八 ガンム、宣戦布告
「かはっ」
「ぐふっ」
「ぐへっ」
「おほっ」
シンスに敵う訳もなく。他の組が終わるまで散々いたぶられ、他の組が終わるとすぐさま破剣で決めに来た。疲弊しきっていたハロンドは抵抗できず、あっさりと決まる。というか、容赦なくがら空きの胴に入れてきたせいでとても痛い。肺から全ての空気が出ていってしまった。
「はーい終了ー。今日のノルマ、四回クラスランキング戦をする、というのは達成ー。最終結果はボードを見てねぇ。んじゃ、眠いし、だるいし、僕は帰るよ?授業が終わるまで自主鍛錬しといてー」
シンス戦の味方は、上位リーグ六位のサラン、下位リーグ一位のヤーノ、十八位のターナルだった。
サランとヤーノはそこそこといった実力だった。ただ、ヤーノはうまく特殊技を使いこなせていない気がした。そこが下位リーグと上位リーグの差なのかなと思った。
ターナルは……端的にいえば、弱かった。こう言ってはなんだが、ラルクが破剣が使えたらこんな感じだろうな、という人だった。合わせるのが難しかった。
「おい、ハロンド!」
はっと振り返れば、ロファとタラがいた。
「何ぼけーとしてるんだよ」
ハロンドは首を振って答える。
「すまない。少し考えごとをしていた」
「ま、いいけどよ。自主鍛錬しようぜ。今日は何をする?」
ロファが気を急いでいるのを察して、ハロンドは短絡的に答えた。
「破剣を手に馴染ませよう。剣も破剣も、扱うの慣れてきたかな」
タラが渋い顔をして言った。
「んー、まだちょっと違和感が残るかな。けど、破剣の通常技はだいぶ覚わってきたよ。戦闘中にもいくつか使えたし」
通常技を少し使えるようになっただけでも、十分な進歩といえるとハロンドは思う。
「ま、昨日一通りやっただけだし、それで十分だと思うよ?剣の道は地道だからね」
「こっちは急いで強くなりたいのに、皮肉だよな」
ロファがぼそりと言った。
ハロンドは苦笑すると、「それじゃあ始めようか」と言った。
「対人で通常技を撃つ練習をしよう。二人とも、僕を通常技だけで倒してみてよ」
「案山子相手にやるんじゃないのか?」
昨日の練習のことを言っているのだろうか、とハロンドは思った。
「それは昨日だけ。やり方はもう教えたんだから、対人の方が実践的だし、いいと思うよ」
タラも質問する。
「二対一はハロンドが不利だと思うのだけれど」
「自慢じゃないけど、曲がりなりにもクラス一位だよ?だから大丈夫だよ」
その時、わざとらしい足踏みが聞こえた。
その音に、思わずハロンドはため息をついた。
気配は隠さずに近づいてきていたため、背後から来る人間の存在には気がついていた。近距離まで接近するか、殺意が感じられたらすぐさま戦闘態勢に入ろうと思っていたのだ。
その気配が、悪意によって引き寄せられたものだとは信じたくは無かったのだが、大きな音の出た足踏みからして、願いは叶わなかったらしい。
「……なァハロンド」
予想通りというべきか、ガンムの声だった。
「俺ァ認めてやるよォ。テメェが俺と同等くらいには強いっつーことはなァ」
「それは、どうも」
ハロンドは振り返らずに言った。戦意を滾らせるロファとタラを目線で控えるよう伝える。
次第に、ガンムの声は嘲笑を帯びていく。
「けどよォ、そりゃ個人の話だァ。俺が十の束となってテメェと戦えば、結果は見えているだろォ?オメェ、強えのに頭は弱えんだなァ。ひひ」
ガンムの言葉にハッとする。確かに、ガンムの他にも数人、いや十数人の気配があった。おそらく、ハロンド、タラ、ロファ以外のクラスメイト達だろう。
十数人対三人。分が悪いにも程がある人数差だった。
「まさか……」
後ろ目にガンムを睨んだ。
だが、怯んだ様子もなく、ガンムは安心させるように腕を広げて言う。
「安心しろよォ、今ここでオメェを狩るつもりはねェ。旨味が少ねえからなァ。だがなァ……」
ハロンドたちは、全員で三人。ならば、絶好の機会がある。
最悪の結末を予想して、ハロンドはごくりと唾液を飲み込んだ。
「来たる一ヵ月後、バトルロワイヤルにて、オメェらを屠らせてもらうぜェ。これ以上人を減らしたくはねェからなァ、あと一ヵ月、延命させといてやるよォ。ひひっ、感謝しなァ」
傲慢とも言えるその態度。だが、それに比肩する味方の数があった。
やりようのない状況に、ハロンドは唇を噛み締めた。
「……どこに、感謝する要素がある」
「へへッ。いい顔するじゃねーか」
ガンムは嫌らしい笑みを浮かべた。
ガンムはもう言いたいことは言ったので、満足げに戻ろうとする。
対照的に、ハロンドは悔しげに唇を噛み締めたままだ。
そのまま、両者の距離は空いていく。
ガンムがハロンドに宣戦布告して、終わり。
そのはずだった。
「あのー。状況が掴めないんですが。説明をお願いできますでしょうか」
イレギュラーがいた。
イサーシャ、だった。
「……っ」
この雰囲気で割って入れるイサーシャに、ハロンドは驚いた。
なんという、胆力。
「ああ!?」
短気なガンムは怒鳴りながらイサーシャの方を向くが……可愛らしく小首を傾げた彼女に、ガンムでさえ怒気が抜けていく。
「……くそ」
ガンムはイサーシャの質問に答えてくれないので、もう一度イサーシャは問うた。
「どうして、喧嘩なさっているのですか」
「……少し、僕たちの仲に溝があってね。一ヵ月後にバトルロワイヤルがあるだろう?そこで討ち果たすと布告されたんだ」
ハロンドは自嘲的に言った。
「ふーん……。この、人数差で」
イサーシャはガンムに目を向けた。
ガンムは少し居心地悪そうにしながらも言った。
「……数も武器だろォがァ。武器をふるって何が悪い」
「いえ、それが決して悪いと言いたい訳ではありませんよ」
イサーシャは穏やかに微笑んだ。ガンムはやりにくそうに舌打ちしてそっぽを向く。一気に和らいだ場を感じて、ハロンドは、イサーシャの周りを呑む力に舌を巻いた。
「イサーシャも、こっちに来ないかい?」
今まで黙っていたサランが、イサーシャを勧誘した。
「先を見越すんだったら、勝率の高いこっち陣営についた方が堅実だと思うよ。僕たちも、こっちにきてくれると嬉しい。美人さんがいるだけで、士気もまるで違うし、実力も僕以上にある。どっちも利点があると思うよ」
「忠告、ありがとうございます」
イサーシャはサランの勧誘を聞いた後、ハロンドに目を向ける。一応、こちらの反応も聞いてやるということなのかもしれない。
だが、ハロンドは、勧誘することはしない。
生き残ることを諦めた訳ではない。
だが、これまで勧誘してこなかった自分が、ここで積極的に勧誘するのは、少し違うと思っただけだ。
「いや、こちらからは特にないな」
その返答を聞いたイサーシャは、目を見開いた気がした。
「そうですか」
おそらく、彼女もガンムの方へと流れていくのだろう。
ガンム派に入ることはメリットでしかないのだから。
「そうですね、どちらに入るのかはもう決めました」
「おォ。こっちに来るんだったら、歓迎するぜェ」
「あっちに行っても、文句は言わないよ」
もし、自分が、バトルロワイヤルでガンムらに倒されるのなら。
最後まで、ロファとタラの尊敬の人でありたかった。
だから、ハロンドは、勧誘することもない。
自分のするようなことではないと、理解しているから。
そして、表明する。
「私は、ハロンドさんの味方になりましょう」
ふんわりと微笑んで、そう言ったのだった。
「え?」
「……は」
ハロンドは思わず自分の耳を疑って、ガンムは勝ち誇ったような笑みを消した。
それ以外、何の反応もなかったため、聞き取れずに聞き返されたと思ったイサーシャは、もう一度繰り返す。
「私は、ハロンドさんの味方になります」
その言葉に、サランが困ったように眉根を下げた。
「えーと、ごめんね?二人とも、ガンムになびくと思ってたみたいでさ。呆然としてるだけだから」
サランが言い終わると同時に、低い声でガンムが言った。
「どういう、ことだァ」
「どういうことだ、と言われても。私はガンムさんよりもハロンドさんに惹かれた。ただそれだけです」
それがガンムにとって何よりの屈辱になるということを、イサーシャは知らなかった。
目の前の敵は圧倒的に不利で、自分たちの勝利はほぼ確実だ。そう思っていた。
なのにイサーシャは、それも、強くて美しい彼女が、敵に行ってしまった。自分たちの陣営に来るはず。そのはずだったのに。
ガンムは、いつかのように、舌を噛んだ。
「クソがァ……!」
額に青筋を立て、激昂している様子のガンムとは対照的に、ハロンドは未だ硬直から立ち直っていなかった。
代わりに、これまで口を挟んでこなかったロファが口を挟んだ。
「本当か?イサーシャ」
「私は嘘をつきませんよ」
ロファの顔がぱっと明るくなった。誰が見ても喜色満面の彼に、嫉妬の目線が降りそそいだのは言うまでもない。
ようやく立ち直ったハロンドは、もう一度イサーシャに聞く。
「本当にいいんだね?後悔はしない?」
「ふふ、しつこい男は嫌われますよ。私は、自分のしたことに後悔はしないのです」
ハロンドは、その答えを聞いて、イサーシャが仲間になることは避けられないことを悟った。
「……そっか。じゃあ、これからもよろしくね、イサーシャ」
「はい。よろしくお願いしますね」
イサーシャが一瞬、妙な表情になった気がしたが……それは勘違いというものだろう。
そして、この騒動が、これだけで終わるはずはなかった。
「おい」
今までよりも、一段低い声。
それは多分に怒りを含んだものだと分かる。
「俺に恥をかかせといてよォ、そんな平和に、事が済むと思うなよなァ」
ガンムはハロンドにとって敵であるが、同時に怒らせてはいけない相手でもあった。
現状、戦力差は歴然なのだから。
「お前ら、知ってるかァ?生徒と教師の殺生はある程度禁じられてるがなァ、生徒同士の殺し合いについては――一切、言及されてねェんだよなァ」
これからガンムの言うことが、嫌でも分かってしまった。
「お前らは、全員で四人。バトルロワイヤルで倒すには、一人余分だァ。だからここで――ハロンドをぶった斬ってやる」
「!!」
一気にハロンドたち四人は戦闘態勢に入った。イサーシャも
「私も、ハロンドさんと戦いましょう」
と、木剣を抜いた。
「さあ行くぜェ?俺に味方する気がある奴はついて来い。ファー、ちゃんと合わせろよォ?」
「御意」
二人はほぼ同時に地面を蹴った。その後ろからも、大勢の人間が来ているのが分かる。
ハロンドたちは覚悟して、剣を構え――。
「止まって」
サランが、よく通る声でそう言った。
ぴたりとガンムたちが止まる。
ガンムが抗議の目をサランに向ける。サランは飄々と言う。
「別に4人共殺してもいいんだけど……イサーシャだけは生き残らせたいんだよね」
「あァ?」
苛立っているガンムは腹立たしげに唸るが、サランは気にせず続ける。
「イサーシャはほら、美しいじゃない。それに強く、聡明だ。利用価値しかない。だから生かしておきたいんだ」
一人の人間を利用価値としてしか見ていないサランに、ハロンドは顔をしかめた。だが、この場は助かったのは否めないので、口を挟むような無粋なことはしない。
「ここでハロンドを殺しちゃうと、バトルロワイヤルでイサーシャも殺すことになっちゃうから、避けたいよね」
「なら、ハロンドたちをどうするゥ」
サランは柔和な笑みを浮かべた。
「それなんだけど……監視役を付けようか」
「監視役ゥ?」
「ああ。食べる時も、剣を振る時も、寝る時も、ずっと監視してもらうんだ。もちろん、死ぬまで。それって、相当なストレスだと思うよ?」
「……直接、ぶん殴ってやった方がいいんじゃねえのかァ?」
ガンムが不満げに声を漏らした。すると、イサーシャも
「うう、仲間が傷つけられるのは非常に悲しいです。では、私は心中を……」
とわざとらしく言った。
イサーシャは生かしておきたいガンムたちに、イサーシャはいい人質だった。
それが予測できていたのか、サランは半ば諦めたように言った。
「だってさ。だから、僕たちも譲歩しようか」
「……ち」
ガンムは舌打ちするが、渋々納得したようだった。
だが、まだ納得していないタラが口を挟んだ。
「ねえ、待ってよ。私たちの承認もなく話を進めるつもり?そんなの――」
「わかった。それで、誰が監視役なんだい?」
ハロンドが割り込んだ。ハロンドはこれから監視役がつくことに納得しているらしい。
「ちょっと、ハロンド……」
「僕はタラたちが死なないなら万々歳だ。ロファもいいよね?」
ロファも頷く。
「おう、ハロンドがいいなら俺もいいぜ。タラは?」
「……わかったわよ。二人ともいいのであれば」
ハロンドたちの会話が終わると、サランが言った。
「ハロンドが聞いてくれた監視役なんだけど……ファーさんにお願いしようかな」
「おい。それは、俺とファーを引き離すつもりかァ?」
ガンムは警戒するようにサランを睨んだ。だが、サランは心外だというように首を振った。
「違う違う。ただ、一番最適だと思っただけ。だって、彼女は元かん――」
その時、ガンムがサランの言葉を断ち切るように鋭く言った。
「おい」
サランはわざとらしく謝った。
「ああ、ごめんごめん。まあ、そういうことだから。ファーさんは大丈夫そう?」
当のファーは、
「……主人の命とあらば」
と短く答えるだけだった。
必然的に、サランは主人であるガンムに聞く。
「ガンムは?」
「……許す」
「決まりだね」
サランは爽やかに笑った。こうして、ハロンドたちの処罰が決まったのだ。
ハロンドは空を見上げた。そこには、遥か高い天空ではなく、跳べば届きそうな天井があった。
もし良ければ……評価とか、よろしく!!めっちゃ励みになります!!




