九 誰かのムカシバナシ
今回は短め。前半が前のエピソードのイサーシャ視点、後半がこの章のキーとなる、誰かの回想となります
何処かで見た光景だと、イサーシャは思った。
どこだったか……そう、六、七歳くらいの子どもたちが、同じくらいの背丈の子どもを囲んでいる場面だった。
イサーシャは年長者として、武を鍛えている者として、仲裁に入ろうとしたのだが、聞こえてきた会話に思わず足を止めてしまった。
「おい、返せよ!」
こっちは囲んでいる側の少年だ。
「やだ!」
囲まれている少女は、べーと舌を出して拒絶する。
どうやら、少女の持っている草履は少年のものらしい。
「何でだよ!」
「だって、あんたが約束を忘れるのがいけないんでしょう!?」
「何のだよ!」
少女は少し、頬を染める。
「あんたが、私をめとr」
「わーわーわー!」
少年は思い出したのか、大声を出して少女の声を掻き消そうとする。
周りの子どもたちは笑っていた。
イサーシャも、笑ってしまった。
「あ……」
今さっきイサーシャの存在に気がついたのか、少年が振り向いて……顔が真っ赤に染まった。
イサーシャは自分の容姿を理解している。だから、少年が赤くなった理由には見当がついたが、少女の反応が気になって見てみると、少年を冷ややかに見据えていた。
あちゃーとイサーシャは思った。別に子どもたちの関係を進展させたいとかではないが(子どもだし)、自分が原因で関係が悪化したのには悪い気がして、少し手伝ってあげることにした。
「あー。その少女!物を盗むのは、良くないですよ」
「へ?あ、ひゃいっ!」
少女はイサーシャを直視すると、瞬く間に顔を染め上げる。同性でも照れるような美貌だった。
「そこの少年も、下手に少女に手を出そうとしない方がいいですよ?」
「は、はい!」
「いい返事です」
イサーシャはうんと頷く。だが、まだ何か足りないと思い、口を開く。
「早く、大人になるといいですね。その時は、私もお祝いにいきましょう」
「……っ!」
少年と少女はさらに赤くなる。その様子を見て、取り巻きもイサーシャも笑ったのであった。
(まさか、お祝いに行けない状況になるとは思いませんでしたが)
イサーシャはハロンドとガンムの衝突を見ながら思った。
そこで繰り広げられているのは、子どもっぽい口喧嘩ではなく、展開次第で命の取り合いになる口論。
しかも、イサーシャ以外のクラスの人間全員が参加している。
状況は大分ハロンドに分が悪い。
(ああ、いけない)
イサーシャは昔を思い出すのをやめ、唯一の中立者として仲裁に入ろうと歩みを進める。
だが、その途中で、何故かガンムはハロンドから離れていってしまった。
(?どうして……)
内心首を傾げ、ガンムの方を見てみるが、その後ろ姿からは何も読み取れない。
次に、ハロンドの方を見ると……イサーシャは目を見開いた。
悔しげに、耐えるように唇を噛み締めて。そんな姿が、昔の誰かと重なる。
(ああ……)
それは、昔の子どもたちの取り巻きの一人だった。草履を盗んだ少女のことが好きだったのかもしれない。イサーシャが少年と少女を応援している間、彼がずっと何かに耐え忍ぶように唇を噛み締めていたのを目の端に捉えていた。
(なんだ、何にも変わらないのですね)
今にも殺し合いに発展しそうな口論をしていても、本質は子どもと全く変わらないことにイサーシャは気づく。
この時点でもう、イサーシャの腹は決まっていた。
「あのー。状況が掴めないんですが。説明をお願いできますでしょうか」
どうせなら、あの傲慢な顔を崩してみようか。
イサーシャはそんな事を考えながら、無知な少女を装うのだった。
❄︎ ❄︎ ❄︎
悪い人なんていない。
悲しみが、その人たちを捻じ曲げてしまっただけ。
これは、悲しみの連鎖から始まった、そんな物語――。
《???視点》
ゆきもふるほどさむい中、あたしは、フラフラ歩きつづけていた。
身にまとっているのはぼろいぬのを一枚。ところどころやぶれてて、うすくてきたなくて、さむくてたまらない。
そろそろ、歩くのもげんかい。
ねぐらにしていた、子どもしか入れないくらいの、スラムにあったすきまも、とうとう他のだれかに取られてしまった。
スラムにも、あたしのばしょはなかった。
おなかが、すいたな。
きゅるるる、と、おなかがなった。
けれどもう、はずかしいともおもわない。
あたまにおもみをかんじる。ああ、ゆきがつもってるんだ。
もう、さむいともかんじない。
おなかもすいてない。
なんだろう?
とっても、あたたかい。
くもでいっぱいのそらから、ひかりがあふれてる――。
「おい!おい!大丈夫かよっ。頼むから、返事してくれ……!」
だれ?
うまく、はつおんできない。
どうしてだろう、なんだか、また、おなかがすいてきたな……。
「ああ、畜生……!なんで生きてるのにこんな冷てえんだ!生きててくれよ!?」
そっか。あたし、しにかけてたんだ……。
ぼんやりと、おとこのこが、あたしをささえてるのが見えた。
この子が、あたしを、たすけてくれた。
ありがとう。
あった、かいな。
あたしのむねから、からだじゅうにねつが伝わっていくかんじがする。しにかけたときとはちがう、何か。
あたしは、あんしんして、目をとじた……。
助けてくれたおとこのこは、カルリソールというらしい。
とってもやさしくて、あたしに、とってもおいしいごはんを、たくさんくれた。
大きなやしきの一つの、大きなへやを、好きにつかわせてくれた。
メイドさんのはなしだと、いえ中の人たち全員を、カルリソールがせっとくして回ったらしい。
そんなカルリソールは、まいにち、いっしょにいてくれた。一日じゅうひっつき回っても、いやなことば一つ言わなかった。
……それは、うそかも。ちょっとだけ、いやみを言われたこともある。けど、それは本心じゃなくて、ちょっとだけ本心を見せるのがにがてなだけって分かってたから、むしろかわいかった。
「ソールって、呼んでもいい?」
やさしくてかわいいカルリソールに、そう言った。
「どうして?」
カルリソールは、少し、おどろいたみたい。
「長くて、よびにくいでしょう。それに……」
「それに?」
「ソールの方が、かわいいから」
ソールは、おめめを大きくした。
ソールが、おめめをそわそわさせる。ふふ、ソールのおめめ、かわいいな。
「……そっちの方がかわいいのなら、別に。二人の時だけだぞ!?」
「はーい」
照れてるの、ばればれだよ。
そんなソールを見てると、なんだかむねがおどるんだ。
かわいいソールに、あたしはわらっていた。
いつだったかな。
これも、ソールの名をつけてすぐのことだ。
「だからね、あたしにままはいない。ずっと、あのさむいとこにいた」
「……すまん」
聞かれたくないことを聞いたと思ったのだろうか。ばつがわるそうに、ソールは言った。
あたしはそのことがふしぎで、首をかしげた。
「なんであやまるの?あたし、ソールにならなにきかれてもいやじゃないよ」
あたしは、ちょっとてれていった。
「あたしたち、ともだちでしょ?」
かくいうあたしも、ともだちははじめて。
少し、きんちょうした。
それはソールも同じだったみたいで、目を背けた。
「そ、そうだな」
あ、なんかかわいい。
そう思ったあたしは、いたずらがしたくなった。
「あたし、なにきかれてもいやじゃないから。おむねの大きさ、聞いてみる?」
あ、やばい。けっこうはずかしい。
「はぁっ!?だっ、誰が聞くか、そんなもん!」
でも、思ったよりもソールがてれるものだから、あたしはわらっちゃった。
かわいいな、ソール。
楽しかったな。
ずっと、このままがよかった。
それが、とってもこわれやすいものだとは、そのときのあたしは、思ったこともなかった――。
心優しい皆様。評価諸々、よろしくお願いします!!




