十二 ハロンドはファーと話したい
期末がもう近くなってきました。投稿遅くなるかもしれません。え?これまでも十分遅かったって?(汗
「今日は納豆ご飯か。いや、納豆地味に嫌いなんだけど。ていうか納豆とご飯だけとか適当すぎない?」
ハロンドはぶつくさ言った。
「文句がすごいですね、ハロンドさん」
タラがイサーシャ風に少し嫌味に言った。少しは機嫌が直ったものの、完全に直ったわけではないようだった。
「悪かったって、タラ」
「どこが悪かったのか、分かってないのに?」
ちなみに、ハロンドは鈍すぎて何処が悪かったのか、気づけていない。
いや、もし鋭くても膝枕は当たり前という思考の持ち主だ、気づけなかったかもしれない。
ハロンドは正直に聞くことにした。
「……済まない。どこが悪かったのか、教えてもらえるかい?」
「……本人に聞くの、それ?」
どこかで聞いたなとハロンドは思った。ああそうだ、イサーシャに膝枕された時だ。
「いや、ハロンドが悪かった場面、バリバリ思い出してるじゃねーか」
ロファが呆れたように、ハロンドに聞こえない声で呟いた。
ハロンドは、女心は直接聞かれるのが嫌なものなのか、と邪推していた……。
昼食セットのお盆を置いて、テーブルにつく。イスは通常通り四つ。ハロンドたちは四人なので、ちょうどよかった。それぞれ座る。
「食べよっか!」
タラが言った。三人は手を合わせていただきますをしようとするが、一人、そっちのけで違うことをしていたので止めた。
ハロンドは、五個目のイスを隣から移動させていた。
「ハロンド、何してるの?」
ハロンドたちは四人だから、当然、五個も椅子はいらないはずだ。
「ファー用のイスだよ」
「ッ!あんな奴のイスなんか、いらねえだろ!」
ロファがそう叫んだ。苛立っているようだった。
確かに、ファーがやっていることはマイナス要素しかない。今だって、遠目から監視しているはずだ。ファーのする行為はストレスでしかない。
だが、ハロンドはにこやかに言う。
「心が狭いと嫌われるよ?もっと寛容にいこうよ」
「でも……」
タラが不安そうに言った。だが、イサーシャが言った。
「まあまあ。ハロンドさんが言うのです、信用してみましょう」
「……まあ、そうだね」
タラは渋々と言った感じで頷いた。
案の定、ファーはこっちにやってきた。
「きたぁ……!」
露骨に嫌悪感むき出しで、タラが歯軋りする。いい加減、歯がすり減るぞとハロンドは思った。
ファーは五つ目の、自分用と思われる椅子を見つけると、意地悪そうにニヤリとする。
「へぇ。どうぞ私たちを罵って下さいってか?Mかよ」
タラが我慢ならなそうに口を開くが、ハロンドが先に発言していた。
「いや、Mではないと思うけど。今日も来るかなと思って」
「ふん」
ファーは不機嫌そうにハロンドを睨みながら、椅子に座った。
タラは一瞬ファーを睨んだが、はぁと嘆息して納豆をかき混ぜ始めた。もう諦めたのだ。あきらめて、全てはもうハロンドに任せよう。そんな信頼でもあった。
それは、もはや固い絆と言えるのかも……しれない。
「そういえばさ、今日ファーさ、強かったよね!クランも1ランク上がってたし」
ハロンドはにこやかにファーに話しかけた。だが、ファーは変わらない塩対応。
「米喉に詰まらせて死ね」
「つっこみ辛辣ー」
ハロンドは悲しそうな仕草をして笑った。ファーの塩対応を冗談として受け取ったようだった。
「どうやって勝ったの?詳しく知りたいなぁ。相手はーーー」
「臭え口閉じて呼吸止めろ」
「え?何て?」
「黙れっつってんだよバーカ」
ハロンドは困ったように頭を掻いた。
「もう。教えてくれてもいいのに。つれないなぁ」
「脳味噌散乱死しろ」
ハロンドは話題を変えた。
「ていうかさ、ファーはもうイリスとやった?にしても反則だと思わない?あのえいしょ――」
「うぜえんだよ話しかけんな」
「あ、そんなに同調してくれるの?ありがとう」
イサーシャは、ハロンドが執拗にファーに話しかける様子を、じっと見つめていた。
あまりに不可解な光景だったから。
(貴方は一体、何がしたいのですか?)
いくら話しかけたって無駄だ。ファーの塩対応はそれだけでやめさせられるものじゃない。このまま話しかけても、無駄に精神を消耗するだけだ。
なのに、ハロンドは話しかけ続ける。
「そういえば僕、一回もファーとは対戦したことな――」
「黙って呼吸止めろ」
「あ、ファーも僕と戦ってみたいんだ。ありがとー」
「はっ!?んなこと言ってねえしざけんなブス」
「照れ隠し?ははは、可愛いねー」
「……っ」
どうしてだろう。
ファーの暴言が受け流されて、いつのまにかハロンドが先手を取っている。
「そういえば、イリスの詠唱隠蔽、僕もつか――」
「馬鹿が無理なことをさえずんな」
「あ、使わなくて十分強いってこと?ありがとう!」
「……っ!」
いや、違う。
むしろ、消耗しているのはファーの方だった。今だって、さっきだって、言葉に詰まった。
何故だろう?
何故、何故ハロンドは、ここまで粘り強く話しかけられるのだろう?
(あ……)
イサーシャは、思い出した。
膝枕でハロンドを慰めた直後のことだ。
「絶対に勝つぞ。絶対に」
「ええ」
イサーシャは力強く頷く。
ハロンドは、次の相手を求めて歩き出す。だが、三歩くらいで止まった。
ハロンドは振り返ると、今思い出したかのように、イサーシャに言った。
「ねえ、ファーのこと、どう思う?」
「……正直、好印象ではありません」
目を細め、イサーシャらしく、オブラートに包んで答えた。
「そっか。僕はそれが当然だと思う。でもさ、僕はね、可哀想だと思った」
「え」
イサーシャは思わずそう言った。
ハロンドはその返答を予想していたので、苦笑した。
「何となく、雰囲気が悲しそうだったんだ。そう思った瞬間、何を考えてるんだ僕は、と自問した」
「……」
イサーシャは口をつぐんでいた。
「けどさ、勘違いじゃなかったかもしれないんだ。ファーの『塩対応』っていう鉄の仮面の下に、悲しみに暮れたただの少女の気配がしたんだ」
そういえば、二日目のとき、タラも言ってたなと付け足した。
「けどやっぱり、ただの勘違いかもしれない。だとしても、放って置けないよね」
そう言うハロンドの顔を見て、イサーシャは息を詰まらせる。それは、慈愛に満ちた、イサーシャたち三人の心を囚えて離さない、優しさに満ちた表情――。
もうイサーシャに干渉できることは、ないのだろう。
放って置けないとハロンドは言った。ならば、ハロンドならば、きっと何とかするはずだ。不思議なことに、イサーシャには確信があった。
イサーシャは、深く、息を吐ききった。
「……そうですか。なら、ファーさんの対応、任せてもいいですか?」
「そのつもりで切り出したんだ、いいに決まってる。任せてよ」
そう言って、ハロンドはまた歩き出した。
だが、今度はイサーシャが止めた。
「待って」
ハロンドは再度振り返る。
イサーシャは、笑みを浮かべて言った。
「何かあれば、私たちを頼って下さい。仲間ですから」
ハロンドも、満面の笑みだ。
「知ってる」
ハロンドは、優しさの人間だ。
優しくて、時に優しすぎて。クラス一と言える実力も備えているが故に、それは諸刃の剣と化している。
だが、その優しさは本物だ。
その優しさがファーに向けば、例え一日中暴言責めされても決して砕けることのない、最強のメンタルとなるだろう。
全ては、可哀想なファーを助けるために。
「僕さ、今日ガンムに負けちゃったんだよねー」
「…あっそ。雑魚はガンム様に斬首されとけ」
一瞬開いた間。それを見逃すほど、ハロンドもイサーシャも鈍くない。
(ガンムに反応した?もしかして、何か、ある?)
本当にあるのだろうか?仮面の下の素顔が。
「あはは、さすがに斬首はないと思うけどなー。君の主人、本当に強いよね」
ファーは、主人の話となると、僅かに動揺するようだった。
ほんの僅かだが声が上ずっている。
「そうかよ」
ハロンドはファーの口調について、前々から思っていたことを言った。
「やめた方がいいよ、その口調。可愛い女の子なんだから」
「ああ!?可愛いとか舐めてんのか!?」
ファーは激高した。だが、声はガンムに聞こえないようにか、少し抑えられていた。
「ああ、ごめんごめん。ちょっとからかってみただけ」
「……っち」
ファーは舌打ちして、米をかきこんだ。
そんな様子を見て、ハロンドは微笑を浮かべる。
「ふふ、何か楽しいな」
「楽しいって……っち」
ここで更に暴言を吐いても、それは相手を喜ばせるだけだと思い、呑み込む。代わりに、きつくハロンドを睨んだ。
「そういえばさ……ん?どうしたの?」
ファーが、机の下でハロンドの足を思い切り踏んでいた。
「もう、痛いなあ」
そう言って、ハロンドは易々と抜ける。ファーは舌打ちしてハロンドのすねを蹴っ飛ばした。
「いったあ」
「雑魚が」
ファーが嘲笑する。
だが、ハロンドはそれをじゃれあいの一環と捉えて、
「やったな!」
と踏み返そうとした。
「舐めんな」
ファーは瞬時に足を避け、もう片方の足でハロンドの踏み返そうとした足を踏みつけた。
「甘いね」
だが、その踏みは浅く、すぐ抜けられる。逆に、もう片方の足で強く踏みつけられた。
「!」
ハロンドの片足は囮だった。ファーの足を誘うための餌。ぎりぎりまで引きつけて、これ以上ないくらいじのタイミングで引いた。
ファーはもう片方の足で踏んでいる足を蹴る。ハロンドは避けるが、ファーも抜け出して、また振り出しに戻った。
「むぅ」
ハロンドは逃したことに悔しそうに呟いた。
「舐めんな雑魚餓鬼が」
ファーは睨む。けれど、そこに相手を侮蔑する色はいくらか薄まっていた。
張り詰めた雰囲気は、皆無だった。
イサーシャは息を呑んだ。
ハロンドの人心掌握術は、ファーを上回り、場を和ませることに成功したのだ。
それはとても困難なことだ。
なにしろ、相手は自分たちを苛立たせることを目的としているのだから。
イサーシャは、自分の選んだ人間の凄さを思い知った。
ハロンドは嬉しそうに笑って言った。
「でも、安心したよ。ファーもそんなふうに楽しむんだなって」
「……っ」
そう言われたファーは、大げさなほどに反応した。
愕然としたように、立ち尽くして……いや、座り尽くして。
自分の胸を押さえて、じっと見下ろした。
そこに何を見たのか、歯を食いしばるように耐え忍ぶ仕草をした。
その一連の奇妙な行動に、イサーシャたちは眉をひそめる。
ハロンドは心配そうに声をかける。
「ファー?」
ファーは震える声で威圧する。震えていたので、圧はあまりなかった。
「話しかけんな。さっさと、死ね」
ファーは、まだ半分も食べていないお盆を持って、さっさと返却口へと向かった。
その背中は、ひどく寂しげに見えた。
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