六 ハロンドとガンムの激戦
途中の“散受散龍う”はミスではなく、詠唱破棄の一環だということをご了承ください
「これからぁ、クラスランキング戦というもので戦ってもらおうと思うー。ルールはかんたーん。何でもありの決闘をして、下のランクの人が勝てば順位が入れ替わる。ただそれだけー。制限時間は30分、引き分けならランクに変動なしぃ。戦える相手は自分のランクから上下三つ差の人までー。一日に同じ人と二回以上やるのは禁止ー。とりあえずルールはそんな感じだー」
シンスが首をこきこき鳴らしながら、だるそうに言う。
ハロンドはその説明を聞いて思った。
デッドエルブらしくないな、と。
あまりに甘すぎる。
「けどぉ、それだけじゃ面白くないのでー、罰則付きねー。連続で順位が計五つ下がるか、一週間で五つ下がるか、一週間ずっと同じ順位かで、僕の特別指導が入るよー」
ああ、と納得する。
ようやくデッドエルブらしくなった。
連敗し続けて五つも順位が下がると罰則。一週間単位で見て、五つランクが下がれば連敗でなくても罰則。一週間順位に変動がなくても罰則。というわけだ。
ただ、これでも甘いと思うのは、シンスの地獄の授業を経験したからだろうか。
「……いや、違うか」
この企画の主旨は仲間割れだ。さして仲のいいわけではないクラスメイト同士で真剣勝負をさせて、仲に亀裂を生ませる。恐らく、それが本当の目的。別段、企画自体が地獄でなくてもいいというわけだ。
「えーと、まず、今日のところは暫定順位を発表するからー、その順位から±3の人とテキトーに組んでねー。忘れたらこのボードを見てー。これも遺存宝器でぇ、いつでもお前らの順位が書かれてるからー」
そう言うと、シンスは発表し始めた。
一位、ハロンド。
二位、ガンム。
三位、イサーシャ。
四位、イリス。
五位、ファー。
六位、サラン。
この六人で上位リーグを作る。経験の質も量も違うので、クラス内で実力が開きすぎていて、上位リーグと下位リーグに分かれたのだ。ちなみに、下位リーグで一位を一週間、もしくは三位以上を一ヶ月間維持できれば上位リーグに昇格となるらしい。
七位(下位リーグ一位)、ヤーノ。
八位(下位リーグ二位)、キャリア。
九位(下位リーグ三位)、ロファ。
十位(下位リーグ四位)、タラ。
……………………
二十四位。(下位リーグ十八位)。ターナル。
と言った感じに並んでいた。
確かに、ボードには今発表したものが記されていた。
(下位リーグはまあ、そうかという感じだな。みんな経験も乏しいだろうし、変動も激しいだろう)
ハロンドは考えた。
(上位リーグは……僕が一番か。意外だ。イサーシャも三番、結構強いな。イリスって誰のことだろう?)
とめどなく考えていると、後ろから「おい」と話しかけられた。
ハロンドは振り返った。
「俺とやるぞ。何でおめえが一位なんだよォ?」
二位のガンムだった。彼は不機嫌そうにハロンドを睨んでいた。
「さあ、僕には分からない。けど、僕と戦うのはいいよ」
断る理由もないので、対戦相手はガンムに決まる。切りたくないくらい美しいイサーシャや、共闘したことのあるサランじゃなくて良かったと思った。
ロファとタラの方を見れば、二人とも知らない人と組んでいた。ヤーノとキャリアではないから、二人とも相手は下のランクだろう。仲間としてハロンドは健闘を祈った。
上位リーグの中で、イリス以外の顔は知っている。だからどれがイリスなのかは簡単に特定できた。その姿を見て、思わず目を見開いた。
緑色の髪に、黄色と青色のオッドアイ。派手な見た目だが、どこか閉塞的な雰囲気があった。そう、彼は数学の時に見かけた子だった。
彼の相手はイサーシャ。その美しさにも全く動じない。いい組み合わせかもしれないとハロンドは思った。
上位リーグのもう一組は、ファーとサラン。毒舌と穏和という組み合わせだ。会話も「さっさと派手に血ぶちまけてくたばれ」「出来ればまだ死にたくないなー」といった感じで、相性は最悪だ。
「はーい、テキトーに離れてー。一分後に始めるよー」
シンスの掛け声で、ガンムは広い訓練場の角を目指した。同じ組のハロンドもついていった。
他の組とも十分離れる。ガンムとハロンドは互いに距離をとった。
「じゃあ、始めー」
開始と同時に切りかかってくると思い、身構えていたハロンドだが、何も来ないので拍子抜けする。
代わりに話しかけてきた。
「なァ、ハロンドよォ」
「……なんだ」
ハロンドは警戒しながら答えた。
「お前は俺が四肢を切断された時、どう思ったァ?」
ハロンドは悟る。
これは尋問だ。返答によって、ガンムの意向が変わるかもしれない。
少し考えて、正直に言うことにした。
「……悪いことをしたと思った。あれは僕のせいでもあるからね」
「そうかよォ。俺はなァ、心底殺してえと思った。他でもないお前を」
それは、燃えるような憎悪。自分に向けられるそれに、ハロンドは愕然とする。
ここまで落ちぶれたか、僕は。他人の抱く憎しみを感じられないほどに。
ハロンドは俯いて、申し訳なさそうに謝った。
「……すまなかった」
「誰でも言う言葉だよなァ、そりゃ。だから許す気にはなれねェ。俺にとって、お前はもう、敵だァ」
ついに、宣戦布告を突きつけられた。ハロンドはびくっとしたが、何も言わない。
ガンムは続ける。
「これは一ヵ月後のバトルロワイヤルの前哨戦だァ。覚悟しろよォ、ハロンド?お前が敵に回したのは、この俺様だァ」
ガンムはバトルロワイヤルまで見据えているのか。確か、そこでは三人以上が死ぬことになる筈だ。まさか、ガンムは僕を殺そうとしているのか?
「じゃあ、いくぜェ?」
憶測が飛び交うが、今はそんな場合ではない。もう、ガンムはこっちに向かってきていた。
「ッ!」
ガキィィィン!
木剣と木剣がぶつかり合った。
(重い……!)
教師ほどではないが、想定よりも遥かに重い一撃だ。
「へへ、強烈だろォ?ずっと破剣は鍛えてきたからなァ、基礎能力も上がってるぜェ」
奇剣は一時的に身体能力を爆上げする技だ。
だが、効果が終わっても、身体能力はすぐに元に戻る訳ではなく、徐々に元に戻っていくのだ。徐々にとはいえ、ほんの一秒程度で元に戻るのだが。その一秒間を、“奇剣の残り香”と言う。
本当にすごいのはここからで、実は奇剣の残り香は一秒で全部抜ける訳ではないのだ。ほんのほんのほんのわずかだけ、体内に残る。つまり、実感できないほどほんの少しだけ、基礎能力が上がるのだ。
雀の涙ほどの強化率だが、塵も積もれば山となるもので、一年も奇剣を振り続けていれば、握力が1.3倍になっていたりする。筋トレだと限度があるが、これにはほぼなく、ずっと変わらない強化率なので、奇剣使いは毎日奇剣を撃ち続けるのである。
ここの教師たちは、この方法で基礎能力をあそこまで上げていったのだろう。撃った奇剣の数は、到底計り知れない。
このガンムの一撃の重みが、どれだけ破剣の修練を積み重ねたかを物語っていた。
ハロンドは、少し性格の悪い彼も、血反吐を吐くような鍛錬を積み重ねてきたことを悟る。
そのまっすぐな剣筋を見て――ハロンドも、真剣に打ち合おうと思った。
ハロンドの一合目を、ガンムは危なげなく受け止める。
「へェ、やり合う気になったのかよォ?」
「お前も真剣な感じだったからな。こちらも真剣に相手をしないと失礼だと思った」
「そうか、よ!」
ガンムは一旦下がり、勢いをつけて切りかかってくる。
ガンムの口が動いているのを見て、破剣詠唱だと予感し、ハロンドも破剣詠唱を始める。
「破剣・散受散龍う!」
ガンムの斬撃を受け止めて……違和感に気づく。
ガンムの一撃は破剣ではない。
ハロンドは一つの可能性に気付いた。
「まさか、詠唱破棄!?」
詠唱破棄とは、詠唱をわざと言い間違えることで、発動をキャンセルする小技だ。例えば、“散受散龍”ならば、“散受散龍”などと言った感じに。
詠唱破棄の利点は、相手にだけ奇剣を使わせられること。一度使うとインターバルが発生するので、その奇剣をいなしさえすれば、あとは自分だけ使える奇剣でどうとでも調理できるという寸法だ。
今回、ハロンドは受け技を発動させてしまった。つまり、攻勢は取れない。ガンムが破剣詠唱をする前に仕留めなければならないハロンドにとって、それは致命的だった。
「へへ、刺さったなァ。なァおいハロンド、どうすんだよォ?破剣・――」
ハロンドは一瞬逡巡して、ガンムが詠唱を終わらせる前に後ろに下がる。少し距離は空いたが、破剣ならば一瞬詰められる距離である。ガンムは詠唱をついに終わらせる。
「上弦刧落」
ガンムは恐ろしい勢いでハロンドとの距離を詰める。破剣でなければ反応不可能な速度で、ハロンドに対応するすべがあるはずもなく――
ガキィィィン!!!
ない、はずなのに。
ガンムの一撃は、受け止められた。
答えは、ガンムも知っていた。
「……詠唱破棄だな?」
「うん。受け止める直前に気づいてね。小さく、詠唱にいらない詠唱を付け足したんだ。よく見抜けたね?」
「破剣を使っているにしては、柔いとおもったんだよなァ」
破剣同士の一撃は、ぎりぎりとつばせり合いが起こっていた。
「だから、俺は連撃の技にしておいたぜェ?破剣・下弦遷変!」
「奇遇だな、僕もだ。破剣・下弦遷変!」
二人は激しく読み合いを繰り広げ、その激戦は、どの組よりも長く続いた。
「くそ、がァ……」
ガンムは地面に倒れていた。息切れが激しく、胸が上下しているのが見える。ハロンドも、木剣を捨て、膝に手を当てて荒い呼吸を繰り返していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
勝者はハロンド。最後は紙一重だった。
“緩急灼微”の遅い時を見計らってガンムが破剣を繰り出してきた。ガンムの剣が届く寸前でハロンドが急加速し、ガンムに一撃を喰らわせた。
……本当に危なかった。
一瞬でも加速が遅れていれば、ハロンドが負けていただろう。
ギリッと、誰かが歯軋りする音が聞こえた。
「ナイスファイトー」
シンスが棒読みで労う。それだったら労われない方がマシだ。
「順位の変動もボードに反映させといたからー、それ見て自分の順位と±3の人と組んでー。同じ人はダメだよー。決闘は一日に四回行われるからねー」
ボードを見ると、十位以上に順位の変動はなく、それ以下の順位は変動が激しかった。
ひとまず、ハロンドはロファとタラの順位が下がっていないことに安堵した。
そしてハロンドは息が切れたまま、次の対戦相手と組む。
次の対戦相手は、イサーシャであった。




