしゃる通りです。でも一時的な別れですよ、アンジェリカ陛下」
「もう~! そんな呼び方嫌い。私の正体を知る前みたいに呼んで?」
「アンジェ様?」
「違う!」
「アンジュ様?」
「ブブ~!」
明らかに酔っているが、会話には支障がないようだった。
「こんなこと言うべきじゃない気がしますが…」
「命令よ。前みたいに呼びなさい」
「できないの?」
30代を超えた女性とは思えない、可憐な悲しげな表情を見せた。
アレックスは彼女のあまりの愛らしさに思わず微笑んだ。
「アンジュ…さん?」
「そんな呼び方したら罰を与えるわよ」
「…アンジュ?」
「そう!」
彼女は嬉しそうに笑った。
「Aくんが私の正体を知っても、前と同じ関係でいられるのが嬉しい」
「もちろん、二人きりの時はそう呼びます。でも人前では正式に呼びます」
「最初からそう呼んだ方が楽じゃないですか?」
女王は不満そうに彼の頬をつねった。
「前と同じ関係でいたいの。嘘だったけど、あの時は私にとってとても幸せな時間だったから」
「信じられないかもしれないけど、Aくんは私の人生で大切な存在なの。第二の母性体験のようだったわ」
「あなたが成長するのを見て、子育てを手伝い、そして今あなたは旅立つ」
「まるで我が子が自立していくようね」
「陛下──いえ、アンジュ、私は長い間いなくなりません」
(せいぜい3年ほどです)
アンジュは彼に寄り添い、肩が触れるほどの距離まで近づいた。
「ねえAくん、聞きたいことがある」
「何ですか?」
「あなたとあの子たち、何かあった?」
彼女の手が彼の手の上に乗った。
「数年前にあなたから聞いた話と、最近見た光景で気付いたの。あの子たちはあなたのことが大好きよ」
「子供の頃からずっと友達でした」
「違うわ。男女はたとえ幼なじみでも、友達ではいられないの」
「大人になれば、同性同士でさえ真の友達は難しい」
「あの子たちはあなたを大切に思っているけど、今は違う。その想いは『献身』に変わった」
「アンとメアリーがあなたを見る目は、女性が男性に抱くそれよ」
「きっと彼女たちが縁談を断り、あなたに恋していると打ち明ける日が来る」
「もしあなたが残っていたら、伯爵位を与えてどちらかと結婚させたかった」
「でも二人ともあなたを想っているから、難しいわね」
彼女はからかうように彼の鼻に触れた。
「ひどい女たらしね。まだ争ってないけど、いつか二人の女性があなたを巡って戦うわ」
「その時、どうする? 受け入れるの?」
アレックスは彼女の言葉を噛みしめた。
「アンとメアリーは大切です。守りたい」
「それは分かる。でも男としての答えが聞きたい」
「もしあの子たちが告白してきたら?」
まるで先程の出来事を予見していたかのように、アレックスはしばし考え込んだ。
「男として、二人とも妻にしたい」
「アンもメアリーも、幸せにしたい」
「今の身分では王女とすら縁もないが、王国で功績を立て伯爵位を得れば…」
アンジュは彼の言葉を聞いて笑った。嘲笑ではなく、楽しそうな笑いだった。
「まあ、男ぶろうとしてもたまに失敗するのね」
「すみません」
「いいのよ。未経験なだけ。王国での用事が済んだら、二人と結婚できるよう手助けする」
「特にメアリーは正妻になりたがるだろうが、不可能じゃない」
彼女は彼の顎を優しくつかみ、囁くように言った。
「実はね、一緒に暮らしていた頃からずっと考えてたことがある」
「あなたは15歳で、法的には立派な大人」
「騎士として働き、そして何より──」
アンジュは唇を彼の耳元に寄せ、予想外の言葉を囁いた。
「もう子供を作れる年齢なの。性的欲求も目覚めたでしょう?」
アレックスの顔は真っ赤になった。
「え、ええっ?」
「私が入浴中にあなたが誤って入ってきた時のこと覚えてる?」
「はい、とても恥ずかしかったです」
「私は気にしなかったわ」
「…?」
「あなたの裸をしっかり見たの。細身ながら筋肉質で、大人より背が高く、ジェイソンも凌ぐだろう」
「そして何より…」
彼女は彼の太ももに手を置き、上下に撫でた。
「赤ちゃんを作る部分が大きかった。初めて女性としての衝動を感じたわ」
「夫とは政略結婚で、外国人の私に愛人を持っても良いと言われていた」
「でもあなたは娘たちにとって大切な人。だから悩んだ末に呼んだの」
「この気持ちをどうにかしたい。Aくん、教えて」
アンジュの目には深い性欲と後悔が混ざっていた。
「どうしたい? 後悔できない過ちを犯す? それとも私を無視して去る?」
「でも我慢するのは体に悪いのよ。女の欲望は理性を曇らせるから」
アレックスは即座に考えた。
(愛する二人の母親だ。間違っていると思うより、天の恵みだと感じる)
(確かにこの年頃の男の欲望は強い。だがそれ以上に、悪いことだと分かっていながらまたやりたいと思う感覚)
(そうだ。ゲームでは死んでいたアンジュがここにいる。元々はヴィランだった)
「アンジュ」
アレックスは彼女に飛びかかった。彼女は媚びた笑みを浮かべ、「我慢しないのが男らしいわ」と呟いた。