第1話: 「魔王流営業術の確立」
はるか昔、異世界「マグナ・インフェルノ」を統治していた冷酷な魔王ヴァルガスは、ある日突然、現代日本のIT企業「フューチャーテック株式会社」の営業部長、深山厳として目覚めた。当初、彼は日本の常識や社会規範に戸惑い、部下を「貴様ら」と呼ぶなど異世界流の振る舞いを続けた。しかし、法律やルールを破ろうとすると全身に激痛が走る「契約の呪縛」に苦しめられながらも、敏腕部下の佐藤美咲の冷静な指導、新入社員の山田太郎の純粋な忠誠心、そして天才プログラマー松本健太の技術力に助けられ、酔った勢いで語った自身の「ファンタジー小説の知識」が、実は魔王ヴァルガスの深奥に眠る異世界の真実であり、それが松本のような天才の着想に繋がるという奇妙な運命を経験しながら、 現代社会に適応しようと奮闘してきた。深山は、ライバルである営業二部の高橋剛(異世界では「光の勇者」の転生)との競争や、黒猫シャドウ(異世界からの使い魔)の謎めいた助言を通じて、力による支配ではなく、「対話と協力」、そして「信頼」こそが真の強さであることを学び始めた。特に、法務部の神崎律子(「契約の守護者」の末裔)との出会いは、彼に「契約の呪縛」が実は「導き」であり、自身の中に魔王ヴァルガス、戦国武将・深山前、そして現代のビジネスマン・深山厳という「三つの魂」が共存し、統合されつつあるという真実を突きつけた。 第2章の終盤、深山は志村社長(異世界と日本の繋がりを知る鍵を握る人物、そして異世界と日本の行き来を研究していた科学者)から、異世界からの「干渉」に対処するための極秘プロジェクト「異界技術応用研究プロジェクト」の指揮を託される。これは社内でもタブー視される危険なプロジェクトであり、高橋も過去の混乱を理由に反対の姿勢を見せる。深山は、社内政治という名の迷宮に足を踏み入れながらも、チームメンバーの協力を得て、この壮大な使命に立ち向かう覚悟を決めた。彼の内では、「異世界の思考」と「現代の思考」が融合し、新たなリーダーシップの形が芽生えつつあったのだ。
「この世界での戦い方、ようやく見えてきたな」
深山厳は、晴れ渡った東京の空を見上げながら、そう呟いた。彼の心は、かつての魔王ヴァルガスとしての冷酷な支配欲ではなく、目の前の世界を理解し、その中で自らの力を発揮していく新たな野心に満たされていた。社長から託された「異界技術応用研究プロジェクト」は、その野心の象徴でもあった。社内政治という名の新たな迷宮に足を踏み入れたばかりだが、深山は既に次なる一手を見据えていた。
月曜の朝、営業部オフィスは、NEXUS社との共同プロジェクト成功の余韻で、いつも以上に活気に満ち溢れていた。社員たちの表情は明るく、フロアには活発な話し声が響いている。その中心には、深山厳がいた。
「おはようございます、部長!」
山田太郎が深山のデスクに駆け寄ってきた。彼の目はきらきらと輝いている。
「ああ、山田くん、おはよう」深山は自然な笑顔で応えた。「今日も元気だな」
「はい!部長のおかげです!」山田は胸を張った。「NEXUS社のプロジェクトで、僕、本当に成長できました!次も頑張ります!」
山田の純粋な熱意に、深山は心地よさを感じた。かつて魔王の配下であった黒騎士タロスは、恐怖と絶対的な服従によってのみ動いたが、山田の行動は、深山の「共に成長する」という新しい価値観に共鳴しているようだった。深山の胸の左側にある「契約の呪縛」の紋様は、微かに温かく脈打っている。それは、彼が正しい道を歩んでいることへの肯定の証だった。
「山田くんの成長は、私にとっても大きな喜びだ」深山は心からの言葉を伝えた。この素直な感情表現もまた、彼が現代社会に適応し、人間的な感情を学びつつある証だった。
山田が嬉しそうに自席に戻っていくと、深山は思考を巡らせた。
(「異界技術応用研究プロジェクト」は、社内で新たな波紋を呼ぶだろう。その中で、いかにして盤石な体制を築くか…)
このプロジェクトを成功させるためには、彼自身の力だけでなく、営業部全体の協力が不可欠だ。特に、この現代日本における「営業」という行為は、異世界での「征服」とは大きく異なる。力で押し潰すのではなく、相手の心をつかみ、信頼を築くことが求められる。まさに「魔王流営業術」を確立すべき時だった。
そこへ、松本健太が、いつも以上に乱れた髪で深山のデスクにやってきた。彼のメガネは湯気で曇っている。
「部長、おはようございます!聞いてください!」
松本は興奮した様子で、深山にタブレットの画面を見せた。そこには、複雑な数式と、幾何学的な図形がびっしりと並んでいる。
「昨日の『異界技術応用研究プロジェクト』の資料を見て、徹夜で考えたんです!異世界の魔力伝導理論を、現代のネットワークセキュリティに応用できないか、と!」
松本は深山が酔った勢いで語ったファンタジー小説の知識を、技術開発に活かしていた。深山は驚きを隠せなかった。彼の脳裏には、魔王としての記憶にある、魔力伝導の複雑な魔導回路が鮮明に浮かび上がっていた。松本の理論は、まさにそれを現代の技術で再現しようとしているかのようだった。 「(松本が語るその理論は、まごうことなき異世界の真実。我が酔いの中から紡ぎ出された言葉は、表面に出てきていない魔王ヴァルガスの深奥なる知識であったのだ。深山厳としての自我がまだ希薄だったあの時、無意識のうちに己が真実を漏らしていたとは…)」 松本の言葉に、深山は確信した。これこそが、彼が目指すべき「魔王流営業術」の一つの形だ。単なる力任せの営業ではなく、松本のような天才の「異界技術」と、彼自身の「異世界の知識」を融合させ、現代社会の課題を解決する。それは、ビジネスを通じて新たな価値を創造する、まさに「創造する魔王」の道だ。
「松本、その研究を最優先で進めてくれ」深山は力強く言った。「必要なリソースは全て私が手配する。君の才能は、このプロジェクトの核となる」
「はい!必ずや!」松本は意気揚々と自席に戻っていった。
深山は松本の背中を見送ると、自らのデスクに座り、深く息を吸った。
(これで、新たな営業術の骨格は見えた。次は…それをどう実践し、広めていくかだ)
そこへ、佐藤美咲が淹れたてのコーヒーを手に近づいてきた。彼女の表情はいつもの冷静さを保っているが、その瞳の奥には、深山の変化を静かに見守る温かさが宿っている。
「部長、おはようございます。今朝は一段と気合いが入っていますね」
「ああ、佐藤さん、おはよう」深山はコーヒーを受け取った。「新しいプロジェクトのことで、いくつか考えがあった」
「そうですか」佐藤は深山の向かいに座り、タブレットを操作し始めた。「今日の午前中は、新プロジェクトの社内説明資料の作成と、既存の営業案件の状況確認があります。午後からは、主要クライアントへの挨拶回りを予定しています」
「挨拶回りか…」深山は少し眉をひそめた。異世界では、魔王が自ら「挨拶」などという行為に出向くことはありえなかった。部下を送り出し、彼らを力で従わせるのが常だった。しかし、この世界では、それが「信頼関係」を築くための重要なステップであることを、彼はこれまでの経験で学んでいた。
「はい」佐藤は頷いた。「特に、NEXUS社の成功を受けて、他社からも関心が高まっています。この機会を逃すべきではありません」
深山は佐藤の言葉に納得した。
(「顧客」とは、異世界における「臣民」のようなものか。彼らの信頼を得なければ、この世界の「支配」はできない)
彼の「魔王流営業術」は、顧客の課題を解決し、信頼を勝ち取ることで、市場を「征服」する、という形へと昇華しつつあった。
「わかった。準備を進めてくれ」深山は言った。
「承知いたしました」佐藤は立ち上がろうとした。
「佐藤さん」深山は呼び止めた。「君の意見を聞きたい。今日の顧客への挨拶回りについて、何か特別なアプローチは必要か?」
佐藤は少し驚いたように目を見開いた。以前の深山であれば、このような質問をすることは滅多になかっただろう。彼女は、深山の「チームの意見を尊重する」という姿勢が、単なる言葉だけでなく、行動に移されていることを感じ取っていた。
「そうですね…」佐藤は少し考え込んだ。「NEXUS社の成功は、私たちの強みである『柔軟な対応力』と『革新的な技術力』を明確に示しました。特に、松本さんの異界技術応用アルゴリズムは、他社との差別化を図る上で強力な武器になるでしょう」
「なるほど」深山は頷いた。「それを前面に押し出すか」
「はい。ただ、部長」佐藤は真剣な表情に戻った。「高橋部長率いる営業二部も、NEXUS社のプロジェクトに一部協力したことで、同様のアプローチを試みる可能性があります。彼らもまた、今回の成功を最大限に利用しようとするでしょう」
深山は高橋の顔を思い浮かべた。高橋は、かつての「光の勇者」としての因縁だけでなく、現代のビジネスマンとしても深山のライバルであり、その行動は常に先を読み、出し抜こうとする狡猾さも持ち合わせている。しかし、NEXUS社のプロジェクトでの協力、そしてカラオケでの深山の歌に「懐かしさ」を感じたという高橋の言葉は、彼の中の「光の勇者」の魂が、かつての宿敵に対する新たな感情を抱き始めていることを示唆していた。
「高橋部長も、変わろうとしているのかもしれないな」深山は静かに言った。
佐藤は深山の言葉にわずかに驚いたように目を見開いた。彼女は深山がライバルである高橋に対し、これほど客観的で、かつ理解を示すような言葉をかけるとは思っていなかったのだ。彼女は、深山の変化が、単なるビジネスマンとしての成長だけでなく、人間としての深まりをもたらしていることを感じ取っていた。
「確かに…そうですね」佐藤は微笑んだ。その笑顔には、深山への信頼と、彼が歩む新しい道への期待が込められているようだった。「彼の動きも注視しておく必要がありそうです」
深山は頷いた。
(高橋との関係もまた、この「魔王流営業術」の試金石となるだろう。かつての敵と、いかにしてこの世界で共存し、あるいは協力し合うか…)
それは、異世界での「征服」とは異なる、この現代社会ならではの「共生」の戦略だった。
午前中、深山は佐藤と共に、新プロジェクトの社内説明資料のブラッシュアップを行った。松本から提供された最新の技術情報を盛り込み、それを誰にでも理解できるように、佐藤が巧みに言葉を整えていく。深山は、佐藤の冷静な分析力と、複雑な情報を分かりやすく整理する能力に、改めて感心した。
「佐藤さん、君は本当に優秀だな」深山は素直に言った。「まるで、異世界の賢者のようだ」
佐藤は少し照れたように頬を赤らめた。「ありがとうございます。部長にそう言っていただけると光栄です」
(賢者の末裔…神崎律子が言っていたな)
深山の脳裏に、神崎の言葉が蘇った。佐藤美咲が「賢者の末裔」の血を引いているという伏線は、深山の中で確かな意味を持ち始めていた。彼女の持つ知性と、深山の変化を敏感に感じ取る直感は、まさに「賢者」と呼ぶにふさわしいものだった。彼女は、単なる部下ではなく、深山にとってこの現代社会を生き抜く上で不可欠な「参謀」であり、「導き手」の一人でもあるのだ。深山の佐藤に対する信頼感は、日を追うごとに深まっていた。
昼食は、山田太郎と松本健太も加わり、社員食堂で取った。深山が奢るという提案に、山田と松本は目を輝かせていた。
「部長、今日の午後からの挨拶回り、僕もついて行きたいです!」山田が熱心に言った。
「僕も、松本のアルゴリズムの説明なら、僕に任せてください!」松本も負けじと続いた。
深山は二人の熱意を感じ、微笑んだ。「ありがとう、二人とも。しかし、今日は佐藤さんと私で十分だ。君たちには、新プロジェクトの準備に集中してほしい」
二人は少し残念そうな顔をしたが、すぐに納得した。深山は彼らの成長と貢献を高く評価しており、その期待に応えたいという彼らの気持ちも理解していた。
「山田くんは、これからもっと大きな商談に同行させる。松本は、異界技術応用研究プロジェクトで、君の天才的な技術力を存分に発揮してほしい」
深山の言葉に、二人の顔は再び輝きを取り戻した。彼らのモチベーションは、深山の言葉一つで大きく左右されることを、深山は肌で感じていた。それは、かつての魔王が恐怖で支配したのとは対極にある、「心」による統治だった。
午後、深山は佐藤と共に、主要クライアントへの挨拶回りを開始した。最初の訪問先は、長年フューチャーテックと取引のある中堅の製造業「アーク電子」だ。
深山と佐藤は、アーク電子の会議室で、先方の購買部長と技術部長を待っていた。深山は、身だしなみを整え、佐藤から借りた「ビジネスマナーの本質」という本を読み返した。
(「名刺交換の儀式は、単なる情報交換ではなく、互いの存在を認め合う神聖な契約である」…なるほど、奥が深いな)
彼は、この世界の「契約」が、異世界の契約魔法のように絶対的なものでありながら、その本質は「信頼」と「尊重」にあることを、徐々に理解し始めていた。
「お待たせいたしました、深山部長」
アーク電子の購買部長が、にこやかに会議室に入ってきた。深山は立ち上がり、丁寧な動作で名刺交換を行った。かつて名刺交換に戸惑っていた彼とは、もはや別人だった。
「この度は、NEXUS社との共同プロジェクトの成功、おめでとうございます」購買部長が言った。「御社の技術力には、改めて感銘を受けました」
「ありがとうございます」深山は謙虚に答えた。「これも、皆様のご支援あってのことです」
深山は、アーク電子が抱える既存システムの課題について、事前に佐藤から得た情報を頭の中で整理していた。そして、松本が開発中の「異界技術応用アルゴリズム」が、その課題解決にどう役立つかを説明する機会を伺っていた。
「実は、NEXUS社のプロジェクトで培った技術を、御社にも応用できると考えております」深山は切り出した。
佐藤がタブレットを操作し、松本が作成した簡易的なシミュレーション映像を映し出す。そこには、アーク電子の複雑な生産ラインのデータが、松本のアルゴリズムによって最適化されていく様子が視覚的に示されていた。
「これは…!」技術部長の目が輝いた。「これほど精密なデータ分析は、これまで見たことがない!」
深山は、技術的な詳細は松本に任せるべきだと判断し、大枠のメリットと導入によって得られる効果を強調した。彼の言葉には、魔王ヴァルガスとしての説得力と、深山厳としてのビジネス感覚が融合していた。
「この技術を導入すれば、御社の生産効率は飛躍的に向上し、コスト削減にも大きく貢献できるでしょう」深山は自信を持って言った。「さらに、予期せぬシステムトラブルにも、より迅速に対応できるようになります」
購買部長と技術部長は顔を見合わせ、深く頷いた。彼らは、深山の提案に強い関心を示しているようだった。
「深山部長」購買部長が言った。「ぜひ、詳細な提案書をいただけないでしょうか。前向きに検討させていただきます」
「もちろんです」深山は微笑んだ。
アーク電子での挨拶回りは、予想以上の成果に終わった。深山と佐藤は、次の訪問先へと向かう車の中で、今日の成功について語り合った。
「部長、素晴らしい営業でした」佐藤は深山を称賛した。「特に、松本さんのアルゴリズムを具体的な課題解決に結びつける説明は、説得力がありました」
「これも、君の的確なサポートと、松本の天才的な技術力あってのことだ」深山は素直に感謝した。「まさに、チームの勝利だな」
深山は、この「チームワーク」こそが、この世界における「魔王流営業術」の核であると確信し始めていた。異世界では、魔王一人の力が全てだったが、この世界では、個々の才能を尊重し、それを最大限に引き出すことで、遥かに大きな成果が生まれる。それは、彼の「三つの魂」が融合したからこそ辿り着けた境地だった。
しかし、深山の心には、もう一つの懸念があった。高橋剛の存在だ。彼の「光の勇者」としての魂は、深山の「異界技術応用研究プロジェクト」に、過去の因縁から反対する可能性が高い。社内政治の渦中で、いかにして彼と向き合うべきか。
午後の挨拶回りが終わった頃、深山はオフィスに戻った。デスクには、営業二部の部長、高橋剛からの伝言が置かれていた。「至急、会議室で話したいことがある」という内容だった。
深山はネクタイを緩め、一息ついた後、会議室へと向かった。中には、高橋が一人で座っていた。彼の表情は、普段の自信に満ちたものとは異なり、どこか険しい。
「高橋部長、どうした?」深山は尋ねた。
高橋は深山をまっすぐに見つめた。「深山部長、君の『異界技術応用研究プロジェクト』についてだ」
深山は身構えた。やはり、この話か。
「あのプロジェクトは、社内の『タブー』だ」高橋は静かに言った。その声には、怒りというよりも、深い憂慮が滲んでいた。「過去にも、同じような研究が試みられ、大きな混乱を引き起こした。多くの犠牲者を出したんだ」
深山の胸の左側が、微かに疼いた。それは、高橋の言葉に嘘偽りがないこと、そして、彼自身の魂が、過去の悲劇に共鳴している証だった。
「社長から話は聞いている」深山は答えた。「しかし、このプロジェクトは、二つの世界の危機を防ぐために必要不可欠だ」
「危険すぎる!」高橋は声を荒げた。「君自身も巻き込まれる可能性がある。あの時のように…」
高橋の目には、遠い過去の惨劇を目撃したかのような苦痛が浮かんでいた。「あの時」とは、一体何を指すのか。深山は、それが高橋の中の「光の勇者」の記憶と深く関係していることを感じ取った。
「君は、私のプロジェクトを阻止しようというのか?」深山は問いかけた。
高橋は深くため息をついた。「個人的には、君と敵対したくない。NEXUS社での協力も、決して無駄ではなかったと思っている。君は…変わった。以前の君なら、俺の助言など一蹴しただろう」
彼の言葉には、深山への複雑な感情が入り混じっていた。ライバルとしての敵意、そして深山の変化に対する戸惑い、さらには過去の因縁が絡み合っているのだ。
「だが、これは会社の未来に関わることだ」高橋は続けた。「あのプロジェクトは、会社に破滅をもたらす。私はそれを阻止しなければならない」
深山は、高橋の真摯な眼差しを見つめ返した。彼の行動は、決して私利私欲からではない。彼は、この会社を、そしてこの世界を守ろうとしているのだ。その信念は、魔王としての深山の信念とは異なるが、同じくらい強固なものだった。
「私は、このプロジェクトを成功させる」深山は毅然とした態度で言った。「そして、過去の過ちを繰り返さない。危険を承知で、最善の道を見つける」
高橋は深山をじっと見つめた。深山の瞳には、魔王としての揺るぎない決意と、現代のビジネスマンとしての責任感が宿っていた。高橋は、深山のその覚悟に、何か抗いがたいものを感じたようだった。
「…そうか」高橋はそれ以上何も言わなかった。彼は軽く会釈すると、会議室を後にした。その背中には、複雑な感情が入り混じっているように見えた。
深山は、高橋が去った後、一人残された会議室で深く考え込んだ。
(社内政治の渦中…まさにその通りだな)
力による支配が通用しないこの世界では、言葉と信頼、そして相手の信念を理解する知恵が求められる。高橋との対立は避けられないかもしれない。しかし、それは単なる敵対ではなく、互いの信念をかけた戦いとなるだろう。
深山は、自分の胸の左側を軽く叩いた。痛みはなかったが、温かい脈動を感じる。それは「契約の呪縛」が、彼を「導く者」として、新たな使命へと誘っている証だった。
夕暮れ時、オフィスを後にする深山の心には、今日の営業活動で得た充実感と、高橋との対話から生じた新たな決意が満ちていた。彼の「魔王流営業術」は、顧客の信頼を勝ち取り、社内の障壁を乗り越え、そして二つの世界の未来を切り開くための、新たな戦略へと進化しつつあったのだ。




