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第4話「契約の呪縛の謎」

朝の通勤電車は、想像を絶する戦場だった。


「くっ...これは拷問か...」


深山厳は、身動きの取れないほど密集した車内で呻いた。異世界「マグナ・インフェルノ」の魔王ダークロード・ヴァルガスにとって、己の領域を他者と共有することすら許し難いことだったが、この状況は更に耐え難かった。


見知らぬ人間の体が四方八方から押し付けられ、汗の混じった空気が漂う。かつて広大な玉座に君臨していた魔王が、今や缶詰のサバのように押し込められている。


(なぜ深山厳はこんな苦行を毎日耐えているのだ...)


彼が内心で嘆いていると、胸ポケットから小さな声が聞こえた。


「魔王様、これも現代人の日常です。耐えましょう」


シャドウの声だった。黒猫は姿を小さくして、深山のスーツの内ポケットに隠れていた。


「お前は楽そうだな...」深山は歯の間から小声で返した。


ようやく最寄り駅に到着し、深山は解放された囚人のように電車から降りた。駅から会社までの道のりで、彼は少しずつ心を落ち着かせた。前夜、深山厳のアパートで見つけたノートのことが頭から離れなかった。


(深山厳と私は、魂が一つなのか...?)


この可能性は、彼の存在自体を揺るがすものだった。しかし、それを裏付けるような小さな証拠が増えていた。深山厳の創作した世界が彼の記憶と一致すること、深山が魔王と同じような性質を持っていること...


オフィスに到着すると、すでに佐藤美咲が出社していた。


「おはようございます、部長」彼女はいつもの冷静さで挨拶した。「今日の予定ですが、午前中は各種報告書の確認と、NEXUS社への最終提案書のレビューがあります。午後からは全社法務研修です」


「ああ、了解した」


深山は以前よりも自然に返事をした。日本のビジネスマンとしての振る舞いに少しずつ慣れてきたようだ。


「部長、昨日はお疲れ様でした」佐藤が少し柔らかい表情で言った。「高橋部長を相手に冷静に対応されて、皆さん感心していましたよ」


「そうか...」


深山は複雑な感情を覚えた。異世界では畏怖されることはあっても、称賛されることはあまりなかった。この感覚は新鮮で、不思議と心地よかった。


午前中は書類仕事に追われた。スキャンする書類の山から解放された深山が一瞬ほっとした時、デスクに備え付けられた内線電話が鳴った。


「深山部長、社長秘書の西野です」受話器の向こうから丁寧な女性の声が聞こえた。「志村社長がお呼びです。すぐに社長室へお越しいただけますか」


「社長...?」


深山は一瞬戸惑った。深山厳の記憶では、志村誠一はフューチャーテック株式会社の社長。厳格な性格で、実績主義で知られる人物だ。だが深山厳として入社以来、個人的に社長室に呼ばれたことはほとんどないはずだった。


「わかりました。すぐに参ります」


電話を切ると、佐藤が心配そうに近づいてきた。


「社長室ですか?」


「ああ」深山は少し緊張を隠せない様子だった。「何の用だろうか...」


「NEXUS社の件かもしれませんね」佐藤は推測した。「大型案件だけに、社長も注目しているはずです」


深山は頷き、ネクタイを整えると社長室へと向かった。


* * *


社長室のドアをノックすると、落ち着いた男性の声が聞こえた。


「どうぞ」


深山が部屋に入ると、大きな窓の前に背の高い男性が立っていた。彼が振り向くと、深山は思わず息を飲んだ。


志村誠一、50代半ばながら引き締まった体躯と鋭い目つきが印象的な男性。深山が初めて見る顔のはずだったが、どこか見覚えがあるような奇妙な感覚があった。


「深山君、忙しいところ呼び出して申し訳ない」


志村は穏やかな声で言った。しかしその目は、まるで深山の魂を見透かすかのように鋭かった。


「いえ、お呼びいただき光栄です」


深山は丁寧に頭を下げた。異世界では決して誰にも頭を下げなかった魔王だが、今はそのような小さなプライドよりも状況把握が優先だと理解していた。


「座りたまえ」


志村は窓際のソファを指差した。二人が向かい合って座ると、社長はしばらく深山をじっと見つめていた。


「最近、変わったことはないかね?」


唐突な質問に、深山は一瞬戸惑った。


「特には...」


彼が答えようとした瞬間、胸に鋭い痛みが走った。嘘をつこうとすると発動する「契約の呪縛」だ。


「くっ...」


「痛みがあるのか?」志村は冷静に尋ねた。


深山は驚いて顔を上げた。社長がこの痛みについて知っているとでもいうのか?


「私は...」


「正直に答えたまえ」志村は静かに言った。「ここでは誰にも聞かれない」


深山は一瞬考えた後、素直に答えることにした。


「はい、胸に痛みがあります。嘘をつこうとすると発動する...一種の呪縛のようなものです」


志村は何も驚かない様子で頷いた。


「『契約の呪縛』だな」


深山の目が見開かれた。


「あなたは...」


「私は多くのことを知っている」志村は静かに言った。「君が本当は誰なのかもね、ダークロード・ヴァルガス」


衝撃が深山を襲った。社長は彼の正体を知っていたのだ。しかし、なぜ?


「どうして...」


「詳しい説明は後日」志村は手を振った。「今日の法務研修に出席するように」


「法務研修?神崎律子の...」


「そう」志村は意味深に頷いた。「彼女の話をよく聞きなさい。そして、この本を」


志村は引き出しから一冊の古い本を取り出し、深山に手渡した。茶色い革の表紙には「魂の契約―束縛と解放の理」と金色の文字で書かれている。


「これは?」


「読めばわかる」志村は立ち上がった。「さあ、今日はこれで良い。通常業務に戻りたまえ」


混乱した頭で社長室を後にした深山は、本を脇に抱えながらデスクに戻った。内ポケットからシャドウが小さな声で囁いた。


「魔王様、社長は普通の人間ではありません」


「気づいたよ...」深山は小声で答えた。「だが、彼は一体何者なんだ?」


「私にもわかりません」シャドウは神妙に言った。「しかし、その本は重要な手がかりになるでしょう」


深山はデスクに戻ると、佐藤から尋問するような視線を受けた。


「何があったんですか?」彼女は心配そうに尋ねた。


「いや...NEXUS社の案件について、進捗確認だった」


深山は言い訳をしたが、胸に鋭い痛みが走った。呪縛が反応したのだ。


「うっ...」


「部長、大丈夫ですか?」佐藤が立ち上がった。


「ああ...少し胸が痛むだけだ」


「最近よく胸を押さえていますね」佐藤は心配そうだった。「病院には行きましたか?」


「大丈夫だ、心配するな」


今度は痛みが走らなかった。嘘ではなかったからだろう。肉体的には確かに問題ないのだから。


「それよりも」深山は話題を変えた。「午後の法務研修について、何か聞いているか?」


「特別なことは...」佐藤は少し考えた。「ああ、今回は『契約と遵法精神』がテーマだそうです。神崎さんが力を入れているらしく、部長級以上は全員参加必須とのことです」


「契約と遵法精神...」


志村社長の言葉、シャドウの警告、そして彼自身の呪縛。すべてが「契約」という言葉に繋がっている。


「これは面白くなりそうだな...」


深山は志村から渡された本を手に取り、パラパラとめくってみた。古い言い回しと難解な表現が多いが、どこか懐かしいような感覚があった。


「部長、昼食に行きませんか?」


山田太郎が元気よく声をかけてきた。深山は本を急いでカバンに仕舞うと立ち上がった。


「ああ、行こう」


* * *


社員食堂で食事をしながら、深山は午後の研修について考えを巡らせていた。そんな彼の様子を見て、山田が声をかけた。


「部長、なにか気になることでもあるんですか?」


「いや...」深山は笑顔を作ろうとした。「ただ、午後の法務研修について考えていただけだ」


「法務研修ですか?」山田は驚いた様子で言った。「部長が法務に興味を持つなんて珍しいですね」


「そうか?」深山は不思議そうに尋ねた。


「はい」山田は頷いた。「部長はいつも『法律なんて時に破るためにある』って言ってましたから」


(深山厳もまた、ルールに縛られることを嫌う性質か...)


そう考えると、深山厳と自分はよく似ているのかもしれない。だからこそ、この肉体に自分の魂が宿ったのだろうか。


食堂のドアが開き、松本健太が慌ただしく入ってきた。彼の手にはノートパソコンが抱えられている。


「部長!」松本は興奮した様子で駆け寄ってきた。「昨日の続きを見てください!」


彼はパソコンを広げ、画面を深山に向けた。そこには前日よりも更に精密になった「マグナ・インフェルノ」の3Dマップが広がっていた。


「すごいだろう?部長の説明を元に、魔王城の内部構造まで再現してみたんです!」


深山は息を飲んだ。スクリーンに表示されたものは、彼の魔王城の内部そのものだった。玉座の間、執務室、魔法実験室、さらには彼だけが知る秘密の通路まで...


「これは...正確だな」深山は言葉を失いかけた。


「やっぱり!」松本は興奮気味に言った。「でも、部長の説明には一つだけ矛盾点があったんです」


「矛盾?」


「はい」松本は画面を指さした。「部長は魔王城の最下層に『忘却の間』があると言っていましたが、設計図を書いてもらった時には、その部屋の位置が違っていたんです」


深山は眉をひそめた。確かに魔王城の最下層、誰も立ち入ることを許されない秘密の部屋「忘却の間」がある。そこは魔王ヴァルガスさえも滅多に訪れない場所だ。だがなぜ松本がそれを知っているのか?


「忘却の間...」


「はい、部長が『過去の記憶を封印する場所』と呼んでいた部屋です」松本は熱心に説明した。「でも先週は最下層と言っていたのに、先月描いた図では中層の奥にあるんです」


深山は混乱した。彼の記憶では「忘却の間」は確かに最下層にある。しかしもし深山厳が「忘却の間」を中層に描いていたとすれば...


「松本、その設計図を見せてくれないか?」


「もちろんです」松本は別のファイルを開いた。そこには確かに「忘却の間」が中層に描かれていた。


(これは一体どういうことだ?)


深山は考え込んだ。記憶に齟齬があるということは、彼の知る「マグナ・インフェルノ」が完全な真実ではないのかもしれない。


「部長?どうしました?」


山田の声で我に返った深山は、笑顔を作ろうとした。


「いや、松本の創造力に感心していただけだ」


「でしょう?」松本は嬉しそうに笑った。「IT部門の仕事の合間を縫って作っているんですよ。部長の小説が出版されたら、このモデルを使ったゲームも作れますね!」


「そうだな...」深山は曖昧に答えた。


食事を終えて席を立とうとした時、遠くから声がかかった。


「おや、深山部長じゃないか」


振り向くと、高橋剛が同僚数人と食堂に入ってきたところだった。彼は笑顔を浮かべているが、その目は笑っていない。


「高橋部長...」深山は警戒心を隠せなかった。


「昨日の商談、見事な心理戦だったね」高橋は近づいてきて、小声で言った。「でも最後に勝つのは俺だ。NEXUS社のCTOは既に我々の提案に前向きだからね」


「ほう...」深山は感情を抑えながら応じた。「結果はまだわからんぞ」


「ふん、いつもの深山らしくないな」高橋は首を傾げた。「普段なら『貴様に負けるものか』とか言いそうなものだが」


(やはり深山厳も、我と似た気質か...)


「人は変わるものだ」深山は静かに答えた。


「変わる?」高橋は嘲笑するように言った。「君のような男が?笑わせるな」


その言葉に、深山は眉をひそめた。高橋の中に「光の勇者」の影を見たような気がした。異世界でも、勇者は常に魔王の変化や成長を信じようとしなかった。


「昨日の研修で、神崎さんが言っていたことを聞いたかい?」高橋は話題を変えた。「『真の契約とは、魂の誓いである』とか何とか...」


「昨日?」深山は首を傾げた。「神崎さんの研修は今日だが」


「え?」高橋も同じく首を傾げた。「いや、昨日も法務部の小研修があったよ。我々二部だけが招待されたんだ」


(我々だけ?なぜ?)


深山は違和感を覚えた。しかし、それ以上追求する前に、高橋は軽く手を振って去っていった。


「では、午後の研修で会おう」


深山は山田と松本を連れてオフィスに戻った。帰り道、胸ポケットのシャドウが小声で囁いた。


「魔王様、高橋剛には要注意ですよ。彼は単なるライバル以上の存在です」


「ああ、わかっている」深山も小声で返した。「光の勇者としての記憶があるのかもしれんな」


* * *


午後の法務研修は、本社17階の大会議室で行われることになっていた。深山が少し早めに到着すると、既に何人かの部長クラスが席に着いていた。高橋も遠くの席で、部下と談笑している。


「部長、こちらです」


佐藤が手を振った。彼女は前方に席を確保していた。深山は少し緊張しながら前に進み、指定された席に座った。


志村から渡された本をバッグから取り出し、再び目を通そうとした時、誰かが彼の背後に立っていることに気づいた。


「その本、興味深いものをお持ちですね」


振り向くと、黒いスーツに身を包んだ女性が立っていた。細いメガネ越しの鋭い目が、深山の本に向けられている。


「あなたが...神崎律子さんですか?」


「はい」彼女は小さく頷いた。「そして深山部長、その本は相当な古書ですね。どこでお手に入れになったのですか?」


「これは...」深山は一瞬迷った。「志村社長から借りたものです」


神崎の表情が一瞬変化した。


「そうですか...志村社長から」彼女は意味ありげに言った。「それは興味深い」


「神崎さん、あなたはこの本を知っているのか?」


「ええ、知っています」神崎は静かに言った。「私の家系に代々伝わる書物の一つです。原本は江戸時代に書かれたものですが、そちらは複製でしょうね」


深山は本の表紙を見つめた。確かに古く見えるが、江戸時代から続く家系の秘伝書というには新しすぎる。


「研修の前に、少しお話できますか?」神崎が小声で言った。


深山は頷き、二人は会場の隅に移動した。


「深山部長」神崎は真剣な表情で言った。「あなたに『契約の呪縛』がかかっているのは知っています」


深山の目が見開かれた。


「なぜそれを...」


「私の家系は代々、『契約の守護者』と呼ばれてきました」神崎は静かに説明した。「魂の契約を守り、導く役割を担っています。あなたの胸の左側に痛みが走るのは、契約に違反しようとした時だけですね?」


深山は息を飲んだ。この女性は彼の状態を完全に理解しているようだった。


「はい...だが、私はいつそのような契約を結んだのか覚えていない」


「それこそが問題の核心です」神崎は意味深に言った。「あなたが記憶を失っている、あるいは...別の記憶に置き換えられているのかもしれません」


深山は考え込んだ。自分の魂が魔王ヴァルガスのものなのか、それとも深山厳のものなのか、あるいは...


「今日の研修では、『契約と遵法精神』について話します」神崎は話題を戻した。「一見、普通のコンプライアンス研修のように見えますが、あなたにとっては特別な意味を持つでしょう」


「特別な意味?」


「はい」神崎は深山の胸元を指さした。「その呪縛の真の意味を理解する手がかりになるはずです」


彼女の言葉が終わる前に、会場内のマイクから声が響いた。


「皆様、お席にお着きください。研修を始めます」


神崎は深山に小さく頷き、演台へと向かった。深山は席に戻り、心の準備を整えた。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます」


神崎の声は透明感があり、会場全体に響き渡った。


「本日の法務研修は『契約と遵法精神』についてです」


プロジェクターにはタイトルスライドが映し出された。しかし深山の目には、「契約」という文字が特別に輝いて見えた。


「契約とは何でしょうか?」


神崎はスライドを進めた。そこには「契約=約束の神聖な結び」と大きく書かれている。


「契約は単なる紙切れではありません。それは魂の約束、言葉の縛り、意思の表明です」


深山は息を飲んだ。神崎の言葉が、異世界の「契約魔法」の原則とあまりにも似ているのだ。


「近代法では契約自由の原則が重視されますが、その自由には責任が伴います。一度結んだ契約は、守らなければなりません」


講義が進むにつれ、深山の胸に不思議な感覚が広がっていった。痛みではなく、何かが共鳴しているような感覚だった。


「法律という言葉は『束縛』というネガティブなイメージで捉えられがちですが、本来は『保護』なのです」


神崎の言葉が深山の耳に響く。


「法は弱者を守り、社会の秩序を維持します。それは人々を縛る鎖ではなく、混沌から守る盾なのです」


(混沌から守る盾...)


深山はハッとした。自分が魔王として統治していた世界は、まさに力による混沌だった。弱者は踏みにじられ、強者だけが生き残る世界...


講義の途中で、神崎は参加者に質問を投げかけた。


「皆さんは契約を破ったことがありますか?それはどんな時でしたか?」


会場にはしばらく沈黙が流れた。誰も手を挙げたくないようだった。深山も静かに考え込んでいた。異世界での彼は、自分の意志こそが絶対であり、約束など守る必要がないと考えていた。しかし...


「私から一人指名させていただきます」神崎の目が深山に向けられた。「深山部長、いかがですか?」


全員の視線が深山に集まった。高橋も遠くから面白そうに見ている。


「私は...」


深山は立ち上がり、言葉を選びながら答えた。


「かつて私は、力こそが全てだと思っていました」


佐藤が驚いた表情で彼を見上げた。これは深山厳としても、異例の発言だった。


「強い者が弱い者に命令し、従わせる...それが当然だと」


彼は会場を見渡した。


「しかし最近、そうではないと気づき始めています」


彼は自分でも驚くような言葉を続けた。


「真の力とは、従わせることではなく、共に歩むことかもしれない。契約とは束縛ではなく、相互の尊重と信頼に基づく約束なのかもしれません」


会場には驚きの表情が広がった。佐藤は信じられないような目で深山を見上げ、高橋は遠くで眉をひそめていた。


深山は自分の言葉に戸惑いながらも、心の奥で何かが目覚めるのを感じていた。これは魔王ヴァルガスの考えではなく、彼の中の何か別のもの...深山厳の魂が語っているのかもしれない。


「素晴らしい視点です」神崎は満足げに頷いた。「深山部長、あなたは変わりつつあるのですね」


深山は席に戻りながら、胸の内で激しい感情の渦を感じていた。彼の中で、何かが変化しはじめている。


研修は続き、神崎は契約の歴史や現代における意義について説明していった。そのすべての言葉が、深山の胸の奥深くに染み入るようだった。


休憩時間になると、神崎が再び深山に近づいてきた。


「感じましたか?」彼女は静かに尋ねた。


「ああ」深山は頷いた。「何か...思い出しかけているような感覚だ」


「良いことです」神崎は微笑んだ。「契約の呪縛は、記憶を取り戻すための鍵でもあります」


「記憶...」


深山は考え込んだ。彼の中には二つの記憶があるようだった。魔王ヴァルガスとしての記憶と、深山厳としての記憶。しかし、それだけなのか?


「神崎さん、私は一体誰なんだ?」


彼は率直に尋ねた。神崎は少し考えてから、慎重に答えた。


「あなたは三つの魂を持っています。過去、現在、そして...可能性としての未来」


「三つの魂?」


「はい」神崎は深山の胸元を指さした。「その胸の痛みは、三つの魂が一つになるための過程なのです」


深山はますます混乱した。三つの魂とは何か?魔王ヴァルガスと深山厳、そして...


「後半の研修でも、あなたに向けたメッセージがあります」神崎は意味深に言った。「特に最後のスライドに注目してください」


彼女はそれ以上何も言わずに去っていった。


* * *

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