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第2話「商談は戦場より難しい」

1話目に引き続き大幅に修正しました!

「高橋から勝利を奪うぞ…」


深山厳はプレゼン資料にじっと目を凝らしながら呟いた。部下たちが準備した図表や戦略が、彼にとっては異世界の魔法陣のように見える。しかし、魔王ヴァルガスとしての戦略眼は健在だ。


会議室の扉が開き、佐藤美咲が入ってきた。


「部長、あと20分でNEXUS社との会議です。準備はいかがですか?」


「ああ…」深山は資料から顔を上げた。「この書類の意味は理解した。だが、戦いの実感がわかない」


佐藤は眉をひそめた。「戦い、ですか?」


「い、いや、商談だ」深山は言い直した。「商談の実感が…わからない」


佐藤は深山の隣に座り、資料を整理し始めた。


「営業一部長として3年目なのに、今さらそんなこと言わないでください」


(3年も?この世界では私はそんなに長くこの役職にいるのか)


「ただ…」佐藤は少し表情を和らげた。「今朝から調子が悪いようですし、今日は私がフォローします」


「助かる」


深山は正直に答えた。異世界では側近の助けを借りることに躊躇いはなかった。有能な部下は活用すべき資源だ。


「ところで、松本さんは?」


「IT部門に連絡してあります。プレゼンの技術面は彼にサポートしてもらいます」


佐藤の手際の良さに、深山は満足げに頷いた。


「では行くぞ」


彼は立ち上がり、スーツの襟を正した。魔王の威厳を取り戻そうとするかのような仕草だ。


「部長」佐藤が真剣な表情で言った。「高橋部長は手強いですが、私たちには私たちの強みがあります。自信を持ってください」


その言葉は、異世界でヴァルガスが部下を鼓舞する前に聞いていた言葉と妙に似ていた。


「勝つさ…必ず」


深山と佐藤は会議室を出て、エレベーターに向かった。移動中、佐藤は最後の打ち合わせを行った。


「NEXUS社のCTO、村上さんは技術志向が強いので、松本さんの専門知識が武器になります。一方、営業担当の西川さんはコスト意識が高いので、私たちの提案の費用対効果をアピールすべきです」


深山は情報を頭に入れようとした。敵の弱点を分析するのは戦場でも同じだ。


「敵の…相手の性格を把握することが大事だな」


「はい。それと…」佐藤は少し躊躇った後、続けた。「部長、今日はいつもよりも落ち着いていますね。昨日のような剣幕で会議に臨まないでください」


「昨日?」


「先週のYAMATO電機との商談です。部長が『契約しないと今後の取引に影響があるぞ』と言って、先方を怒らせましたよね」


(そんなことを?)


深山は思わず苦笑いした。どうやら深山厳も、無意識にヴァルガスの性質を持っていたようだ。


「今日は大丈夫だ」


「お願いします」佐藤はホッとした様子で言った。


エレベーターが15階で停止し、二人は出口へと向かった。会議室の前には、すでに営業二部の高橋剛と数名のスタッフが待機していた。


「おや、深山部長」高橋が笑みを浮かべて声をかけた。「今日は戦にでも来たのかな?」


深山は眉をひそめた。高橋の言葉選びが妙に刺激的だ。


「通常の商談だ、高橋部長」深山はできるだけ穏やかに答えた。「お互い最善を尽くそう」


高橋は少し驚いた様子だが、すぐに表情を戻した。


「もちろんさ。ただ…」彼は深山に近づき、小声で続けた。「今日は僕らの勝ちだよ。新しいAIアルゴリズムの提案があるからね」


高橋は意味ありげに笑うと、会議室へと入っていった。


(AIアルゴリズム?なんだそれは…)


深山は佐藤に視線を向けた。彼女は冷静に状況を分析しているようだった。


「彼らの切り札があるようですね」佐藤が小声で言った。「松本さんと相談しましょう」


その時、廊下の向こうから走ってくる足音が聞こえた。


「お、遅れてすみません!」


息を切らしながら駆けつけてきたのは、乱れた髪と厚いメガネが特徴的な男性だった。松本健太まつもと・けんた、IT部門の天才プログラマーである。


「松本さん、間に合いましたね」佐藤はホッとした様子で迎えた。


「昨晩徹夜でしたから…」松本は疲れた表情で言った後、深山を見て少し表情が変わった。「部長、その…昨日は興味深いお話をありがとうございました」


「昨日?」深山は思わず聞き返した。


「はい、飲み会の後で。部長が『ファンタジー世界のエネルギーシステム』について熱く語ってくれて…とても面白かったです」


「松本さん」佐藤が咳払いをして遮った。「今は商談の準備に集中しましょう」


「あ、はい」松本は我に返ったように頷いた。


(ファンタジー世界?深山の記憶にあるようだが…なぜこの男と語り合っていた?)


深山は困惑しながらも、興味を覚えた。記憶の混乱の中でも、松本に親近感を抱いているようだった。


「松本、高橋たちが新しいAIアルゴリズムを持っているらしい。対策は?」


松本の目が輝いた。「それなら心配無用です!私も昨晩、最新のディープラーニングモデルを調整しました。彼らのどんなアルゴリズムにも対応できます」


その自信満々な様子に、深山は安心感を覚えた。


「よし、いくぞ」


三人は会議室へと入った。中には既にNEXUS社の担当者二名と、高橋を含む営業二部のメンバーが着席していた。


「お待たせしました」深山は礼儀正しく頭を下げた。「フューチャーテック営業一部の深山です」


「村上です」眼鏡をかけた中年男性が立ち上がった。「NEXUS社のCTOです」


「西川です」スマートなスーツ姿の女性が名刺を差し出した。「営業担当です」


深山は名刺交換の儀式に戸惑いつつも、深山厳の記憶をたどりながら何とかこなした。しかし、名刺を受け取る時に少し手間取り、不自然に見えたようだ。


「深山さん、お体の調子はいかがですか?」村上が心配そうに尋ねた。


「あ、はい。ご心配ありがとうございます。少し疲れているだけです」


「昨晩は飲み過ぎたようですね」高橋が茶化すように言った。


村上はそれを聞き流し、本題に入った。「では、両チームからのプレゼンテーションを伺いましょう。まずは高橋さんのチームからお願いします」


高橋は自信満々に立ち上がり、プレゼンテーションを始めた。彼の話術は見事で、スライドも洗練されている。彼が説明する新しいAIアルゴリズムは、NEXUS社の新プロジェクトに完璧にマッチしているように思えた。


深山はそれを横目で見ながら、自分のプレゼンに不安を感じ始めた。


(戦場なら剣や魔法で勝負がつくものを…ここでは言葉と知識が武器か)


高橋のプレゼンが終わり、質疑応答が行われた。村上CTOからの鋭い技術的質問にも、高橋チームのIT担当者が的確に答える。


「では次に、深山さんのチームからお願いします」


深山は立ち上がり、プロジェクターの前に立った。佐藤がスライドを操作する準備をしている。


(さあ、いくぞ…)


深山は喉を鳴らし、話し始めた。


「本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」


彼は丁寧に頭を下げた。

「まず、NEXUS社の課題について…」


深山は佐藤の準備した資料をもとに説明を始めた。魔王時代の演説の経験が、意外なほど役立っていた。説得力のある声と威厳のある姿勢は、聴衆の関心を引き付ける。


しかし、技術的な詳細に入ると、彼の知識の限界が見え始めた。


「我々のAIソリューションは、従来の…えっと…」


深山は言葉に詰まった。魔王の知識では太刀打ちできない用語が次々と出てくる。


そこで松本が立ち上がり、さりげなくバトンタッチした。


「詳細を説明させていただきます」


松本の説明は専門的だが明瞭で、村上CTOの目が次第に輝き始めた。特に、松本が昨晩開発した新アルゴリズムの説明に、村上は強い関心を示した。


「これは非常に興味深いアプローチです」村上は感心した様子で言った。「高橋さんの提案とは異なる視点ですね」


プレゼンの最後に、佐藤が費用対効果の分析を提示した。彼女の説明は簡潔で説得力があり、西川の注目を集めた。


質疑応答に移り、村上から技術的な質問が続いた。松本が的確に答える一方、西川からのコスト関連の質問には佐藤が対応した。深山は全体を見守りながら、必要に応じて軌道修正を行った。


「一つ質問があります」西川が鋭い目で深山を見つめた。「御社と高橋さんのチームは同じ会社ですよね。なぜ二つのチームが別々の提案をするのですか?」


会議室が静まり返った。高橋が答えようとする前に、深山が口を開いた。


「我々はフューチャーテックの営業一部と二部です」深山はゆっくりと話し始めた。「確かに同じ会社ですが、それぞれが異なる専門性と視点を持っています」


彼は一瞬、戦略を考えた。異世界では敵の前で味方と争うことはないが、ここでは状況が違う。


「私が率いる営業一部は、柔軟性とカスタマイズを重視します。高橋率いる営業二部は、スケールと標準化に強みがあります。どちらがNEXUS社のニーズに合うか、それを判断いただくために、二つの提案をご用意しました」


西川はその説明に納得したように頷いた。高橋も意外な顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「深山の言う通りです」高橋が同意した。「我々の競争がクライアントに最高の選択肢を提供することになるのです」


村上と西川は顔を見合わせ、議論を始めた。しばらくの相談の後、村上が口を開いた。


「両チームとも素晴らしい提案をありがとうございました。詳細を検討するため、一週間ほどお時間をいただけますか?」


「もちろんです」深山と高橋は同時に答えた。


会議は終了し、関係者が席を立ち始めた。深山は村上と西川に丁寧に挨拶をした後、自分のチームを見渡した。佐藤と松本の表情から、彼らがプレゼンに満足していることが伝わってきた。


会議室を出ると、高橋が深山に近づいてきた。


「今日の君は随分と違うね」高橋は不思議そうに言った。「いつもなら私に挑発的な言葉を投げかけるのに」


「状況に応じた対応をしただけだ」深山は淡々と答えた。


「そうかい」高橋は面白そうに笑った。「でも勝負はまだついていないよ。一週間後が楽しみだね」


彼は軽く会釈すると、自分のチームを引き連れて立ち去った。


「お疲れ様でした」佐藤が深山に近づいた。「部長、今日はとても良かったです。特に西川さんの質問への対応は絶妙でした」


「ふむ」深山は少し照れたように首を傾げた。「お前たちのサポートがあったからだ」


「お前たち…ですか」佐藤は眉をひそめた。


「皆さんのサポートがあったからです」深山は慌てて言い直した。


「まあいいです。今日はこの調子で進めましょう。午後から細かい数字の確認が必要ですが…」


「それは佐藤さんに任せる…任せてもいいだろうか」


佐藤は少し驚いたが、すぐに笑顔になった。「もちろんです。任せてください」


「私もアルゴリズムの最適化を続けます!」松本が興奮した様子で言った。「部長、昨日話した『エネルギーの循環理論』を参考に、新しいアプローチを思いついたんです!」


「松本さん…」佐藤が困ったように制止しようとした。


「いや、聞かせてくれ」深山は興味を示した。


三人は社内カフェに移動し、コーヒーを取りながら、次の戦略について話し合った。松本は深山が話したという「異世界の話」から着想を得た新しいアルゴリズムについて熱く語り、深山はそれを興味深く聞いていた。


「エネルギーの循環を情報の流れに置き換えると、驚くほど効率的なモデルができるんです!」


「なるほど…」


深山は自分の(正確には違うが)酔った勢いでの話が、思わぬところで役立っていることに感心した。何気なく深山が語った知識が、実際の技術開発に応用されるとは。


「(松本が語る異世界の理論は、まさしく我が魂の深奥に眠る知識ではないか。あの酔った夜、意識の外で語っていたのは、単なる空想などではなかったのだ。これは、深山厳としての私が無意識に作り出した、異世界ヴァルガスとしての記憶の断片…)」


「松本さん、その理論を具体的にプログラムにできますか?」佐藤が実務的な質問をした。


「もちろん!昨晩から取り組んでいます。あと2、3日あれば…」


「では、それをNEXUS社への最終提案に盛り込みましょう」


佐藤の決断力に、深山は頷いた。彼女は実際に部を動かしている参謀のような存在だ。


昼食を終え、オフィスに戻る途中、深山はふと廊下の窓際に黒猫のシャドウが座っているのを見つけた。


「少し遅れる」彼は佐藤と松本に言った。「先に戻っていてくれ」


二人が行ってから、深山はシャドウに近づいた。


「どうでした?魔王様」シャドウが小声で尋ねた。


「戦場よりも複雑だな」深山は正直に答えた。「力ではなく言葉で戦う世界…」


「でも、魔王様は上手く立ち回っていましたね」


「部下の力があったからだ」深山は素直に認めた。「異世界でも側近の力は重要だったが、ここではより依存している」


「それが気づきの一つですよ」シャドウは黒い尻尾を揺らした。「力だけでは統治できない。部下との信頼関係が必要なのです」


深山は黙って考え込んだ。


「魔王様」シャドウが続けた。「あなたが異世界で失ったものは何だと思いますか?」


「失ったもの?」


「はい。なぜあなたはこの世界に来ることになったのか…それを考えてみてください」


深山が答えようとした時、廊下の向こうから声が聞こえた。


「部長、ここにいたんですか」


鈴木花子が近づいてきた。シャドウは素早く身をひるがえし、窓の外に飛び出していった。


「何かお探しですか?」鈴木が不思議そうに尋ねた。


「いや、少し外の景色を見ていただけだ」


「そうですか。あ、プレゼンがうまくいったと聞きました。おめでとうございます!」


鈴木の明るい笑顔に、深山は少し緊張が解けるのを感じた。


「ありがとう、鈴木さん」


「それにしても、部長は今日はいつもと違いますね」鈴木が首を傾げた。「昨日の『闇の支配者だ!』って叫んでいた人と同じとは思えないくらい落ち着いています」


「そ、そうか…」


深山は顔が熱くなるのを感じた。魔王としての威厳が傷つけられる気分だ。


「でも、この方が素敵ですよ」鈴木は笑った。「威圧的な部長より、冷静で頼れる部長の方が働きやすいです」


「そうか…」


深山はその言葉を考えながら、オフィスへと歩き始めた。鈴木と並んで歩きながら、彼は異世界での自分の統治スタイルについて考えていた。力と恐怖で支配することが、本当に最善だったのだろうか?


オフィスに戻ると、社員たちが深山を見て微笑んだ。普段より柔らかい表情の彼に、皆が安心しているようだった。


「部長、お疲れ様でした」山田太郎が元気よく挨拶した。「プレゼン成功だったそうですね!」


「ああ、まあな」


「部長の指導のおかげです!」山田は熱心に言った。「僕も早く現場に出られるよう、頑張ります!」


その純粋な忠誠心に、深山は異世界の忠実な部下を思い出した。


(この男、やはりあいつを思い出すな…)


深山は自分のデスクに戻り、椅子に座った。朝よりもパソコンの操作に慣れた手つきで、メールをチェックし始めた。商談後の処理すべき事項が山のようにあったが、不思議と嫌な気分ではなかった。


しばらく仕事をした後、深山は佐藤に声をかけられた。


「部長、明日のスケジュール確認です」


彼女はタブレットを見ながら続けた。「午前中は部内会議、午後からは月次報告の準備です。それと…」


彼女は少し言葉を選ぶように躊躇った。


「それと?」


「神崎さんから連絡がありました。法務研修が明後日にあるとのことです」


「神崎?法務研修?」


「はい、神崎律子さんです。法務部主任」佐藤が説明した。「コンプライアンスと契約関連の研修です。部長も参加必須とのことです」


(法律の専門家か…)


深山は胸の左側が軽く疼くのを感じた。この体の左胸にある紋様に関係しているのだろうか。


「わかった。スケジュールに入れておいてくれ」


佐藤は少し不思議そうな顔をした。「部長、いつもならこの手の研修は『無駄だ』と言うのに…」


「ほう?」深山は興味を持った。「私はそんなことを言っていたかな?」


「ええ、いつもは」佐藤はタブレットを胸に抱えて言った。「特に法務関係は『形式主義的な時間の無駄』だと…」


「なるほど」


深山は考え込んだ。ヴァルガスとしても、形式的な儀式を嫌う性質はあった。しかし今は神崎と紋様の関連性を知りたいという好奇心があった。


「今回は参加しよう。勉強になるかもしれん」


佐藤は驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。「了解しました。ではそのようにスケジュールを調整します」


彼女が去った後、深山は窓の外を眺めた。高層ビルが立ち並ぶ東京の景色は、異世界の風景とは全く違う。しかし、どちらの世界にも、彼が学ぶべきことがあるようだった。

彼は自分の胸に手を当てた。そこには見えない紋様がある。


「この世界での戦い方を学ばねば…」


深山の目が決意に満ちて輝いた。一日目は想像以上にうまくいった。明日からも、この世界での戦いに挑み続ける。


窓の外の電線の上に、一匹の黒猫が座って彼を見つめていた。シャドウは静かに頷くと、夕暮れの街へと消えていった。

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