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後編(第1巻)

物語の終わり、今のところは。

サイドストーリーと幕間編をお楽しみに。きっと気に入っていただけると思います。

「じゃあ、お前は何とか生き延びたって言うんだな?」

「ははは、そう言われると恥ずかしいな。」

「なぜなら、お前がまだ生きてるのは不可能だ!そんな展開はアンチクライマックスすぎるんだよ!お前には死亡フラグがたくさん立ってたのに!」


イセルを倒した後、瀕死の状態だったジェイソンを見に行ったが、何か奇妙なことが起こった。

「あの双子が治癒魔法を持ってたなんて信じられない。なぜ知らなかったんだ?」

「お前が聞かなかったからだ。魔導士や癒し手がほとんどいないこの世界では、彼女たちが魔力の使い方を学ぶのは不可能だった。」

「だが、幸いなことに、彼女たちは本で基礎を学んでいて、出血を止めることができた。」

(だからこそ、これは本当にアンチクライマックスなんだ!)

(何度見ても、これは怪しすぎる。ゲームでは一切言及されなかったのに、彼女たちが治癒魔法と相性が良かったなんて、本当に奇妙だ!)

「頭が爆発しそうだ…」


ジェイソンは一命を取り留め、他の負傷者たちと一緒に病室に運ばれた。多くの死者が出たが、その中には主戦派の面々も含まれていた。

全員を集め、女王の生存を確認した後、彼女は主導権を握り、主戦派の一掃を命じた。彼らはすぐに投獄され、裁判にかけられることになった。逃亡した者もいたが、賞金がかけられた。

もう一方の派閥も、不必要な権力の集中を避けるために解体された。


現在、女王は休養中で、娘たちと過ごす時間を取り戻したいと考えている。

双子たちも母親から離れようとしない。


「死にかけてた時、一つ覚えてることがある。女性のような優しい声が『諦めるな、耐えろ』って言ってくれたんだ。」

「たぶん、妻が力をくれたんだろう。ただ、変だったのは、その声が彼女の声とは似ておらず、まるで少女のような響きだったことだ。」


ジェイソンは右腕を失い、腹部に深い傷を負ったため、もう戦うことはできない。

「俺にとって唯一おかしいのは、お前の左目についてるその眼帯だ。何のために使ってる?目は傷ついてないだろ。」

ジェイソンは眼帯を上げたが、その目は無事だった。

「これを『早期リタイア』って言うんだ。この傷だらけの体で、腕もないのに、あのジジイ共はまだ俺に戦わせようとするからな。」

「もう早めに引退した。これで、彼女が望んでいたような平和な生活を楽しめる。」


「とにかく、一つ聞きたいことがある。」

「何だ?」

彼の頬から頬まで広がる笑みは、とても不気味だった。

「もう一度言ってくれ。あの場所でお前が言ったことを。」

「お前、『あなたはこの世界でたった一人の父親です。だから、死なないでください』って言ったんだろ?そうだよな?」


あの恥ずかしい瞬間を思い出し、私は子供のように顔を隠した。まるで宿題でカンニングしているところをバレたかのように。

「黙れ!」

「ほら、言ってみろ。俺がお前の『パパ』だって。」

「やめてよ、そんなの年齢的に変だろ。『父さん』か『父親』って呼べ。『ジジイ』はダメだし、名前で呼ぶのも許さない。」


私は顔から手を離し、真っ赤な顔で言った。

「元気でよかった…父さん。」

ジェイソンの顔も赤くなった。

「やっぱり聞くと恥ずかしいな。まだ慣れないよ。」

「お前が女の子だったら、もっと可愛らしくて良かったのに。今はただ変な感じだ。」

「俺の感情をバカにするな、クソジジイが!」

「痛い!まだ傷が癒えてないんだぞ。」


私はリンゴを切りながら、彼に伝えた。

「今夜、お前とだけ話したいことがある。双子たちと女王も交えて。」

「伝えたいことがあるんだ。」

全員が一つの部屋に集まった後、私は真実を話すことにした。

(彼らに、自分が転生者で、この世界が乙女ゲームの世界で、彼らは悪役で没落すべき運命だったって告げるのか?)

(馬鹿じゃないのか?そんなことするバカがどこにいる?)


代わりに、私はドラゴンについての真実を話すことにした。あの戦いの後、ある考えが浮かんだからだ。

(あのドラゴンは強敵だった。しかも、魔王軍の将軍や上級魔族ですらない。)

(魔王軍と戦うためには、もっと力が必要だ。特に炎を操るあの将軍には…)

(ドラゴンを利用する可能性を奪ったが、俺は魔力の配分が下手だと気づいた。魔法の使い方を学ぶ必要がある。世界で学べる場所は二つしかない。)

(一つは別の大陸。もう一つは…魔法王国だ。)


「モンスター狩りに行った時、実は魔法の訓練をしていたんです。制御できないと気絶する危険があるから、誰にも知られずに。」

「アイセルが同行したのは偶然でしたが、彼を倒した後、盗賊から逃れるために森の奥へ入り、そこで見つけたのです。」

「傷ついたドラゴンを。」


話の流れは同じなので、ドラゴンが呪いから解放されるのを待っていたとだけ伝えた。

「帰宅する前、奇妙な夢を見ました。少女の声が、両親の事件で生き残った理由はドラゴンを見つけ、数年後に魔王を倒す英雄たちを助けるためだと言ったんです。」

「そして、その英雄たちは…ロゼンバウアー王国にいるそうです。」


「王国に!?」

彼らの驚いた表情は、私の話を信じている証だった。


「はい。彼女は、魔王と戦うには彼らと同盟を結ぶ必要があると言いました。だから、皆を集めたんです。」

「ただ…これを言うのは、本当に辛いです。」


次に話すことは、慎重に考えた内容だ。王国へ行く口実だけでなく、万が一の時に彼らを守る手段でもある。

「私を…犯罪者のように追放してください。」


「お前は正気か!?」

最初に叫んだのはジェイソンだった。立ち上がろうとする彼を、双子が涙ながらに支える。

「ジェイソンさんが正しいわ、レックス。なぜ追放されなければいけないの?」

「レックス君が罪人扱いされるなんて嫌…! 絶対に反対!」


これがこの案の問題点だった。全員が強硬に反対する。

「その気持ちは分かります。私も馬鹿げた話だと思います。」

「でも、あの少女は『必要だ』と言いました。」

「主戦派との一件や、これまでの経緯を利用すれば、『両国の戦争を防いだことで、公国から裏切り者と見なされた』と偽装できます。」

「王国はその理由で、私に亡命と市民権を与えてくれるでしょう。」


メアリーの涙ぐむ顔を見て、迷いが生じた。だが、強くならなければ。

「それなら、私たちの誰かと一緒に行くのはダメ?」

「そうよ、メアリー! 私たちの誰かが王国に留学する際、護衛として連れて行けば問題ないわ!」


アンの案は良いが、現実的ではない。

「それでは、ただの付き人になってしまう。王国の学院は学生しか受け入れません。使用人としてなら可能ですが…」

「それなら…!」

「しかし、女性に仕える使用人は、女性でなければならない決まりです。」

「どうか…理解してください。」


誰一人として納得した顔をしていない。

メアリーではなく、アンが激しく泣き叫んだ。

「嫌だ! 絶対に認めない!」

「なぜ離れなきゃいけないの? それに、裏切り者として王国に入るなんて…!」

「全部おかしい! 意味が分からない!」


アンの言う通り、これはでっち上げの理由だ。

だが、ジェイソンや彼女たちが死にかけたあの瞬間を見て、悟った。

人間を乗っ取る魔族と戦うなら、一人でなければならない。

守る者がいなければ、敵を倒すのも容易になる。


この世界はゲームかもしれない。だが、敵は魔族だ――人間を殺し、喰らうことを楽しむ邪悪な生き物だ。


私は立ち上がり、アンを抱きしめた。

「私だって行きたくない。家を離れたくない… あなたたち四人の誰とも別れたくない。」

「でも、アン。」


抱擁を解き、彼女の顔を見つめる。

天使が彫ったような美しい顔。牛乳のように白く、ゼリーのように柔らかい肌。

絹のような長い金髪が、輝く赤い瞳を少し隠している。

指でその柔らかい頬を撫でながら、言った。

「行きたくない。でも… アイセルのようなことが再び起こったら、どうしますか?」

「私は一人で戦えます。あの力を見たでしょう? あの夢は本当だったんです。」


信じてもらうため、ゲームの情報を一部伝えた。

「あの少女はこうも言いました。『4年後、魔王軍が全大陸を攻撃する』と。」

「…!?」

「何もしなければ、誰も助からない。」

「皆を守りたい。だから、たとえ憎まれようと、軽蔑されようと… 私は自分のやり方で守ります。」

「他に方法はないんです。」


(王国に入り、市民権を得て学院の試験を受けるには、これが唯一現実的な方法だ。)

(ヒロインと仲良くなり、攻略対象たちと協力して魔王軍と戦わなければならない。)

(リントの鎧を得るまで、この方法は考えてもいなかった。これしか道はない。)


ジェイソンが絨毯を見つめたまま、低い声で聞いた。

「なぜ… お前でなければいけないんだ?」

「他の人間ではダメなのか?」


「他の人間でもいい」と言いたくなった。その目は、戦争に志願する息子を見る父親のようだった。

私を失いたくない。ようやく親子になれたのに、手放したくない。

その気持ちが、ここに留まりたいと願わせる。


だが、この世界に来た理由は一つだ。悪役令嬢たちを救うため。そして、悪役である父を救うため。

「あの日、あなたが私を救ったのは… 運命だったからです。」


彼の表情には、また悲劇が繰り返されるという焦燥が浮かんでいた。

私はアンとジェイソンに――いや、全員に宣言した。

「必ず戻ります。誰にも、あなたたちを傷つけさせません。」

「約束します。」


アンは震える声で、充血した目で私を見つめながら言った。

「ママ、メアリー… 嫌だ。」

「行ってほしくない。でも… わがままも言いたくない。」


メアリーが立ち上がり、私を抱きしめた。

「王国に行ったら… たまには食事に行ける?」

「留学するのが誰か分かれば可能ですが、学院生は夜間外出が禁止されています。寮の外に住んでいない限り…」


「ママ…」

双子は、ずっと黙っていた母親を見た。彼女もまた涙を浮かべていた。


「Aくん、私はずっとあなたを我が子のように見てきた。でも、昨日の出来事と今の話を聞いて… 気づいたわ。」

「いつの間にか、私の手の届かないところで、立派な大人になっていたのね。」

「あなたのような男性になるのを見られるのは、母親としてこれ以上ない喜びよ。でも、もう私は母親とは名乗れない… だから、許可を求める必要はないわ。」


全員の視線がジェイソンに集まる。

彼は深く息を吐き、鋭い目で私を睨んだ。

「ついでに『レオーネ』の姓も捨てろ。王国でその名前は不自然だ。」

「俺としては… 好きにしろ。お前はもう一人の男だ。ただ、体に気をつけろ。」

「そして、二度と双子を泣かせるな。」

「はい。」


どうやら、私の願いは受け入れられたようだ。


女王が手を叩き、皆の注意を引いた。

「そんな顔をしていてはダメよ。特にあなたたち、娘たち。」

「Aくんの決断が固まった以上、宮廷と王国に連絡しなければなりません。全部ではなく、一部だけを。」

「時間はかかるでしょう。だからこそ、Aくんと過ごす時間を大切にしましょう。」

「最後の日は、送別会を開きます。同時に、ここに訪れた平和を祝う会にもしましょう。」


全員が頷いた。私以外は。

(第二の故郷から追い出されるための計画が、こんなに苦しいものだとはな…)

時が経ち、ついにその日がやってきた。

出発前夜、宮廷では新たな平和の時代と私の旅立ちを祝う宴が開かれた。


大臣や騎士たちには「世界を救う」部分を除き、全てが伝えられていた。

女王は「新たな力を制御するため、学びに行く。ここにいては足手まといになるだけだ」と説明した。

大げさすぎると感じたが、これが最善だ。公国の人間たちが「あの男は愚か者として追放された」と王国側に話せば、問題はない。


そのため、誰も私に話しかけようとしない。無視されている。


ジェイソンはテーブルでむさぼるように食べていた。

傷は癒えたが、しばらく酒が飲めないため、代わりに食事に没頭している。

女王は権力に戻ったことで、取り入ろうとする大臣たちの対応に追われていた。


そして双子は――いない。

宴に現れず、おそらく部屋に閉じこもっているのだろう。泣くのを我慢するために。


退屈していたので、人目を避けて中庭に出て星空を眺めていた。

外に出た途端、びっくりさせられた。


「わっ! 何してるの?」

「星を見てた。何か用?」


アンがパジャマ姿でバルコニーに立っていた。どうやらここまでよじ登ってきたらしい。

「本当に誰にも会いたくなかったの? でもなぜここに?」

「あなたに会いたかったけど…勇気が出なくて」

「怒ってる?」

「怒りはもう収まったわ」

「ただ…悲しいの」


彼女の隣に座り、上着を渡すと、アンは自分でそれを羽織った。

「もう話したはずだ」

「そうよ。だからこそ憎いの」

「なぜあなたじゃなきゃいけないの? 他の人ではダメな理由は?」


本当のことを話せば答えられるが、それはできない。

「運命がそう決めたんだ」

「その運命なんか大嫌い! 目の前に現れたらぶん殴ってやる!」


この攻撃的な態度も可愛らしい。


「ねえ」

突然呼びかけられたが、空気が変わった。

アンは子犬のような目で私を見つめている。


「ねえ、約束して。必ず戻ってくるって」

「約束する――」

「そんなんじゃダメ!」

「じゃあどうすれば?」


アンはさらに近寄ってきた。

「これを聞いてから、約束してほしいの」


そしてアンは、前世でも今世でも経験したことのないことを言った。

「好きなの。いいえ、私はアレックスに恋してる」


「子供の頃からこの不思議な気持ちがあった。でも一緒に成長するうちに、それが何かわからなくなっていた…あなたが私たちを守るために立ちはだかるまで」

「温かい気持ちだった。胸が高鳴って、あなたの安全を願うと同時に恐怖も感じた」

「傷ついても立ち上がる姿を見て、ようやく気づいたの。あなたへの想いは、つらい時にそばにいてくれた『友達』以上のものだって」


「傷ついた私の心を、あなたが埋めてくれた。あなたがいるからこそ、これまで歩めなかった道を進める気がする」

「だから愛してるって言うの。あなたが去ると知った時、すごく苦しかった…明日去らないで、このままいてほしい」

「子供の頃のように宮廷の庭を散歩したい。でも今度はあなたの手を握り、肩にもたれかかりながら」


アンは泣いていた。しかし、それが喜びの涙か悲しみの涙かはわからない。

だが、彼女の言葉は理解できる。


前世では恋をしたことがない。だが、本やドラマで「愛」は知っていた。

誰かを守りたいと思う感情――

私は悪役令嬢たちを愛していた。不当に傷つけられたキャラクターたちに、これ以上苦しんでほしくなかった。

アンはその一人だ。


もし愛が「大切な人を守りたい感情」なら――

そう、私はアンを愛している。だが、他の悪役令嬢たちも同じように愛している。

これはわがままだろうか? なら、私は世界一のわがまま者でいい。


「僕もだ、アン。君を愛してる。身分の違いが問題だと思っていたけど…君とメアリーとずっと一緒にいたい」


アンの指が私の唇を塞いだ。

涙に濡れた瞳が、突然鋭い眼光に変わった。

「なぜ妹の名前を出すの?」

「待って…まさかメアリーも好きなの!?」

「その…二人は同じだから、どちらも美しく、僕の人生の一部だ」


「アン、唇が痛いよ」

アンは力いっぱい私の口を押さえつけていたが、やっと離した。


「わかった! あなたは犬みたいな男ね!」

「胸の大きい可愛い子を見たら、スカートの中を覗きたがる犬と同じ!」

「いいわ!」


アンは立ち上がり、真っ赤な顔で寝巻きをめくり上げた。

白い下着に刺繍された可愛い花模様が目の前に広がった。

思わずその光景に目を奪われる。


「メアリーや他の女に負けるつもりはないわ。あなたが性的な魅力に弱いとわかったから、私の腿を見せてあげる」

「下着が見える? これはあなた専用よ。浮気犬じゃなくなるなら、全部あなたのもの!」


「こんな可愛いパンツ見せられたら、誰だって抵抗できないよ」

「もう見るのやめて!」


アンは恥ずかしさに体を丸め、身を隠した。

「すごく恥ずかしい…」


大人ぶろうとして失敗するアンは、とても愛らしい。


「アン」

「…?」

呼びかけ、彼女の顔をそっと持ち上げると、唇を重ねた。

アンは目を閉じ、私たちの唇は触れ合った。


ふっくらとした唇の感触は、高級な肉のようだった。

舌は粘り気があり、かすかにフルーティーな味がした。


前世ではキスの経験があったが、あれはただの快楽のため。今回は違う――愛ゆえのキスだ。

舌が絡み合う感覚はあまりに心地よく、下半身に血が集中していくのを感じた。

このまま進めたいが、まずいことになる。


素早く唇を離すと、糸を引くような唾液が橋をかけた。

アンの表情は、酔った女のようだった。


官能的ながら無邪気に、指で自分の唇に触れる。

「これがキス? 初めてのキス…すごく気持ちよかった」

舌で唇を舐める仕草がエロティックで、頬の赤みと笑みは、彼女がこれを気に入った証だ。


「レックス、もう一回キスしよう。今度は抱きしめながら」

「あなたの腕に包まれて、舌を絡ませたい」


この言葉で、ますます下半身が反応する。

10年間休眠していた「旗」が、ついに内部で立ち上がろうとしている。


だが、これはまずい。

キスだけでこうなのだ。アンの提案は、セックスの一歩手前だ。


アンとセックスしたい――

この世界では私たちは立派な大人。セックスしてもおかしくない。

ゲーム本編でも、ヒロインが攻略対象たちと何度も関係を持つ描写があった(15歳以上推奨作品らしく)。


「アン、僕もしたい。でも…この線を越えたら何かまずい気がする」

「終わるまで待とう」

「嫌」

アンは子供のように首を振った。


「すごく気持ちよかった。もっと欲しい。でもあなたの言う通り、今は冷静に考えられる」

「だから、こうする」


太陽のように輝く笑顔で、アンは宣言した。

「王国で名前を得たら、戻ってきて私と結婚しなさい」

「他の男は一切受け入れない。あなただけが私の夫になる権利がある」

「だから浮気犬みたいな真似は絶対にしないで」


私は笑った。

「ああ、必ず君の夫になる」

「よし。じゃあ別れのキス。でも唇だけ」

「それでもまずいと思うけど」

「大丈夫、軽く触れるだけだから」

「君がそう言うなら」


◇◇◇

アレックスとアンは気づいていなかった。

メアリーがドレス姿で宴からやって来て、二人を見つめていたことを。


「お姉ちゃん、ずるいよ」

悲しんでいるように見えたが、実際には彼女は微笑んでいた。

「私を置いてきぼりにするなんて、フェアじゃない」

◇◇◇

翌朝、アレックスはなぜかご機嫌だった。

「なんでそんなにニヤニヤしてるんだ?」

「別に」


ジェイソンは様子がおかしいアレックスを見ていたが、深くは追求しなかった。

「荷物は馬車に積んだ。王国で信頼できる商人に連絡しておいた。お前が無事に市民権を得られるよう手配してくれる。奴も俺が生きてるのに驚いてたぞ」

「ありがとう。後悔しない選択だったと思う」


アレックスはまずジェイソンに別れを告げた。

「今までありがとう。全ての出来事が今の俺を作ってくれた」

ジェイソンはアレックスを抱きしめ、涙をこらえることができなかった。

「もっと早く気づいてればよかった…ピクニックに連れて行ったり、肩車したり、初めてのビールを飲ませたり…父親としてすべきことを全部したかった」

「父親じゃなくても、最高の親父だった。喧嘩した日だって全部いい思い出だ」


抱擁の後、ジェイソンは忘れられない言葉をかけた。

「愛してるぞ、アレックス。我が子よ。だからこそ…こんなことをするのが辛い」

「レオーネ子爵家当主として宣告する。お前の姓を剥奪する。もうレオーネではない」

「ありがとう…父さん」


次に女王の元へ向かった。

「Aくん、いつでも帰ってきていいのよ」

「特に…私たちの時間は」

アレックスは真っ赤になった。アンはなぜ彼がそわそわしているのか理解できなかった。


「ブランシェット公国女王として」

「『アーレン』の名を剥奪する。もうこの国の市民ではない。追放に値する者よ」

「ありがとうございます」


感謝の言葉を終えると、女王は涙を拭った。


次はアンの番だ。

「もう言うことはないよね」

「ないけど、覚えておいて。私たちの誰かが王国に行くことになるんだから、浮気なんかしないでよ」

「わかってる」


二人は抱き合い、最後にメアリーの番が来た。

彼女は誰よりもそわそわしていた。

アレックスが口を開く前に、メアリーは彼に飛びついた。


クラシックな恋愛映画のように抱きつき、唇を重ねて舌を絡ませる。

アレックスは引き離すどころか、腰に手を回した。

二人の熱烈なキスに、皆が呆然とした。特にアンはどう反応すればいいかわからず、ようやく声を上げた。


「あ…あ…あ…!」

「離れなさいっ!!! あなたたち二人っ!!!」


アンが引き離すと、下品な唾液の糸が伸びた。

その後、メアリーを激しく揺さぶりながら怒鳴った。

「何してるのよメアリー! 私の…レックスにっ!」

「お姉ちゃん、何言ってるの?」


メアリーはアンの動きを止めると、アレックスの腕に自分の腕を絡ませた。

「レックス君にお別れのキスをしただけ。もう会えないから、プレゼントをあげたの―」


次の言葉で、アンの脳は停止した。

セクシーながらも茶目っ気たっぷりに、メアリーは宣言した。

「私の・だーい・しゅ・じん~。てへっ♡」


「……」

「何が『だいしゅじん』よ!? レックスはあなたの…! 私の…!」

「お姉ちゃんの何?」


メアリーはレックスを自分のものだと宣言した。アンは昨日の恥ずかしい出来事を言い出せずにいた。


「レックス君、私は良い妻だから、我慢できなくなったら全部出しちゃっていいのよ」

「お姉ちゃんみたいに堅物じゃないわ。他の子と遊んでも構わない。ただし…」

「絶対に捲くるべきスカートは私のものってことだけ覚えておいてね♡」


メアリーは近寄り、何かを手渡した。

紙に包まれた小さな包みだ。


「プレゼントよ。寂しくなったら開けて、私のことを思い出して」

「あ・な・た♡」


そのセクシーで茶目っ気ある表情は、どんな男でも妻を捨てさせる威力があった。

アンは激怒し、メアリーに襲いかかった。


メアリーはからかいながら叫びながら走り出した。

「きゃっ! デカ額鬼婆が!」

「誰がデカ額よ! いや、誰が鬼婆よ! このヤリマンめ、待ちなさいっ!」


アレックスは我に返り、自分がいなくても全てが同じように続くことを確認した。

(以前と今の唯一の違いは、ゲームの戦争イベントルートが回避されたこと。これで公国の没落は起こらない)


馬車に乗り込み、メアリーから貰った包みを少し開けた。

アレックスの目は充血した。


「これが…プレゼント? ありがとう…」

昨日メアリーが履いていたTバックの下着だった。

アレックスは誰にも知られぬよう、宝物のようにしまった。


馬車が動き出すと、窓から身を乗り出して叫んだ。

「じゃあな! 皆、元気でな!」


「灰の騎士」として恐れられたジェイソンは、今では彼の父親だ。

「アレックス、しっかりやれ。訓練を怠るな」


本来なら死んでいたはずの双子の母親は生きている。

「Aくん、ちゃんと食事を摂るのよ。特にブロッコリーを」


この世界の運命に翻弄され、ヒロインの敵となるはずだった公国の双子は、互いの頬を引っ張り合いながら手を振っていた。

「レックス、約束は守るのよ」

「レックス君、さようなら。大好きだよ♡」

「何で愛の告白してるのよっ!」

「あら~。お姉ちゃん、嫉妬~?」

「ひいいいいっ!!」


アレックスは守ることができた笑顔、そして守るつもりもなかった笑顔を見て微笑んだ。

「よし…プロローグ開始まであと3ヶ月か」

「クソみたいな乙女ゲーム、覚悟しやがれ」

「魔王軍を倒して、悪役令嬢たちを全部救ってやる!!」


こうして、ヒロインだけが幸せになるこのゲームの犠牲者たちを救う旅が始まったのだった。

◇◇◇

陽の光が差し込む部屋で、一人の男が着替えをしていた。

彼には着替えを手伝う使用人がいたが、今回は一人になりたがっていた。


「あの忌々しいベルクマンが全てを台無しにした。戦争計画は遅れたどころか、完全に葬り去られた!」

「公国の領地を我が物とするために投入した資本が、すべて水の泡だ!」

「そしてあの男と、あの小娘の感情に訴える説教のせいで!」


「失礼します。会議が始まります」

「ああ、すぐ行く。少し気分が優れず休んでいただけだ」


着替えを終えると、汚れた服を洗濯かごに放り込んだ。その横には意識を失った女性が横たわっていた。

部屋を出る際、待機していた騎士に言った。

「早く処分しろ。もう息してないだろう?」


長い廊下を歩き、会議室に到着した。中にはすでに何人もの男たちが集まっていた。

優雅な外見だが大きな腹をした男が近づいてきた。

「キルヒナー侯爵、お加減は良くなられましたか?」

「ああ、胃の調子が悪くて休んでいただけだ」

「結構。では、公国との休戦に関する閣議を再開しましょう」


「キルヒナー侯爵、外務大臣として。両国間の停戦交渉の進捗はいかがでしょうか?」


誰かがそう尋ねたが、男――キルヒナー侯爵の頭の中はただ一つだった。

(このままでは終わらん。この件の責任者は必ず代償を払わせる)

(そろそろあの犯罪組織に連絡を取る時か)

(誰も、私がローゼンバウアー王国の筆頭大臣になるという目標を邪魔はさせん!)


顔に浮かんだ恐ろしい表情と共に、アレックスにとっての苦難はまだ始まったばかりだった。

しかし、それはまた別の日の話である。

_____________________

『公国の姉妹編』、完。

『乙女ゲームに転生したので悪役令嬢でハーレムを作ります』第1巻、終わり。

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