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第5話「夢の中の戦場」

法務研修が終わり、深山厳はデスクに戻った。神崎律子の講義の最後のスライドは「契約は過去と未来を繋ぐ誓い」という言葉で締めくくられていた。その言葉が、彼の脳裏に焼き付いている。


(過去と未来を繋ぐ誓い...)


デスクに座った深山は、眉間に皺を寄せて考え込んだ。神崎の言った「三つの魂」とは一体何なのか。魔王ヴァルガスと深山厳、そして...?


「部長、大丈夫ですか?」


佐藤美咲が心配そうに声をかけてきた。彼女は深山の前に立ち、珍しく感情を表に出した表情をしていた。


「ああ、大丈夫だ」深山は気を取り直した。「研修の内容を考えていただけだ」


「部長が法務研修に集中するなんて」佐藤は首を傾げた。「今日はずいぶんと別人みたいですね」


(別人...確かにそうだ)


深山は苦笑した。彼は文字通り「別人」なのだから。あるいは、「別人」の魂を宿しているのか。


「NEXUS社からの連絡はあったか?」深山は話題を変えた。


「はい、明後日に最終判断があるそうです」佐藤は仕事モードに戻った。「高橋部長のチームも最後の追い込みをかけているようですね」


「そうか...」


深山は窓の外に目をやった。夕方になり、オフィス街の高層ビルが夕日に染まり始めていた。異世界でも、日が沈む時間は不思議と物思いにふけりやすい時間だった。


「部長、今日はもう上がりましょう」佐藤が時計を見て言った。「明日に備えて休んだ方がいいです」


「そうだな...」


深山は立ち上がり、上着を手に取った。胸ポケットからシャドウが顔を覗かせる。


「今日はお疲れ様でした」佐藤が丁寧に頭を下げた。


「ああ、お前も...君も、お疲れさま」


言い間違いに気づいて慌てる深山だったが、幸い佐藤は気にした様子はなかった。


オフィスを出る時、最後まで残っていた松本健太が声をかけてきた。


「部長、これ借りてもいいですか?」


彼が手に持っていたのは、志村社長から借りた「魂の契約」の本だった。深山はデスクに置き忘れていたことに気づいた。


「それは...」


「ファンタジー世界の設定資料みたいですね」松本は興味津々といった表情だ。「もしかして部長の小説の参考資料ですか?」


「いや、それは...」


深山が断ろうとした時、シャドウが内ポケットから小さく動いた。まるで「貸してみろ」と言っているようだった。


「...一晩だけなら」


「本当ですか!ありがとうございます!」松本は子供のように目を輝かせた。「大切に扱います。明日必ず返しますから!」


深山は頷き、エレベーターへと向かった。


* * *


帰りの電車は朝ほど混雑していなかったが、それでも魔王にとっては不愉快な密度だった。深山はつり革につかまりながら、今日の出来事を振り返っていた。


社長室での志村誠一との奇妙な会話。松本が見せた「忘却の間」の位置の矛盾。そして神崎律子の語った「三つの魂」...


「魔王様、疲れていますね」


シャドウが内ポケットから小声で言った。


「ああ...ここ2日間で経験したことが多すぎる」


「今夜はゆっくり休んでください」シャドウの声は優しかった。「考えすぎないほうがいいでしょう」


深山は頷いた。頭の中は混乱と疑問でいっぱいだったが、確かに休息が必要だと感じていた。


アパートに着くと、深山は疲れた体を引きずるようにして部屋に入った。夕食を簡単に済ませ、シャワーを浴びた後、彼はベッドに横たわった。


「シャドウ、お前は何を知っているんだ?」


窓辺に座る黒猫に、深山は真剣な眼差しを向けた。


「魔王様の本当の姿について...少しだけです」シャドウは静かに答えた。「それも、断片的に」


「断片...」


「はい」シャドウは優しい目で深山を見つめた。「魔王様、あなたが見る夢は記憶の断片かもしれません。良い夢を...」


深山はため息をついて目を閉じた。疲労が一気に押し寄せ、すぐに意識が遠のいていった。


* * *


「魔王様!敵が東の門を破りました!」


耳をつんざくような声が響き、深山は目を開いた。だが、そこは深山厳のアパートではなかった。


赤黒い空の下、黒い石で造られた巨大な城の中。彼は豪華な鎧を身にまとい、大きな玉座に座っていた。両脇には黒い甲冑に身を包んだ兵士たちが控えている。


(魔王城...?)


だが、様子がおかしい。城壁の向こうからは爆発音と叫び声が聞こえる。まるで...戦場のようだ。


「魔王様、光の勇者が城に迫っています!」


跪いた兵士の報告に、深山——いや、ヴァルガスは立ち上がった。彼の体は反射的に動いていた。まるで記憶を追体験しているかのように。


「全軍に告げよ。城を死守せよ。光の勇者はこの私が迎え撃つ!」


ヴァルガスの声は力強く、城内に響き渡った。兵士たちが「魔王閣下万歳!」と叫び、次々と出撃していく。


ヴァルガスは窓から外を見た。赤黒い空の下、城の周りは炎に包まれていた。遠くには白銀の鎧に身を包んだ兵士たちの大軍が迫っている。その先頭に立つ一人の男——光の勇者だ。


その顔を見た瞬間、ヴァルガスは息を飲んだ。


(高橋剛...!)


いや、高橋ではない。だがその面差しは、フューチャーテックの営業二部部長と瓜二つだった。


「ヴァルガス!出てこい!」


勇者の叫びが風に乗って届く。


「来るべき決戦の日だな...」


ヴァルガスは大剣を手に取った。その刃には暗黒の魔力が纏わりついている。


「魔王様!」黒い鎧の騎士が駆け寄ってきた。「まだ逃げる道はあります!地下通路をお使いになれば...」


「逃げるだと?」ヴァルガスの声は低く響いた。「我は魔王だぞ。逃げることなど...」


その時、一瞬だけ視界がぼやけた。そして、騎士の顔が変化した。


(山田太郎...?)


確かに騎士の顔は、フューチャーテックの新入社員・山田太郎と同じだった。しかし、すぐに元の顔に戻る。


「タロス、お前は城を守れ」ヴァルガスは騎士に命じた。「我が光の勇者を相手にする」


「魔王様!」


悲痛な叫びを後にして、ヴァルガスは城の屋上へと向かった。風が彼の黒いマントを激しく揺らす。


空からは光の矢が降り注ぎ、城の至る所に命中していた。爆発と悲鳴。混沌と恐怖。


その混乱の中央に立ち、ヴァルガスは声を上げた。


「勇者よ!ここだ!我と決着をつけよ!」


彼の声は魔力によって増幅され、戦場全体に響き渡った。すると、白銀の鎧をまとった勇者がペガサスに跨がり、空へと舞い上がった。


「今日こそ終わりだ、魔王!」


勇者は光り輝く剣を掲げ、まっすぐにヴァルガスめがけて突進してきた。


ヴァルガスも暗黒の剣を構え、迎え撃つ。二つの剣が激突する瞬間——


「何故だ...」


勇者の口から、意外な言葉が漏れた。


「何故...そんな悲しい顔をしている」


ヴァルガスは一瞬、動きを止めた。彼は自分がどんな表情をしているのか、わからなかった。


「黙れ!」


剣が交差し、二人の闘いが始まった。光と闇、正義と悪。対極にあるはずの二人の戦いは、しかし不思議と美しいワルツのようでもあった。まるで何度も踊ってきた踊りのように。


斬撃と魔法が飛び交う中、ヴァルガスは不思議なことに気づいた。彼は全力で戦っているようでいて、どこか手加減をしているような...。心のどこかで、勝ちたくないと思っているような。


「今日で終わりだ、ヴァルガス!」


勇者の剣が光を放ち、ヴァルガスの胸を貫いた。


激痛が走る。しかし、予想していたほどではない。


「なぜ避けなかった...?」勇者の声には困惑が混じっていた。


ヴァルガスは答えなかった。彼自身、なぜ最後の一撃を避けなかったのか理解できなかった。ただ、どこか解放感があった。


「終わりだ...」


彼はそう呟くと、城の屋上から落下していった。風を切る感覚。そして、すべてが闇に包まれる。


* * *


「はっ!」


深山は冷や汗をかきながら飛び起きた。朝日が窓から差し込み、部屋を明るく照らしている。


「夢...」


彼は胸元に手を当てた。光の勇者の剣に貫かれた場所だ。しかし痛みはない。ただ、胸の左側に温かいものを感じる。


深山はベッドに座り、まだ夢の余韻に震えていた。シャドウが飛び乗ってきた。


「魔王様、どうされましたか?顔色が悪いですが...」


「夢を見た...」深山は震える声で答えた。「魔王城が攻められ、光の勇者と戦って...敗れる夢だ」


シャドウの目が大きく見開かれた。「詳しく聞かせてください」


深山が夢の内容を話し終えると、シャドウは静かに言った。「それは夢ではなく、記憶かもしれません」


「記憶...?」深山は眉をひそめた。「しかし、私は敗北した記憶などない。魔王として君臨していたはずだ...」


「本当にそうでしょうか?」シャドウは深山の目をじっと見つめた。「魔王様の記憶は完全ではありません。特に、どうやって現代の日本に来たのかについては...」


深山は黙って考え込んだ。確かに彼の記憶には空白があった。魔王として統治していた日々は鮮明に覚えているが、なぜ突然日本の営業部長として目覚めたのかは思い出せない。


「夢の中の光の勇者は...」


「高橋剛の顔をしていましたか?」シャドウが尋ねた。


「ああ」深山は頷いた。「そして、黒騎士タロスは山田太郎そっくりだった」


「因縁の者たちは、何度も生まれ変わって出会うものです」シャドウは哲学的に言った。「魂は繋がっているのです」


深山はベッドから立ち上がり、窓の外を見た。朝の東京の風景。高層ビルと行き交う車、急ぐ人々。異世界とはまったく異なる光景。しかし、どこか懐かしさを感じる。


「シャドウ、私はこの世界に来たことがあるのか?」


「それを思い出すのは、魔王様自身です」シャドウは曖昧に答えた。「ただ...今朝はもう一度、鏡をよく見てみてください」


深山は首を傾げたが、言われた通りに洗面所へ向かった。鏡に映る自分の顔——深山厳の顔だ。しかし、よく見ると...


「これは...」


額の左側に、かすかな傷痕があった。細い線状の傷だが、まるで刀で斬られたような形をしている。深山厳の記憶をたどっても、この傷の由来は見当たらない。


「戦国時代...?」


突如として、強烈な既視感が深山を襲った。戦場。鎧。刀。そして血...


「うっ...!」


彼は頭を抱えて膝をつかざるを得なくなった。断片的な映像が脳裏を駆け巡る。


鎧を身にまとった武者たちの姿。馬の嘶き。旗印が風になびく音。そして——「深山前」と書かれた旗。


「前...?」


深山厳という名前。深山前みやまさき...何かの繋がりがあるのか?


「魔王様、大丈夫ですか?」


シャドウが心配そうに近づいてきた。


「ああ...」深山は立ち上がり、顔を水で洗った。「何か...思い出しかけているようだ」


「無理をしないでください」シャドウは優しく言った。


深山は頷き、朝の支度を始めた。日本の営業部長としての日課を、彼はすでに自然と体が覚えていた。シャワーを浴び、髭を剃り、スーツを着る。それらの動作すべてが、どこか懐かしい。


朝食を取りながら、彼はテレビのニュースを眺めていた。株価の動向、政治の話題、海外情勢...すべてが異世界とは無縁のことだが、不思議と理解できた。深山厳の知識だけでなく、彼自身の中にもこの世界への親しみがあるようだった。


「さて、行くか」


彼は立ち上がり、カバンを手に取った。シャドウが肩に飛び乗る。


「今日はどんな日になるでしょうね」シャドウは楽しげに言った。


「さあな」深山は玄関を開けた。「だが、何かが変わりつつあるのは確かだ」


彼の胸の左側が、かすかに温かくなった。もはや痛みではなく、何かが目覚めようとしている感覚だった。


* * *


オフィスに着くと、いつもより早く出社していた松本健太が興奮した様子で駆け寄ってきた。


「部長!これ、返します」


彼は「魂の契約」の本を手渡した。


「ありがとう、松本」深山は本を受け取った。「役に立ったか?」


「はい!」松本の目は輝いていた。「特に『魂の三位一体』の概念が素晴らしいです。過去、現在、未来の魂が一つになるという考え方...部長の小説に取り入れたら面白いと思います!」


「魂の三位一体...?」


深山は首を傾げた。昨日、神崎が「三つの魂」と言っていたことを思い出す。


「ええ、本の第三章に書かれていました」松本は熱心に説明した。「魂には三つの側面があり、分離することもあれば、一つに融合することもある。特に『契約の痕』を持つ者は、三つの魂が一つになる過程で痛みを感じると...」


「松本」深山は突然、真剣な表情で彼を見つめた。「その本、全部読んだのか?」


「はい」松本は少し戸惑いながらも答えた。「眠れなくなるほど面白かったです」


「そうか...」


深山は思わず微笑んだ。松本は純粋に古書を小説の参考資料として読んだようだが、無意識のうちに重要な情報を教えてくれた。


「君の説明を、もう少し聞かせてくれないか?」


「もちろんです!」松本は嬉しそうに頷いた。「でも...今日は午前中にNEXUS社からの電話があるかもしれないので...」


「そうだな」深山は我に返った。「仕事が一段落したら、改めて話そう」


松本が席に戻った後、深山は本をめくってみた。確かに第三章には「魂の三位一体」という見出しがあった。しかし、文字は古くて読みづらく、時間がかかりそうだった。


(後で、じっくり読もう...)


深山がデスクに着くと、佐藤美咲がコーヒーを持ってきた。


「おはようございます、部長」彼女はいつもの冷静さで言った。「今朝は顔色が良いですね」


「そうか?」


「はい」佐藤は少し驚いたように言った。「最近は胸を押さえたり、顔をしかめたりしていましたから」


深山は苦笑した。確かに「契約の呪縛」による痛みは、ここ数日間、彼を悩ませていた。だが今朝は不思議と痛みがない。夢を見たこと、そして何かを思い出しかけていることが関係しているのかもしれない。


「今日は、しっかり休んだからな」


「それは良かったです」佐藤は微笑んだ。「NEXUS社の判断が明日に迫っていますから、今日は最終調整です」


「わかった」深山は頷いた。「頼むぞ、佐藤」


彼女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑み、「はい、お任せください」と答えた。


午前中は通常業務に追われた。深山は少しずつビジネスマンとしての役割に慣れてきており、書類の確認やメールの返信もスムーズになってきていた。


昼休みが近づいた頃、内線電話が鳴った。


「もしもし、深山です」


「あ、部長」山田太郎の声だった。「法務部の神崎さんが会いたいと言っています。応接室にいらっしゃるそうです」


「わかった」


深山は立ち上がり、ネクタイを整えた。神崎律子がわざわざ営業部まで来たということは、何か重要な話があるのだろう。


応接室に入ると、神崎は窓際に立っていた。黒いスーツに身を包んだ彼女の姿は引き締まり、背筋が伸びている。深山が入ってくると、彼女はゆっくりと振り向いた。


「お待たせした」深山は言った。「何か用件が?」


「はい」神崎は真剣な表情で答えた。「昨日の研修後、深山部長は変化がありましたか?」


直球の質問に、深山は一瞬言葉に詰まった。


「...ああ」彼は正直に答えた。「夢を見た。そして、いくつかの記憶が蘇りかけている」


神崎は満足げに頷いた。


「それは良かった」彼女は一歩近づいてきた。「本を読みましたか?」


「まだ全部は...」深山は申し訳なさそうに言った。「松本がその本を一晩借りていった」


「松本健太さん?」神崎は驚いたように眉を上げた。「IT部門の...」


「ああ。彼は純粋に小説の参考資料として興味を持ったようだが...」


「それは...」神崎は考え込むように言った。「興味深いですね」


「彼から『魂の三位一体』について教えてもらった」深山は続けた。「三つの魂について...昨日君が言っていたことと関係があるのか?」


「はい」神崎は頷いた。「あなたの中には三つの魂があります。過去、現在、そして未来の魂が」


深山は眉をひそめた。


「三つとは、魔王ヴァルガスと深山厳、そして...?」


「もう一人の魂です」神崎はゆっくりと言った。「戦国時代の武将...深山前みやまさき


深山の頭に電流が走ったかのように、鮮明な映像が浮かんだ。合戦場。血で染まった鎧。そして自分自身が刀を振るう姿...


「うっ...!」


彼は頭を抱え、膝をつかざるを得なくなった。


「無理に思い出そうとしないでください」神崎が心配そうに肩に手を置いた。「記憶は少しずつ戻りますから」


深山は深呼吸をして立ち上がった。


「なぜ...私にこんなことが起きているんだ?」


「それは...」神崎は言葉を選ぶように間を置いた。「あなたが結んだ契約のためです」


「契約?」


「はい。戦国時代のあなた——深山前が、死の間際に結んだ契約が」


深山は再び頭を抱えた。戦国時代の自分の記憶。死の瞬間...


「あなたの記憶が戻ってきたとき」神崎は静かに続けた。「契約の呪縛も理解できるようになるでしょう。そして...解放への道も」


「解放...」


「ところで」神崎は話題を変えるように言った。「昨日、法務研修の後半で観察していたのですが...高橋部長の様子が気になりました」


「高橋?」


「はい。彼はあなたの発言に強い反応を示していました。まるで...」


「光の勇者のように?」深山が言った。


神崎は驚いた表情を見せた。


「そうです。彼もまた、過去の魂を引き継いでいるのかもしれません」


「昨夜の夢で、光の勇者は高橋の顔をしていた」深山は静かに言った。「そして黒騎士タロスは山田太郎そっくりだった」


「因縁ある者たちは、何度でも出会うものです」神崎はシャドウと同じような言葉を口にした。「特に、強い契約で結ばれた魂同士は」


深山は黙って窓の外を見た。オフィス街の景色が広がっている。現代の東京。彼が過ごす第三の人生。


「神崎さん」彼は振り向いた。「私は一体何者なんだ?」


「それはあなた自身が答えを見つけるべきことです」神崎は優しく微笑んだ。「ただ、一つだけ言えることがあります」


「何だ?」


「あなたはもう、誰かを支配する魔王でもなければ、戦場を駆ける武将でもない」彼女は真摯に言った。「あなたは今、深山厳として生きています。過去の魂を受け継ぎながらも、新しい道を歩む者として」


深山はその言葉を胸に刻んだ。魔王でも武将でもなく、一人のビジネスマンとして生きる...それが現在の自分の姿なのかもしれない。


「ありがとう、神崎さん」


彼は心からの感謝を込めて言った。まるで魔王ではなく、深山厳としての気持ちだった。


神崎は頭を下げると、部屋を後にした。残された深山は窓辺に立ち、自分の顔がガラスに映り込むのを見つめた。


深山厳の顔。しかし、その目は魔王ヴァルガスの輝きを持ち、額には武将・深山前の傷跡がある。三つの魂が一つの肉体に宿る不思議。


(私は一体、誰なのか...)


問いは深く、答えはまだ見えない。しかし、彼は確かに変わりつつあった。魔王の傲慢さは薄れ、深山厳としての責任感が強くなっていた。そして時折、武将としての勇気と決断力が顔を覗かせる。


内ポケットのシャドウが静かに動いた。まるで「良い方向に向かっている」と伝えているかのように。


深山は深呼吸をして、応接室を後にした。彼の行く手には、まだ多くの謎と試練が待ち受けているようだった。

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