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『魔王、異世界から出社!〜異世界の支配者が日本で学んだこと〜』  作者: 夏目颯真
第2章 現代社会への適応

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第7話「異世界の思考と現代の思考」

営業部の朝礼が終わり、深山厳は自身のデスクに戻った。彼の心には、志村社長から託された「異界技術応用研究プロジェクト」の重みがのしかかっていた。異世界の法則を現代技術に応用し、二つの世界の危機を防ぐという壮大な使命。それは、かつて魔王として世界を征服しようとした自身の野望とは、まるで異なる方向性を持っていた。


「部長、この後すぐ、新プロジェクトのキックオフ会議ですね」


佐藤美咲が、今日のスケジュールが記されたタブレットを手に近づいてきた。彼女の瞳には、プロジェクトへの期待と、その裏に隠された複雑さを察しているような鋭い光が宿っていた。


「ああ」深山は頷いた。彼はすでに、このプロジェクトが単なる社内業務ではないことを理解していた。志村社長は、これが「二つの世界の運命を左右する」とまで言っていたのだ。


「何か、不安なことでも?」佐藤が深山の表情を読み取った。彼女は深山のわずかな変化にも敏感に反応するようになっていた。


「いや…」深山は言葉を選んだ。「このプロジェクトは、社内の既存の枠を超えたものだ。反発もあるだろう」


「その可能性は高いですね」佐藤は冷静に答えた。彼女はすでに、神崎律子から受け取った資料で、社内の主要な派閥とそのリーダーたちの情報を把握していた。その中には、営業二部の高橋剛の名前も含まれている。


「しかし、私はこのプロジェクトの意義を信じている」深山は決意を込めて言った。その言葉には、魔王ヴァルガスとしての揺るぎない覚悟と、現代のビジネスマン深山厳としての責任感が融合していた。


「私もです」佐藤は微笑んだ。その笑顔は、深山にとって何よりも大きな支えだった。


会議室へと向かう深山の足取りは、いつになく重かった。このプロジェクトは、単なる技術開発ではない。それは、社内の権力構造を揺るがし、長年培われてきた慣習に挑むことを意味する。


会議室の扉を開くと、そこにいたのは、深山のチームメンバーである佐藤、山田、松本の他に、志村社長と、そして顔見知りの高橋剛、さらに数名の役員や各部署の部長たちだった。彼らの間には、期待と警戒、そして明らかに深山を値踏みするような視線が交錯していた。


深山は毅然とした態度で中央の席に着いた。志村社長が、静かに会議の開始を告げた。


「本日は、かねてより極秘裏に進めてきた『異界技術応用研究プロジェクト』について、その概要と今後の展開を説明するため、諸君に集まってもらった」


志村社長の声は穏やかだが、その言葉には重みがあった。彼は、このプロジェクトが、異世界からの「干渉」によって引き起こされたNEXUS社のシステムダウンに対処するために必要不可欠であることを説明した。


「深山厳営業部長が、このプロジェクトの総指揮を執る」志村は言った。


その言葉に、会議室の空気が一瞬で張り詰めた。ざわめきが起こる。


「深山部長が?なぜ彼が…」


「営業畑の彼に、このような研究開発プロジェクトが務まるのか?」


囁き声が聞こえる中、一人の役員が口を開いた。「社長、失礼ながら、過去にも同様の研究が試みられ、社内で大きな混乱を引き起こしたと記憶しております。このプロジェクトは、あまりにも危険すぎるとは思いませんか?」


その言葉に、高橋剛が小さく頷いた。彼の表情は険しく、深山を心配するような色と、同時に何か過去のトラウマを想起させるような苦痛が入り混じっていた。


深山は立ち上がった。彼の視線は、役員たち、そして高橋へと向けられた。


「確かに、このプロジェクトは未知の領域だ」深山は静かに言った。彼の声は、会議室全体に響き渡った。魔王ヴァルガスとしての威厳と、現代のビジネスマンとしての落ち着きが融合した、不思議な響きだった。


「しかし、NEXUS社の件で明らかになったように、異世界からの干渉は既に始まっている」。深山は続けた。「これに対処しなければ、会社だけでなく、この日本も危機に瀕する可能性がある。これは、避けられない戦いだ」


彼の言葉に、会議室は再び静まり返った。それは、かつて魔王が配下に命令する時の「力」による沈黙ではなく、彼の言葉の「真実性」に耳を傾ける沈黙だった。


「このプロジェクトは、私一人の力で成功できるものではない」深山は続けた。その視線は、佐藤、山田、松本に向けられた。「松本の卓越した技術力、佐藤の冷静な判断力と戦略、山田の純粋な情熱と行動力…そして、他の部署の皆さんの協力なくしては、決して成し遂げられない」


松本と山田の顔が誇らしげに輝いた。佐藤は、深山の言葉にわずかに目を見開いた。


「過去に混乱があったことは承知している」深山は高橋の視線を受け止めながら言った。「しかし、私たちは過去の過ちから学び、同じ轍は踏まない。危険性を理解した上で、最善の道を見つける。それが、私の使命だ」


高橋は深山を見つめ、その目に揺るぎない決意が宿っているのを感じ取った。彼は何も言わなかったが、その表情には、深山への複雑な感情が渦巻いているようだった。


会議は続き、プロジェクトの具体的な内容や予算、人員配置などが議論された。深山は、役員や各部長からの質問に対し、佐藤や松本の助けを借りながら、時に毅然と、時に謙虚に答えていった。


彼の対応は、以前の「力こそ全て」という魔王の思考とは大きく異なっていた。彼は相手の意見を傾聴し、その懸念を理解しようと努めた。そして、力で押し通すのではなく、対話と論理、そして「共に困難を乗り越える」という共通の目標を提示することで、徐々に周囲の理解と協力を引き出していった。


会議が終わった後、深山は疲労困憊の表情でデスクに戻った。しかし、彼の心には達成感があった。社内政治という名の迷宮を、彼は一つ乗り越えたのだ。


「お疲れ様でした、部長」佐藤が温かいお茶を差し出した。「皆、部長の覚悟と、チームを信じる姿勢に感銘を受けたと思います」


「そうだといいがな」深山は頷いた。


その日の業務終了後、深山はオフィスに一人残っていた。高橋部長との今日のやり取りが、彼の脳裏を離れなかった。高橋は、かつての光の勇者。彼がこのプロジェクトに反対する背景には、単なる保守性だけでなく、過去の「混乱」で多くの犠牲者が出たという個人的なトラウマがあるのかもしれない。


内ポケットからシャドウが顔を覗かせた。「魔王様、高橋は内心複雑でしょうね」


「ああ」深山は小声で返した。「彼は、私を案じているのだろう。あの時の混乱を繰り返させたくないと」


「それは、彼が『光の勇者』としての記憶に触れつつある証拠です」シャドウは静かに言った。


深山は窓の外の夜景を見つめた。現代の東京の光は、異世界の魔石の輝きとは異なるが、同じように人々の営みと希望を象徴している。


「異世界の思考では、敵は倒すものだった」深山は呟いた。「だが、この世界では…敵も味方になる可能性がある」


シャドウは頷いた。「それが、魔王様がこの世界で学ぶべきことの一つです。力による支配は、一時的なものです。しかし、理解と共感による絆は、真の力を生み出します」


深山は目を閉じた。彼の脳裏に、魔王として君臨していた頃の記憶が蘇る。広大な玉座で、孤独に命令を下し、恐怖によって世界を支配していた自分。そして、戦国武将として、家臣たちの命を犠牲にして勝利を追求していた記憶。


「私は、支配する者ではいられないのだろうな」深山は静かに言った。「この世界では…」


「支配ではなく、導く者です」シャドウはきっぱりと言った。「異なる世界、異なる価値観を持つ人々を、一つの目標へと導く。それが、三つの魂を統合しつつある魔王様の、新たな使命です」


深山は胸の左側に手を当てた。そこにある「契約の呪縛」は、もはや痛みを発することはなかった。それは、彼が正しい道を歩み始めていることを示す、温かい「導き」となっていた。


翌日、深山は「異界技術応用研究プロジェクト」の最初の会議を招集した。参加者は、佐藤、山田、松本の深山チームの三人のみ。彼らは、昨日までの社内会議で感じた重圧を共有していた。


「皆、昨日はよくやってくれた」深山は言った。「しかし、これは始まりに過ぎない。これから、本格的な試練が始まる」


「部長を支えます!」山田は熱意を込めて言った。


「僕の技術が、きっと役に立つはずです!」松本も興奮気味に続けた。


佐藤は深山をまっすぐ見つめた。「部長、具体的な計画を立てましょう。特に、このプロジェクトが社内でどう受け止められるか、その対策も」


「その通りだ」深山は頷いた。「異世界の脅威と戦うだけでなく、この現代社会の複雑なルールの中で、道を切り開かなければならない」


深山は会議室のホワイトボードにペンを取った。「まず、このプロジェクトは…」


彼の言葉と図解は、異世界の戦術と現代ビジネスの戦略が融合したものだった。それは、かつての魔王の「征服」ではなく、新たな「創造」のための戦略だった。


彼の中の「異世界の思考」と「現代の思考」は、もはや対立するものではなく、互いに影響し合い、新たな知恵を生み出す源となっていた。魔王の冷徹な分析力、武将の決断力、そしてビジネスマンの共感力。三つの魂が一つに調和し、深山厳は真のリーダーとして目覚めつつある。


窓の外では、東京の街が新たな一日を迎えようとしていた。深山の心には、未来への確かな予感と、新たな挑戦への静かな決意が満ち溢れていた。

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