七 恨念執愛と詠唱破棄
(イサーシャ、か……)
戦いたくなかった人筆頭の彼女が相手ということで、ハロンドはため息をついた。
当の彼女は、対戦相手のハロンドをしげしげと見つめていた。イサーシャは相当な美人なので、ハロンドは目を逸らした。イサーシャには慣れが必要のようである。
「あなたが次の相手ですか。先程のお方は少々口が荒かったので、少し気疲れしたんですよね」
それはファーのことだろうなと思いながら、ハロンドは答えた。
「それは、大変だったね」
ハロンドはガンムとの戦いの疲労がまだ抜け切っておらず、呼吸も荒かった。イサーシャは幾らか前に終わらせていたのか、息切れはしていない様子だった。
戦闘前から、疲労具合に差のある戦い。イサーシャは考え込むように頬に人差し指を当てた。
「んーじゃ、二回戦目、開始ー!」
ハロンドの戦いの終結から一分と経たずに二回戦目が始まった。だが、彼女は動かない。
「こない、のか?」
「ええ。疲れ切った相手をいたぶるのは、私の流儀に反するものでしてよ」
「だが、シンスが、許すと、思うか?」
ここの教師は鬼畜だ。そろそろ「もっと真剣にやりなさーい」と注意されるだろう。
だが、どういうわけかイサーシャは頷いた。
「ええ」
彼女が頷いたのを訝しんだハロンドだが、すぐに思い出す。つい先日来たばかりで、教師に会うのは初めてなのだと。だから、ここの教師がどういう人柄か知らないし、恐れもしないのだろう。
ハロンドは教師の恐ろしさを教えてあげようと口を開いた。
「あのね、イサーシャ……」
「シンス先生は真剣に勝負をしろ、と仰られました。ですが、あなたは充分に真剣に戦える状態ではありません。ならば、回復を待つのも道理が適っているのではないでしょうか」
「……」
ハロンドは反論できずに口を閉ざす。
確かに、道理は通っている。
「ですが、待ちすぎるのも良くないでしょう。あと五分です。そうすれば、真剣に戦いましょう」
そういうと、イサーシャは木刀を地面に置き、正座した。
その姿を見て、思わずハロンドは息を呑む。
礼儀正しく、節々まで精錬された所作と、誰にも負けない美貌。言葉も出ないほどの美しさが、そこにはあった。
真っ白の、陶磁のような肌に吸い込まれそうになっていると、イサーシャが首を傾げた。
「どうかいたしましたか?」
「いや、なんでもない」
ハロンドは慌てて目線を逸らした。
そんなやりとりをしていると、シンスがこっちにやって来ていた。
「あー、話は聞こえてたし、まー理に適っちゃいるから休憩は良しとして……休憩時間長すぎね?あと一分で決闘を始めろよー」
シンスはそう忠告すると去っていった。
彼の後ろ姿を見送って、イサーシャが肩をすくめる。
「まあしょうがないでしょう。多少の疲労は、一位と三位のハンデということで許してくださいな」
休憩させてもらっている側のハロンドとしては、文句があるはずもなかった。
イサーシャは強かった。
洗練された動きで、よく鍛錬を積んだであろうことが伺えた。ただ……読み合いはあまり上手くなかった。奇剣の使い手が少ないため、対人戦を心ゆくまでやれていなかったのかもしれない。そういう話は聞いたことがある。
技術面で言えば申し分がなかった。
読み切れずに対応が後手に回ってしまっても、すかさず防いでくる。加えて、傷つけたくなくなるほどの容姿。積極的な攻勢に出ることは難しかった。ハロンドは惜しいところまではいくのだが、最後まで押し切れず、攻めあぐねていた。しかし、ハロンドが優勢であることも明らかだった。
「……ッ……」
イサーシャは守勢に回っていた。
目の前の男は一撃一撃が重く、それを受け止めようと躍起になれば、思わぬところから致命打を受けそうになって飛び退く。じりじりと後退していき、ついに背後の壁が近づいてきていた。
「……疲れて、ないんですね。負けそうです」
「いや、疲れては、いるんだけどね。イサーシャが、対人戦に慣れていないからだと思うよ」
ハロンドとしては、手早くイサーシャを仕留めたいところだった。疲労の蓄積は無視できないほどになっていた。
「ふふ、そうですか。人から問題点を指摘されるのは久方ぶりですね」
彼女は笑みを浮かべて言った。
イサーシャの笑みに、ハロンドはもう動揺しない。剣で語り合ったことで、見た目に惑わされなくなったのかもしれない。
「そろそろ、終わらせようか。いい加減疲れた」
「そうですね。そうしましょうか。こちらは特殊技を」
「そういうの、バラさない方がいいよ」
特殊技を出すと零すところからも、彼女の対人戦の苦手さが窺えた。
「破剣・恨念執愛」
「破剣・姿創克愕!」
互いに発動させるのは特殊技。互いに相手の特殊技がどういうものか理解せず、ぶつかり合う!
ガキィィィン!
いい音は出た。だが、イサーシャもハロンドも、威力は今一つのように感じられた。
(確かに威力は強いが、破剣ほどではない)
二人ともそう思った。そこから重ねられる思考が、命運を分けることになる。
(私を中心に、円を描くように走っている?ハロンド、何をしたいのですか)
疑問を抱くだけのイサーシャに対して、
(さっきのはあまりに威力が低すぎた。僕みたいな特殊効果があると考え、警戒を怠るな……)
警戒をMAXにして神経を尖らせるハロンド。
(まあ、いいでしょう。仕留めて差し上げましょう)
円を描くように走るハロンドにイサーシャは向かった。
ハロンドに剣が届く距離まで近づいた時、ある違和感に気づく。
(気配が、ない?どうして?彼は目の前にいるの……に!?)
よく目を凝らして見れば、ハロンドは透けて見え、やがて消えてしまった。
(まさか、破剣!?)
だとすれば、ハロンド本体は、どこに――
「後ろだよ」
「ッッッ」
振り返ると、至近距離にハロンドがいた。首先に剣を突きつけられる。
「はい。これで僕の勝ちでいいかな」
完全に作戦負けしていた。恐らく彼の破剣は幻影を作り出すのに特化している。故に、威力重視のイサーシャと真正面からぶつかればイサーシャが勝つはずだったのだ。
悔しい。
久しぶりに、彼女はそう思った。
だから、この戦いは、このままじゃ終わらせない。
「っ」
イサーシャは体を逸らして首先の木剣から逃れ、同時に自分の木剣を振りかぶった。
“破剣・恨念執愛”。詠唱してから一撃目は通常攻撃となるが、二撃目が破剣技となる。一回溜めるせいか威力、速度は絶大で、強化率だけで言えば、破剣の中だと教師陣を含めてもトップクラスである。
ハロンドは首先に剣を突きつけながらも、イサーシャの目にまだ希望が宿っているのを見て、最大限に警戒する。
(まだ、何か――っ)
何かが来る。
ハロンドは本能的に後ろに飛び退いた。すると、ハロンドが元いた場所に目で追えないほど高速で木剣が通り過ぎる。そのあまりの威力、速度に、ハロンドは背筋が凍る思いがした。
(あれが直撃してたら、ひとたまりもなかったぞ……)
だが、彼女自身も異常なまでの威力を使いこなし切れていないのか、少しよろけた。
その隙を逃すほど、ハロンドはやわじゃなかった。
ハロンドは近づき、今度は直に首に木剣を当てて、言った。
「今度こそ、僕の勝ちでいいかな」
「ええ、お見事」
ついに十位以内に変動があった。ガンムとイリスが入れ替わり、イリスが二位に、ガンムが四位に転落した。恐らくガンムはハロンドのように休息を与えてくれなかったのだろう。流石に可哀想だと思った。
一方、下位リーグでは、タラが十二位に下がり、ローラという知らない少女が十位に躍り出ていた。ついに落ちたか、とハロンドは唸った。
そして、次の相手は二位になったばかりのイリスだった。
「よろしく」
「……」
恐ろしいまでの無言だった。その目がどこを向いているのか、よく分からない。
そのまま無言で、戦いに突入する。
「はっじめー」
気楽な掛け声で開戦した。
「ふっ!」
まずは一合合わせる。想定通りの手応えを感じて、ハロンドはイリスが自分と同じくらいの実力だということを再認識する。
二合目。合わせようとして……一合目と違和感を感じ、今度は躱してみた。
すると……高威力の一撃が放たれた。
「詠唱隠蔽か!」
詠唱隠蔽とは、相手に分からないように詠唱し、不意打ちを狙う小技だ。
その方法は、口を閉じたまま発音、詠唱すること。だが、実際にやってみれば分かるだろうが、これは非常に難しく、奇剣は使えても詠唱隠蔽は使えない人の方が多い。
いつ奇剣を発動させてくるか分からなくなる。それは駆け引きに於いて、大きなアドバンテージとなる。
(これは、ガンムが負けた訳が分かるな)
もしガンムが疲れていなかったとしても、イリスが勝っていたかもしれない。力量差で言えばガンムの方が上だが、数少ない詠唱隠蔽の使い手という利点も合わせればいい勝負だろう。
それほどに、駆け引きは重要なのだ。
(!あっぶな)
ハロンドは本能に導かれるままイリスの斬撃を後ろに退がって避ける。破剣が来ると分かっていても、どの技か分からない以上、受けて対応するのはあまりに危険で、大きく後退するよりない。ハロンドはじわじわと劣勢に立たされていた。
(なんとか凌げてはいるが、反撃の糸口がないな)
ハランセルは当然のように詠唱隠蔽も使いこなしていた。
それを見破る訓練をしたことがあり、そのおかげで奇剣がいつ来るかだけは予知できるようになったのだ。
とはいえ、予知できるのも斬撃が来る直前のため、どうしても後手に回ってしまう。先手は取れない。
先手を取れなければ、勝ちを掴むのも難しい。
(さて、どうしたものか)
相手が破剣を放った瞬間に二連撃の破剣を放っても、相手の破剣も二連撃の破剣だった時、二連撃目の破剣で受け止めながら後退されて仕留められはしないだろう。特殊技で撹乱することは出来るが、撹乱止まりでそこまで意味はない。
つまり、ハロンドは、攻めの糸口が掴めないのだ。
破剣を予知し、避けると、間断なくもう一度破剣が来た。
(お)
二連撃の破剣といえば一つしか無い。“上弦刧落&下弦遷変”だ。
それの二回目まで先に放ってくると、話は変わってくる。
……それが来るのを待っていた。
ハロンドは詠唱を完了させる。
「落」
ガキィィィン!
破剣と破剣がぶつかった。
その時、初めてイリスの目が震えた。
目を凝らして見て、ようやく分かる程度だったが。
ハロンドの使った技は詠唱省略という技だ。
事前に「破剣・上弦刧」まで詠唱しておき、発動したい時に「落」と言えば発動となる。
一見便利に見えるかもしれないが、これは不便極まりないものである。
まず、使える破剣が一つに限定されること。一度詠唱すれば、一定時間経たないとリセットされないため、その破剣が使われるまで、適宜判断して奇剣を使うことができなくなる(その代わり、途中までの詠唱なので期限切れでの身体へのダメージはない)。
だが、相手が詠唱隠蔽を使ってくるとなると、話は変わってくる。
相手がどの技を使ってきても避けるしか無いため、詠唱省略して発動する技を限定しても損はない。
つまり、詠唱省略という技は、詠唱隠蔽の対策としてしか、ほとんど使われないのだ。
ハロンドは残り下弦遷変が一撃残っており、イリスはもう撃てない。
どちらが優勢なのかは明らかだった。
「破剣・下弦遷変!」
ハロンドは勝利を確信して二撃目を撃った。だが、それはなぜか受け止められた。
破剣の一撃なのに。
「……な!?」
ハロンドは驚愕しながら後退する。
どうして受け止められたのか考えていると、一つの結論にたどり着く。
恐らく、あれは特殊技だ。
効果はインターバルなしで撃てること。強力な効果だが、通常技程度にしか威力は出ないのだろう、手応えはそこそこだった。
思えば不用心に二連撃を放ってきたのも不可解だった。だが、特殊技という切り札があったのならば納得できる。
全ての辻褄が合った。
(やれ、面倒な)
ハロンドは面倒という気持ちをおくびにも出さず、またイリスの破剣を見切った。
結局、30分間で決着がつかなかった。
決定打がなかったのが原因だ。だんだん適応してきたハロンドが、イリスの剣筋を読んで破剣で受け始めた。加えて、イリスの特殊技は決定打に欠けていたのも要因のひとつだ。ただ、総じてイリスが押しており、ハロンドは反省すべき点が残った試合だった。
ただ、引き分けなので順位に変動はなかった。
上位リーグに変動はなく、下位リーグはタラが十二位から十一位に上がり、ロファが九位から十位に転落した。
次の対戦相手を見つけようとするが、二位から四位の人とはもう既に戦っていて、同じ人と対戦が出来ないので、実質的に対戦相手がいないことに気づく。
どうすればいいか悩んでいると、後ろからシンスが声をかけてきた。
「三回、一位を死守した君にー、僕と戦う権利をあげるよー。光栄だねえ。あ、でもー、教師と一対一っていうのも可哀想だからー、もう一人、組めなかった上位リーグの子と、下位リーグで同じように組めなかった二人でやろうかぁ」
四回戦目の相手は、シンスのようだった。
一回くらい負けても良かったかもしれないと、一瞬ハロンドは後悔したのだった。
『(その代わり、途中までの詠唱なので期限切れでの身体へのダメージはない)』についてですが、どこだったかな?本文中に、詠唱したのに発動しないと、身体にダメージが発生する、と書いた気がします。(書いてなかったらゴメンなさい)今回の場合、詠唱が途中までで止まっていました。その場合、前述のようなデメリットは発動しません。
詠唱隠蔽ですが、これは実現可能なのか?という問いにも答えておきます。うーん、出来るんじゃない?多分。結局、人間は根性です(持論)




