第7話「魔王の休日」
朝日が窓から差し込み、深山厳の眠りを優しく破った。彼は目を開け、しばらく天井を見つめていた。頭には昨夜の飲み会の記憶が断片的に残っている。カラオケでの歌声、同僚たちの笑顔、そして佐藤美咲の意外な表情。
「土曜日か...」
深山は起き上がり、伸びをした。休日の朝の静けさが部屋に満ちている。異世界「マグナ・インフェルノ」では魔王に休息の日など存在しなかった。常に警戒し、力を誇示し続けるのが支配者としての宿命だった。
「魔王様、おはようございます」
窓辺には黒猫のシャドウが座っていた。朝の光に照らされた彼の黒い毛並みは、異様なほど美しく輝いている。
「おはよう、シャドウ」深山は起き上がりながら答えた。「今日は...何をすればいいんだ?」
「休日は自由に過ごすものです」シャドウは尻尾を揺らした。「魔王様はこちらの世界での『休日』を経験したことがないのですね」
深山は黙って首を横に振った。魔王ヴァルガスとしての記憶には休息という概念はなく、深山厳としての記憶も断片的で、休日の過ごし方までは思い出せない。
「まずは朝食から始めましょう」シャドウは実用的に提案した。「そして、この世界を知るための散策はいかがですか?」
「散策...か」
深山は考え込んだ。確かに、この数日間で彼は会社とアパートの往復しかしていなかった。日本という国を、この時代を知るためには、街を歩いてみる必要があるだろう。
「そうしよう」
彼はベッドから立ち上がり、シャワーを浴びて身支度を整えた。鏡に映る自分の姿に、まだ少し違和感があった。スーツではなく、カジュアルな服装の深山厳。黒いパーカーとジーンズという組み合わせは、魔王の威厳からはかけ離れているはずなのに、不思議と自然に感じられる。
「どこへ行く?」深山はシャドウに尋ねた。
「まずは近くの商店街がいいでしょう」シャドウは答えた。「そして、午後には上野公園へ。魔王様が知るべき場所があります」
「上野...」
頭の中で地名を反芻すると、なぜか懐かしさが胸を掠めた。しかし、はっきりとした記憶は浮かばない。
深山はシャドウを内ポケットに忍ばせ、アパートを出た。土曜の朝の空気は爽やかで、街には休日を楽しむ人々の姿が見える。
近くの商店街は予想以上ににぎわっていた。食料品店、衣料品店、本屋、雑貨店...様々な店が軒を連ねている。人々は笑顔で買い物をし、友人や家族と会話を楽しんでいた。
「なんと平和な光景だ...」
深山は思わず呟いた。異世界では、こうした日常的な幸せは特権階級のものだった。庶民は常に戦乱や魔物の脅威にさらされ、穏やかに買い物をする余裕などなかったのだ。
「いらっしゃい!今日は特売日だよ!」
八百屋のおじさんの威勢の良い声に引き寄せられ、深山は足を止めた。色とりどりの野菜や果物が並んでいる。中でも真っ赤なリンゴが目を引いた。
「これをください」
深山は財布から紙幣を取り出し、リンゴを一つ購入した。受け取ったリンゴは磨き上げられたように輝いていて、手の中でずっしりとした重みがある。
一口かじると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
「美味い...」
深山は思わず目を閉じた。この単純な喜びに、彼の心は奇妙な感動で満たされた。魔王の豪華な宴会にも、こんな素朴な味わいはなかった。
「む…捨てる場所がないな…。この世界では気軽にごみを捨てることもできないようだからな。」
商店街を歩きながら、ごみ箱を発見するとその中にリンゴの芯を放り込んだ。
それからいくつかの店に立ち寄った。古書店では、歴史書のコーナーに惹かれた。特に戦国時代の本を手に取ると、不思議な既視感が襲ってくる。
「深山前...」
彼は本の中の一人の武将の名前を見て、小さく呟いた。三つ目の魂の持ち主。神崎律子が言及した戦国時代の武将だ。しかし、本には彼についての詳しい記述はなかった。
「その名前に惹かれるのですね」シャドウが小声で言った。
深山は黙って本を棚に戻した。時間はまだ早く、上野公園へ向かう前に昼食を取ることにした。
商店街の外れにある小さなラーメン店に入る。カウンター席だけの質素な店だが、客足は絶えない。深山は券売機で食券を購入し、席に着いた。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい店主の声と共に、湯気の立つラーメンが目の前に置かれた。トッピングは質素だが、澄んだスープの香りは食欲をそそる。
深山は箸を取り、一口すすった。温かいスープと絡み合う麺の味わいに、思わず表情が緩んだ。
「うまい...」
カウンターの向こうで働く店主とその妻の姿。テキパキと動く手つきと、時折交わされる小さな会話。そこには地位も力も関係ない、単純な幸せがあった。
(この世界には、支配しようとしなくても得られる喜びがあるのだな...)
深山はふとそんなことを考えた。魔王として彼が追求していたのは、究極的な力と支配だった。しかし、この世界が彼に見せるのは、もっと小さな、しかし確かな幸福の形だった。
食事を終えると、彼は電車に乗って上野へと向かった。休日の電車は通勤時ほど混雑してはいないが、それでも多くの人々が乗り合わせていた。家族連れ、デートをするカップル、友人同士...様々な関係の人々が、それぞれの目的地に向かっている。
上野駅に降り立った深山は、シャドウの指示に従って公園の方向へ足を向けた。東京の喧騒の中にある広大な緑地は、異世界の森を思わせる静けさも併せ持っていた。
「魔王様、こちらです」
シャドウは内ポケットから顔を出し、ある方向を示した。深山はその指示に従い、人の少ない小道を進んでいった。
やがて彼らは、公園の奥まった場所にある小さな神社に辿り着いた。朱色の鳥居は古く、苔むしているが、丁寧に手入れされた様子が窺える。
「ここは...?」
「深山神社です」シャドウは静かに言った。「かつて深山前を祀った場所...彼の魂の断片が今も残っています」
深山は息を飲んだ。彼の胸に熱いものが込み上げる。三つ目の魂の存在が、より強く感じられるようになった。
彼は鳥居をくぐり、静かに手を合わせた。言葉にならない思いが胸の中で渦巻いている。
そのとき、背後から声がかかった。
「部長!」
振り返ると、そこには佐藤美咲が立っていた。週末らしいカジュアルな服装だが、その佇まいは普段と変わらない凛とした美しさを放っている。
「佐藤さん...」深山は驚きを隠せなかった。「どうしてここに?」
「偶然です」彼女は少し照れたように微笑んだ。「私、休日はよく美術館に来るんです。ちょうど上野の森美術館で興味深い展示があって...」
「そうか...」
深山は佐藤のカジュアルな姿に目を奪われていた。オフィスでの彼女とは違う柔らかさがそこにある。
「部長もこの神社に興味があるんですか?」彼女は小さな神社を見上げながら尋ねた。
「ああ...なんとなく惹かれて」深山は曖昧に答えた。「深山という名前に...」
「そうですね」佐藤は頷いた。「同じ苗字ですもんね」
深山は神社の由来について尋ねたかったが、どう切り出せばいいか迷っていた。すると佐藤が自分から話し始めた。
「実はこの神社、戦国時代の武将を祀ったものなんです」彼女はまるで案内役のように説明した。「深山前という、あまり歴史書には名が残らない武将ですが、この地域では尊敬されていたとか」
「へえ...」深山は驚いたふりをしながら、もっと聞こうと促した。「何か逸話でも?」
「詳しくは知らないんですが...」佐藤は少し考え込んだ。「最期は敵に囲まれ、自害したと聞きます。ただ、死に際に何か特別な誓いを立てたという伝説があるそうです」
「誓い...」
その言葉に、深山の胸が痛みはしなかったが、強く鼓動した。誓い、契約、約束...すべてが繋がり始めている気がした。
「佐藤さん」深山は突然思い立って言った。「昼食はもう済ませましたか?」
彼女は少し驚いたように目を見開いた。
「いえ、まだです」
「よかったら、一緒にどうかな?」
自分でも意外なほど自然に言葉が出てきた。魔王ヴァルガスなら、側近を食事に誘うことなどなかっただろう。しかし今の彼には、佐藤と時間を共有したいという純粋な思いがあった。
佐藤は少し躊躇った後、柔らかな笑顔を見せた。
「はい、ぜひ」
二人は神社を後にし、上野公園を散策しながら、軽い昼食を取れる場所を探した。話題は自然と仕事から離れ、趣味や休日の過ごし方へと移っていった。
「部長は読書がお好きだと聞きました」佐藤が言った。「特にファンタジー小説を」
「ああ...」深山は少し困ったように笑った。深山厳の趣味は確かに読書だったようだが、彼自身はその詳細を把握していなかった。「空想の世界は面白いものだ」
「私も好きですよ」佐藤は意外なことを言った。「特に異世界を舞台にした物語が。現実とは違う法則や文化が描かれるのが興味深くて...」
「そうか」深山は嬉しさを隠せなかった。佐藤のこんな一面は初めて知った。「おすすめの本はあるか?」
佐藤は目を輝かせて話し始めた。彼女のお気に入りの小説について、あらすじや印象に残ったシーン、魅力的な登場人物たち...。オフィスでは決して見せない情熱的な表情に、深山は魅了された。
公園内の小さなカフェで食事をしながら、二人の会話は続いた。仕事では厳しい佐藤だが、プライベートでは意外な柔らかさと繊細さを持っている。それは新鮮な発見だった。
「部長は本当に変わりましたね」カフェオレを飲みながら、佐藤が突然言った。
「変わった?」
「はい」彼女は真剣な表情になった。「入社してからの部長は、正直...怖かったんです。結果だけを求め、部下を道具のように扱っていて...」
深山は黙って聞いていた。それは深山厳の元の姿なのか、それとも...
「でも最近は、人の話をよく聞くようになりました」佐藤は続けた。「チームを大切にし、皆の強みを活かそうとする。特にNEXUS社の案件では...」
彼女の言葉に、深山は複雑な感情を覚えた。彼が「変わった」のは、魔王ヴァルガスの魂が宿ったからではない。むしろ、ヴァルガス自身が変わりつつあるのだ。そして、その変化は既に深山厳の中で始まっていたものかもしれない。
「人は変われるものさ」彼は静かに言った。「特に、大切なものに気づいたとき...」
佐藤は少し驚いたように深山を見つめた。その瞳に映る彼の姿は、もはや単なる上司でも、恐れられる魔王でもなく、一人の人間として映っているようだった。
「部長...」
彼女が何か言いかけたとき、突然の雨粒が二人の間に落ちた。見上げると、空はいつの間にか暗い雲に覆われ、雨が本格的に降り始めていた。
「雨か...」深山は呟いた。「傘は持っていないな」
「私も持っていません」佐藤は立ち上がった。「近くに美術館があります。そこまで走りましょう」
二人はカフェの代金を急いで支払い、雨の中を駆け出した。木々の間から雨滴が零れ落ち、次第に強まる雨に二人の服は瞬く間に濡れていった。
佐藤に導かれるまま走り続け、ようやく美術館の建物に辿り着いた。二人は息を切らしながら、入り口の屋根の下に立った。
「ずいぶん濡れてしまいましたね」佐藤は自分の髪から雫を払いながら笑った。
深山も自分のパーカーから水を絞りながら頷いた。彼の目に映る佐藤の姿は、濡れた髪が顔に貼りつき、ブラウスが肩に張りついて、どこか無防備に見えた。しかし同時に、その姿には不思議な凛々しさがあった。
「もし風邪を引いたら、私の責任だな」深山はジョークを言ってみた。
「いいえ」佐藤は微笑んだ。「私が誘ったんですから」
二人は互いを見つめ、そして同時に笑い出した。その瞬間、深山は心から幸せを感じた。魔王としての力も、ビジネスマンとしての成功も関係ない。ただ雨に濡れ、笑い合うこの瞬間が、かけがえのないものに思えた。
「せっかくですから、展示も見ていきましょうか」佐藤が提案した。
「ああ、もちろん」
美術館の中は静かで、空調も効いていて心地よかった。現在開催されているのは、日本の歴史的な武具や合戦図を集めた特別展だった。
「『武将の誓い―刀剣に刻まれた魂―』...」深山は展示のタイトルを読み上げた。「興味深いテーマだな」
二人は展示室に入り、ガラスケースに陳列された刀剣や鎧を見て回った。中でも深山の目を引いたのは、一振りの刀だった。
「これは...」
鞘を抜いた刀身には、かすかに文字が刻まれている。「魂契」という二文字。そして、その持ち主の名は...
「深山前の愛刀だそうです」佐藤が解説を読み上げた。「彼は死の直前、この刀に誓いを込めたと言われています。『我、必ず還らん』...転生を信じていたのでしょうか」
深山の胸に激しい痛みが走った。それは「契約の呪縛」の痛みではなく、記憶が呼び覚まされる痛みだった。
彼の目の前に、血塗られた合戦場の光景が広がる。自らの命が尽きかけていることを悟った武将が、最後の力を振り絞って刀に口づけをする...
「我、必ず還らん...」
深山はその言葉を無意識に口にしていた。
「部長?」佐藤が不思議そうに彼を見た。「どうかしましたか?」
「いや...」深山は我に返った。「なんでもない。ただ、感慨深い言葉だと思って」
彼らは展示を進み、戦国時代から江戸時代にかけての様々な武具や絵画を鑑賞した。深山は時折、激しい既視感に襲われたが、それを佐藤に悟られないよう努めた。
展示の最後に、彼らは「現代に生きる武士道精神」というセクションに辿り着いた。そこには明治以降、特に現代社会における「誓い」や「契約」の意味を再考する展示があった。
「現代のビジネスマンもまた武士の精神を受け継いでいるのかもしれません」キュレーターによる文章が壁に掲げられていた。「信義を重んじ、約束を守り、チームのために尽くす...これこそが現代に生きる武士道ではないでしょうか」
その言葉に、深山は深く考え込んだ。彼の中の三つの魂—魔王ヴァルガス、戦国武将の深山前、そして現代のビジネスマン深山厳—が徐々に一つに統合されつつある。彼らは異なる時代を生きながらも、根底にある価値観は通じるものがあるのではないか。
「部長」佐藤の声が彼の思索を中断させた。「もうすぐ閉館時間です」
「そうか」深山は我に返った。「時間が経つのは早いものだな」
外に出ると、雨はすっかり上がっていた。夕暮れ時の公園は、雨上がりの美しい光景を見せていた。水滴が葉から零れ落ち、路面には小さな水たまりが点在している。
「今日は楽しかったです」佐藤が率直に言った。「仕事以外で部長とお話しするのは初めてでしたが...」
「私もだ」深山は微笑んだ。「新しい発見が多かった。佐藤さんの別の一面を見ることができて」
彼女は少し頬を赤らめた。それは普段のクールな佐藤からは想像できない反応だった。
「そろそろ帰りましょうか」彼女は時計を見た。「もう暗くなります」
「ああ」
二人は並んで駅に向かって歩き始めた。途中、深山は佐藤の隣でふと足を止めた。
「佐藤さん」
「はい?」
「月曜日、また会社で...」深山は少し言葉を選びながら言った。「その前に、何か質問があるんだ」
「質問ですか?」
「ああ」彼は真剣な表情で彼女を見つめた。「佐藤さんは...なぜ私の部下になろうと申し出た?他にも選択肢はあったはずだが」
この質問が彼の頭に浮かんだのは突然だった。しかし、佐藤という存在が彼にとってどれほど重要かを考えると、知りたいことだった。
佐藤は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに落ち着いた表情になった。
「最初は、ただの営業部に入りたいという希望でした」彼女は正直に答えた。「でも...部長には何か特別なものを感じたんです。表面的には厳しくても、本当は部下を大切にする方だと」
「そんな...」深山は自分の耳を疑った。深山厳は魔王ヴァルガスと同様、威圧的な上司だったはずだ。
「部長自身が気づいていなかったのかもしれませんが」佐藤は続けた。「危機的状況では、いつも部下を守る選択をしていました。自分の評価が下がっても...」
深山は言葉を失った。それは彼の知らない深山厳の一面だった。表面上は威圧的でも、本質的には部下を守る上司...。それはまるで...
「だから私は、部長の下で働き続けることを選びました」佐藤は真摯に言った。「そして...最近の部長は、その本質がより強く表れるようになった気がします」
彼女の言葉に、深山の胸は温かいものでいっぱいになった。魔王ヴァルガスが深山厳の肉体を借りたのは偶然ではなかったのかもしれない。彼らは表面上は異なれど、本質的には通じるものがあったのだろう。
「ありがとう、佐藤さん」深山は心から言った。「君がいてくれて...本当に良かった」
彼女は少し照れたように微笑んだが、すぐに頷いた。
「私もです、部長」
夕暮れの中、二人は並んで歩き続けた。言葉はなくとも、何か新しい理解が彼らの間に生まれたように感じられた。
* * *
深山がアパートに戻ったのは、日もすっかり落ちた頃だった。シャドウは窓際に座り、月明かりを浴びていた。
「楽しい一日でしたか、魔王様」
「ああ」深山は満足げに答えた。「この世界での生活...悪くないな」
「佐藤さんとの時間も」シャドウは意味深に言った。
「ああ...」深山はジャケットを脱ぎながら、窓の外を見た。「彼女は特別だ。『賢者の末裔』というだけでなく...」
「彼女は魔王様の変化の鍵を握っていますね」シャドウは静かに言った。「彼女がいなければ、三つの魂の統合はこれほど順調には進まなかったでしょう」
深山は考え込んだ。魔王、武将、ビジネスマン。三つの異なる存在が、一つの体の中で共存し、融合しつつある。それはもはや痛みを伴う「呪縛」ではなく、新たな存在への「変容」のプロセスに思えた。
「シャドウ」深山は真剣な表情で黒猫を見つめた。「私は一体、何者になるのだ?」
「それは魔王様自身が決めることです」シャドウは賢明に答えた。「過去からの力を受け継ぎながら、新たな道を歩む者...それが魔王様の選択なのではないでしょうか」
深山は黙って窓の外の夜景を見つめた。東京の光が星々のように瞬いている。その美しさは異世界とは比べようもなかったが、彼はこの光景に心惹かれていた。
彼は今日見た展示物を思い出した。「魂契」と刻まれた刀。「我、必ず還らん」という誓い。そして現代社会における「武士道精神」。すべてが繋がり始めている。
「明日も休日だな」深山は言った。「もっとこの世界のことを知りたい」
「良い考えです」シャドウは頷いた。「魔王様、今日はゆっくり休んでください。新しい一週間が始まる前に...」
深山はベッドに横たわりながら、今日の出来事を振り返った。佐藤との時間、美術館での発見、そして自分の中で進む変化...
目を閉じると、彼の意識は徐々に眠りへと誘われていった。その夢の中で、三つの魂は互いに語り合っていた。魔王ヴァルガス、武将深山前、そしてビジネスマン深山厳。彼らは異なる時代を生き、異なる選択をしてきたが、根底にある思いは同じだった。
力ではなく、絆によって人々と繋がること。支配ではなく、相互の尊重によって関係を築くこと。そして何より、自分の心に正直に生きること。
彼の胸の左側に刻まれた「契約の呪縛」は、もはや痛みを発することはなかった。それは今、彼の新たな旅の始まりを示す証となっていた。
第1章「魔王の覚醒」は、こうして幕を閉じた。しかし、深山厳——かつての魔王ヴァルガス、かつての武将深山前——の物語は、まだ始まったばかりだった。