ルヴァンとエリスの物語―
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人は、なぜ恐れ、なぜ拒むのだろう。
竜は、なぜ孤独に、なぜ優しくあれたのだろう。
この物語は、ある少女と一体の竜が紡いだ、短くも深い絆の記憶。
まだ誰にも知られていない、少女「エリス」の過去――
彼女が“光”の力に目覚める前。
彼女が“誰かを守る強さ”を知る前。
出会いがすべてを変え、別れが強さをくれた。
これは、そんな“始まり”の物語
第一章:出会い
ヴェルデリアの外れ、濃い霧が絶えずうごめく祈りの森。
そこは、古くから「決して踏み入れてはならない」と囁かれてきた禁忌の地である。
人々は迷信だと笑ってみせるものの、その森に足を向ける者はいなかった。
ただ、何かを恐れているのではない。ただ何かがいると知っているからだ。
その日、一本の細い影が、森へと足を踏み入れた。
影の主は、まだ幼い少女――エリス。
年齢は七つ。
家族を失い、行くあてもなく放り出された小さな命は、飢えと寒さに震えながら、森の中を彷徨っていた。
裸足の足裏は冷たさに痺れ、
ぼろぼろの服は風を遮る力もなく、
胸の奥は、恐怖よりも先に諦めの色に染まっていた。
「……あったかいところ、どこ……?」
掠れる声は霧に吸い込まれ、誰に届くこともない。
やがて足がもつれ、エリスは苔むした地面へと崩れ落ちた。
視界が暗くなり、呼吸の音すら遠のいていく。
――そのときだった。
地面が微かに震えた。
風が、森の奥へ引き寄せられるように唸り、
ひとつの巨大な影が木々の狭間から姿を現した。
黒銀の鱗。
鋭くも美しい翼。
月光のように冷たく、深い蒼を宿した瞳。
竜――。
その竜は、ゆっくりと少女のそばに降り立つ。
鱗が擦れ、霧を弾く音が低く響いた。
長い時を生き、
長い時を孤独に耐えてきた者の目。
ルヴァン――かつて人との共存を夢見た青年だった竜。
彼は倒れた少女を覗き込み、低く、しかし驚くほど穏やかな声を漏らした。
「……怖くないのか」
問いかけは、試すようであり、怯えた自分自身に向けるようでもあった。
その声に、エリスの細い肩がふるりと震える。
しばらくして、少女はゆっくりと瞼を持ち上げた。
目に映った巨大な姿に息を飲みながらも、
恐怖より先に、安堵の色が浮かぶ。
「……助けて、くれたの……?」
声はひどく弱々しいが、
その一言には、生きたいという願いが確かに宿っていた。
竜は短く、しかしどこか苦しげに答えた。
「……そうだ」
長く孤独に閉ざされてきた心に、
その言葉は小さな火種となって落ちる。
少女は震える指を胸元に寄せ、
かすかな微笑みとともに呟いた。
「……ありがとう」
それはあまりにも小さく、
あまりにも普通の言葉。
だがルヴァンにとって――
その一音一音は、長い夜に差し込んだ初めての灯りだった。
竜の瞳に、驚きと、拭いきれない寂しさが揺れた。
失ったものを数え続けてきた彼の世界に、
少女はそっと、欠けた欠片を差し出したのだ。
霧が静かに晴れていく。
二人の視線が交わる。
それが、
禁忌の森に始まり、
星霜を越えて続く物語の最初の出会いだった。
第二章:絆
エリスが目覚めたその日から、エリスとルヴァンの奇妙な生活が始まった。
禁忌の森は相変わらず深い霧に閉ざされていたが、
その日々は、二人にとってどこか温かなものだった。
ルヴァンは森のすべてを知っていた。
毒を含む実の色味、獣が通ったばかりの足跡の形、
季節によって変わる風の匂い。
そして、どんな生き物も忘れてはならない「恐れを知る力」を。
「恐怖を知らぬ者は、生きる術を持たぬ」と彼は言う。
それは生きるための智慧であり、彼自身がかつて失ったものだった。
一方、エリスは人間らしい文化を教えた。
覚えたばかりの文字を並べ、ぎこちない歌声を響かせる。
粗末な枝で詩をなぞり、竜の翼に野花の冠をそっと乗せる。
そのたびにルヴァンは、大きな身体を持て余すように視線を逸らしながら、
かすかに喉の奥で笑うのだった。
それを見て、少女も笑った。
森の霧が晴れる瞬間だけ、世界は二人だけのものになる。
やがてエリスは、竜をこう呼ぶようになった。
――「ルヴァン兄さん」
その響きに、竜はいつも戸惑いながらも受け入れていた。
誰かにそう呼ばれる日が、もう二度と来ないと信じていたからだ。
⸻
ある日の午後。
陽光が霧を裂き、珍しく明るい空が覗いた。
エリスは小さな足で跳ねながら言う。
「ねえ、ルヴァン兄さん。
いつか一緒に、村へ行こうよ!」
その声には、世界を信じる子どもの無邪気さが詰まっていた。
しかしルヴァンは、ゆっくりと頭を横に振る。
「それは叶わない。
人間は……竜を恐れる」
短く淡々とした言葉。
それは、長く続いた孤独が形になった姿でもあった。
エリスは不満そうに膨れ、彼を見上げる。
「私は……信じたいよ。
人間も、あなたも。
怖がらず、ちゃんと見れば……きっと仲良くできるはず」
その言葉は、子どもの夢であり――
かつてルヴァンが抱いた希望そのものだった。
胸の奥に、忘れたはずの痛みが走る。
その優しさを信じて裏切られ、
姿すら変えてしまった自分がいる。
だから本当は、彼女に言いたかった。
「信じれば信じるほど、壊れてしまう」と。
けれど、口にはできない。
無邪気に未来を語る少女の目を曇らせたくなかった。
代わりに、彼は巨大な爪で
そっとエリスの髪を撫でた。
その細く温かな命が、
自分の胸の奥を優しく満たしていく。
エリスは目を細めて笑う。
その笑顔を、ルヴァンは深く刻みつけた。
失いたくない――と、初めて思ってしまったから。
⸻
霧の向こうから、
鳥たちの囀りが聞こえてくる。
小さな日常の音が、ゆっくりと二人を包み込む。
禁忌の森で育まれた絆は、
兄妹のように近しく、
しかし血縁を越えて温かかった。
この穏やかな日々が、永遠に続けばいい。
――二人とも、そう願っていた。
まだ、知らなかったのだ。
この願いが、
いつか残酷な運命の手に引き裂かれることを。
■第三章:崩壊
それは、穏やかな日々が五年続いた、十二歳の春のことだった。
霧の奥で小鳥が囀り、森はいつもと変わらぬ静寂を湛えていた。
しかし――その静寂を断ち切る、金属のぶつかる音が響いた。
鎧の擦れる音。
地を踏みしめる複数の足音。
人間の兵が、祈りの森へと侵入してきたのだ。
彼らは村の訴えを受けていた。
「禁忌の森に少女が囚われている」と。
「危険な竜が潜んでいる」と。
それが、どれほど誤った「思いやり」だったか、
誰も気づいていなかった。
⸻
エリスは必死に叫んだ。
その声は涙に濡れ、かすれながらも森に響いた。
「やめて!!ルヴァンは違うの!!
私を守ってくれたの!!」
だが、兵士たちの視線は冷たい。
彼らの耳は、恐怖で塞がれていた。
恐れている限り、真実は届かない。
矢筒から一本の矢が抜かれ――命令が飛ぶ。
「――撃て」
羽音が空気を裂き、矢が次々と放たれる。
一本、二本、三本――
その一本が、確かにルヴァンの胸を深く穿った。
黒銀の鱗の間から、赤い雫が一滴、静かに零れ落ちる。
⸻
エリスは震え、膝から崩れ落ちた。
「……ルヴァン、兄さん……?」
視線を向ければ、竜は痛みを堪えるように息を吸い、
それでも、僅かに口端を上げた。
「大丈夫だ……怖がらなくていい」
穏やかな声。
その優しさが、かえって胸を締め付ける。
エリスは首を振り、地を叩いて泣き叫ぶ。
「お願い……もうやめて!!
ルヴァンは敵じゃない!!」
だが恐怖は刃となり、疑念は矢となる。
人々の攻撃は止まらない。
幾重の矢が放たれ、竜の四肢と翼を容赦なく貫いた。
ルヴァンの体が、ぐらりと大きく揺れる。
それでも彼は、少女を抱き寄せる腕を緩めなかった。
「君が……ここにいてくれた。
それだけで、私は……救われていた」
血で濡れた鱗が、彼女の服を赤く染める。
温もりが、徐々に冷たい風に奪われていく。
⸻
――その瞬間。
ルヴァンの体が、淡い光を放ち始めた。
鱗一枚一枚が白く縁取りされ、輪郭が薄れていく。
竜族の最期の力――
《魂の昇華》。
死を迎えた竜は、
この世界から完全に消え去る。
エリスは彼の首元に縋りつき、何度も呼んだ。
「いやだ……いやだよ……!
行かないで……!!
わたしを、置いていかないで……!!」
声は涙で潰れ、言葉にならなくなる。
森が光に包まれる中、ルヴァンは最後の言葉をそっと零す。
「君が……幸せなら……
それで、いい……」
その声は――風となり、霧の中へ消えた。
エリスの腕には、もう何も残っていなかった。
温もりも、重さも、存在さえも。
静寂だけがそこにあった。
禁忌の森は、再び冷たい闇に沈み込んだ。
少女は、声の出ない喉を震わせながら――
ただ、地へ伏し、泣き続けた。
彼女の世界は、
その瞬間、崩れ落ちた。
⸻
■エピローグ:星霜の願い
五年の時が流れた。
祈りの森に響いた悲鳴は、
少女を戦う者へと作り変えた。
エリスは今、二本の剣を腰に携え、
世界を巡る旅の途中にいる。
光の魔法を学び、
その身には《星霜の刻印》が宿った。
それは、かつてルヴァンが夢見た未来――
人と竜が共に生きる道を切り拓く力。
夜ごと、彼女は空を見上げる。
散りばめられた星々に、失われた声を探す。
「ルヴァン……
あなたは今、どこで笑っていますか……?」
風がそっと吹いた。
木々が微かに揺れ、
聞き覚えのある優しい声を運んでくる。
――ここにいるよ、エリス。
振り向いても姿はない。
けれど、エリスは涙を拭い、微笑んだ。
彼の想いは今も、彼女の中に生きている。
剣に、光に、歩む背に。
星霜を越えた願いは、まだ終わらない。
少女は再び歩き出す。
守られたあの日に、報いるために。
夜空の星が、静かに瞬いた。
それは、遠い空の果てから――
彼女を見守る竜の灯火だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
エリスという少女の芯の強さ、そしてルヴァンという竜の優しさが、少しでも心に残っていれば嬉しいです。
別れは悲しく、どうしようもなく理不尽なものかもしれません。
それでも、大切な誰かとの出会いは、きっと“これから”を変えてくれる。
エリスの旅は、まだ始まったばかりです。
彼女がこれから何を見て、何を守るのか――
ぜひ、これからの物語にもご期待ください。




