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「重力のような恋をした」


天界で起きた争い。

種族間の粛清。

“重力を持つ天使は危険”という理由だけで、

居場所も、名前も、すべてを奪われた。


泣く間もなかった。

悲しむ時間もなかった。


ただ、生きるために、堕ちた。



彼女を拾ったのは、

セルロラだった。


魔王の妻であり、

この世界の裏側まで見渡す女。


「あなたには、力があるのね」


血まみれで倒れていたチカに、そう言った。


憐れみじゃない。

情けでもない。


ただ、“真っ直ぐな声”。


「なら、生きなさい」

「居場所は、私があげる」


それが、チカの人生の始まりだった。



暗殺。

諜報。

潜入。

裏の仕事。


重力で相手の足を縫い止め、

心臓の鼓動ごと地面に沈める。


自分を人だと思わないことで、

彼女はなんとか生きていた。


「私は、道具」

「セルロラ様の剣」


そう思うことでしか、立っていられなかった。



地下の通路は、いつも冷たかった。

指先がかじかむほどの湿気。

呼吸をするたびに、錆と血の匂いが混じる場所。


チカはそこを、ひとりで歩いていた。


足音だけが響く。

ずっと、機械みたいに。


命令された場所へ行き、

対象を排除し、

証拠を消して、戻る。


それだけの繰り返し。



最初にレレヤヒを見たときも、

「仕事の邪魔をするかもしれない存在」

それ以上でも、それ以下でもなかった。


「……またお前か」


任務帰りの地下倉庫。

血のついたナイフを布で拭いていた時。


後ろから声がした。


「お前さ」


振り向くと、壁にもたれたレレヤヒがいた。


「なんで、そんな目してんだ?」


「業務中」


チカはそれだけ言った。


「そんな顔で仕事してたら、いつか壊れるぞ」


「壊れたほうが楽です」


そう返しても、

彼は引かなかった。


「じゃあさ」


彼はポケットから、小さな布袋を取り出した。


「妹が作ったんだ。乾パンだけど、やるよ」


「……いらない」


「命令」


「あなたに命令権はない」


「うるせぇ。生きたいなら食え」


半ば強引に、掌に押し込まれた。


チカは返そうとしたけど、

なぜか…それを出来なかった。


そのとき、胸の中で小さくなにかが鳴った。


“……重力?”


そんなはずはないのに。



それからだった。


任務のあと、

必ずどこかにレレヤヒがいた。


怪我していれば薬を投げてくる。

無言で隣に座る。

煙草も吸わずに、ただ空を見る。


「なんで、そんなことするの」


ある日、チカは聞いた。


立体通路の縁に二人並んで座っていた時だった。


下は闇。

上は砕けた天井。


レレヤヒはしばらく黙ってから言った。


「昔さ」


「俺も、助けられたんだよ」


「魔王にな」


チカは初めて、彼の横顔をちゃんと見た。


「死にかけてた俺と、

妹たちをまとめて拾ってくれた」


「だから今も、

雑用でも何でもやってる」


風が彼の髪を揺らす。


「……じゃあ、あなたは偉いですね」


皮肉を言ったつもりだった。


でも彼は笑った。


「違う」


「借りてるだけだ。

命ってのは、そういうもんだろ」


その言葉が、

チカの中に残った。


しつこく、

重力みたいに。



それから少しずつ


チカは気づき始めていた。


自分が彼を目で追っていることに。

帰還後、無意識に彼の姿を探していることに。


でも、それを認めたくなかった。


「近づいたら、壊す側になる」


そう分かっていたから。


だから、距離を取った。


意図的に任務をずらし、

話しかけられても短く返し、

視線を合わせないようにした。


でも。


「……よぉ」


ある日また、背後から声がした。


「あんま無理すんなよ」


チカは振り向かない。


「あなたには関係ない」


「俺にはあるだろ」


少し乱暴な声だった。


「お前、死んだら……ちょっと困る」


チカの心臓が、

強く打った。


「理由は?」


「……飯の配達係、いなくなる」


「最低ですね」


「でもまあ、本当の理由は」


彼は少しだけ声を落とした。


「……そんな顔の天使、

ほっとけるわけないだろ」


チカは、その言葉に

返事ができなかった。


なぜなら、


そのとき、

胸の奥で重力が変わったからだった。

■ それから


その夜から、

レレヤヒは何度もチカの任務に顔を出すようになった。


負傷した兵の代わりに。

雑務の合間に。

自分の命を削ってでも。


「お前、さ」


「……何」


「ちゃんと寝てる?」


「……必要ない」


「あるっての」


彼は笑いながら、

乾いたパンを差し出した。


「妹たちにも言ってるんだ。

“生きてなきゃ意味ない”ってな」


チカは、その言葉が少しだけ、

あたたかいと感じてしまった。


それが、怖かった。



■ 告白の日


何度も助けられた。

何度も、一緒に帰った。

何度も、並んで座った。


でもある夜、

チカは限界だった。


城の屋上。

風が白い羽を撫でる。


「レレヤヒ」


「ん?」


彼が振り向く。


チカは、ゆっくり息を吸った。


そして、まっすぐに言った。


「……私は、あなたが好き」


彼の目が見開かれた。


「重力みたいに、逃げ場がないくらい……好き」


「……は?」


「あなたがいないと、私の重さを、支えられない」


風が止まった。


一瞬、沈黙。


それから彼は、困ったように笑った。


「……そんな告白あるかよ」


「じゃあ……嫌?」


チカは少しだけ、不安そうに聞く。


すると彼は、頭を優しく撫でた。


「嫌な顔、してるか?」


チカは瞬いた。


「……してない」


「だろ?」


その手の温かさに、

胸が、きゅっと締まった。


「でもな」


レレヤヒは照れたように視線を逸らす。


「そういうのは……本当は俺が言うつもりだった」



■ セルロラの元へ


後日。

2人で並んで、セルロラの部屋を訪れた。


「辞めたい?」


彼女はすぐに理解した。


チカは、まっすぐに頷く。


「……生き方を、変えたいです」


セルロラはしばらく黙ってから、


軽く息を吐いた。


「……ごめんね」


「……?」


「あなたがそこまで追い込まれてたこと、

私は気づけなかった」


「……でも、今、気づいてくれました」


セルロラは少し驚いたあと、

ゆっくり微笑んだ。


「あなたたち、自由になりなさい」


「重力も、狼も、

鎖じゃなくて、翼にしなさい」



屋上に戻った2人。

夜空に星が広がる。


「これから、どうする?」


レレヤヒが聞いた。


チカは少し考えてから、


「一緒に、普通に生きたい」


「なんだそれ」


「仕事して、笑って、…たまに喧嘩して」


彼は鼻で笑った。


「それ、結構難しいぞ?」


チカは小さく笑った。


「重力の制御よりは、簡単」


そして、

彼の手を、ぎゅっと握った。


「だから……逃げないで」


「逃げねぇよ」


「……約束だから」


「約束」


指が絡む。


重さはもう、怖くなかった。



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