十一 ハロンドの誤解
二十九話目、少し書き足しました(2024.10.28)
「な、何をしているんだ!?」
ハロンドはあわてて抜け出そうとするが、イサーシャに優しく、けれど力強く抑えつけられる。
「むぅ。なぜ抜け出そうとするのです?」
ハロンドは、心底不思議そうに首を傾げるイサーシャを見て、自分と同じ、接触することに頓着しない性格だということを悟った。以前、破剣の通常技を教えた時、タラに想像以上に照れられたせいか、反射的に膝枕を抜け出そうとしたが、その必要はなかったらしい。
イサーシャとは、パララと同じような接し方でいいということだろう。
「どうしたんだい?いきなり、膝枕をしだして」
だが、なぜいきなり膝枕をしたのか、という疑問は残る。
「ハロンドさんが、疲れているようでしたから」
今言い出すべきではないことかもしれないが、ハロンドはふと思い立って言った。
「そういえば、さん付けいらないからね」
「いえいえ、これは私の流儀というものでしてよ」
「それは失敬」
人の流儀を汚してまでして、さん付けをやめさせようとは思わなかった。
「よく、頑張りましたね」
そう言って、イサーシャはハロンドの頭を撫で始めた。
「それは慰めかな」
もしそうだとしたら、それを受け取るつもりはなかった。
「いいえ、違いますよ。いや、違わないか。半分はそうです」
「半分というと」
「もう半分は、誤解です。ハロンドさんは、誤解しているのですよ」
ハロンドは、どれを誤解しているのか分からなかった。
「どういう、ことだい?」
イサーシャは可笑しそうに笑う。
「ふふふ。私は全部、分かっていますよ。今日、寝不足だったのも。ファーさんの暴言を、我慢して止めたのも。ガンムさんに、不自然に負けたのも。全部、罪の意識があったからだと」
イサーシャは全てを見抜いていた。
今日寝不足だったのは、自分がガンムたちと敵対して、ロファとタラも一緒に殺すと言われて、ずっと思い悩んでいたから。
朝食の時、ファーの暴言を我慢したのも、これ以上ガンムの心証を悪くして、ロファとタラを危ない目に遭わせないため。
先ほどの模擬戦でガンムに一方的に負けたのも、罪の意識という雑念が邪魔したり、寝不足だったりして、集中できなかったから。
ハロンドの不調は全て、それらが原因だったのだ。
「……」
ハロンドは、不自然なほどに目を逸らしていた。
「ふふ、かわいい」
イサーシャはからかうように、ハロンドの頬を少しだけつまんで言った。
ハロンドの頬は、ほんの少し染まっていた。
イサーシャは優しく言った。
「一ヶ月後のバトルロワイヤルで負けて、タラさんやロファさんを死なせる可能性が高いということを、心底悔やみ、責任を感じている。違いますか?」
「……そうだよ」
心の内を暴かれて、ハロンドは、なんだか落ち着かなかった。
見抜けたのが嬉しいのか、イサーシャは得意気に笑みを浮かべる。
「やっぱり。でも、責任を一人で背負うのは良くありませんよ?一度、私に話してみたらどうです?」
ハロンドは嫌そうな顔をした。だが、イサーシャの顔を見て、拒否は不可能だと悟ったらしい。
ハロンドは訥々と語った。
「ロファとタラは、僕を信頼してくれたから、僕の味方になってくれた。だけど、僕は今、ガンムたちに殺されそうで、その影響はロファとタラたちにも及びそうだ。こんなに皮肉なことがあるかい?僕を信用してくれたのに、その信用に報いるどころか、共々殺されそうなんだよ?」
半ば、自虐的でもあった。
優しさ故の、猛烈な自己嫌悪。昨日はうまく寝つけず、それまでたくさん後悔して、それで目元に隈ができたのだろう。
そんなハロンドを、イサーシャは愛おしく感じた。
「ハロンドさんは、責任感のある、良い人なんですね」
イサーシャは呟いた。
「まさか。そんなにいい人じゃないよ」
少なくとも、僕は人殺しだ。
ハロンドはそう思った。
イサーシャは口角を吊り上げる。
「別に、そこまで責任を感じる必要はないんじゃないですか?ロファさんとタラさんは、決してハロンドさんに守られたくて仲間になったわけじゃない。一人ぼっちのハロンドさんと一緒にいたかったから、仲間になったのですから」
「一人ぼっち、か。けっこう辛辣」
「事実でしょう?」
「まあね」
ハロンドは苦笑した。
「そうだとしても、ロファたちが僕の仲間である限り、僕がガンムと敵対したせいで死なせることに責任は生じると思うよ」
「……あー、分かりませんかね」
イサーシャは困ったように自分の髪をつまんだ。さらさらの、きれいな髪だ。
「訂正しましょう。ロファさんとタラさんは、ハロンドさんの仲間になりたくて、仲間になったんじゃない。ガンムさんと敵対するハロンドさんを守りたくて仲間になったのですよ」
「僕を、守りたくて?」
ハロンドは驚いたようだった。
「そうですよ」
「……僕は、ロファたちよりも強いよ?」
「そういうのじゃないんですよ。彼らはハロンドさんに魅せられ、守り合う仲間になりたかったのですから」
その言葉は、身体に染み渡るように、ハロンドの胸を打った。
そして、咀嚼したものを堪能するように、ゆっくりと息を吐き出した。
「そう、なんだ……。でも、何でだろう」
ハロンドは納得しながらも、首を傾げた。
どこまでも鈍い彼に、イサーシャは驚いた顔をした。それから、(そんなところも、ハロンドのいいところか)と思い、これはタラから聞いた話ですけどね、と前置きをして続けた。
「ハロンドさんは、覚えていますか?最初の一週間の、教師たちとの激闘を」
「……忘れられるわけがないだろう」
『実技分野』と称されて行われた、一対二十四の集団戦闘。あり得ないほどに強い教師にねじ伏せられ、痛みつけられて。極めつけに、シンスに地獄を味わわされた。忘れる方がどうかしている。
「タラさんから聞いた話だと、相当辛かったらしいですね。私も、遅れてきて良かったと痛感しています。ですが――その中であなたは、みんなを優先して援護して回ったのですね?」
今は亡きラルクのような弱き者を護っていたのは確かだ。
「うん、まあそうだね。だが、それがどうした?強者として、当然のことじゃないかい?」
「それは、当然じゃないんですよ」
イサーシャは、尊敬しているような呆れているような、どうともつかない笑みを浮かべた。
「ガンムさんたちは、あまり助けなかったそうですよ。それも、強者の自由です。別にそうして当然なのですが……。ですが、あなたはその自由を人助けに使った。自分も助けてもらったことがあって、その優しさに惹かれたんだ。そう、タラさんはおっしゃっていましたよ」
「……そっか」
タラにそう思われていたのを知って、ハロンドは少し照れた。
ハロンドは横を向いた。そこでは、ロファとタラが剣を奮っていた。まだまだ未熟で、甘い剣筋の剣だ。だがそこには、多大な想いが乗っている気がした。
その想いは、今、相手の剣を吹き飛ばしたように見えた。
「ねえイサーシャ。確かに、ロファたちは僕を助けようと味方になったのかもしれない。けど、彼らを僕のせいで殺されかけてるっていう事実は、変わらないんだよ」
ハロンドはタラたちの想いを、自分のせいで無駄にしたくなかった。
だから、返ってくる答えも容易に想像のつくことを言った。
「事実は事実に過ぎません。奇剣を使うことを許された私たちにとって、事実とはちっぽけなものに過ぎないのです」
奇剣使いの、因果なのかもしれない。
ハロンドは、今後一切ロファやタラの想いを無駄にしないよう、全ての想いを乗せ、全力で剣を振り続けることを誓った。
「これが、絆というものなのでしょう……」
イサーシャが、誰もともなく呟いた。
「……ありがとう」
ハロンドは、自分の過ちに気づかせてくれたイサーシャに、感謝を伝えた。
けれど、イサーシャが求めるものは別にあった。
「感謝などいいのです。私は、ハロンドさんに、もう一つ気がついてほしいことがあります」
イサーシャは若干、頬を膨らませていた。
「何事も、すぐに責任と感じることはなくていいのです。他人の恩返しを申し訳なく思って、隈ができるほど自己嫌悪に陥るなんて……。優しすぎますよ、ハロンドさん。もう少し、他人を、私たち仲間を頼ってください。友達でしょう?」
仲間に頼らず、自分で抱え込んでしまったことに、イサーシャは怒っているようだった。
「……そうだね」
目頭が熱くなるのを感じた。
仲間。
これまで、一度もできたことのなかったもの。
友達。
パララが殺されてから疎遠だった、宝物のように大切なもの。
もう少し、頼ってもいいのかもしれない――。
「分かればいいのです、分かれば」
イサーシャは満足そうに頷いていた。
ハロンドは聞いた。少し、不安そうに。
「もし、僕らが負けて、ロファたちを死なせてしまったら?」
「その時はその時ですよ。それに、それはロファさんたちが望んだ死に様なのでしょうから、悲しむことはあっても、責任を感じる必要はありませんよ」
「……そうだね」
ハロンドはまた、少し暗い顔になった。
「だけど」
ハロンドはイサーシャを見上げた。
胸の出っ張りは普通くらいで、十分にイサーシャの顔が見えた。
「そんなことは、心配するだけ無駄なのです。貴方には、ロファさんとタラさん、それに私がいる。それだけで十分ではありませんか」
ハロンドは、腕で目を覆い隠す。
熱の塊が、目から溢れた。
「……僕は、幸せ者だ。こんなに最高な仲間たちと出会えて」
「私も、ハロンドさんと会えて良かったと思っていますよ」
イサーシャの微笑みは、どこまでも優しかった。
「そういえば、イサーシャはなんで僕の友達になってくれたの?」
ハロンドの純粋な疑問。もう膝枕は終わっていて、二人とも律儀に体育座りをしていた。
「単純に面白そうだったからです。大勢の味方と、少数の敵を潰すのはあまり面白くないでしょう?」
「確かにそうかもね」
ロファやタラと違って、自分の気持ちを優先させただけのようだった。
イサーシャらしいと思って、くすっと笑う。
「初めは、そんな感じでした。ですが、今は……」
「今は?」
イサーシャは、怒ったように頬を膨らませる。
「それ、本人に聞きます?」
「ご、ごめん」
何故か怒られてしまった。この時間で二回も頬を膨らませてしまったハロンドは、女心は不思議だと思った。今回は、そこまで不思議な話ではないのだが。
最後に、ハロンドはお礼を言った。
「ありがとう。お陰で吹っ切れた」
「どういたしまして。これも、仲間の役割でしてよ」
ロファとタラは無事、勝利したようだった。ハロンドも負けてられないと思った。
「絶対に勝つぞ。絶対に」
「ええ」
イサーシャは、力強く頷いた。
残り、二戦。
宣言通り、ハロンドの完勝だった。
剣技科の授業が終わり、食堂に向かっている時のこと。
タラが、隣にいるロファに不機嫌に呟いた。
「あーあ、憂鬱。毎食毎食、それどころか寝る時までファーに監視されるなんて」
不機嫌な理由は、それだけではない。
ハロンドが、イサーシャに膝枕をされているところを目撃してしまったからだった。
一日前に仲間になったばかりの新参が膝枕という行為をしていたことが、気に食わなかったのだ。
不機嫌になる要素がいくつも絡み合って、タラを苛立たせていた。
「まあまあ。んなこと言わさんな。我慢我慢。禍福は糾える縄の如し、だろ」
ロファはどうにか怒りを収めようとは思ったものの、模擬戦をした後で疲れていたので、少し適当に宥めた。
「なにその言葉私知らない。我慢ってねえ、ずっとファーに付き纏われてるこっちの気持ちも考えなさいよ。今からでもゆうう……」
「いや、そうでもないかもだぜ」
タラの溢れる愚痴をぶった切って、ロファが唐突に言った。タラは訝しげに問う。
「はぁ?それってどういう……」
「ハロンドを見ろよ」
実を言うと、ロファとタラはハロンドのことを心配していた。
ハロンドは演技がうまくて、ロファとタラにはハロンドが何を悩んでいるのかは分からなかったが、ハロンドが何か思って苦しんでいるのは察していた。大きな隈があったのが裏付けだ。
だが、今のハロンドには何処か吹っ切れたような印象を受ける。
何故だろうと考えてみると、イサーシャがハロンドを膝枕していたのを思い出した。
「まさか……」
「こういう時ってさ。だいたい、ハロンドがどうにかしそうだよな」
ハロンドは基本的に、強い人間だ。
ファーに負ける姿よりも、ファーを黙らせる光景の方が思い浮かんだ。
「でも、ちょっとフクザツ」
タラは頬を膨らませる。
タラは、膝枕のことをずっと根に持っているようだった。
もしよければ、評価などいろいろよろしく!




